バカとテストと幻想獣   作:koth3

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幕間

 なぜあんな馬鹿げたことを大勢の前で啖呵きってしまったのだろうか。冷静ならばしなかっただろうことを、わざわざ異常な姿をさらしてまでしてしまった。

 廊下を歩きながら、私はさきまでのことを振り返って自己嫌悪に襲われていた。極まりが悪くなり、頭を掻く。

 ああ、愚か者だ。心身が弱いから、あのような馬鹿げたことを怒りに流されしてしまったのだ。

 怒りにかられ、後さき考えないなど愚の骨頂。まるで昔の未熟な頃の私でないか。子供ではないのだ。気に入らぬからと一々手を上げていては、なにもできまい。感情に流されぬ様に心を鍛えたはずだというのに。

 

「これも、すべてはあいつらのせいだ」

 

 拳を握りしめる。ここにきて、私に要らぬ物を植え付け揺さぶろうとする存在。ここが幻想郷ならばとっくのとうに(あや)めているだろう。人など、所詮弱き者。簡単にその命はなくなる。それら些事に煩わされるなどあってはいけない。白玉楼を守るためには、余計なぶれなどあってはならない。

 心に生まれてしまったよけいな感情()を一つずつ丁寧に、重箱の隅をつくように殺していく。感情などは不必要。いるのは、ただ一つ、使命だけ。幽々子様を守る。それだけだ。紫様もしばらくすればこの事態を飽きることだろう。私を回収してくださるまで、この新たに湧き上がってくる心を凍らせなければならない。深く、深く、山中の古井戸のごとく心を静めて。

 そう決心すると、自己嫌悪も多少は和らぐ。深く息を吸って、気分を入れ替え部屋へ戻る。

 

 

 

 

 部屋へ帰ると木下がいた。他は全員説教ということでいないようだ。これは良い。今その顔を見れば、せっかく立ち直りかけた気分が、元の木阿弥になってしまう。

 壁に背中を預けて、座り込む。ただ浸るような静寂が心地よい。あのバカたちと違い、木下は機微が分かる方だ。余計なことはしない。そこだけは私も認めている。今この部屋に木下だけなのはそういう意味でよかった。

 

「のう、魂魄」

「……」

 

 深々とため息をつく。普段ならば話しかけない木下が、わざわざ現状で話しかけてきたんだ。よっぽどの理由があるのだろう。だが、今でなくともいいだろうと思ってしまう。

 

「なんだ」

「お主は、なぜそうも人を毛嫌いする?」

 

 機微が分かるというのは間違いだったな、失望した。

 

「それを聞いて、どうするつもりだ? 無理やりにでも治させるとでも?」

「いいや、そう思いはせんよ。それにお主は頑固そうじゃ。口で言ったところでどうにもならんじゃろう。それこそ明久と同じ程度には。じゃからと言って力づくはそもそも儂ができんし、できるのは鉄人くらいのものじゃ。お主の動き、武道の心を知らぬ儂でもわかる。少なくとも坂本ですら相手にもならんじゃろう」

 

 ならば最初から話さなければいいというのに。よけいなことを口にするなと、睨んでやる。

 

「まあ、そう怒るな。儂はお主を怒らせたいわけじゃない。儂はな、演劇部じゃ。演劇というものは人を演じるもの。いつも注意深くすべてを観察しなければならぬ。これでも洞察力や観察力は人一倍すぐれておると自負しておる。その儂が見る限り、お主はどうも人がいい。なんだかんだと言って、悪態をつくが困っている人を助けておる。姫路たちを助けに行った時もそうじゃ。あのとき、島田の妹が不良に襲われそうなのをマイクを投げ助けておった。散々人を嫌っているそぶりをみせるくせに、それはおかしいものじゃ。本当に嫌いならば、最初から関わらなければいいというのに。なあ、お主――」

 

「本当は人が大好きなんじゃろう」続けられたその言葉に、吐き気を覚え、()は否定の言葉も吐かず部屋を飛び出した。

 

 

 

「うっ……」

 

 宿舎の壁に手を突き、胃の中が空っぽになるまで吐きつづけた。えぐい味が口の中に残り、空っぽの胃にさらに吐き出せと命令を下す。唾も出し切り、本当になにもでなくなるとようやく吐き気もおさまった。

 めまいがひどい。ただ立つだけができやしない。ふらふらと、足を支えきれず倒れてしまった。

 空には、欠けた月が泣きながら(のぼ)っている。手を突きだせば、逃げてしまいそうだ。だというのに、知らず俺の手は伸びていた。

 

「■」

 

 知らない言葉が口を吐く。いや、忘れようとしている言葉だ。大切な、なによりも……。

 心がかき乱され、頭が鈍く痛む。だけど、俺は動かず只月を眺めることしかできなかった。

 

 

 

 それは偶然だった。吉井と坂本(馬鹿者ども)を説教した帰り、どこからかえづく激しい音が聞こえてきた。

 具合の悪くなった生徒がいるのかと慌てて音がした方へ行くと、宿舎の外、壁に手をついた魂魄がそこにいた。普段の、武術によって鍛えられたであろう大木のような安定感はなく、今にも風が吹けばへし折れそうな苗木のような弱々しさで。顔色は真っ青で、病人ですらもっとましな顔をしている。

 千鳥足で尻餅をつき、後ろに寝転がったときは危ないと駆け出しそうになった。だが、月を見上げているその顔が見えてしまい足が止まった。

 あんな悲しそうな顔を俺は見たことがない。いや、一度だけ学園長が浮かべた顔とそっくりだ。大切な人と別れざるをえなかった、とある時教えてくださった時の顔だ。

 奥歯をかみしめる。生徒が苦しんでいるというのに、俺はなにもできない。救おうにも、なにを語ればいいというのか。言葉を尽くそうが、俺の言葉は軽いだろう。体感したこともないものがなにを語ったところで、そこに思いなど込められやしない。思いのない言葉など、なんの慰めにならん。

 生徒一人救えぬ己のふがいなさ。そして生徒がそんな顔をしてしまう世の儚さ。なにを怒ればよかったのだろうか。

 空に浮かぶ月はなにも教えず、魂魄を慰めるように照らしていた。俺は、ただそれだけが救いになってくれればと思った。




少し妖灯の内面に踏み込んだ木下。ここら辺から段々、妖灯に対して回りからのアプローチが増えていきます。(覗きを協力したとクラスから思われるため)
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