第三問
以下の状況を想像して質問に答えてください。
『あなたは大好きな人と旅行に行くことにしました。しかしいざ出発、というところで忘れ物に気が付きました。あなたはなにを忘れてしまったのでしょう?』
魂魄妖灯の答え
『射影機』
教師のコメント
この質問はあなたが不足しており、相手に求めているものを図る心理テストです。どうやらあなたは大切な人との思い出を欲しているようですね。まだまだ先は長いですから、そう慌てることはないですよ。
上白沢慧音のコメント
……そうだな。時というものは簡単に流れてしまう。過去を振り返るには、それだけの物が必要だ。元教師として、その願いがかなうことを祈ろう。
昼ごろ、私は生徒指導室を出た。西村教諭が判断したからだ。それまではずっと二人きりで話をしていた。時折見回りに西村教諭が廊下へ行く以外は。ずいぶんと私のことを心配していたようだ。馬鹿馬鹿しい、人間に心配されるほど脆弱ではない。そう言い切れないのは弱くなったからだろうか。
自分の行動が制御できなかった。なんだかんだいままで直接手を出したことはない。人間のような弱者と半人半霊の自分では力の差がありすぎる。簡単に壊せてしまう。本気で叩けばそれだけで殺すことすら可能だろう。だからそうそう簡単に力を使うわけにはいかない。それは自分でも分かっている。なのに本気でないとしても力を振るってしまった。明らかにいまの精神状態はおかしい。立て直そうと思っても、心がそれを許さない。乱れた水面は静まらず荒れ狂い続ける。揺れ動く精神に腹が立つ。白玉楼ではこのようなことにならなかったというのに。たるんでいるということだろうか。
つらつら考えながら教室へ戻ろうと階段に足をかけたとき、上から影が差した。見上げれば踊り場に清水がいた。背筋を伸ばし、真剣な顔でいる。
「話があります、魂魄妖灯さん。着いて来てくださいますか?」
その眼は、先ほどまでの嫉妬にあふれた目でも、男を毛嫌いするものでもなく、理性的な目だった。もし先ほどのような眼ならば拒否しただろう。しかしそんな腑に満ちたものではなかった。あの眼から逃げてはならない。そう、思った。
「……分かった」
頷き、清水の後をついていく。廊下を通る途中で周りが私たちを見ている。どうやら朝の出来事が広まり切っているようだ。後ろでざわめきが広がっている。
視線にさらされながら歩いていると、清水が止まった。視聴覚室の前だ。昼休みだからだろうか、視聴覚室内に人気はない。
清水が扉を開け、中へ入る。その後を、私も入る。
扉を閉めた際、人避けの結界を張る。誰もここに近寄れないように。力を封印されていてもこれくらいはできる。これから行われる話の邪魔をさせるわけにはいかない。
扉から少し離れたところで清水は振り返った。向かい合い、清水の言葉を待つ。
「あなたは言いましたね、美春に。私は私の気持ちを裏切っていると」
「……ああ、確かに言った」
「どうして、ですか。どうしてそう思うのですか」
その疑問に答える必要はないだろう。だが答えなければならない気がした。
「想うことは自由かもしれない。だが、想いを押し付けるのは間違いだ。押し付けられた気持ちは誰にも受け入れられず、どこかへ消えてしまうだけだろう」
そうだ、見るに堪えなかった。吉井への殺意もそうだが、なにより清水を見てられなかった。あのままならば、ただ自身を深く傷つけるだけだっただろう。想いをさらけ出すのは必要だが、押し付けてしまえばそれはもはやまったく別の物となり果てる。
「想うならば、方法を変えろ。あれではお前の想いは届かない。別に私は島田と吉井が付き合わなければ困るという訳じゃない。ただ、お前が力を持って無理やり捻じ曲げようとしたから、止めただけだ」
「美春は間違えていたと?」
「間違えていただろう。行動を。無理やり縛ったところで、相手は拒絶するだけだ。手と手を伸ばし合うから、一緒にいられる。ひとつしか伸びなければ、距離は離れていくだけだ」
その言葉に清水がどう思ったかは知らない。ただ、清水だけが知っていればいい。
「分かりました。あなたの考えを知れてよかったです。でも美春は、まだそれを受け入れられません。あの男を見極めて、決めます」
そう言いのこすと、清水は教室から出ていった。
「なぜこんなことをしているのだろう」
一人だけの教室で、ぼそりと呟いた。