我ら神の子!   作:四ツ兵衛

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双六(後編)

 美華が双六を持ってきた翌日。

 第2多目的室には双六を最後までプレイするために、関係者全員が集まっていた。

 越前先生とこころはバチバチと火花を散らし、その隣で詩帆はギャンブルがテーマの青年向け漫画を読んでいる。そして、美華と悠平は瞑想中。

 ……ギャンブルの漫画を読んでも別にギャンブルで強くなるわけじゃないし、瞑想しても神は舞い降りて来ないと思うんだが。まぁ、何も言わないでおこう。

 彼らが無駄なことをして時間を浪費している間にも、俺はルールブックを読みながら、昨夜考えた戦法のおさらいをしているのだ。勝利のためにも手は抜かない。

 俺はお前たちバカを蹴落として勝ち上がるのだ、などと下衆な考え方をすると、思わず口角が持ち上がり、ニヤついてしまう。

 ……待て、まだ笑うな。勝利を確信するにはまだ早すぎる。

 我慢しようとするが、そのせいで逆に変な顔になってしまう。

 

「颯人、キモいぞ……」

 

 悠平のような変態にキモいと言われても、いつものように怒ることはない。何故なら、これからゲームで叩きのめすことで、きっと傷つけてしまうから。バカに何を言われても大したダメージではない。

 

「お兄ちゃん、顔が気持ち悪いよ」

 

 ……心が折れそうだ。

 

 

 机を並べてボードを置き、昨日のマスにコマを置いて準備完了。

 サイコロは一番手である悠平に渡される。

 

「さぁ、今日こそはイベント頼むぜ!」

 

 意気込んでサイコロを振り、出た目の数は3。

 悠平はコマを進め、

 

「なになに……『母親がオレオレ詐欺で100万円騙し取られた。仕送りで50万円減る』……よっしゃー! 初イベントだぁー!」

 

 思いっきりマイナスのイベントなのに大喜びする悠平。金額計算が書いてあるノートに、上機嫌で減った後の金額を書き込む。

 

「よくそんなに喜べますね……。悠平さんはいじめられて喜ぶ変態さんなんですか?」

「あん? そんなことないぞ。俺はノーマルだ。そして、変態だ」

「ノーマルだったら、変態とは言いませんよ……」

「おっと違った。ノーマルなイケメンだったぜ」

 

 悠平は前髪を掻き分け、「フフッ」と笑った。

 先生以外の女子全員が引いたのがわかった。俺も引いた。

 変態という言葉を出してしまった時点でイケメンもクソもないのだから仕方あるまい。

 

「神よ、我に良いマスを!」

 

 美華は変な台詞を言いながらサイコロを振る。

 そんなこと言っても良い数字なんて出るはずが、

 

「くくく……6か。『2巻目が大ヒット。50万円ゲット』……だってさ。やったー!」

 

 神よ。あなたは少し公平になった方が良い。

 続いて、先生の番。

 

「……『平和な日常を送れた。特に何もなかった』……また何も起きなかったわ」

 

 4を出して、この結果。

 平和ほど幸せなことなんてないのだ。実に素晴らしいじゃないか。

 

「さてさて……。ふふふ……」

 

 いよいよ俺の番が来た。

 こういう時、俺は思わず笑ってしまう癖があるのだが、

 

「いやー、悪い顔してますねー。健布都の旦那」

「颯人、怖い。超怖い」

「お兄ちゃんは悪人じゃないけど、悪人ヅラなんだよねー」

「ご主人、ゾクゾクしちゃいます……」

 

 ……どうやら、俺の顔は毎度毎度やばい顔になってしまっているらしい。ところで、こころは何故ポワーンとした顔になる⁉︎ ……マゾの変態はこいつなのではなかろうか。

 

「そいやっ!」

「それ私の掛け声!」

「そんなこと知らん。おっ、2だ」

 

 詩帆の言葉を適当にスルーしてコマを進める。止まったマスはイベントマス。

 

「……『署内の柔道大会で優勝した。3マス進み、職業カードを1枚手に入れる』……よしっ!」

 

 俺は小さくガッツポーズし、さらにコマを進めて美華が用意してくれた青いカードの山札からカードを1枚引いた。

 と、

 

「おい、ちょっと待て。なんだ、その職業カードってやつは?」

「私も聞いてないよ。何それ?」

「……ああ、そういえば職業カードをゲットしたのは、お兄ちゃんが初めてでしたね。説明してませんでした。職業カードって言うのは、職業ごとにある専用のアイテムカードです。あ、この際だからアイテムカードについても説明しますね」

 

 美華は鞄から裏面が赤いカードの束を取り出す。

 

「これがアイテムカードです。アイテムカードは使用することによって、自分や他のプレイヤーに様々な効果を与えることができます。使用タイミングはサイコロを振る直前で、1ターン中での使用回数に上限はありません。3ターン目が終わってから、給料を貰った後に1枚5万円で購入でき、止まったマスによっても手に入れることができます。そして、こっちが……」

 

 今度は裏面が白だったり、青だったりと様々な色のカードを取り出した。

 

「こっちが職業カードです。白いのが医者で、緑のが教師。他にも、ピンクならアイドルで、青なら警察官、作家は黄色です。あ、フリーターの色は黒ですね。アイテムカードみたいに購入することはできませんし、職業によって別々ですが、その分かなり強力な効果を持っています」

「ほほう……例えば?」

「相手を一瞬で底辺へと叩き落したり、自分自身のコマを大きく進めたりすることができます」

「……もしかして、職業によっては強力なカードばかりってこともあるの?」

「その通りです。職業によっては異常に強力なカードを持っている場合がありますね。まぁ、どの職業が強力なのかはプレイしていくうちに覚えていきましょう」

 

 そう言って、美華はこちらに目を向けてくる。

 警戒するのも無理はない。ゲームを作った本人である美華にはわかっているはずだから。最も強力な職業カードを持っている職業は警察官だと。

 警察官は犯罪者を捕まえることができる。逮捕や拘束、つまりは他のプレイヤーの行動自体にダメージを与えることが可能なのだ。例えば、ターンをスキップさせたり、ある一定以上の数を出さなければ進めないようにしたり。早くゴールすることが重要なポイントになるという、双六において致命的なダメージを与えられるパワーを持っている。

 さて、誰を潰そうかな……?

 そんなことを考えながら、こころにサイコロを渡す。

 

「それじゃあ、こころ頑張れよ」

「はい、もちろんです!」

 

 こころは嬉しそうに受け取り、

 

「ねぇ、良い数出るよね? ……良い数出せよ、な?」

 

 なんかすごく黒い飼い猫が見えた気がする。

 

「では、投げますよー」

『は、はい……』

 

 この場にいる全員が微妙な返事をしてしまう。

 いつもは嬉しい明るさなのだが、今はその明るさが怖い。

 

「あれ? 1ですか。おかしいですねぇ。『特に何も起きなかった』としか書いてないマスが見えるんですが……」

 

 双六の神様、礼を知らぬやつに優しさをくれてやることはない、そういうことなのですね。グッドです。

 

「じゃあ、最後は私だね。幸せな生活を目指してレッツゴー!」

 

 詩帆はやる気たっぷりに今日初めてのサイコロを振った。

 出た目は5。

 幸せな生活を目指す上では、なかなかの好スタートと言えよう。

 

「えーと……『クラスで風邪が流行。1マス下がる』……あちゃー。私も気をつけなきゃね……」

 

 詩帆は微妙な顔でコマを動かした。

 ……いや、双六の世界で風邪が流行っても、お前が風邪ひくわけじゃないからな。

 3ターン目が終了して、それぞれに給料が支払われ、生活費が引かれた。

 そして、アイテムの購入に移る。

 

「ここにアイテムカードの山札が3つあります。アイテムカードが欲しい方は1枚につき5万円払って、好きな山札の上から引いてください。複数枚購入する場合は、その枚数になるように別々の山札から引いても良いですよ」

「じゃあ俺5枚〜」

「2枚いただこうかしら」

「私も2枚で!」

「私はいらないですね。作家にとって散財は痛いので」

「アイテムに頼るような者がスーパーアイドルになることはできません」

 

 それぞれ、何かしらの思惑はあるようだ。とりあえず、悠平は散財やめろ。

 俺も1枚購入し、悠平のターン。

 

「さてさて、次はどんなイベントが俺を待っているのかね?」

 

 悠平はサイコロを軽く振る。6が出た。

 

「……『美少女が入院してきた。6進む』……ククク、フハハハハハ! 良いぞ良いぞ。ついに我が元に美少女が来た。これからは色々お世話してあげるからな。お着替えとか、おトイレとか、採血とか、触診とか……グフフ」

「うわっ、キモい……」

「なんとでも言え! 美少女が入院した時点で俺は勝ち組なのだ! ……さぁ、美少女ちゃん。僕と一緒に頑張って病気を治そうじゃないか」

 

 悠平は誰もいない場所に向かって話しかけ始めた。

 

「ほら、まずはおぱんつを脱ごうか。君が早く元気になるために、僕がお注射をしてあげるだけだからさ。ううん、大丈夫痛くないよ。僕はお注射が上手いから。痛いよりも、気持ち良くなれるよ。ほら、僕の注射器から白いお薬を君に——」

「黙れっ!」

 ゴンッ!

「イダァッ!」

 

 俺のげんこつにより、悠平を止めることに成功した。

 

「何すんだよ、颯人⁉︎」

「いやぁ、あまりにも下品なことを美華の前で言うもんだからつい、な?」

 

 我がプリティエンジェルを変態の道へと堕としかねない行為はやめていただきたい。エロい美華もそれはそれで良いと思うけど。……いかんいかん、危うく俺も変態の道に踏み込むところだった。

 

「私は進む。輝かしい未来へ!」

 

 これまた妙にかっこいい台詞を言いながら、美華はサイコロを振る。

 2が出た。

 

「『印刷会社側のトラブルにより、本の発売日が延期になってしまった。1回休み』……うそぉ⁉︎」

 

 神様もずっと優しいわけではないということである。

 美華はしょんぼりとしながら、先生にサイコロを渡した。

 

「じゃあ、私の番ね。……えいっ!」

 

 3が出た。

 進んだ先には何のイベントもないマス。

 

「なんて言うかこう……安定しているのは良いのだけれど、起伏がなさすぎるのは残念よね……」

「その代わり受けるダメージも少なくて助かるけどね」

「そうね。……はぁ、何かイベント起きないかしら」

「先生は何か起きて欲しいイベントがあるんですか?」

「えっ……⁉︎」

 

 俺の質問に、先生の肩が一瞬跳ねた。

 

「あー、先生ビクってなった。あやし〜」

 

 詩帆が目を細めて先生の方を見る。

 先生は溜息がちに、

 

「まぁ、ないわけじゃないわよ。でも、これを言っちゃうのは立場的に大丈夫なのかと思うのよね」

「大丈夫大丈夫。別に言ったところで現実になるわけじゃないし、所詮ゲームのイベントだから。それに、この部屋には先生のこと否定する人なんていないよ」

「……じゃあ、言っちゃおうかしらね。漫画みたいな感じで、先生に恋しちゃう生徒っていうイベントが起きて欲しいのよ」

「ええっ⁉︎ ……あ、すみません。続けてください」

 

 悠平は申し訳なさそうに会話の続きを促す。

 何故反応したのかが不思議だったが、質問すれば先生の話を邪魔しかねないので、俺は何も聞かなかった。

 

「先生と生徒の恋愛っていけないことでしょう? でも、いけないからこそ、ちょっと憧れているのよね。だから、この双六で何か起こらないかなぁ、と思ったのよ」

 

 先生は恥ずかしそうに「ふふふ……」と笑った。

 一方、悠平は何故か少し嬉しそうだった。

 ……それはさておき、俺のターン。

 

「俺のターン! ポーイッ!」

「掛け声かっこ悪いな⁉︎」

「6……『迷子の女の子と仲良くなった。3マス進む』……子供は純粋で良いよな。俺のことを怖いって言わないから……」

 

 今更になって、さっきのダメージが回ってきた。

 怖いと言われるのは、やはりダメージがでかいらしい。

 

「颯人が辛そうにしてるな。……大丈夫か?」

「いったい颯人に何が起きたの⁉︎」

「颯人クン、悩みがあったら先生を頼りなさい。

「ご主人が悲しんでます! 悲しませたのは誰ですか?」

 

 原因はあなたたちです。

 

「大丈夫だよ。お兄ちゃんがとっても優しいお兄ちゃんだってこと知ってるから」

「うおー、妹よー!」

「お、おおお、お兄ちゃん⁉︎ ……ウェヘヘ」

 

 俺が抱きつくと、美華はだらしなく口元を緩ませる。本当に可愛いやつめ。

 その代わり、

 

「「ちっ……」」

 

 こころと詩帆には舌打ちされた。

 やっぱり、俺の顔よりも、女の子が不機嫌な時の顔の方が怖いと思うんだが……。

 

「……まぁいいです。私のプレイングでご主人をメロメロにしてあげますから。それっ!」

 

 5が出た。

 

「『アニメにゲスト声優として出演決定。3マス進む』……悪くないですね」

「でも、大して良くもないわよぉ?」

「何も起こらないマスをずっと踏み続けている女狐には言われたくないです。引っ込んでてください」

「生意気な子猫ちゃんねぇ……」

 

 普段なら既に喧嘩になっているだろうが、今日は先生が引っ込んだ。口よりもゲームで叩きのめしてやろうという魂胆だろう。こころも追い打ちをかけないあたり、同じ考えを持っているに違いない。

 ……全く、懲りないなぁ。

 

「あはは……。じゃあ、私はアイテム『アクセルペダル』を使うね」

 

 詩帆は自動車の絵が描かれたカードを使った。効果は『サイコロを2回振り、足した数だけ進む。両方とも同じ数が出たらボーナスで20万円ゲット』……何気に強力な効果を持ったカードである。

 

「そいやっ!」

「ああっ! 俺の掛け声!」

「元は私のだよ! ……ん、6と6で12だ。20万円ゲットー!」

『ええ⁉︎』

「えーと、このマスは……『宝くじが当たった。100万円ゲット』」

『はぁ⁉︎』

 

 このターンだけで120万円もゲットした詩帆。部員一同、驚きを隠せない。

 

「そ、それでは、アイテムの購入でお金がそこそこ動いたので、このターンの集計をしたいと思います」

 

 美華が顔を引きつらせながら、ノートを取り出した。

 

「大國先輩205万円。私210万円。先生60万円。お兄ちゃん94万円。こころ180万円。浅間先輩190万円。上位は接戦ですね。お兄ちゃんたちも逆転はまだまだ可能ですので、頑張ってください」

 

 美華はそう言ってニコッと笑った。

 その天使の笑顔のおかげで頑張れる気がするぜ。

 ……ところが、十数ターン後。

 

「ははは! やはり、俺が一番だ!」

「また印刷会社でトラブル⁉︎ お兄ちゃんどうにかしてー!」

「何も起こらない。なんでよ……」

「格闘技大会優勝でアイテムカード3枚ゲット……それより金をくれ」

「……今度は歌手デビューですか。スーパーアイドルへの道は辛いですね」

「やったー。また6の被り、20万円」

 

 順位がほとんど変わらない。変わったとしても美華と悠平の順位が入れ替わるだけ。

 上位陣は相変わらず接戦を繰り広げ、俺と先生は大きく稼ぐことができずにいた。アイテムを使うことでダメージを防いだり、大きく前進することはできても所持金の追い上げはさっぱりだ。

 職業カードの強力な効果を使えば、悠平と美華の内どちらかを叩き落とすことも可能だが、なるべくなら決め手として残しておきたい。

 ……とは言え、誰かが動かなければゲームが動かないのは明白なため、職業カードを使おうと思っていたところで悠平がとあるマスを踏んだ。

 

「『結婚のチャンス! サイコロを振って相手を決めよう!』……結婚だとぉ⁉︎」

「……ああ、踏んじゃいましたね。まぁ、言葉の通りですよ」

 

 嫌そうな顔をしつつ、美華は説明を始める。

 

「まずは大前提として、結婚にリアルの性別は関係ありません。大國先輩とお兄ちゃんが結婚しても問題ないわけです。結婚すると、夫婦の所持金を足した金額が所持金になり、夫婦で所持金を共有します。結婚している状態でゴールした時の順位も、この金額が適用されます。夫婦にかかる生活費は10万円から15万円になります。これは、1人につき15万円という数え方ではなく、2人合わせて15万円という数え方なので、1人辺りの生活費は実質7万5千円です」

「待て待て! それって、超有利じゃねーの⁉︎」

「まぁ、そうですね。結婚すれば所持金が大幅に増えるだけでなく、生活費も減りますので。おまけに、一部の仕事では給料が増えますし、アイテム効果の共有も可能です」

「何そのぶっ壊れ要素⁉︎」

「まぁまぁ、落ち着いてください。デメリットもありますから。まず、結婚した2人のうちのどちらかが作家でない場合、2人のうち1人は主婦ルートと言う、お金をあまり稼げないルートに飛ばされてしまいます。さらに、これはアイテム効果の共有と同様に扱われるのですが、アイテムの効果は自分に使用するプラスの効果ばかりじゃなくて、相手から使用されるマイナスな効果もあるじゃないですか。マイナスな効果も夫婦で共有することになります。効果を受けるマスを踏んだ時も同様に共有しなきゃいけません。嬉しいことも悲しいことも、色んなことを共有してこその夫婦ですから」

 

 美華は自信満々に言った。

 総合的に考えれば、結婚は得をする点の方が多い。しかし、夫婦揃ってダメージを受けるというのはなかなか痛い点だ。特に、1回休みなんてマスを踏んだら、夫婦揃って大ダメージを受けることになる。

 いつもは、ろくに人の話を聞かない悠平だが、結婚というシステムに関しては一応しっかりと聞いていたらしく、

 

「とりあえずはアイテムや所持金が多い人と結婚した方が1位には近づけるってことか。まぁ、もともと1位だけどな。……で、サイコロを振るとかあるけど、どうやって結婚するんだ?」

「サイコロの目で出た人と結婚します。今のプレイヤーがちょうど6人なので、サイコロを振る順番を数字に割り当てましょう。自身の数字だったら、結婚失敗ってことで」

「わかった。……さぁ、美少女来いや!」

 

 悠平が気合いを入れてサイコロを振る。1が出た。

 6分の1の確率を引き当てるなんて、なかなかの強運だな……。

 

「ぎゃー! 結婚失敗だとぉ⁉︎ 俺ほどのイケメンがぁー⁉︎」

「落ち着け。別に結婚のチャンスは1度きりじゃないだろ?」

「……そうだな。よし、次こそは美少女を!」

「まぁ、お前の場合、俺以外はみんな美少女と美女だけどな」

ガタッ!

 

 俺が何気なく呟くと、女子たちが反応した。

 

「ん、どうしたんだ?」

「なんでもないよ」「なんでもない」「ご主人が私のことを美少女と……!」

 

 美華と詩帆は顔を赤くしてうつむき、こころは今にも飛びかかって来そうな様子で喜んでいた。

 嬉しいなら、2人もこころと同じように素直に喜べば良いのに。

 

「……お、お兄ちゃんに褒められたし、頑張るしかないよね。あ、50万円ゲット」

 

 美華はコマを進めて大金をゲットした。

 

「おおー、1位になったじゃないか。おめでとう」

「可愛いは正義ってこういうことなのか……? それなら俺も可愛くなれば……!」

「いや、悠平にそれは無理だから」

「あらー、悠平クンも可愛いわよー」

「ありがとうございます!」

「可愛いものや綺麗なものを褒めるのは当たり前のことよ」

 

 先生はにっこりと微笑んだ。

 ……こころのことは褒めないのに、よく言うよ。

 

「さーて、私の番ね。……また何も起こらないなんて、このサイコロおかしいんじゃないかしら」

「先生は相変わらず運がないですね。……あ、結婚イベントだ」

ガタッ!

 

 また女子たちが反応した。なんなんだいったい……。

 とりあえず、結婚相手の希望は先生以外なら誰でもいい。さすがに先生では所持金と変化が少なすぎて後のターンが怖い。

 希望を言えば、美華と結婚したい。現ターンでの所持金が最も多く、同時に作家という仕事は主婦(または主夫)ルートに強制的に切り替えられることもない。結婚相手としては最高だろう。

 

「先生以外来い!」

「颯人クン、あなた何気に酷いわね……」

 

 先生にドン引きされた。

 

「……詩帆、よろしく頼む」

 

 サイコロの目は6だった。

 詩帆は顔を真っ赤にして、恥ずかしそうにしながら、

 

「ふ、不束者(ふつつかもの)ですが、よろしくお願いします!」

「嫁入りかよ! まぁ、確かに気のきかないところはあるな。大雑把だし……」

「ちょっと! それが嫁に対する態度? ぶっ飛ばすわよ!」

「いや、別に大雑把なところを悪いとは言ってないし、思ってもないからな。俺からすれば、むしろ心地良い大雑把加減だから、一緒にいて過ごしやすいと思ってる」

「……へ、へぇ……そう、なんだ……」

 

 そう言いながら詩帆は照れたような表情を見せる。

 ……一瞬、鬼嫁が見えた気がしたのは俺だけだろうか?

 というわけで、ゲームの中の俺と詩帆は結婚することになった。

 

「どっちが主婦ルート行く? 俺たちの給料って、5万円しか差がないから、どっちが主婦ルート行ってもあまり関係ないと思う」

「それなら、私がそのルート行くよ。給料は少しでも多い方が良いだろうし、警察官の方がアイテムのゲット回数も多いと思うから」

「わかった。そっちのルートは頼んだぞ」

「うん! 私、最高のお嫁さんになるね!」

「お、おう……」

 

 詩帆の言い方はまるで告白されているようで、こっちが恥ずかしくなってくる。

 

「むぅ……」

「なんだ? そんなに詩帆と結婚したかったのか?」

「違うよ! 何言ってんの⁉︎」

 

 不機嫌そうに頰を膨らませていた美華に訊ねてみると怒られた。

 サイコロの神よ、俺はあなたを恨むぞ。あなたのせいで、妹に嫌われちまったじゃねーか。

 

「うぐぐ……ご主人が詩帆さんに取られちゃったのです……。美華さん! 2人を離婚させる方法はありませんか⁉︎」

「うわぁ……、あなた最低ね……」

 

 鬼気迫る表情でとんでもないことを口走るこころに、先生がドン引きしている。

 

「でも、ちょっと気になるわね。美華さん、離婚させる方法はあるのかしら?」

「先生もなかなか酷いね……。でも、流石にそんなことする方法なんてあるわけないよね? 美華ちゃん……」

「もっちろんありますよ♪」

「ああ……あるんだ……」

 

 がっかりした様子で呟いた詩帆。

 美華は上機嫌に説明を始める。

 

「離婚は簡単。結婚している人が離婚するマスを踏むか、他のプレイヤーが結婚している人と結婚すればいいんです。前者はそのままですが、後者は特殊な手順を踏む必要があります。結婚しているにも関わらず結婚相手に選ばれた場合、その人はサイコロの目のうち2つを選んでください。そうしたら、結婚相手を選んだ人はサイコロを振って、サイコロの出目が選ばれた数字だったら離婚させて結婚します。違う人だったら結婚に失敗し、相手に慰謝料として100万円支払います」

「随分とハイリスクなのね……」

 

 説明を聞いた詩帆はホッとした様子で言った。

 

「そりゃあ、結婚している2人を引き離すなんていう、とんでもないことをするわけですからね。そんなことをしようとするやつには痛い目を見てもらわなきゃ困ります」

「そうよね。人の幸せを奪おうとするやつには痛い目見てもらわないと!」

「まぁ、私もそれを狙うんですけどね」

「ええ⁉︎」

 

 たった数秒で手のひらを返した美華に驚く詩帆。

 

「だって、悠平さんと結婚なんてまず嫌ですし、先生はお金少ないですし、アイドルが結婚相手っていうのも嫌ですから。詩帆さんも同性ですし」

「……それなら仕方ないわね」

「おい、なんで仕方ないんだよ⁉︎ 俺の何が嫌なんだよ⁉︎ このイケメンのどこに嫌な要素があるってんだよ⁉︎」

「「「黙れ変態!」」」

「はい……」

 

 女子3人に睨まれ、しょんぼりとする悠平。

 いいかげん、悠平には嫌われている理由に気づいてもらいたいものだ。

 

「さて、それじゃあ私もご主人を狙いますかね」

「颯人は渡さないからね!」

「それはサイコロの神様に願ってください。私にはどうしようもありませんので。とりあえず、さっき偶然ゲットしたアクセルペダルを使って先に進みます」

 

 こころはサイコロを2回振った。出目は3と4で合計は7。

 

「あ……私も結婚イベントです」

「嘘でしょ⁉︎」

「まぁまぁ、落ち着いてください。確率はたった6分の1ですよ。私は何のアイテムも持ってませんから、出目はサイコロの神様に決めてもらうしかありません。それっ!」

 

 こころの投げたサイコロは机の上を勢いよくコロコロと転がり、やがて止まった。

 

「……3、ですね」

 

 こころはがっかりした様子を見せる。対して、詩帆はホッとした様子。

 

「えーと、3の人……3の人……! うわぁ……」

 

 こころは嫌そうな声を出した。

 それもそのはず、3番目にサイコロを振るのは、こころと仲が悪い越前先生だったのだから。

 こころの出目と視線に気づき、先生も嫌そうな表情になる。

 

「何かしら? もしかして、こころさんが結婚相手?」

「まことに不本意ながら、その通りです」

「……私は嫌よ?」

「私だって嫌ですよ! あなたみたいなエロ狐と結婚したいなんて考えると思います?」

「なら交渉決裂ね。離婚よ、離婚!」

「美華さん、早速ですが離婚です!」

 

 必死な様子の2人。

 しかし、

 

「申し訳ありませんが、おとなしく結婚してください。自己申告による離婚は不可能ですので」

「ええー⁉︎」

「美華さん、成績高くつけてあげるから離婚させて!」

「たかがゲームに成績を絡めないでください。真面目に勉強してる人たちに失礼です」

「この真面目ちゃんめ……」

 

 いかにもな言葉で返され、先生の頰がピクピクと痙攣する。

 

「お二人が何を言おうともルールは絶対です。結婚してください」

「「嫌だー!」」

 

 絶叫する2人。

 かくして、先生とこころの結婚は2人の同意なしに成立してしまったのだった。

 

「今日から私は、愛する旦那さんの帰りを待つ可愛いお嫁さんだよ」

「俺の感覚的に、お前は可愛くないけどな」

「これまた酷い発言⁉︎」

「安心しろ。別にマイナスなイメージを抱いているわけじゃない」

「私からの颯人のイメージは最悪なんですけど⁉︎」

「お前は可愛いって言うよりも、綺麗だと思っている。まぁ、性格とか可愛いところがあるとも思ってるけど、見た目が身長高めだし……」

「やっぱり颯人は最高の旦那さんだよー!」

 

 詩帆が抱きついてきた。

 柔らかい2つの感触が俺の胸にぶつかって形を変える。非常に魅力的な感触だが、

 

「とりあえず、早くサイコロ振ろうな。あと、ちょっと苦しいから離すなり、力を弱めるなりしてくれ」

「ああ、ごめんごめん」

 

 謝りつつ、詩帆が離れてくれる。

 柔らかい感触が離れてしまったのがちょっと残念だ。

 

「私、全力で颯人のこと支えるね! そいやっ!」

 

 さっきから思っていたけど、こいつノリいいな。

 

「5……ね。『特に何も起きなかったけど、幸せな生活。今日の晩御飯は何にしよう?』……今日の晩御飯は何がいい? ア・ナ・タ」

「なんでもいいよ。詩帆の作る料理はどれでも美味しいから」

「ありがとう。じゃあ、今夜作りに行くね」

「そういう意味だったの⁉︎」

「冗談だよ」

 

 そう言って、詩帆はチロッと舌を出す。

 ちょっとからかわれた感じがするが、悪い気分じゃない。

 

「まぁ、冗談じゃなくても良かったんだがな……」

 

 料理する手間が省けるし。詩帆の作る料理が美味しいのは事実だし。……詩帆からすると、俺の作る料理の方が美味しいらしいが。

 

「ねぇ、颯人。やっぱり今日行ってもいい?」

「おう、いいぞ。晩御飯作ってくれ」

「オッケー。気合い入れて作るね」

「ついでに気合い入れて子供も作っちまえ」

ドゴォッ!

 

 俺と詩帆のパンチが悠平の顔面に炸裂した。

 

「ははは、折角のイケメンが台無しだぜ……」

 

 悠平が両の頰をさすりながら言った。タフなやつめ。

 ところで、こいつが自分自身の発言で折角のイケメンを台無しにしていることに気づくのはいつなのだろうか?

 

「はーい、それではお給料の時間でーす。お兄ちゃんは結婚したことで10万円増えてるからねー」

 

 俺の受け取った給料は35万円。ここへ来て、給料ランキングのトップに立った。

 ノートに金額の変化を書き込み、ターン終了。一番手の悠平にサイコロが渡される。

 

「くそっ、みんなリア充になりやがって」

 

 前ターンの結婚ラッシュによって、悠平が焦っているのがよくわかる。

 リアルでもこうなりそうだと考えたしまう俺はきっと悪い人間なのだろう。

 悠平はサイコロを握りしめ、

 

「俺も乗るしかない。このビッグウェーブに。俺は、アイテムカード『結婚指輪』を発動!」

「そのカードは……!」

「そうだ! こういう時のとっておきだ!」

 

 悠平は自慢気に『結婚指輪』のカードを掲げる。

 『結婚指輪』の効果は『サイコロを振って出た数に対応した相手と結婚する。ここで使用される数はボード上を進む数と同じである』。自分のターンが来ればいつでも結婚のチャンスがあるという、なかなかぶっ飛んだ性能を持ったアイテムカードだ。結婚できない人への情けとも言える。

 

「行くぜぇぇぇぇえ!」

 

 サイコロが勢いよく宙を舞う。

 出たのは1だった。悠平は悲しそうな顔でコマを動かした。

 ビッグウェーブには乗れなかったらしい。

 

 

 それから数ターン後、ついに犠牲者が出た。

 悠平は結婚を狙っていた。

 

「よしっ、結婚イベント! 今度こそは結婚だ! ……また1かよぉ!」

 

 相手を選択する際に、何度自身の数が出ても、

 

「3! 先生キタコレ!」

「悠平くん、お願い。私をこのニャンコから助けて!」

「言われなくても、このチャンスは逃しません。数字は?」

「1と3よ」

「わかりました! ……4だと⁉︎ こういう時に限って1以外出なくていいから!」

「100万円いただくわね」

「はい……」

 

 何度離婚させることに失敗しても。

 結婚イベントの回数はアイテムカードで補い、減ってしまった金は持ち前の運ですぐに拾い集め。

 しかし、彼が報われることはなかった。

 

「6か……『入院していた美少女が手術に失敗して亡くなった。気分が落ち込み、4回休み』……4回も⁉︎」

「受け持っていた患者が亡くなった時、医者にとっては精神的ダメージがかなり大きいそうですよ」

「なら、このダメージも仕方ない……ってことか」

「そういえば、悠平さんの所持金って、今いくらです?」

「30万円だな……あっ!」

 

 口に出して気づいた様子の悠平。

 いくら運が良いからと言って、ずっと金が稼げるわけではない。離婚させることに失敗しすぎて、悠平の所持金は残り僅かなところまで減っていたのだった。

 

「ゲームオーバーですね」

 

 美華は申し訳なさそうに言った。

 残り3ターン以内に誰かが結婚してくれなければ、悠平は確実にゲームオーバーしてしまう。もうどうしようもなかった。

 サイコロが美華に渡され、美華の番。

 美華はサイコロを振り、

 

「……あ、結婚イベントです」

「何ぃ⁉︎」

「相手は誰でしょうかね……?」

「俺だよな? 俺なんだよな⁉︎」

「まだ決まってませんよ。大國先輩はおとなしくしていてください」

「はいっ!」

 

 悠平は額に手を当てて敬礼する。

 敬礼のイメージが強い職業は警察官とか軍人で、俺がその警察官なんだが……。

 悠平に期待の視線を向けられながら、美華はサイコロを振る。

 

「……4でした」

「チクショー!」

「でも、私は全然悔しくないです。4はお兄ちゃんですから。お兄ちゃん、私の旦那さんになって!」

「待て待て、まずは数字だろ? 3と4だ」

「ん、わかったよ」

 

 美華は頷き、サイコロを手に取った。同時に、アイテムカードも取り出した。

 

「私はアイテムカード『緊急停止ボタン』を使用します!」

「え⁉︎ 美華ちゃん待って!」

「待ちません。サイコロを振る直前なら、アイテムカードはいつでも使用可能なんです。ルールは破っていません」

「でも……でも、そのカードは!」

 

 詩帆が焦るのも無理はない。

 『緊急停止ボタン』の効果は『次に振るサイコロで出た数以下の数を自分で選択することができる』。3以上の数字が出れば、離婚が決定する。確率にして3分の2。元の確率に比べると2倍にもなる。

 今の順位は俺も詩帆も1位なのだが、2位のこころと先生との差はあまり開いていない。と言うのも、こころが稼ぎまくっていたおかげで、所持金の少ない先生との結婚であっても、夫婦の所持金が平均水準を超えていたのだ。

 ここで離婚すれば、所持金は2分割され、主婦ルートを進んでいる詩帆には間違いなく不利益が生じる。

 

「ふふふ……、お兄ちゃんは貰っていきますね」

 

 美華は意地の悪い笑みを浮かべてサイコロを振った。出た数は6。

 

「では、私は4を選択して、お二人は離婚です」

「そんなの嫌! 颯人ー!」

「ルールはルールです。従ってください」

「やめてー、私の……私たちの幸せな夫婦生活がー!」

「ほらほら、早くお兄ちゃんをこちらに渡してください」

「美華ちゃん、あなた恥ずかしくないの?」

 

 詩帆が美華を睨みつけながら言う。

 

「アイテムなんていう小細工を使って、笑顔で他人(ひと)の幸せを笑顔で奪っていくことを恥ずかしいとは思わないの?」

「まぁ、現実でしたらね。これはゲームですから」

「……ゲームだから、そういうことが平気なの?」

「そうですね。現実とは違って、ゲームならそういうことしてもルールで許されますから。ルールさえ破らなければ、全然平気です。今回も、私はゲームの()()()()()()、アイテムを上手く活用して、()()()()お兄ちゃんを貰っていくわけです。そこに汚い手なんてありません。諦めてください」

 

 淡々と冷静に、強調するべき場所は強調して。美華は巧みな言葉遣いで、詩帆を攻めていく。

 我が妹は恐ろしいな……。

 俺が顔を引きつらせながら離婚による所持金の変化をノートに書き込もうすると、詩帆に腕を掴まれた。

 

「颯人、待ってよ……。私を置いていかないで……」

「置いていかないで、と言われてもルールだから……」

「ルールを超えたところに新しいゴールがあるかもしれないでしょ!」

「いや、そんなゴールないからな」

 

 少なくとも、このゲームにおいてのゴールは最後のマスだけだ。

 詩帆の目に涙が浮かぶ。自分が泣かせてしまったようで、非常に気分が悪くなる。

 

「すまないとは思っている。でも、ルールはルールだから」

「颯人、待って……! 颯人ー!」

 

 俺は詩帆の手を解いてノートに所持金の変化を書き込んだ。

 離婚成立。

 涙目でボードを見つめる詩帆に、美華が近づく。

 

「さっき、詩帆さんは私の行いを恥ずかしいと言ってくれましたが、恥ずかしいのはルールに従わないで、グダグダと言い訳をする詩帆さんだと私は思います」

 

 ごもっともである。

 美華の厳しい言葉に、詩帆はがっかりと項垂れるのだった。

 なお、この3ターン後に、悠平はきっちりとゲームオーバーした。

 

 

 美華との夫婦生活は、かなり上手くいっていた。俺が警察官の仕事でアイテムを稼ぎ、美華がそのアイテムを上手く使って大金を稼ぐ。ほとんど完璧と言っていいほどのコンビネーションだった。

 しかし、安心は全くできない。

 詩帆は俺と離婚してから持ち前の運が最大限に発揮されるようになり、主婦ルートにおいて数少ない大金が稼げるマスに何度も止まっていた。単独だと言うのに、夫婦にも迫る勢いの稼ぎである。こいつ、本当は俺と結婚しなくても良かったんじゃなかろうか。

 更に、こころと先生も凄まじい。2人の夫婦生活は正に順風満帆と言った感じで、俺たちの上を行っていた。先生が自身に対して使用したアイテムの効果をこころも一緒に受け、2人揃って危険なマスを次々と回避。先生は巧みなアイテム使用で、こころをアイドルに復帰させてしまった。しかも、このルートが作家を超える収入を生み出す大当たり。ここまで2人が上手く行っているのは、負けた時に足を引っ張ったことにされるのが嫌だからだろう。仲が悪いが故に最強の組み合わせだった。

 そして、迎えた俺のターン。俺たちはこころと先生に追い抜かれていた。

 

「お兄ちゃん、このままだと負けちゃうよ……」

「ああ、そうだな。だけど、諦めるにはまだ早いぜ?」

「この局面を打破する方法があるの?」

「ああ、ある。こういう時のために、俺はこいつを使わずにとっておいたんだ」

 

 俺は手持ちのカードの中から職業カードを取り出した。

 

「食らうがいい。これが俺のとっておきだ!」

 

 俺はボードに、職業カード『通報』を叩きつけた。

 カードに描かれているのは、複数の棒人間が1人の棒人間に対して暴行を加えている場面と携帯電話。設定としては、クラスで悪質ないじめが発生して怪我人が出たと通報が来たため、先生からクラスの様子について聞く、と言ったところだろうか。

 

「対象は先生ですが、結婚しているのでこころも効果の対象になります」

「い、いったいどんな効果なのでしょう……?」

 

 こころがゴクリと唾を飲み込む。

 

「まぁ、まずは質問です。先生、アイテム使えるけど5ターン動けないのと、アイテム使えないけど3ターン動けないのどちらが良いですか?」

「なんでそんなこと聞くのかしら?」

「これもカードの効果ですから」

「あら、選択できるなんて優しい効果なのね。アイテムが使える方を選ぶわ」

「わかりました。では、先生たちは5ターンの間動けません。アイテムの使用及び購入は可能です」

 

 とりあえず、こころと先生を拘束することに成功した。

 ゴールはもう目前に迫ってきており、先にゴールしてしまえば俺たちの勝ちであることは間違いない。

 俺は油断しきっていた。職業カードで2人の動きを止めた時点で、勝利したものだと思っていた。

 だからかもしれない。

 俺、詩帆、美華の順で、3人が一度ずつサイコロを振ってから迎えた先生のターンで悲劇が起きた。

 

「ふふふ、颯人クン。実は私もすごいカードを持っているのよ」

 

 先生は手持ちのカードの束から1枚のカードを取り出した。

 

「これは復讐よ。私たち夫婦を拘束したあなたに対する、ね。私はアイテムカード『最低速度標識』を使用するわ。颯人クンは次のターン、サイコロを振って指定した数より小さい数が出た時は指定した数を出したことになる。私の指定する数は5ね」

「けっこう進ませてくれますね」

「あら、私が何も考えずにアイテムカードを使ったとでも? 残念ながら、私は先を見ているのよ」

「ちょっとお兄ちゃん、マズイよ!」

 

 美華に言われてボードを見ると、俺も恐ろしいことに気づいた。

 

「暗殺……だと⁉︎」

 

 俺のいるマスから5マス先。そこには『国際犯罪組織に危険人物とみなされ暗殺された。生命保険金5000万円を受け取り、ゲームオーバー』と書いてあった。要は、6を出さなければゲームオーバーというわけだ。

 が、

 

「忘れてはいませんか? サイコロを2つ以上振るアイテムカードを使えば、俺がこの場所を抜けるのは確定なんですが」

「そうね。だから、こちらも使わせてもらうわ」

 

 先生はアイテムカード『ローション』を机に置いた。アイテムカードを使用不可能にする効果を持ったアイテムカードだ。

 

「これで、颯人クンはデフォルトの状態で6を出すしかないの。じゃあ、頑張ってね〜」

「マジかよ……」

 

 6分の1の確率を引き当てろなんて、とんでもないご注文だ。

 

「とりあえず、振ってみるしかないか……」

「お兄ちゃん頑張って!」

「なんで他人事みたいに……。俺があのマス踏んだらお前もゲームオーバーだぞ?」

「死亡イベントは個人のものだよ」

「ええ⁉︎」

 

 そんなこと知らなかった。

 ……くそ、死ぬ時は一緒だと思っていたのに。……って、危ない危ない。夫婦心中エンドを望んでいるみたいになってた。ギャルゲーのバッドエンドじゃないんだから。

 とにかく、運任せにするしかないという、どうしようもない状況であることはよくわかった。こういう時は、

 

「ヤケクソだ!」

 

 サイコロが俺の手を離れ、机の上をコロコロと転がる。サイコロの角が机に接し、縦回転が消えてコマのような横回転に変わった。

 決して特別な投げ方をしたわけじゃないのに、どういうわけか、サイコロは絶妙なバランスで回り続ける。

 ……こいつは、いつもより多く回っています系のサイコロらしい。

 とは言え、いつもより多く回れるだけ。その回転にも、必ず終わりが来る。その証拠に、サイコロは既に勢いを失ってきていた。

 ……頼む。6来い!

 6分の1の可能性をサイコロに願った。

 そして、ついにサイコロが止まる。

 全員が、サイコロを覗き込んだ。

 

「……2、だな。ゲームオーバーだ」

 

 俺は、美華に保険金の5000万円を託して、ノートに書かれた俺の名前に上から線を引いた。

 

「うわーん、お兄ちゃーん!」

「颯人ぉー! 先生なんてことを!」

「ご主人が、ご主人がぁ! やっぱり、あなたは性悪女狐です!」

「ごめんなさいね。お詫びに、お葬式の手配はしてあげるわ」

「うぅ……、最後は安心して行けるように、しっかりとしたお葬式を開いて……」

「いや、俺死んでねぇからな。なんで現実の俺が死んだみたいになってんだよ」

 

 俺がジト目で言うと、みんなが驚きに満ちた目を向けてきた。俺は幽霊かよ。

 ともかく、俺がいなくともゲームは続いた。

 

 

 帰り道。俺は美華、詩帆と一緒に帰っていた。

 結局、双六の優勝者は美華だった。俺の保険金が大きかったらしく、2位に圧倒的な大差をつけて優勝した。

 2位は詩帆。一番最初にゴールしたため、ゴール時のボーナスで、こころと先生を追い抜くことに成功した。

 3位はこころと先生の夫婦。俺の職業カードのおかげで、ゴールするのが遅くなってボーナスが減ってしまったのが負けた原因となったらしい。

 優勝できたのがよっぽど嬉しかったらしく、美華は俺に抱きついて甘えてくる。

 

「えへへ〜、お兄ちゃん。優勝した私ってすごい?」

「ああ、すごいぞー」

 

 ……本当にすごかったのは、俺の保険金なんだけどな。

 そう思ったが口には出さず、笑顔で美華の頭を撫でてやる。サラサラとした銀髪が手に優しい。

 と、今度は逆の手に柔らかい感触。

 目を向けると、詩帆が俺の手を抱き寄せてこちらを見ていた。なるほど、柔らかい感触は胸か。

 

「なんだ?」

「こっちの颯人は、双六の時みたいに私を裏切ったりしないよね?」

 

 詩帆に泣きそうな顔で訊ねられた。

 

「何言ってんだ? 俺が詩帆を裏切るわけないだろ」

「……そう、だよね。うん、ありがとう」

 

 表面上はホッとした様子を見せる詩帆。

 しかし、俺にはわかった。詩帆は何かを恐れている。何かとは、きっと現実で俺に裏切られることだろう。そんなことを恐れる必要なんて全くないのに。

 

「まったく……何を言いだすかと思えば……。詩帆は俺にとって大切な人だ。小さい頃からずっと一緒に過ごしてきた。そんな大切な人を裏切るなんてこと、俺は絶対にしない」

 

 口にしたのは、紛れもない本心。

 俺は裏切られる悲しみ、警戒される悲しみ、恐れられる悲しみを知っている。

 ある時は友達だと思っていた者に、またある時には信じていた教師に。時には、正義の象徴である警察官にすらも警戒された。期待を裏切られた。

 原因は白黒の(こんな)頭をしているからか。

 人を見た目で判断するな、と口うるさく言う者たちが、俺を見た目で判断した。

 そんな悲しみは背負わないことが一番なのだが、それは不可能に近い。だったら、せめて俺が悲しませないようにしよう。そう思って、生きている。だから、裏切るはずがない。

 改めて詩帆に目を向けると、彼女は顔を真っ赤にして放心状態になっていた。

 心配になって声をかける。

 

「おーい、詩帆さんや。大丈夫かね?」

「……はっ! そ、そうだよね。颯人が私を裏切るはずがないよね、うん。さっきのはゲームのルールで仕方なく離婚しただけだもんね!」

 

 やばい目になり、何やら色々と暴走した様子で自己完結させた詩帆。やっぱり心配だ。

 

「……確かにその通りなんだが、お前本当に大丈夫か?」

「だ、大丈夫だよ! ほら、この通り手だってしっかり動く!」

 

 詩帆は手を握ったり開いたりして、俺に見せつけてくる。

 

「そういうことじゃないんだけどな……。ああ、もういいや」

 

 詩帆が大丈夫だと言うのなら大丈夫なのだろう。

 3人で騒がしく会話しながら、俺たちは家路を急ぐのだった。

 ちなみに、この後日から美華の作った双六は職員室に置かれることとなり、先生たちの休み時間の楽しみになった。新しいアイテムカードが作られたりオリジナルのルールが追加されたりして、なかなかの好評らしい。

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