第三問
強化合宿三日目の日誌を書きなさい。
坂本雄二の日誌
『そして翔子が俺の前で浴衣の帯を緩めようとした。俺は慌ててその手を押さえつけ思いとどまるように説得した。とこ後ら、隣では島田が明久に迫っていて……(吉井明久に続く)』
教師のコメント
『君たちに何があったのですか_』
吉井明久の日誌
『後略』
教師のコメント
『ここでその引きはないでしょう。ですが魂魄君の分がまだでしたね』
魂魄妖灯の日誌
『……黙秘する』
教師のコメント
『そこをなんとか』
八雲紫のコメント
『あらあら。顔を赤くして。いつまでたっても初心ね』
いつものように目が覚める。時計などはないが、それでも時間は分かる。明け六つごろだろう。カーテンの隙間から朝日がこぼれて、ちりちりと埃が舞っているのが見えた。桜が舞うのはあでやかで儚さを感じられるが、埃が舞うのはただ汚いとしか思えない。普段掃除があまりされていないからだ。
不平不満を覚えながら起きたはよいものの、しばしばわずかなだるさを感じたが、無理やり体を起こす。休んだ気がしない。それもこれも、昨日の騒ぎが原因だ。あの後どれほど誤解を解くのに苦労したことか。なんとか誤解を解いたときは、月が頂点まで達していたぞ。
内心ぼやいて布団を出ようとしたところ、違和感に気が付いた。妙な暖かさが布団の中にある。というより、抱き着かれたような感触が腰辺りからする。妖夢だろうか?
自分の考えに違和感がした。そうだ、妖夢が布団にもぐりこむのはとっくの昔に治っている。それに、ここは外の世界。冥界の白玉楼ではない。では誰だ? 私に抱きついているのは。布団をめくると、暗闇に慣れてきた目がその人物を映し出した。木下が穏やかな顔で眠っていた。なぜかは知らんが、私の腰に抱きついている。
まだ少し眠いせいか、一瞬女子が布団にいるのかと思ってしまったが、よくよく見ると木下だったことに胸をなでおろす。心臓に悪い。
「おい、起きろ」
このままでは起きられない。木下を揺すり、起こす。だが意味不明な言葉をもごもごとつぶやいているだけで、目を開こうともしない。これは完全に寝入っているな。
仕方ない。眠りこけている木下を背負う。
本来の布団まで運んで、寝かしつける。道中、坂本が土屋の布団に入っていた。土屋が青い顔をしてうめいているが。もしや眠っていても男が抱き着いているのが分かるのか? ため息をついて、坂本を肩に抱えて布団へ放り投げる。
なぜわざわざ私がこんなことまでしなければならない。そう思うものの、文句を言うことでもなし。このていどで怒るのは大人げないというものだろう。そのまま部屋を出て、合宿所の庭にて槍代わりの棒を振るうことにした。少しはこのいらつきもなくなるだろうか?
「殴る! こいつの耳からどす黒い血が出るまで殴ってやる!」
合宿所の庭にて軽く汗を流し、澱んでいただるさとストレスを吹き飛ばした私が部屋に帰ろうとしたら、扉を挟んでも聞こえる大音量で吉井の怨嗟の声が聞こえてきた。またなにをしたんだ、あいつらは。おそらくは、吉井がまた馬鹿なことをしたのであろうが、たまに坂本が原因のこともあるからな。まあ、結局うるさいことに変わりはないが。
ため息をこらえつつ扉を開けると、腹を抱えた坂本に吉井が花瓶で殴ろうとしている。それを後ろから羽交い絞めするように、木下が押さえ込んでいた。混沌としている。
予想を斜め上を越える光景に、固まって思わず言葉を漏らす。
「なにが起きたんだ、いったい」
「……雄二が明久の布団にもぐりこんでいた。それだけじゃなく、雄二は秀吉のところにももぐりこんでいた」
「それがどうしたというんだ?」
土屋の回答に納得がいかず疑問を発したが、その声が聞こえたのか、吉井が血涙を流しながらこちらを睨みつけてきた。憤怒というべきか、負の感情に押されて、一歩下がってしまった。
「それがどうしただって! 君には分かるまい! 朝一番にむさくるしい顔を見せつけられ、その張本人は秀吉のところにいるなんておいしい思いをしていたんだよ!」
「いや、木下のところにいたのがなぜおいしい思いになるんだ?」
「君は秀吉が一緒にいるというのになにも感じないというのか!!」
「朝、私の布団に木下がいたが、特になにもかんじ――」
とっさに身を伏せる。わたしの頭上を、花瓶が通過して、扉にあたり割れる。あたっても死にはしないが、今の人間程度まで下がった身体能力では怪我をしてしまう。思わず脂汗を流すと、吉井が飛びかかってきた。
「君もか!!」
ガチャリ
「おいお前ら! 起床時間――だ……ぞ?」
「死ね、死ね二人とも」
「うぉお!? 朝からいきなり決まっているぞ、明久!?」
「なぜ私まで襲われなければならん!」
「その胸に聞いてみろぉ!」
「落ち着くのじゃ、明久! 西村先生、済まぬがこやつを抑えてもらいたい!」
「……!(コクコク)」
迫り来る明久を蹴り飛ばし、僅かな時間が生まれた。この時間であの暴走した吉井を止めなければ。手近にあった枕を蹴り上げて目つぶしにし、吉井の喉仏を貫手で貫き無力化しよう。
「ええい! これ以上朝っぱらから暴れるな! バカもんが!」
だが、私が動く前に吉井の頭頂部を、西村教諭の拳が襲った。壁まで吹き飛んだ吉井は、気を失ったまま連れて行かれる。
「なぜだろうか。なんか納得いかん」
振り上げようとした足をぶらぶら動かし、私はそうつぶやいた。