我ら神の子!   作:四ツ兵衛

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温泉来たら朝風呂は外せない

 早起きを続けていると早く起きることが習慣となり、もっと長く眠っていたい時も早く起きてしまうようになった。そんなことはよくある話であり、俺自身もまた、その被害者である。

 朝、目を覚まして上を見ると、そこには知らない天井が。なんでこんなことになっているのだろうと自分に問いかければ、間も無く温泉旅行に来ていたことを思い出した。

 時計を見ると早朝の5時ちょっと過ぎ。昨晩と言うか、ついさっきだが、俺が眠りについたのは午前2時を少し過ぎてから。3時間しか寝ていないことになる。眠い。

 眠気に任せてしばらくボーっとしていると、美華が怖いと言って一緒に寝ていたことを思い出す。しかし、布団の中に彼女の姿は既になかった。きっと、俺より早く起きて部屋に戻ったのだろう。

 とりあえず、目をしっかり覚まさなければ……。

 まだ朝食までは時間があるし、温泉に入ってさっぱりすれば、目も覚めるに違いない。

 俺は着替えを手に、温泉へと向かった。

 朝風呂は身体に悪いとよく言われるが、実際その通りであり、メリットだけでなくデメリットも存在する。

 しかし、今はせっかく温泉に来ているのだ。多少のデメリットがあったとしても、入らなければ損というものだろう。無料なのだから。

 そんな世の中のおばちゃんが言いそうな理論を心の中で振りかざしながら廊下を進み、男湯と女湯に分かれている場所の前で、もう1つの入り口があることに気づいた。

 掛かっている暖簾を見れば、そこに書かれていたのは混浴の2文字。

 ふと、俺は昨夜の温泉での出来事を思い出した。

 昨夜は悠平が騒がしかったせいで、俺はゆっくりと温泉に浸かることができなかった。

 男湯に入れば、悠平や猛が後から入ってくる可能性が高いだろう。しかし、混浴ならば多少なりともその可能性は下がり、ゆっくりできるかもしれない。

 そう思うが早いか、気がついたら俺は混浴の暖簾をくぐっていた。

 廊下の反対側には男湯と女湯が1つずつ。浴場や脱衣所として使っている部分が鏡面対称で同じ面積と考えれば、混浴(こちら)は2倍の広さがあるはずだ。

 脱衣所でささっと服を脱ぎ、浴場の扉の前に立つ。

 いざ、広いお風呂へ。オープン!

 ガラガラと音を立てて扉が開き、その向こう側にある景色が姿を現わす。

 

「……あ、お兄ちゃん」

 

 どうやら、この浴場には先客がいたらしい。

 

 

「いやー、一緒にお風呂入るなんて久しぶりだねー」

「そうだなー」

 

 美華の言葉を受け、俺は頷く。

 兄妹仲良く風呂に入るなんて何年ぶりだろうか。美華が小学校を卒業してからは、なかった気がする。

 ……まぁ、久しぶりに一緒に風呂に入っても美華の成長とかは特に感じないのだが。実際、あまり成長してないだろうし。特に胸が。

 

「お兄ちゃん、今失礼なこと考えたでしょう?」

 

 美華が疑いの目を向けてきた。

 俺は内心焦りつつ、「いやいや、そんなことはない」と首を横に振る。それを美華は簡単に信じたようで、「ならいいや」とそっぽを向いた。

 ギリギリセーフ。妹に嫌われるとかお兄ちゃん死んじゃう。

 

「ねぇ、お兄ちゃんは私のお兄ちゃんだよね?」

「…………そうだが?」

 

 唐突に意味のよくわからないことを訊かれて、短く答える。

 

「もっと近くに寄ってもいい?」

「もちろん、構わないぞ」

 

 何故、こんなことを訊いてくるのか。寄りたければ、勝手に寄ればいいと思う。そこにいるのが全裸のかわいい女の子であっても、美華ならば俺が嫌がるはずがない。質問してきた理由が、俺には全く意味不明だった。

 ただ、なんと答えるべきか、それだけがわかっていて、その通りに答えた。

 美華がすぐ隣に寄ってくる。肌と肌が触れる。女の子のほどよくもっちりとした柔らかい肌だ。兄妹という関係ではあるものの、ドキッとしてしまう。

 しかし、妹に対して欲情することはない。兄妹という言葉が俺の中の雄を抑え込む。

 

「む……」

 

 何か不満があるのか、頬を膨らませる美華。その視線は俺の下半身に向けられていて……、ってナニ見てやがる⁉︎

 反射的に股間を手で隠す。

 

「美華、お兄ちゃんはお前をそんな子に育てた覚えはないぞ」

「え、何のこと?」

「いや、だってお前……」

 

 言いかけてハッとする。そうだ、美華が男のシンボルなんて凝視するはずがない。純粋な我が妹が変なことを考えるわけがないのだ。

 俺は一瞬でも美華がいやらしいことを考えていると思ってしまったことを申し訳なく思い、同時に恥ずかしくなる。まるで、美華がそういうことに興味を持つことを自分が望んでいるような気がして。

 俺は疑ってしまったことを謝ろうと口を開く。

 

「美華……」

 

 しかし、

 

「別に隠さなくてもいいのに。今も見てたけど、お兄ちゃんのなんて、小さい時からたくさん見てるし平気だよ?」

 

 ……プシュー。

 思考が停止した。俺のキャパシティが追いつかなかった。

 

「見たいとは思わないんだけど、自分にはないものだから、つい目がいっちゃったりするんだよね。こういうの、物珍しいっていう表現が正しいのかな? そういう感じで……お兄ちゃん?」

 

 美華に呼ばれて、やっと思考停止から解放される。それでも、脳内には思考停止中に浮かんだ考えが一気に溢れ出し、完全にパニックになった。

 いや、そりゃあ美華はもう高校生だし、そういうことに興味を持ってもおかしくはない年頃だけど、純粋無垢だと思っていた妹のそんな一面なんて、兄としては当然知りたくないわけで。ついでに、面と向かってなんてなおさら言われたくないし。でも、これは妹の成長として喜ぶべきなのだろう、そうなのだろう。

 それにしても、見られてただなんてなんか興奮する。……って、俺は露出狂の変態か! そんなわけがない。俺はいたって健全な男子であって、いたって健全なお兄ちゃんなのだ。妹に見られて気持ちいいなんて、そんなこと……ない。そこで悩んでんじゃねぇよ、俺!

 ……ちょっと待てよ。別に見られていたとしても、美華に限ってそこに変な意味があったわけではないはずだ。だから、見られていたとしても問題はない……のだけれど、見られていたという事実は否定できないわけで……。その……ちょっと……。

 

「見られてたとか興奮しちまうじゃねぇか!」

 

 悲しいことに、完全にパニックになった頭から絞り出せたのは、本音やら妄想やら羞恥心やらが入り混じった結果に生まれた意味不明でお兄ちゃん失格な変態発言だった。

 正気に戻ったとしても、もう遅い。正気に戻るという行動をするには、狂った状態にならなければならないのだから。

 

「うわぁ……」

「た、頼む。今のは忘れてくれぇ!」

 

 俺が正気に戻った時、その時には既に、美華の冷たい視線は俺の身体を貫いていた。

 

「まさか、お兄ちゃんがそんなこと思っていたなんて……」

「うぐっ……!」

「私にそういうことされて興奮するなんて……」

「あがっ……!」

「お兄ちゃんにも変態さんなところが……」

「ぐほぉ……!」

 

 立て続けにボディーブローをくらっている気分である。

 俺の心はボロボロだ! ……もういっそ首括ろうかな。

 

「うう、ごめんよ。ごめんよぉ……」

 

 俺は泣きそうになりながら謝る。

 

「……え、いや、うん。大丈夫だよ」

 

 美華はなんでもないように答えてくれた。

 

「お兄ちゃんだって男の子なんだからさ、そりゃ女の子に興奮することあるよね。うん、大丈夫。健全だよ」

 

 さっきの発言のどこが健全だよ——という言葉を口に出さず飲み込んだ俺は偉いと思う。今その自嘲を声にしたら、本気で心が折れかねない。

 今は妹の言葉に乗って、心を癒すことにする。

 

「お前は……こんな俺をお兄ちゃんと言ってくれるのか……?」

「あったり前だよ! お兄ちゃんは私のお兄ちゃんなんだから、私は絶対にお兄ちゃんって呼ぶよ! 私の大好きなお兄ちゃんは目の前にいるお兄ちゃんだけなんだよ!」

「お、おお……」

 

 我が妹、天使……。

 

「それに、お兄ちゃんは他の男の人とは違うから」

 

 美華が膝の上に乗ってきた。

 肌の触れ合う面積がさらに増え、場所も場所であるため、俺の中の雄は容赦なく刺激される。しかし、俺は理性で耐え、雄を鎮めた。

 

「他の男の人なら、私がこんなことすれば我慢できずに襲っちゃうと思うんだけど、お兄ちゃんは絶対にそんなことしない。だって、そんなことしたら、私が嫌な思いするだけだってわかっているから。そうでしょ?」

「まぁ……そんなところだな」

 

 俺は美華の言葉に頷く。

 嘘だった。理由にはそれも含まれるが、実際はそんな理由じゃあない。

 美華はとても良い子だ。優しくて気配りができる。勉強面でも学年ではトップの成績らしい。

 しかし、そんな美華にも弱点はある。基本的に、美華は昔から物事の判断はほとんど俺に任せているのだ。故に、俺の言うことをよく聞く、聞いてしまうフシがある。

 もしも、俺が美華に()()()()()()をしたいと言えば、それを行動で示せば、きっと美華はやってしまうだろう。だが、それは果たして美華の判断なのだろうか。俺が美華に植えつけてしまった判断なのではないのだろうか。美華の本心ではないのではなかろうか。

 大事なことは美華自身に判断してもらいたい。運命の相手というものは彼女に——美華が男といちゃいちゃしてるのは想像したくないが——選んでもらいたいのだ。俺の選択で後悔してもらいたくないのだ。美華に嫌な思いをさせて、嫌われたくないのだ。俺のせいで嫌われるのが嫌なのだ。間違った判断をしたことを、自分の責任にしたくないのだ。

 おまけに、最初が上手くいっても後がどうなるかはわからない。

 もしも、俺と美華が恋人同士になった時。元々他人であり、義兄妹という鎖で繋がれていた俺たちが1人の男と1人の女になった時。喧嘩して別れたら、美華はまた俺のことをお兄ちゃんと呼んでくれるのだろうか。美華のお兄ちゃん(俺の居場所)は、その時そこにあるのだろうか。居場所を失うのが怖い。

 断る理由の根本は、全て俺にあった。

 ……要は、俺が臆病だから。

 兄妹だから、美華に妹でいてもらいたいから、などと今まで色々な理由をつけてきたが、結局は臆病な俺がいることがそもそもの原因だった。

 そんなことはつゆ知らず、美華は俺に向ける目を輝かせていた。

 

「やっぱり、私のために我慢してくれてるんだね。ごめんね。でも、ありがとう。お兄ちゃん大好き!」

「別に我慢してるわけじゃないんだけどな、はは……」

 

 そう返しながら、俺は自嘲気味に笑った。

 本当に美華のことが好きなのかわからないのにリスクを冒すなんてこと、俺にはできなかった。

 自分のことすらわからない者が彼女に相応しいわけがないのだ。

 

 

 お兄ちゃんは気づいてくれない。

 何度大好きと言っても、いくらアピールしても、お兄ちゃんは私を異性として見てくれない。……いや、女の子としては見てくれているのだろう。だけれど、それは私の望む女の子ではなかった。

 こんなにも近くにいるのに、出そうと思えば手なんてすぐに出せるのに、お兄ちゃんは絶対に手を出さない。

 私は自分を可愛いと思っている。だが、それは近所の大人たちや同級生たちに言われるからじゃない。お兄ちゃんが可愛いと言ってくれるからだ。

 お兄ちゃん以外の人たちが可愛いと言ってくれるのは、私が可愛いという証明になるだろう。しかし、特別嬉しくはない。みんながみんな可愛いと言うのだから、私が可愛いのはもう当たり前のことなのだ。

 でも、お兄ちゃんの可愛いは違った。

 可愛いと言われて特別嬉しくなった。何百何千何万の人に同時に言われる可愛いよりも、お兄ちゃんに言われるたった1つの可愛いの方が、私は嬉しかった。

 だから、気づいた。自分が小学6年生の頃に。自分は健布都颯人のことが、恋愛の意味で好きなのだと。

 そして、私は今その大好きな人の熱をすぐそばで感じている。幸せだ。

 

「ふふーん、お兄ちゃんの膝の上、いつもはこころがいるから久しぶりなんだよねー」

「……そう言われてみればそうだな。あいつ、すぐに懐いて膝の上に乗るようになったから。……もう1年以上は間空いちゃってたな」

「そうそう、あの子ずっとお兄ちゃんの膝の上から離れなくてさ。はぁ、なんて羨ましい……」

「別に膝に座りたければ、座ってよかったんだぞ? こころに退いてもらえばいいだけの話だろ」

「それは、そうなんだけどね……。なんか、こころに悪い気がして」

 

 今となっては悪いというレベルではない。

 こころは人の姿と言葉を手に入れ、お兄ちゃんのことを大好きだと言った。そして、見事にフラれた。

 お兄ちゃんがあの告白を本気で受け止めた上で断ったのかどうかはわからない。でも、同じ気持ちを抱いている私にはわかった。こころのあの言葉は間違いなく本気の告白だった。

 こころは本気でお兄ちゃんのことが好きなのだ。

 聞かなければ良かったと思った。大事な家族であるこころがライバルだなんて、知りたくなかった。もともと、1人いたところにまさかもう1人入ってくるなんて。

 お兄ちゃんのことは大好きだけど、こころのことも好きで。私がお兄ちゃんを取ってしまったら、こころは間違いなく悲しむから、私は一歩踏み出せない。

 だから、またしてもこの言葉を贈る。

 

「お兄ちゃん、大好きだよ」

 

 どんな意味の好きなのか。どこがどう好きなのか。説明が少なすぎる、抽象的な言葉。誰も傷つけない言葉。

 お兄ちゃんはクスリと笑った。

 

「ああ、俺も大好きだよ」

 

 返ってくる言葉も知っていた。いつもと変わらない、純粋な言葉だった。

 さっき見せた変態な面とは全く逆の、誠実な面。私が大好きな面。恋した人の面。

 私は健布都颯人の誠実な部分に恋をしたのだ。そして、いつしかその面とは逆の面も私に向けて欲しいと思うようにもなっていた。だが、今の言葉を聞いて気づいた。やっぱり、誠実なお兄ちゃんが好きだと。

 だから、今はこのままでいい。今はまだ、妹でいい。

 

「私、お兄ちゃんとずっと一緒にいたいな」

 

 色んな意味にとれる言葉。だから、今は使いやすく、受け取りやすい。

 その言葉が指す私は、健布都颯人の妹なのだから。

 

「突然何言ってんだよ?」

「なんとなく言いたくなったから言っただけだよ。それとも、お兄ちゃんは嫌なの?」

「いや、そんなことは全くないぞ。俺だってお前と一緒にいたい」

 

 お兄ちゃんはいつも嬉しくて恥ずかしい言葉を平然と返してくる。それが、計算なのか天然なのかは知らないけれどらそんなこと言われたら、顔から火が出そうになる。でも、今はその時じゃない。

 いつか、本気の言葉を言うのだ。今まで平然としてきた分を一気に放出して、顔が耳まで真っ赤になるくらい本気になって。私という言葉を、健布都颯人の嫁にして。

 月日は巡る。いつか時が来る。だから、その時を待ち続ける。今は目の前にあることだけを見て、目をそらし続ける。すぐそこに控えた定期テストに目を向けておく。

 

「そういえば、来週はもう期末テストだね」

「そうだな。まぁ、今回も勉強はしっかりしてるし、問題はないだろ。もしかしたら、この旅行が良い刺激になって頭が冴えるかもしれないしな」

「それだったら良いんだけどね。今回も詩帆さんの勉強しっかり見てあげてよ。この旅行、本来はあの人のリフレッシュのためなんだから」

「確かにな。……そういや、昔は詩帆のことお姉ちゃんって呼んでいたのに、なんで今は呼ばないんだ? 俺は今でもお兄ちゃんなのに」

「……私も歳をとったからだよ。呼び方しっかりしなきゃいけないって思ったから。お兄ちゃんは……ずっと一緒に住んでるから、かな」

「なるほどなぁ。要は、家族かどうかってところだな」

「そうそう。そんなところだよ。で、テストの話に戻るけどさ——」

 

 これは逃げではない。タイミングを図っているだけだ。

 そう、自分に言い聞かせ続ける。

 私はまだ、このぬるま湯が心地よいのだから。

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