我ら神の子!   作:四ツ兵衛

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 ハーメルンの方でオリジナル作品を出すのは初です。


不思議な夢

 信じられないからストレートに言っておこう。これは夢だ。何かの悪い夢だ。きっとそうに違いない。頬を抓っても痛くなかったし……。

 

 俺たちは城に来ていた。

 城と言われると、ドイツのノイシュヴァンシュタインやフランスのシャンボール城のような西洋風のもの、日本の大阪城や姫路城のような和風のもの、ヨルダンのカラク城やインドのアグラ城のような城砦(じょうさい)まで様々なものがあるが、俺たちがいるのは西洋風の城だ。紅茶好きの美しいプリンセスや白馬に乗ったイケメンの王子様が住んでいるような、正にファンタジーの世界に出てきそうな巨大な石造りの城を思い浮かべていただけると良い。

 そんな城の長い、甲冑の飾られた廊下を、俺たち『冒険者パーティ』は歩いていた。

 『冒険者』という言葉に疑問を持った人が多いと思うが、まずは置いておいてもらいたい。今はまだ、俺も整理がついていないのだ。

 改めて状況を整理するため、俺はパーティメンバーに目をやる。

 現在、俺の周りには三人の少女がいる。そして、その3人に加えて俺自身も、まるでファンタジー系RRGに出てきそうな服や鎧、武器を装備している。ちなみに、俺の装備は剣と盾、軽装の鎧だった。おそらく勇者だろう。

 まず、俺の後方一メートルくらいのところをついてきている魔法使いみたいな、とてもきわどい格好をした少女は浅間(あさま)詩帆(しほ)

 詩帆は俺——建布都(たけふつ)颯人(はやと)の同級生であり、同時に幼稚園からの幼馴染でもある。若干赤みがかかった髪とサイドテールが特徴だ。

 てか、本当に大丈夫な格好なのか? 胸なんて、薄い布きれが乗っているだけのような感じなんだが……。まぁいい、見れたらラッキーとしておこう。

 俺の右腕をホールドしている銀髪ロングの小柄な少女は健布都(たけふつ)美華(みか)。兄の俺が言うのもおかしいかもしれないが、最高クラスの美少女である。

 格好からして、美香の職業は僧侶。こんなかわいい僧侶に治療なんてされたら、全回復呪文でなくとも全回復してしまいそうだ。

 詩帆と美華の二人はよく知っている仲だ。俺の夢に出てくるのも決しておかしなことではないだろう。

 しかし、もう一人の少女に問題がある。

 

「もしもーし、顔が赤いですが大丈夫ですニャー?」

 

 「顔が赤くなるのはあんたのせいだ!」と言いかけたのを慌てて飲み込む。

 身体で包み込むように腕をぎゅーっとされてしまったら、女性特有の柔らかい胸が腕に当たってしまうだろう。と言うか、絶賛当たり中なんだが……。

 まぁ、胸が当たっている件は置いておくとして、重大な問題が2つある。

 まず、俺の左腕にまとわりついてきている少女を、俺は知らない。街中で見かけたとか、偶々電車に乗っていたの見たとかなんてこともない。全く知らない赤の他人なのだ。

 赤の他人だと言うのにこの乳当て(サービス精神)。柔らかくて良いおっぱ——とんでもない少女である。

 しかし、これよりもっととんでもないことがある。それは、少女が()()()()()()ということだ。

 茶髪緑眼の、現実離れした可愛らしい顔をした美少女で、胸は標準か少し大きいくらい。それだけなら、圧倒的美少女というだけで済んだのだが、この少女には猫の耳と二本に分かれた尻尾があった。何を言っているかわからないと思うが、これが少女の姿。猫叉美少女だ。

 格好からして、この猫又美少女の職業は武闘家だろう。軽くて動きやすそうな薄手の服を着ている。

 不意に、猫又美少女が身を寄せてきた。元々当たっていた双丘が更に押し付けられ、むにゅっと形を変える。柔らかい。

 と、

 

「お兄ちゃんは私のなのー!」

 

 美華が吠えた。

 ビクッとする猫又美少女。そんな彼女を、美華は敵意たっぷりの目で威嚇する。しかし、猫又美少女が驚いたのは最初だけだったようで、すぐに元の調子に戻った。それどころか、今度は猫のように身体を擦り付けてくる。すると、美華も負けじと身を寄せてきた。美少女サンドウィッチと言う名の不毛な争いだ。

 こんな光景を見るのはフィクションだけだと思っていたが、まさか本当に起こるとは思わなかった(夢だけど)。そして、同時に一つわかったことがある。

 これ、めっちゃ苦しい(特に胸から腹にかけて)。羨ましいと思っていた過去の自分を殴ってやりたい。

 後ろを歩いている詩帆に、目で「助けて」とメッセージを送ったが、空中に杖で「ごめんなさい」って書かれた。そんなことに魔力使うなよ。

 そんなこんなでしばらくして、

 

「すごく……おっきい……」

 

 俺たちは巨大な扉の前に着いた。あと、詩帆はその言い方やめてくれ。

 

「いやー、なかなか広そうですニャー」

「お兄ちゃんお兄ちゃん、早く入ろう!」

 

 ……こいつら、遊園地のアトラクションか何かと勘違いしてないか?

 

「お、おい待てっ!」

 

 俺は、扉を開けようとしていた猫又美少女と美華を慌てて止めた。

 仮にこの世界の設定がファンタジーだとすれば、この扉の向こうにいるのは間違いなく強大なボスキャラだろう。とすれば、苦戦を強いられるのは間違いない。準備を整えてから行かなければ、間違いなく負ける。準備無しで挑むなんて発狂ものだ。しかし、ゲーム開発者もそんな鬼畜仕様なゲームはなかなか作らない。しっかりと準備を整えてから行かなければならないために、こういう場合には必ず帰り道があるはずなのだ。少なくとも、ゼノレダの伝説には、そういったギミックがあった。

 俺は帰り道のギミックを探す。

 帰り道のギミックは、ボス直前にある看板や石碑を読むことで帰り道のゲートが出現するというものが多い。そういうものを重点的に探す。

 急いで見つけなければならない。あわよくば引き返したまま放置したい。

 ……あ、発見。

 

「えーと……『(なんじ)、命惜しくば、青い光に飛び込むべし』と……」

 

 俺が木製の看板を読み終えると青い光が出現した。

 

「お前ら、一旦帰って準備整えてか——」

ドーン!

 

 突然の轟音と共に、爆炎が辺りを包み込んだ。

 数秒後、俺が目を開けると、

 

「ふぅ、開通したわね」

 

 扉と看板が消し飛んでいた。そして、消し飛んだ扉の前には額の汗を拭う詩帆。

 

「何やってんだお前はー!」

「何って、そりゃあ……扉、開通させただけだけど?」

「そんなことに魔力使うなよ!」

 

 詩帆はキョトンとした顔になる。

 当然のように言ってんじゃねぇ……。敵が出てきたらどうするつもりなんだよ。

 

「……そういや、敵来ないな。どうなってんだ?」

「部屋の外は索敵範囲外なんじゃない? これまでもそうだったでしょう」

 

 なるほど、部屋の中だけが索敵範囲なら、襲ってこないのも頷ける。てか、「これまでも」って元々冒険者って設定なのか。俺、さっぱりわからないんだけど……。

 まぁ、そんなことはどうでもいい。希望が見えてきた。

 

「よし、まずは街に戻って色々と準備を整えてこよう」

 

 そして、そのまま街にこもろう。ここには戻ってこない。

 

「……賛成ですニャ。ご主人がそう言うなら、私もそうしたいですニャ。しかし……」

「しかし?」

「ゲートがないのに、どうやって戻るのですニャ?」

「…………へ?」

 

 ついつい間抜けな声を出してしまった。しかし、そのおかげで「ご主人」発言はスルーできたわけなのでよしとする。

 俺が恐る恐る青い光があった方を見ると、

 

「ウェェェェ⁉︎」

 

 無かった、青い光が。

 

「あ、看板のあったところに何か書いてありますニャ」

「どれどれ……『ゲートを繋ぐ魔力は看板自体にあるから、くれぐれも壊したりしないでね♡』……んなトコに大事なことを書くんじゃねぇ!」

 

 希望が絶たれた。看板はさっきの爆炎で消し炭になってしまったのだろう。いよいよ後戻りできなくなってしまった。

 少女たちは、頭を抱える俺の横を素通りして部屋に入っていく。俺は仕方なく部屋に入った。もうどうにでもなりやがれ。

 

「お兄ちゃん遅ーい!」

「もたもたしないでよね」

「慎重なのは結構ですが、迷惑はかけないようにしてほしいのですニャ」

「ごめん……」

 

 3人から責められ、釈然としないながらも謝る俺だった。

 ……俺悪くなくね?

 

「さて、ボスはどこ?」

 

 詩帆が目をギラギラさせながら部屋の中を見回す。

 確かに、ボスと言うべき何かがこの部屋にはいなかった。それどころか、あまりにも物がない。部屋の壁には灯りの役割を果たしているであろうロウソクがつけられ、美しい装飾が施された開け放しの大きな天窓からは、分厚い雲を超えてきた薄暗い太陽光が差し込んでいる。しかし、それ以外には玉座と思しき椅子しかない。あまりの物の無さに不気味さすら感じる玉座の間である。

 やる気満々の様子でボスを探す詩帆に、猫又美少女は、

 

「もう少しすれば出てくると思いますニャ。おそらく、お散歩にでも行っているのかと……」

「随分と余裕ね。まぁ、どんなやつでも、この私がぶった切ってやるんだけど」

「お前魔法使いだろ……」

 

 魔法使いらしからぬ脳筋発言に、俺はジト目でツッコむ。てか、俺の知ってる詩帆とちょっと……いや、かなり違う。

 

「お兄ちゃんのために勝利を!」

「…………」

 

 ダメだ。これにはツッコめん。危険なことはしてほしくないが、そんなことを言われたら止め辛い。

 

「例え、王様だろうと、ご主人の敵はぶん殴ってやるですニャ! ぱわーいずおーるですニャ!」

「…………はぁ……」

 

 もはや溜息しか出ない。こいつも脳筋か……。

 そんな風に、俺以外全員武闘家のようなパーティにがっかりしていると、

 

「ほう、こんなところに人間とは珍しい……」

 

 よく通る低い声(こういうのを良い声と言うのだろう)と共に、全長十メートルはあろうかという巨大なドラゴンが天窓から入ってきた。

 俺は、着地の衝撃と風圧で吹き飛ばされそうになるのを、足を踏ん張ってなんとか耐える。美華も俺の腰に捕まって耐える。

 そういえば、詩帆の着ている服って、結構きわどいやつだった気が……。

 

「きゃー! 服が飛んじゃうー!」

「詩帆さん、服がはだけておっぱい見えちゃってますニャ!」

「ふぇ? ……イヤァァァァア!」

 

 後ろでは何か素晴らしいことが起きている様子だが、振り返っている余裕なんてない。美華がくっついていることもあって、石の床を踏みしめるので精一杯だ。

 しばらくして、風がおさまった。

 

「フハハハハハ、なかなか良いものを見させてもらったぞ!」

「うう……お嫁にいけない……」

 

 ドラゴンに笑われ、詩帆は胸を隠してうずくまる。ちなみに、詩帆は三人の中で一番胸が大きい。しかも、大きさだけでなく、形も良い美乳である。欲を言えば、俺も見たかった。

 ところで、ついさっきから俺を見る妹の目が怖いんですが……。

 

「お兄ちゃん」

「は、はい、なんでしょう?」

 

 美華の声が妙に低く、思わず敬語になってしまう俺。

 美華は目だけをこちらに向けたまま、

 

「……大きい方が、好き?」

 

 ………………。

 …………。

 ……?

 

「は?」

 

 その質問があまりにも意外すぎたせいで、俺は完全に素で聞き返してしまう。

 美華は顔を赤くして、もじもじしながら、

 

「だ、だから……大きいお、おっぱいの方が好きか、って聞いてるの……」

「ああ、そういうことか……。うむぅ……」

 

 俺は考え込む。

 美華は身体と同様に胸も小さい。はっきり言って、ほとんど壁だ。そして、それは美華自身のコンプレックスでもある。

 もしも、ここで「大きい方が好き」と答えてしまったら、兄妹の仲に亀裂が入るのはほぼ確実。だから、美華の期待する答えを返してあげたいのだが、ここには巨乳の詩帆もいる。てか、こちらを見ている。こういう場合は適当にはぐらかすと良いと思うのだが、美華ははぐらかされることを嫌うので、はぐらかすのはNG。俺自身も、はぐらかすのはあまり好きじゃない。

 俺は十秒程の悩んだ末、

 

「そりゃあ、大きい方が……」

 

 許せ、妹よ。お兄ちゃんだって男の子なんだ。……ああ、そんな悲しそうな目で見つめないでくれ。

 

「だ、大丈夫だ! 胸が全てじゃないって言うか、心が大事って言うか。美華は胸ちっちゃいけど超可愛いから、好きになる人たくさんいるから!」

「ちっちゃい……小動物的可愛さ……」

 

 慌ててフォローしようとしたが、さらに大きなダメージを与えてしまったのは明らかだった。

 夢の中なのに思い通りにならないなんて不便すぎる!

 こうなったら、最終手段を……。

 

「少なくとも、俺は美華のこと好きだから!」

「……! うぇへぇ……」

 

 美華は一瞬目を見開くと、顔をだらしなく緩ませた。

 すごく可愛い。もしかしたら、良い夢かもしれない。

 

「颯人……」「ご主人……」

 

 妹の機嫌は良くなったが、他2人からの視線は痛くなった。

 やっぱ悪夢だ、この夢!

 

「ワハハハハハ! 愛されておるな、少年」

 

 さらには、ドラゴンにまで笑われる始末。てか、「愛されている」って、これのどこに愛を感じたんだ……。

 混乱する俺の隣で、詩帆がドラゴンに杖を向ける。

 

「さて、ドラゴンさん。ちょっとした茶番が入ったけど、退治させてもらうわ!」

「お兄ちゃんと私の将来、ついでに世界のために!」

「ぶっ飛ばしてやるですニャー!」

 

 お前ら、血の気多すぎだろ……。

 

「まあ落ち着け。このままでは勝負にならん」

「ふん! 手加減なんていらないよ。私たち強いから」

「いや、そうでなくてな……」

「さぁ、歯をくいしばるのですニャ!」

「お、お主らちょっと待ってくれんか⁉︎」

有罪(ギルティ)……!」

「ちょっと待て、お前ら! 話くらい聞いてやれ!」

 

 俺はドラゴンの前に飛び出した。三人から溢れていた魔力(っぽいオーラ)が止む。

 ドラゴンはホッとした表情(なのだろう、多分)になり、

 

「ふぅ……危ないところだったわい。最近の若者はせっかちで困る」

「本当にすまない。こいつらちょっとおかしくて」

「「「はぁ⁉︎」」」

「お前らはちょっと黙ってろ……!」

「「「い、イエッサー!」」」

 

 睨みながら言ったら、三人とも敬礼した。イエッサーて……。

 

「さて、静かになったところで会話の続きだ。何が言いたかったんだ?」

「うむ。実は、我はこのままだととても弱いのだよ。防御力が低くての。昔はよくバカにされたものだ。……だから、少し待っていてくれんか? 鎧を着なければ、お主らと勝負にならんのだ」

 

 なるほど、つまりはヒーローの変身のようなものか。確かに、これは待たなければ失礼だ。

 てか、あの三人なかなかエグいことしようとしてたな。鎧着る前に攻撃とか、変身中のヒーローを殴るのと同義じゃねぇか。どんな極悪な怪人だって、ヒーローの変身中くらいはじっとしているぞ。

 

「……して、我は着替えてきてもいいかの?」

「ああ、全然構わないぞ」

「では、しばし失礼!」

 

 そう言って、ドラゴンは部屋の奥にある扉の向こうに消えていった。

 なんか、難易度が上がってしまったようだが、これはこれで良いだろう。「もうどうにでもなれ!」という精神でこの部屋に入ったわけだし、卑怯な戦い方は嫌いだ。そんな方法で勝っても嬉しくない。

 俺がスッキリとした表情で奥の扉を見ていると、美華と猫叉美少女が寄ってきた。

 

「これから倒す相手にも情けをかけ、全力でぶつかり合おうという姿勢。さすがはご主人ですニャ!」

「お兄ちゃんかっこいい! 正々堂々!」

 

 褒められるのは嬉しい。だけど、お前らさっきまでドラゴン瞬殺しようとしてたよな。

 あまりにも素早い掌返しに、苦笑いする俺だった。

 数分後、

 

「待たせたな。では、始めようか」

 

 鎧に身を包んだドラゴンが天窓から戻ってきた。

 何故わざわざそっちから来たし……。まぁ、演出としてはかっこよかったから良いと思うが。

 とりあえず、これはツッコんじゃいけないよな。オトナの事情には首を——。

 

「なんで上から来たんですニャ?」

 

 突っ込みやがった⁉︎

 

「それはな、魔王様に頼まれたのだよ。『この方がかっこいいぜ! 女子ウケも良い!』と」

 

 お前もバカ丁寧に答えてんじゃねぇよ! てか、魔王チャラいな!

 

「……して、我の登場はどうだったかの? かっこよかったか?」

「うーん……普通でしたニャ」「普通……」「普通ね」

 

 こいつら……。

 死んだ目で何もないところを見つめるドラゴン。とりあえず、3人の発言が今世紀最大の精神ダメージを与えたことは間違いないだろう。

 ドラゴンさん、ドンマイっす。

 

「……貴様ら……」

 

 おや、ドラゴンの様子が……。

 

「ぶっ殺してやーる!」

 

 おめでたくない。ドラゴンはブチギレた。

 そんなわけで、ボス戦の火蓋が切って落とされた。

 戦闘開始と同時にドラゴンが火球を吐き出した。俺たちは全員別々の方向に跳んで避ける。

 

「隙ありですニャー!」

 

 火球攻撃の後は硬直時間のようなものがあるのだろう。ドラゴンの動きが止まると同時に、猫又美少女が懐へ飛び込んだ。

 

猫拳(ねこけん)!」

 

 強力な一撃が鎧に直撃し、轟音を響かせる。しかし、その巨大な音とは裏腹に、鎧は拳をいとも容易く受け止めてしまった。

 ドラゴンは、少女に向けてその巨大な爪を振り下ろそうとするが、その手を氷が包み込む。

 

「私のことを忘れてもらっちゃ困るね!」

 

 詩帆がドラゴンに杖を向けながら言った。

 

「小癪な……!」

 

 ドラゴンは詩帆に向けて尻尾を振るった。俺は詩帆と尻尾の間に入り、盾を構える。コンマ数秒後には、重い衝撃が盾を持つ左腕に伝わってきた。吹っ飛ばされそうになるが、踏ん張って耐える。

 今、俺の後ろには詩帆がいる。

 俺はパーティメンバーの中でたった一人の盾持ちだ。その役目は、盾となってメンバーを守り抜くこと。

 その役目を果たすため、俺は踏ん張る。尻尾の一撃を耐え抜く。

 ほんの数秒間のはずなのに、永遠にも感じられる力くらべを耐え抜き、俺はドラゴンの尻尾を軽く切りつけた。ドラゴンの意識が完全にこちらへ向く。

 瞬間、

 

「足元注意ですニャ! 弓射脚(きゅうしゃきゃく)!」

 

 ドラゴンの膝に、猫又美少女の鋭いドロップキックが入った。

 ドラゴンはバランスを崩して倒れる。頭が俺の目の前に来た。

 ——チャンス。

 そう心の中で呟いた瞬間、頭の中に『ガイアスティング』という言葉が浮かんだ。おそらく、スキル名だろう。

 俺は、ドラゴンの頭目掛けて剣を振り下ろしながら、その言葉を叫ぶ。

 

「ガイアスティング!」

 

 ガスッ!

 

 ………………。

 …………。

 ……。

 

「え?」

 

 何も起きなかった。それどころか、全力で剣を振り下ろしたはずなのに、伝わってきたのは剣が肉を切る感触ではなく、鈍い音と硬い感触だった。

 圧倒的にパワーが足りていない。勇者ならばあるはずのパワーが俺にはなかった。

 

「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇえ⁉︎」

 

 ドラゴンの鱗を削る程度に終わった剣は行き先をずらし、石の床へと向かっていく。

 すぐに距離を取りたいが、悲しいことに全力で振り下ろした剣が止まってくれる気配はない。

 剣先が床に触れ——

 

ドシュッ!

 

「……………………え?」

 

 剣先が床に触れると、同時に魔法陣が発生し、床からは巨大な岩の槍が飛び出した。

 岩の槍はドラゴンの真下から飛び出したため、結果的にはドラゴンを空中に突き上げる形になった。

 そして、俺はここで気づいた。

 俺は、勇者じゃない。俺は、

 

「魔法戦士か……」

 

 魔法戦士。

 魔法と力を用いて戦う職業。しかし、使用する魔法は基本的に、ダメージを与える攻撃魔法ではなく、ステータスを変化させるサポート魔法であり、魔法らしい攻撃も武器に魔力を付与したものであることが多い。能力値は、鈍くて攻撃力が高い戦士と、そこそこ速くて賢い魔法使いが組み合わさることで、それぞれが概ね平均かそれ以上のステータスを誇る。しかし、それ故に突出したステータスがなく、魔法使いの大きな強みの一つである「そこそこ速い」という点が、戦士の「鈍い」という弱みによって打ち消されてしまったり、肝心の賢さを活かす攻撃魔法が無かったりするせいで、これと言った特徴が無くなってしまっている。どんな局面でも使えると言われれば聞こえは良い。しかし、実際は、中途半端な能力のおかげで、戦士や魔法使いのような目立ったアタッカーにはなれず、盾やステータス強化などのサポート役に回されてしまう悲しい職業なのだ。

 ……俺は何故魔法戦士の紹介なんてしているのだろうか。確かに、俺がゲームでよく選ぶ職業だが……。

 個人的に、魔法戦士は好きだ。好きだけど、どうせなら勇者になりたかった。……てか、俺が勇者じゃないなら、誰が勇者だ?

 俺がそんなことを考えていると、

 

「……ぶふっ⁉︎」

 

 ドラゴンの尻尾で頬をビンタされた。空中に突き上げた時の衝撃で、尻尾が揺れてこちらに来たようだ。

 夢だから痛くないが、物の見事に吹っ飛ばされる。床で2、3度バウンドし、着いた場所は妹の足元。

 

「お兄ちゃん大丈夫⁉︎」

「大丈夫だ。可愛らしい天使が見える」

「それ大丈夫じゃないよね⁉︎ 気をしっかり持って! 今すぐ治すから!」

 

 そう言って美華は俺の頬に手を当てる。

 ……俺、本当に昇天してもいいかもしれない。美華、マジ天使。

 美華の手から温かい光が発せられると、頬の痛みが引いていく。これが回復魔法ってやつなんだろう。

 俺の体力が回復すると、美華は立ち上がり、

 

「お兄ちゃんに何してくれとんじゃー!」

 

 キレた。

 てか、ドラゴンは何も悪くないんだよなぁ。俺が攻撃したから、尻尾が当たっただけだし。でも、こうなった美華はもう止まらない。俺でも止めるのが怖い。

 

「せめて、気を使って攻撃受けろ! お兄ちゃんに当たらないように尻尾動かさない努力くらいしろ!」

 

 理不尽すぎるだろ……。

 これには、詩帆と猫又美少女も苦笑いしている。

 ドラゴンは立ち上がり、

 

「うるさい! 敵に気を遣うやつがどこにいる!」

「「「そこ」」」

 

 三人が同時に指差してきた。

 ドラゴンは俺の方を向き、「ああ、確かに」と相槌を打つ。

 その瞬間、美華がドラゴンに向かって駆け出した。

 突然のことに、ドラゴンの反応が明らかに遅れる。

 

「なっ⁉︎ 不意打ちなんて卑怯だぞ小娘ぇ!」

「卑怯上等! お兄ちゃんを傷つけるのは誰であろうと、どんな手段を使ってでも懲らしめる!」

 

 兄妹の関係が逆になってないか……?

 美華は杖を、まるで剣でも持っているかのように振りかぶる。

 その瞬間、杖の先から光が伸び、光の刃が出来上がった。

 び、ビームセーバーだと……⁉︎

 俺は気づいた。回復魔法で治療してくれたし、完全に僧侶みたいな格好だったし、「卑怯上等」なんて勇者はおろか、そのパーティメンバーでも言わなそうなことだし……。でも、その手に持つ剣とその身から溢れる魔力が叫んでいる。「私こそが勇者だ!」と。

 

「てやぁぁぁぁぁ!」

 

 美華はドラゴンに向けて、光の剣を振り下ろした。

 

「この卑怯者がァァァァァァァア!」

 

 ドラゴンの断末魔が城中に響き渡った。

 

 ピピピッピピピッピピピッピ——バシッ!

 

「ふぁー……」

 

 俺は目覚まし時計を叩いて止めると、上半身だけを起こして背伸びをした。

 いつも通りの時間、いつも通りの目覚まし時計のアラーム、いつも通りのベッドの上。俺の顔の横では、いつもと同じように、飼い猫のこころが眠っている。

 そんな風に、いつもと変わらない朝五時半の俺の部屋。

 

「変な夢だったな……」

 

 そう呟いて、俺は制服に着替える。

 本当に、変な夢を見てしまった。勇者になれたと思ったら、使い道に困る魔法戦士だったり、その勇者が妹だったり、妹がドラゴンを一撃で沈めたり……。そういえば、あの猫叉の女の子は誰だったのだろう。身の周りで、あんなコは見たことがない。

 考えても仕方がないので、俺はいつも通り朝食を作ることにした。

 俺はドアノブに手をかけ、

 

「こころ、もうちょっとでご飯だぞ」

 

 その一言でこころは目を覚まし、俺の足元に駆け寄ってきた。

 こころは、俺の足に身体を擦り付け、可愛く「ニャア」と鳴いた。その可愛さに頬を緩ませながら、俺は一階にあるキッチンに向かうのだった。

 

 いつもと変わらない朝の風景。普通の朝。平和な朝。

 俺は気づいていなかった。この日、俺の平和が崩れ始めていたことに。

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