我ら神の子!   作:四ツ兵衛

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自己紹介は難しい

「イテテ……あれ本当にチョークの威力かよ……」

「な、俺の言ってることわかっただろ? あれ痛えんだよなぁ」

 

 俺が頭をさすりながら呟くと、一緒に歩いていた少年が悪戯っ子のような笑みを浮かべて言った。

 少年の名前は大國(おおくに)悠平(ゆうへい)

 非常に整った顔立ちをしており、身長は180cm後半。最近流行りの高身長イケメンである。

 そんな悠平の一際(ひときわ)目を引く部分は、紫っぽい黒髪と輝くような金色の瞳。髪の毛は本人が染めたと言っていたが、瞳の色は生まれつきらしい。名前に含まれる神は大国主(おおくにぬし)

 俺との関係は同級生、部活仲間、親友。そして同時に、遠い親戚でもある。

 俺の属する健布都家と悠平の属する大國家のルーツは伊奘諾(いざなぎ)家にある。

 今から200年ほど前、伊奘諾家は名の知れた名家だった。そして、その代の当主は、同じくらいの名家だった伊弉冊(いざなみ)家の娘と結婚した。

 2人の間には8人の子供が生まれた。しかし、伊弉冊家の娘は8人目を産んだ数日後に急逝。伊奘諾家の当主は8人目が生まれたせいで妻が死んだと思い込み、末っ子を家族として扱わずに育てた。

 この末っ子が後の軻遇突智(かぐつち)家当主となる。そして、その軻遇突智家から枝分かれした分家の1つが俺の属する健布都家である。

 妻を失った伊奘諾家当主は再婚。相手は社長令嬢でもなんでもない普通の女性だった。この後、2人の間には3人の子供が生まれ、そのうちの1人が素戔嗚(すさのお)家当主となった。

 この素戔嗚家から枝分かれした分家の1つが悠平の属する大國家だ。

 伊弉冊家の娘の一件もあって、両家の関係はあまり良くないが、俺と悠平の仲が良いため、少しずつ良い方向に向かっている。

 俺たちの友情が家同士の関係を良くするなんてすごいことだと思う。

 

「大丈夫か? まぁ、お前の丈夫さなら問題ないと思うけどな! 俺もいつもくらって生きてるし」

 

 ……悠平は何も考えていないようだが。

 

「越前先生の授業の度にくらってるくせに、よくそんなヘラヘラしていられるな。俺だったら、もう絶対寝ないようにするんだが……」

「ふっ……わかってないな」

 

 家同士の関係なんて気にしていない様子で明るい笑顔を撒き散らしている悠平にジト目で言うと、まるで可哀想な人を見るかのような目で返された。

 

「あれは、越前先生からのご褒美なんだよ。良い気持ちだぜ」

 

 ……俺はお前が可哀想だよ。

 越前先生が「ケツにチョークぶち込むわよ」って言った時に、目を輝かせていた連中に悠平が含まれていたのを思い出した。

 まぁ、こいつなら新しい世界に目覚めることはないだろうが……。

 多少の不安は残るが、とりあえず親友を信じてみることにする俺だった。

 

「あ、いた。2人とも待ってー」

 

 第二多目的室前の廊下の曲がり角についたところで、後ろから声をかけられた。

 振り向くと、詩帆がこちらへ駆け寄ってきた。

 ……胸が揺れている。

 

「遅くなってごめんねー。ちょっと先生の手伝いしててさー」

「いや、いいよ。俺たちも今ちょうど部室行くところだし、呼び出したのは俺自身なんだからさ」

「颯人は優しいね」

「言うほどではないと思うが?」

「きゃーん、颯人きゅん優しー」

「…………」

 

 気持ちの悪い言葉を発した悠平を無言で睨みつけると、悠平は小声で「さーせん」と言った。

 

「イテテ……」

 

 それにしてもやっぱり痛い。

 さっきさすった時に気づいたのだが、頭頂部のあたりに腫れているところがあった。たんこぶになってしまったらしい。

 先生、どんな投げ方してんだよ……。

 当たった時の音も威力もチョークのそれとしては明らかにおかしかった。あれはチョークと言うよりも鉄球と言った方が自然だと思う。

 詩帆は心配そうな顔で、

 

「大丈夫?」

「ああ、耐えられる程度の痛みだ」

「そう……えいっ!」

「痛あ゛ぁぁぁ‼︎」

 

 絶叫してその場に(うずくま)る俺。

 ……詩帆のやつ、たんこぶを(つつ)きやがった。

 

「何すんだゴラァ⁉︎」

「たんこぶを突いただけだよ。大丈夫、死にはしないって」

「そうだとしても痛いんだよ! ダメージ高すぎだ!」

「でも、死ななかったでしょ?」

 

 死ななきゃ問題ないのかよ……。

 痛みで涙目になる俺に、詩帆は良い笑顔で返してきた。それを横で見る悠平は顔を青くしている。

 

「痛いって言っても、悪いのは颯人でしょ。授業中に居眠りなんてしなければ、チョークを投げられることはなかったし、突かれても痛くなかったんだし」

「ぐぅ……」

 

 詩帆の言葉に間違いはないため、反論せずに唸ることしかできない。

 

「まぁ、氷でも当てて冷やしとけば、そのうち腫れも引くでしょ。これに懲りて、もう居眠りはしないことね」

「……善処します」

 

 本気で反省する俺だった。

 

「で、なんで呼び出したの? 今日は部活がない日のはずでしょ?」

「ああ、実はお前らに紹介したいやつがいてな」

「ふぅん、誰?」

「それは秘密だ。それに、部室に行けばわかる」

「へぇー、性別だけでも教えてくれない?」

「まぁ、そのくらいなら。女……だな、うん」

 

 雌と言うべきか少し迷ったが、そう答えておく。

 すると、悠平の様子がおかしくなった。

 

「女……だと⁉︎ まさか、彼女か⁉︎」

「違うよ」

「そうか……。安心したぜ」

「まぁ、同居人だけどな」

「コノヤロー!」

 

 悠平が涙目になって叫んだ。詩帆はショックを受けた様子だ。

 

「おま、同棲って、お前!」

「いや、落ち着け。同居だ、同棲じゃない」

「同居も同棲も同じだ、このリア充めぇぇぇえ! 嫁か⁉︎ 嫁なんだろ⁉︎ 将来を誓いあった相手がいるんだろぉぉぉお⁉︎」

「そんなのいねーよ」

「嘘つけー! ふぐぅっ⁉︎」

 

 あまりにうるさかったので鳩尾に拳を打ち込むと、悠平は腹を手で押さえて静かになった。

 一方、詩帆は俺の言葉を信じてくれたようで、どこか安心した表情を浮かべている。

 話が通じるというのは素晴らしいことだと思う。

 

「いやー、びっくりしたよー。でも、彼女じゃないなら、色々と安心だね」

「だと良いんだが……」

「?」

 

 言葉を濁らせると、詩帆は不思議そうな表情を浮かべる。

 とりあえず、見てもらった方が早いか……。

 美華には先に部室に行っておくように言っておいたから、昨日のようなことは起こらないはずだ。

 俺たちは部室の前にまで移動する(悠平は腹を押さえたまま気絶し(動かなくなっ)ていたので、襟首を掴んで引きずってきた)。

 

「それじゃ、入るか……」

 

 俺はドアノブを捻り、ドアを開ける。

 と、

 

「にゃ?」

バタンッ!

 

 すぐにドアを閉めた。

 

「どうしたの?」

「い、いや、まさか……な……?」

「グフ、グフフ……俺は見たぞ。グフフ……」

 

 詩帆は困惑の表情を浮かべ、俺は冷や汗を垂らす。あと、悠平が気持ち悪い。

 ……見間違えだよな。

 そう自分に言い聞かせながら、ドアを少しだけ開けて中を覗く。

 

「ご主人、私は既に準備できています」

 

 ……なんでそうなるんですかねぇ。

 何の準備してんだよ……? いや、こころのことだから聞くまでもなくナニの準備だよな……。

 ドアの向こうにはこころがいた。部室での留守番はしっかりとこなしてくれていたようだ。

 ここまでは予定通り。何の問題もない……はずだ。

 しかし、何故そこで、またしても……。

 

「全裸なんだよぉ⁉︎」

 

 叫んでしまった。

 ドアの向こうにいたこころの姿は全裸。昨日と同じ感じがする。

 美華はいったい何をしているんだ……。

 そんな疑問を(いだ)くが、今の状況はそれよりもまずいかもしれない。

 

「ねぇ、全裸ってどういうこと?」

 

 俺の言葉の意味が気になったのだろう。詩帆が質問してきた。

 あれやこれやと思考を巡らせるが、上手い切り抜け方が思いつかない。

 幼馴染であるがゆえに、詩帆は俺の癖をほぼ完全に把握している。そのため、嘘や誤魔化しは一切通用しない。おまけに、軽い冗談やバカな発言は笑ってスルーしてくれるが、今のように知りたいことがある場合は引いてくれない。つまり、逃げ道はない。

 

「見ればわかるよ……」

 

 もう、そう言うしかなかった。

 詩帆は不思議そうな表情を浮かべながらもドアを開けて部屋の中へ入っていった。

 この後、部屋から出てきた詩帆に満面の笑みでぶん殴られた。

 もしも、俺が将来ピエロ恐怖症になったら、その原因は間違いなく詩帆の笑顔だろう。

 

 

 今、部屋の中には『神の子』の関係者全員が集まっている。

 俺は床に正座させられ(木の床だから足が痛い)、詩帆と悠平には厳しい視線を向けられていた。美華は申し訳なさそうにしており、こころ(服は無理やり着せた)と越前先生はいつもと変わらない様子で俺を見ていた。

 

「お兄ちゃんごめんね。ちょっとお花を摘みに行ってたの」

「ああ、大丈夫だ。気にしてない」

「にゃははー、そうですよ。美華さんは気にしなくていいんです」

「お前はちょっとくらい気にしろよ! 何故脱いだ⁉︎」

「胸がきつかったので。というか、上半身が全体的にきつかったです」

「だからって全部脱ぐなよ⁉︎」

「全裸なら、より効果的にご主人を誘惑できると思ったんです。ほら、こういう体格が好みなんでしょう?」

「やめろ! このど変態が!」

「私、ご主人のためなら変態にだってなります!」

 

 こころの全裸を思い出しそうになり、そのイメージを慌てて振り払いながら入れたツッコミ。それに対する返しがこれである。

 ……よくもまあそんなことが簡単にできるものだ。まぁ、服を着ない猫と服を着る人間とでは裸の価値が違うのだから、仕方のないことだと思うが。

 

「とりあえず、お前が俺を手に入れるためなら何だってすることはわかった。だけど、それ以上胸とか体格とかについて言うのはやめてくれないか?」

「なんでですか?」

「だって、ほら……」

 

 こころに聞き返され、俺は美華に目を向ける。

 

「ぺったんぺったんぺたんぬー()……私は結局ぺたんぬー()……お子様おっぱいぺたんぬー()……」

 

 俺の目線の先では、美華が胸に手を当てながら変な歌を歌っていた。

 美華の目は瞳孔が開いており、おまけに瞬きもしていない。見てると怖くなってくる。

 ……燃え尽きたか。

 こころの発言は美華の胸が小さいというコンプレックスを刺激してしまったらしい。

 美華自身、牛乳を飲んだり、鶏肉を食べたりして胸を大きくしようと努力しているが、その努力の成果は一向に出ない。

 胸の大きさや髪の毛の色など、身体のことは人が最も気にすることの1つなのだが、それが必ずしも努力でどうにかなるわけではないのが辛いところだ。俺には、優しい言葉をかけてダメージを和らげることくらいしかできない。

 

「とりあえず、颯人が脱がせたわけじゃないのはわかった」

「ああ、その子の発言からして、颯人に落ち度がないのは俺にもわかったぜ」

 

 詩帆と悠平のこちらを見る目が幾分か和らいだ。それでも、悠平の目はまだ充分厳しかった。

 

「だけどよぉ……」

 

 悠平は若干涙目になりながら、

 

「なんで教えてくれなかったんだよぉ⁉︎ こんな可愛い子、恋人にはなれなくてもいいけど、せめて友達くらいにはなりてーよ! もっと早く紹介してくれてもよかったじゃねーかよぉ⁉︎」

「うるさい」

「ピギャアッ⁉︎」

 

 喚く悠平の後頭部を、詩帆は丸めた新聞紙で(はた)いた。ゴキブリかよ……。

 

「まぁ、うるさかったけど悠平の言ってることも一理あるよね。颯人、なんで教えてくれなかったの?」

「ああ、実は昨日知り合ったばかりなんだよ。厳密にはかなり前から知り合いだったんだが、(人間態で)会ったのは昨日が初めて。詳しいことはその子から聞いてくれ。その辺のことは、俺よりもその子の方が詳しいからな」

 

 丸めた新聞紙で悠平の頭をグリグリしながら聞いてきた詩帆に、苦笑しながら答えた。

 詩帆は「ふぅん……」と頷き、こころの方を見る。

 こころは笑顔で頷き、

 

「じゃあ、話しましょうか。私とご主人のエロエロな日々のことを」

「おい、勝手に思い出を作るんじゃない」

「あ、でもその前に悠平さんに言いたいことがあるんです」

 

 俺のツッコミはスルーされた。

 こころは悠平に近づくと、彼の頰を優しく(つつ)く。

 

「んぁ、なんだ?」

「悠平さん」

「おふぉっ⁉︎」

 

 顔を上げたら、目の前にこころの顔があったことに驚く悠平。

 しかし、すぐにスイッチを切り替え、

 

「僕に何か用かい?」

「あなたには、私が誰かわかりますか?」

「本当に申し訳ないけど、僕にはわからないな」

「そうですか。私は悠平さんのこと知っていますよ。以前にお会いしたこともありますし」

「おや、それは本当かい? 申し訳ないね。人を覚えるのはあまり得意じゃないんだ」

「そうですか。それは残念です。だって、私は悠平さんのこと……」

「……ッ⁉︎」

 

 驚きのあまり、悠平の目が見開かれた。

 「ずっと前から好きでした」などと言われると思ったに違いない。

 確かに、今のこころの言い方だと、事情を知らない人からは告白シーンにしか見えないだろう。その証拠に、詩帆は顔を赤くして、越前先生はニヤニヤしながら、悠平とこころの様子を(うかが)っていた。

 悠平は唾を飲み込む。彼の喉仏が上下するのが俺の位置からでもはっきりと見えた。

 間違いなく、愛の告白をされると思っている。

 詩帆と先生は相変わらずワクワクドキドキといった様子で2人を見ていたが、事情を知っている俺と美華は苦笑いしてしまう。

 

「友達だと思っていましたから」

 

 超ご主人ラブなこころが、俺以外に告白なんてするはずがないのだから……。

 悠平は崩れ落ち、机で顔面を強打した。

 

「ドンマイ……」

 

 詩帆はがっかりした様子で悠平の肩を優しく叩いた。

 

「大丈夫だ、心配はいらねーよ。……それにしても」

 

 悠平はこころの方に顔を向け、

 

「あー、悔しー! 告白されると思ったじゃねぇか! いきなりのリア充展開かと思ったらこれかよ! どのみち俺はアウトオブガンチューか! 緊張した分損したぜ!」

 

 そんなことを言いつつも、悔しがっている様子はあまりなかった。それどころか、悠平は妙に清々しい笑顔を浮かべていた。

 詩帆は「わけがわからない」といった様子で悠平を見つめる。

 

「あんた、本当に大丈夫?」

「ああ、大丈夫だ。俺が欲しいのはその子じゃない」

「は?」

「……気にすんな」

「えー、気になるなぁ」

「そんなことより、今やるべきことはその子が誰か知ることだろう?」

「……確かにそうだったね」

 

 痛いところを突かれ、詩帆は心底嫌そうな顔になった。「よりによってこいつに……」とでも心の中で言っているのだろう。

 こころはそんな詩帆にも質問する。

 

「詩帆さんには私が誰かわかります?」

「まったくわからないね。というか、なんで私の名前を知ってるの?」

「そりゃあ、会ったことがありますから。ご主人と仲の良い方にはだいたい会ったことがあると思いますよ」

「……ってことは、颯人とはもともと付き合いがあったってこと? でも、私あなたみたいな子に会ったことないし……」

「さーて、私は誰でしょ〜?」

「うーん……」

 

 首を捻らせて悩む詩帆。

 ……俺の言えた義理じゃないが、詩帆や悠平にはこころの耳と尻尾が見えていないのだろうか。そこに注目すれば、多少は答えに近づけるだろうに。

 と、

 

「もうやめてあげなさい、こころちゃん」

 

 不意に越前先生が立ち上がった。

 どこからともなく取り出した扇子で口元を隠しており、どんな表情をしているのかわからない。しかし、笑ってはいないだろう。その目は細まり、鋭く妖しい光を放っていた。

 

「その様子だと、変化(へんげ)の術にはまだ慣れていないみたいね。妖怪化してから1週間、人型への変化を身につけてから2、3日ってところかしら」

「……さすが、九尾の妖狐ですね。本当は昨日の時点で気づいていたのでは?」

「ええ、それはもちろん。私の大切な生徒に寄り付く異質な妖気を感じたから、すぐに探らせてもらったわ。そして、すぐにあなただとわかった。この学校に出入り自由な動物なんて、野生動物以外にあなたぐらいだもの。それに、あなたの颯人クンに対する愛は異常だった。感情は身体を変化させる。あなたの人間との関わりは飼い主に対する愛ね。人間に関わりが深いものほど妖怪化しやすいのよ」

「良い推理ですね。完璧です。年の功ってやつですかね?」

「あら、女性に対して年齢のことは禁句よ?」

 

 越前先生は笑う。こころも同じように笑っている。

 怖い、怖すぎる……。

 2人の顔が笑顔であるのは間違いないのだが、目は全く笑っていない。それどころか、身体から黒いオーラが溢れ出しているような錯覚さえ覚えた。

 その原因は、きっと越前先生にこころを預けた時に起きた出来事……いや、違うだろう。

 犬と猫は仲が悪い(狐は犬の仲間)とよく聞くが、この2人の場合はそんな言葉で片付けることなど不可能である。もっと根本的に、分子レベルで何かが合ってない気がした。

 女の喧嘩が恐ろしいと言われる理由が、今の俺にはよく理解できる。

 なお、2人と同性である詩帆は、わけがわからない様子で冷や汗を流していた。……詩帆は女なのに、女の喧嘩というものがわからないらしい。

 あまりにも険悪すぎるムードのため、俺は急いで話を切りにかかる。

 

「と、とりあえず、これでわかっただろ? 昨日、俺が言ってた美少女はこころのことだったんだよ! 俺の変な妄想じゃないって証明できただろ?」

 

 詩帆はブンブンと音が鳴るほどに勢いよく首を縦に振った。

 胸に手を当てて変な歌を歌っていた美華はフリーズし、俺の方に顔を向けて「早く帰ろう」と、目で訴えかけてきた。

 悠平はうっとりとした目で越前先生を見ていた。こいつは何故その行動が選択されたのだ……⁉︎

 

「じゃあ、誤解も解けたみたいだし、さっさと帰るぞ。今日は突然の召集で悪かったな」

 

 俺は(かばん)を肩にかけると、こころの腕を掴む。

 

「ほら、帰るぞ。こんなところで喧嘩してても時間の無駄だろ?」

「わ、私に敗走しろと言うのですか⁉︎」

「んなこと言ってないだろ。用が済んだから帰るって言ってんだよ。まぁ、お前が越前先生とまだ一緒にいたいって言うなら、俺と美華だけ先に帰ってもいいんだが?」

「こんなパイ揉み女狐と一緒なんて嫌です!」

 

 ……こいつストレートに失礼だな。

 

「ふっ、揉む胸があるから揉まれる……。私のように無ければ揉まれない……」

 

 美華の悲しい呟きが聞こえてきたが、スルーしておいた方が良さそうだ。

 

「ほら、早くしろ」

「えー」

「先に帰って家の鍵閉めるぞ?」

「……わかりましたよ。でも、ちょっと待ってください。私からも軽く自己紹介をしたいので」

「……そういうことならいいぞ」

 

 俺が腕を離すと、こころは部員たちの方を向く。

 

「先ほど、ご紹介にあずかりました、こころです。元々は猫であり、1年半ほど前から健布都家でお世話になっています。猫だった頃は意思の疎通が難しかったですが、今はみなさんと話すことができるようになって、妖怪化して良かったと思っています。普通の猫ではなくなってしまいましたので、人間の友達という形で付き合っていただけるとありがたいです。あ、それと……」

 

 こころは一度大きく息を吸い込み、

 

「私は飼い主である健布都颯人、つまりはご主人のことが大好きです。もちろん、恋愛的な意味の好きです。体を重ね合いたいと思っていますし、できるなら結婚したいとも思っています」

 

 一瞬、場の空気が凍りついた。

 俺は一語一句を少しずつ、絡まった毛糸を(ほど)くように理解しツッコミを——。

 

『はぁぁぁぁぁぁぁぁあ⁉︎』

 

 部員たちの叫びに阻まれ、入れられなかった。 

 

「そういうことなんで、ご主人が好きな人は早く行動に出た方が良いですよ。早くしないと、私がご主人をいただいてしまいますので」

 

 こころはにっこりと笑う。

 俺がフリーズしていると、こころが手首を掴んだ。もう片方の手には美華の手首が握られている。

 

「今日はこのくらいで勘弁してやります。覚えとけよ、ですー!」

 

 ……負け犬——いや、負け猫か。

 ジト目を向けると、こころは「やってやったぜ」とでも言いたげな見事なドヤ顔を見せてくれた。満足しているらしい。

 動揺する部員たちをその場に残し、俺たち2人はこころに手を引かれて部屋を飛び出したのだった。

 

 

 あの後、俺たち3人はそのまま家に帰った。

 こころがとんでもないことを言ってくれたおかげで、明日は悠平だけでなく、詩帆もうるさいだろう。……もう色々とめんどくさい。

 普通になりたいと思っているのに、昨日と今日だけで随分と遠ざかってしまった気がする。

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