終末のイゼッタ 偽りのフルス(完結)   作:ファルメール

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最終話 フルス

 

 オットー皇帝が自害し、ノイエベルリンが落ちたあの日を境に、戦争の状況は一変しました。

 

 アトランタ合衆国は、同盟各国の戦力を結集してヨーロッパ大陸への大規模上陸作戦を開始しました。それに呼応するように不可侵条約を結んでいた筈のヴォルガ連邦もゲール領内に侵攻。テルミドールやベネルクス三国が奪還され、ゲルマニア帝国は徐々に追い詰められていきました。

 

 そして1941年4月4日、ゲールは無条件降伏を受け入れ、帝国は崩壊しました。

 

 もしフィーネ様やイゼッタ様、フルス様が居なければ……戦線はもっと拡大して、戦争はこの先何年も続いていたであろうと言われています。

 

 フィーネ様はあの後、イゼッタ様とフルス様、ファルシュちゃん3人の国葬を行い、魔女がこの世界から居なくなった事を世界中に発表しました。

 

 そして……

 

 

 

 

 

「……うん」

 

 ロッテはペンを置くと、日記帳を閉じた。

 

 今日からは、宮殿に新しいメイドが配属される予定だ。先輩としてしっかりしなくては。

 

 ぱんと顔を叩いて気合いを入れると、その新人メイドが待っている部屋へと入室する。

 

 そこには。

 

「お似合いですよ、イゼッタ様!!」

 

「あ、あはは……」

 

 髪は伸ばしていて黒く染められ、眼鏡を掛けてはいるが、メイド服に身を包んだイゼッタが緊張した様子で居た。

 

「ロッテさん、もう私は魔女じゃないですし、ロッテさんが先輩なんですから呼び捨てで良いですよ」

 

「あい!! それではイゼッタさんで!!」

 

「は、はい……じゃあそれで……今日から、よろしくお願いします!!」

 

 腰を折って、深々と頭を下げるイゼッタ。

 

 と、部屋に居たビアンカが気遣わしげに声を掛けてくる。

 

「もう、足は大丈夫なのか? イゼッタ……」

 

「はい、ハルトマイヤー先生にも太鼓判を押してもらえましたから」

 

「そうか……良かったよ」

 

「今までゆっくりさせてもらった分、これからはメイドとしてお力にならせていただきますね、姫様!!」

 

 イゼッタの視線の先には、フィーネが居た。

 

 エイルシュタット大公は目を細くして、じっと親友を見詰めている。

 

「……姫様?」

 

「フィーネ様、どうかされたのですか?」

 

「いや……」

 

 フィーネは少しだけ哀しそうな顔になって微笑すると、首を振った。

 

「少し思っただけだ……もしこの場にフルス殿が居たら……どれほど喜ばれただろうかとな……」

 

「!! フルスさん……」

 

 イゼッタは神妙な表情になって、ビアンカは少し悔やんでいるような顔になった。

 

「私も、彼女とは……もう少し話しておくべきだったかも知れませんね……」

 

 あの後、ビアンカやロッテはフィーネから全てを聞かされていた。

 

 確かに、エクセ・コーズや魔石の脅威に対抗するには彼女が最後の魔法を使って人としての生と死を捨てるしか道は無かったのだろう。

 

 だが、それでも思うのだ。

 

 もしかしたら、あるいは。

 

 もっとフルスと言葉を交わして、心を通じ合わせていたのなら……別の道もあったのではと。

 

『私がどうかしましたか?』

 

「ん……あぁ、フルス殿……ちょうど今、貴殿の話を……」

 

「「「…………」」」

 

 あまりにも自然に声が掛けられたので、一同が言葉を失うまでに少しの時間を要した。

 

「「「!?」」」

 

 そして、一斉にその声の主を見やる。

 

『お久し振りですね』

 

 そこにはフルスが、あの秘密基地の医務室で最後に見た時と同じ姿でそこに立っていた。

 

「フ、フルスさん!!」

 

「貴殿は……生きておられたのか!? い、いやまさか、そんな筈は……」

 

 思わず駆け寄るイゼッタとは対照的に、フィーネは幽霊でも見たように顔を蒼白にした。

 

 フルスの遺体は、ファルシュの体やイゼッタの人形と同じで確かに火葬して弔い、遺骨は墓に埋めた。

 

 イゼッタやビアンカもその葬儀には立ち合ったから、間違いは無い。

 

 ならば今、眼前に居るフルスは何者なのか。

 

『生きている……というのは違いますね……』

 

 そっと、フルスが手を差し出す。

 

 彼女の手は、蜃気楼のようにイゼッタの体をすり抜けた。

 

「!!」

 

 思わず、イゼッタがびくりと体をすくませる。

 

 やはりフルスの肉体は、既に土に還っているのだ。

 

 今のフルスは実体の無い、大地に流れる命そのもの。それが、最後の魔法を使った事で自分という「個」を保ちながら、かつてのフルスの姿を象ってこの場に現れているのだ。

 

 フルスが最後の魔法を使って以降、イゼッタは魔法が使えなくなっていた。これまでは魔力が乏しい土地であっても魔女の力に僅かな反応はあったのに、今はそれも無くなっていた。

 

 魔女が操れるのは、レイラインに流れる誰のものでもない無色の魔力だけ。今は最後の魔法を使ったフルスがレイラインそのものとなって彼女の色にレイラインが染められてしまったから、もう他の魔女が魔力を操り魔法を使う事は出来なくなったのだ。

 

「……そうか、フルス殿……今の貴殿は生と死の概念から解き放たれた……そんな存在なのだな……」

 

 フィーネが、漸く警戒を解いたようで椅子に座り直した。

 

「あ、でもフルスさん……それじゃあ、これからはずっと一緒に居られるんですね?」

 

 どんな形でも、死に別れてしまってもう会えないと諦めていた筈の人と共に過ごせる。そんな希望と共にイゼッタが話し掛けるが……フルスは何かを諦めたように、優しく笑って首を横に振った。

 

『残念だけどイゼッタ……それは出来ないわ。今日は、お別れを言いに来たのよ』

 

「え……そんな……どうして……?」

 

『……教えた筈よ? 命は、絶えず流転してこの星を巡るものだと……私だけが留まり続けるのは、良くない……』

 

「でも、そんな……」

 

『……それに、娘達を放ってはおけないし……』

 

 フルスがそう言って顎をしゃくると、先ほどまで誰も居なかった筈のそこには、二人の少女が立っていた。

 

「ファルシュさん……」

 

「いや……でも……二人……?」

 

 その姿形は、ビアンカやロッテも良く知っている。フルスの娘の、ファルシュのものだ。しかし……二人居る。まるで鏡写しのように、ファルシュと瓜二つの少女がもう一人、そこに居た。

 

「……!! そう、か。フルス殿、もう一人の子が……メーア、なのだな」

 

『はい、フィーネ様。メーア、挨拶しなさい』

 

 母に促され、フィーネから見て右側に立っていた少女が進み出てぺこりと頭を下げた。

 

『初めまして、皆さん!! ボクはメーアといいます!! 皆さんの事は、お母さんから聞かされています!! どうかよろしく!!』

 

 同じ体だから当然と言えば当然ながらファルシュとは全く同じ姿だが、しかし物静かなファルシュとは対照的に快活な印象を受けるメーアに、一同は面食らったようだった。

 

『……と、このようにレイラインには娘が二人も居るのでね……放ってはおけませんよ』

 

 フルスの笑みが、苦笑に変わった。

 

「……でもフルスさん……!! 私は、フルスさんに助けられてばかりで……フルスさんに何も……フルスさんを、助けられなくて……!!」

 

『……いいえ……』

 

 フルスが手を伸ばす。

 

 触れられない彼女の手が、それでもイゼッタの頬を沿うように動いて、いつの間にかこぼれていた涙を拭おうと動いた。

 

『……もう、助けてくれた……あなたは……私を救ってくれたわ……』

 

 多くの者を傷つけ、多くの物を取りこぼして。

 

 喪うばかりの人生で、それでも残されていた者。

 

 本当に尊く、喪ってはいけない者を、守れたのだから。

 

 フィーネとイゼッタを守る事は、フルスにとって彼女自身を救う事でもあったのだ。

 

「……貴殿は、それで良かったのか?」

 

 ビアンカの問いに、フルスは頷いた。

 

『ええ、悔いはありません……生まれてきて……生きていて良かった。心から、そう思っています。だから……』

 

 フルスはそう言って、イゼッタに向き直った。

 

『お願いがあるの、イゼッタ……』

 

「……フルス、さん……?」

 

 涙でくしゃくしゃになった顔を、イゼッタが上げた。

 

『どうか私を……私達を、笑顔で見送ってはくれないかしら? 教えたでしょう? 命は、レイラインとなって流れて生と死を繰り返し、この世界を回り続けているのだと』

 

 命は世界を廻り、そして世界を回していく。

 

 太陽が昇り、沈み、そしてまた昇ってくるように。命は生まれ、育まれ、死に絶え、そしてまた生まれてくる。

 

 星を廻る命の旅模様。この大いなる円環はきっとこの先も、永遠に続いていく。

 

 フルスも、メーアも、ファルシュも。もうこれからはこの大地のどこにだって居る。居る事が出来る。

 

 風の中にも、光の中にも。イゼッタやフィーネ達が感じるもの全ての中に。

 

 そしていつかまた、巡り会える。

 

 これは別れではない。

 

 だから、笑って見送ろう。

 

 イゼッタは涙は流したままで、それでも精一杯の笑顔をフルス達へと向ける。フィーネも、ビアンカも、ロッテも同じだった。

 

 そんな彼女たちを見て、フルスは安心したように優しい笑みを浮かべると、二人の娘の間に立ってそれぞれの肩に手を置いた。

 

『では、フィーネ様……イゼッタ……私達は、あなた達の幸せをいつまでも祈っているわ……』

 

 その言葉を合図に、フルス達の体は砂人形のように崩れて、風に融けて消えていく。

 

 ほんの数秒で、そこにはもう誰も居なくなった。

 

 夢だったのだろうか?

 

 四人は同じ疑問を抱いて顔を見合わせるが、しかしすぐにアイコンタクトだけでそれを否定する。

 

 フルス達は確かにそこに居た。全員が同じ確信を抱く。

 

 その時だった。再び、彼女たちの脳裏にフルスの声が聞こえた。

 

 

 

『この大地に命の流転(フルス)が続く限り、私達はまた生まれ、出会い、そして笑い合えるのだから』

 

 


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