貧乏鎮守府   作:ぷーすけ

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提督の朝

 

 

「そろそろですね」

 

海の地平線から出た太陽が少し上り始めたぐらいの朝七時。普段の服装に着替え身だしなみを整えた本日の秘書艦である金剛型三番艦榛名は自室を後にした。

 

太陽が差し込みつつも夜の冷え込みがまだ残っているひんやりとした廊下を進んだ先にたどり着いたのはいつも仕事をしている執務室、の隣の部屋であった。

 

すかさずノックする。しばらくたっても返事がないのを確認すると、榛名はまあそうであろう、といったような表情を浮かべて扉を開けた。

 

「失礼します。榛名、入ります」

 

 

一日の秘書艦の仕事は執務室で書類の整理の手伝いをすること……もそうであるが、その前に一日の始まりとしてお決まりになっていることがこの鎮守府にはある。

 

「提督、起きてください」

 

「うーん」

 

部屋に入った榛名がベットで寝ている提督の肩をゆする。すると気持ちよさそうに寝ていた提督の表情が眉を寄せた険しいものへと変わっていった。

 

「なんだよ」

 

「朝になりましたよ」

 

「あと五分だけ」

 

「そうさせてあげたいのは山々なんですが、これは規律ですので……」

 

一見普通の朝のやりとりに見えるこの光景。しかし提督が属している海軍では『海軍たるもの節制のある生活をおくること』を最低限のモットーとして掲げられていて、それが守れなければ海軍の風上にもおけないと言われるほどだった。

 

そんな中、学校に行く子供をお母さんが起こしにくる構図をこの鎮守府ではほぼ毎日と言っていいほどやっているので、もう一日の日課に組み込まれてもいいぐらいである。そこらの世間一般の大人でさえ、朝は必ず誰かに起こしてもらう生活を送るというのもあまり見られないのに、ましてや一つの鎮守府をまとめている役職のそのようなあられもない姿などとても外に口外できるものではない。

 

「提督、提督」

 

なかなか起きようとしない提督の体を榛名は揺すり続ける。このように毎日美しい大和撫子に起こされにくる光景を普通は羨ましいと思うのだが、提督自身はただのしつこい目覚ましぐらいにしか思っていなかった。

 

「起きないと榛名、怒りますよっ」

 

「ん」

 

普段は提督に対して激甘な榛名もこの時ばかりはほんの少しだけ心を鬼にする。しかし一応彼女なりに怒りを表現しようとしてそういった台詞を口にしてみるもののまったくといっていいほど覇気は感じられなかった。

 

「提督っ」

 

「ん」

 

「榛名は怒っています」

 

「うーす」

 

「怒ると恐いんですからねっ」

 

「恐い恐い」

 

「ほんとですよっ」

 

「まじかー」

 

「まじです」

 

「それは困った」

 

 

そんなぐだぐだした攻防戦が続いていき、部屋にかかっている時計が七時半をまわろうとしていた。かれこれ三十分はやっていることになる。

 

ただ目覚ましがなったからといって必ずしもすぐに起きるとは限らない。皆さんもそうであろう。しかしさすがになかなか鳴り止まなそうにないこの目覚ましにだんだん嫌気がさしてきた提督はある行動にでた。

 

「榛名」

 

「なんでしょう」

 

いままで寝ぼけ眼だったの表情とは一変して、目をしっかり開き真剣なまなざしで榛名を見つめる提督の姿がそこにあった。

 

「榛名ってよく見ると綺麗な顔をしてるよな」

 

「へ?」

 

まあ、よく見ずとも綺麗であることは百も承知であるがそこを敢えて提督は強調したのだ。

 

「な、なにを急に」

 

当然、そんなことをいきなり言われた榛名張本人は困惑していた。そして顔がみるみるうちに紅潮していくのがわかる。

 

「提督っ褒めてもなにもでませんよっ」

 

弾んだ声でそんなことを言いつつ彼女は体をくねらせていた。ついに嬉しさが体にまで反応してしまったようだ。そんな榛名の姿を見た提督はここぞとばかりにこの戦いに終止符を打ちにいく。

 

「だからもう少しでいいから寝かせてくれ」

 

「はいっわかりましたっ」

 

まったく話がつながっていなかったが榛名は迷わず了承した。先程までは彼女なりに頑張っていたのにいったいどうしたのだろう。

 

言うまでもなくそれは提督の計算通りだったのだ。人は不意に嬉しい、楽しいと感じることがあるとついついそれまで気を引き締めていたとしても緩んでしまうものだ。そこをうまくついて彼は榛名という目覚ましをオフにしたのだった。

 

榛名が部屋から出ていこうと扉に向かって歩いていくのを見た提督は安心してもうひと眠りつこうとした。ここまで彼の作戦通りだった。そうここまでは。

 

 

 

ふいに扉が無造作に開かれる。それは榛名が開けたのではなかった。正確には榛名が扉を開けようと手を伸ばした瞬間開かれたのだ。提督は開けた人物を見ずとも誰かは把握している。そうそこには紛れもないもう一人の秘書艦である一航戦加賀が仁王立ちをして立っていた。

 

「あ、加賀さ…「提督」

 

榛名の言葉を遮って加賀は提督の元まで歩み寄る。

 

「おはよう、加賀さん」

 

「なにをしているのですか」

 

低めのトーンの威厳をふんだんに含んだ加賀の声が提督の部屋に響き渡る。ノックもせずに入ってきたことをとがめる提督の立場などもはやどこか遠くにいってしまっていた。

 

「今、榛名に起こされたので起きようかなと」

 

「私が聞いてないとでも思ってましたか」

 

ふと気が付くといつからいたんだか部屋の隅に艦載機が音を立てずにホバリングしていた。そこに盗聴器でも仕掛けておいたのであろう。航空母艦ならではの常套手段である。

 

「参りました」

 

「早く準備をしてください」

 

それは立派な盗聴ではないのかということと、どうやって音を立てずに飛んでいたのかなどといった些細な質問をそっと胸にしまいつつあっさりと自分の負けを認めた提督はベッドからでて支度をはじめる。こうして朝の攻防は予想だにせぬ強敵の介入によってあっけなく決着がついたのだった。

 

 

 

 

 

 

部屋を出る前に提督は榛名と同じ言葉を加賀にもそれとなくかけてみた。おそらくそれで朝から不機嫌であろう加賀の機嫌を直そうとでもしたのだろう。

 

「加賀さん、よくみると綺麗な顔してるね」

 

「馬鹿にしているんですか」

 

軽く一蹴。

 

朝八時過ぎた頃、ようやく富山鎮守府は動き始める。

 

 

 

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