3人でショッピングモールに行った日の夜。日付が変わる直前。
そろそろ寝ようかと思っていた頃に、その電話はかかってきた。
『おう、おはよう。……いや、日本なら、こんばんは、か?』
電話の相手は親父だった。
「こんばんは、だよ。超真夜中のな。こんな時間に突然かけてこないでくれ」
『いやー、悪い悪い。お前のことが心配になってな。ショッピングモールで警備員に捕まったんだって?』
「ああ。すぐに解放されたけどな。まぁ、不審者だと思われるのは慣れてるから大丈夫だよ。と言うか、何故それを知ってる?」
『本社に頼んで、お前たちの様子に変わったことがあったら伝えてもらってるんだ。今なら、南極だろうがエベレストだろうが、お前たちがどこに行ったってわかるぜ。すぐに行くことだってできる』
「うわっ、怖え……」
ちょっと引いた。
『愛する者のためならば、たとえ火の中水の中ってな。俺が愛する我が子の心配をしちゃダメか?』
真剣な様子の親父の声。
まったく、こういうところがあるから、かっこいいのだ。こんな時間に電話がきても、怒るに怒れない。
「いいや。心配してくれよ、大いに。迷惑にならない程度だったら、そういう心配はしてくれた方が嬉しい。そういう心配のおかげで、俺たちは安心して生活できてるんだから」
『おう、それならもっと安心させてやるよ。風呂場とかトイレもバッチリ監視するようにしてやるからな。待ってろ、すぐに監視カメラの取り付け工事を手配する』
「逆に安心できねーわ! この変態! 覗き魔!」
今度こそ引いた。お父さん怖い!
『何言ってんだ? 男はみんな変態だ!』
「今すぐ全世界の健全な男子に謝れ!」
こんな親父でも社長です。社員の皆さん、本当にごめんなさい!
『あ、そうだ。HENTAIと言えば、お前彼女できたのか?』
「なんか、その変態は意味がおかしい気がするぞ⁉︎ ……まぁ、いいや。彼女なんていないよ」
『本当かぁ?』
「本当だよ。俺のことを好きになる子なんて、そうそういない」
『そうか。……ドンマイ』
まさか親に同情されるなんて思ってなかった。
『そんな颯人くんに朗報だ。実は——』
「お見合いはお断りだぞ」
『何故わかった⁉︎』
「社長令嬢がお見合いをするという話はよくあるけど、そうなれば相手の男性も必要になるはずだと思ったから。俺はお見合いじゃなく、普通に恋がしたい」
これは紛れもない俺の願いだ。
突然、全く知らない誰かを紹介されて付き合うことになっても、俺はその人を愛せるとは思えない。互いに0の状態から、いきなり付き合うなど無理な話だ。
別に、出会いが突然であることに文句はない。しかし、出会った瞬間から好きなんてことは、互いに超ハイレベルな組み合わせでもない限り、ありえないと思う。そういう人は相手が好きなのではなく、恋をしている自分が好きなのだ。直感で好きになったと言われれば、それまでになってしまうが……。
共に日常を過ごしていく中で、互いをしっかりと理解し、惹かれあいたい。一緒に遊んだり、笑いあったり、時には衝突したりして互いを理解しなければ本当の恋愛感情は生まれないと、俺は思っている。
『……まぁ、そういうことならわかった。一応、断っておく』
少し残念そうに言う親父。
「ごめん。俺も彼女が欲しいって気持ちはあるんだけどさ。お見合いって苦手なんだよ」
『いや、謝る必要はないぞ。こちらからじゃなく、向こうからの申し込みだったからな。別に大したダメージじゃない。……また申し込まれそうだけどな』
「また? ……もしかして、あいつか?」
俺には心当たりがあった。
『ああ、多分お前の考えているのであってると思うぞ。大病院のところの娘さんだ』
あちゃー、やっぱりあいつかー……。
俺は頭を抱える。
父親が大病院の院長である彼女とは、幼馴染と言うほどではないものの幼い頃から面識があった。アメリカで偶々出会って仲良くなったというレベルの、それほど大した関係ではないため、友達という認識であっていると思う。
そんな彼女の家からはお見合いをよく申し込まれるのだが、俺はいつも断っている。理由は、どうも彼女自身の意志に関係なく、彼女の父親がお見合いを申し込んできているようだから。間違いなく、玉の輿を狙われている。
俺とあいつの関係は0ではないが、本人の意志に関係ない結婚ならば、きっとすれ違いが起きてしまう。しっかりと恋愛をした方が絶対に良い。日本人の俺とアメリカ人のあいつでは、物事の考え方が違うのだからなおさらだ。
「とりあえず、そんなに結婚したいなら日本に来て直接会うくらいしろ、とでも言っといてくれ。日常を一緒に過ごしてみないと、俺もなんとも言えないからさ」
『わかった。……あれ? でも待てよ……』
親父は一瞬黙り込み、
『追い返すわけじゃないってことは、別に結婚が嫌ってわけじゃないんだな』
「まぁな。別に結婚自体に抵抗があるわけじゃないから。それに、あいつとならしてもいいとは思ってるし」
『……そうか。安心した』
「あ?」
『俺はお前が女の子に興味がないのかと思ってたよ。てっきり、ゲイなのかと……』
おい。
確かに、俺は恋愛経験ないけどゲイじゃない。髪の毛がおかしくても、恋愛対象は異性だ。まぁ、同性愛というものも理解できるが。
『はぁ……、お前なんで手ぇ出さないんだ? お前の周りって可愛い女の子多いじゃん。今のお見合いの子も、詩帆ちゃんも。それに美華だって超可愛い』
「それはそうだな!」
美華が可愛いのは同意! 激しく同意!
しかし、
「美華は妹だ。俺は美華を恋愛対象としては見れない」
『……そう言うのは相変わらずだよなぁ』
親父の苦笑が電話越しに聞こえる。
確かに、俺は美華のことが大好きだ。しかし、妹に手を出すほど、俺はケダモノじゃない。と言うか、そもそも俺は性欲というものが薄い。存在していないわけではないが、そんなどうしようもなくなるほど多くない。
……美華は俺の妹だ。だから、俺は手を出さない。
古来より、近親相姦という文化は世界各国に存在しており、特に国家のトップを神として敬う文化を持つ国ではその傾向が強い。しかし、今はもうそんな時代じゃない。近親相姦は、してはいけないことになっている。
……美華に手を出してはいけない。だから、俺は美華を恋愛の対象としては見ていない。
いや、違う。本当は、
『でも、お前には教えたはずだろ? お前と美華に血の繋がりはない、って』
美華の兄であることを自分自身に言い聞かせて、彼女を恋愛対象として認識しないようにしているだけだ。
「ああ、わかってるよ。俺と美華がセックスしたところで別に近親相姦にはならないし、結婚も特に問題なくできるってことくらい」
『なら、なんで手を出さないんだ? お前だって美華のこと可愛いって言ってるし、実際大好きなんだろ? 俺がお前だったらもうとっくに手ぇ出してるぞ』
「まぁ、確かに好きには好きなんだけど……」
それじゃダメなんだ。
美華は可愛い。道ですれ違った男どもは、よっぽどの恋愛アンチでもない限り思わず彼女を二度見してしまうだろう。そんなレベルの超絶美少女だ。見た目が多少幼くとも、恋愛対象として見れないはずがない。だから、俺は困っている。
困るということは、何かを望んでいるということだと思う。俺の場合、その何かは美華と……かつて幼馴染だった女の子と男女の関係になること。
しかし、もしも俺がそれを形にしたら、俺はきっと後悔する。いや、きっとじゃなく、絶対に後悔する。
俺が好きなのは、俺と男女の関係になった美華だけではない。それは、俺の望む美華との関係の2つのうちの1つでしかない。
もう1つは、
「俺は、俺の妹である美華も好きなんだ。でも、俺が手を出したら、その関係は崩れる。俺と美華が兄妹の関係である今を壊さないためにも、手を出したくない」
俺は望みを持っていても、決して満足していないわけじゃない。これ以上は欲張りというものだと思っている。だから、仲良し兄妹という関係で充分だ。
『……なるほどな。まぁ、しっかり考えてるなら良いさ。今すぐ答えを出す必要なんてないからな。それに、お前の許嫁にするつもりで養子にしたわけじゃないんだし』
親父は満足気に言った。
この望みを叶えるか叶えないかは俺次第。俺が美華を妹として見ることをやめれば、俺は簡単に陥落するだろう。しかし、もしかしたら、俺にもっと好きな人ができるかもしれない。だから、美華は最終手段として考えることにする。
……もっとも、妹として見ているとしても、胸がドキドキするのは止められないが。だって可愛いんだもん、仕方ないじゃん!
と、ここでふと疑問が浮んだ。
「そういえば、なんで美華を養子にしたんだ? そこの理由は聞いたことないぞ」
『約束だよ。親友とのな』
「約束……?』
『そうだ。約束だ。互いのどちらかが死んだら、子どもたちは生きている方に任せるって、颯人が生まれる半年くらい前に約束したんだ』
『誓約書もない、ただの口約束なんだけどな』と親父は苦笑した。
……やっぱり、かっこいいな。
いくら約束したからとは言え、まったく嫌がることなく子どもを受け入れるなんて、滅多にできることではない。何より、一緒に暮らし始めた時期が時期だけに、そのすごさには恐ろしさすら覚える。何故なら、その時期は母さんが死んだのと全く同時期だったから。
俺には、親父のこの強さがどこから来るのかがわからない。その強さが、父親としての強さなのか、はたまた、親友との友情から来る強さなのか。どちらにせよ、親父はとても強い人だと思う。
『……あの時は、まさかあの約束を本当に果たすことになるなんて思っていなかった。もしかしたら、向こうは死ぬことがわかっていたのかもしれないなぁ、なんて今更思うんだよ』
そう言う親父の声には悲しみの色が含まれていた。
「親父はあの飛行機事故が憎いのか?」
『そりゃあ憎いさ。俺は、あの事故のせいで大切な人を3人も失ったんだ。……でも、これも運命とかそう言うものだと考えたら、多少は許せる。人間が案外簡単に死んじまうってことに気づいてさ。病気で死ぬ人を減らすために、製薬会社の仕事の方によりいっそう力を入れるきっかけになった。そのおかげで開発できた新薬に命を救われた人はたくさんいる』
「大切な人を失って、それが原動力になるなんてな……」
『悲しい原動力さ。でも、そうしなきゃ報われないと思った。俺から見れば大切な3人でも、世間から見れば、死んだ3人はただの気の毒な人たちなんだ。親戚や友達でもない限り、大きな悲しみを背負うことはない。もちろん、新薬の開発が間に合わず、命を落とした人々も同じだ。大切な人を失う悲しみは計り知れないものとよく言われるけど、それを味わうのは誰だって同じなんだ。悲しみを知っていたから、俺は悲しむ人を減らしたかった。無気力になって無駄な時間を過ごして何万もの人々を悲しませるよりは、よっぽどマシだからな』
親父は『ふぅ……』と一息吐き、
『世間は3人のことを知らないけど、俺はあいつらのことを自らの命を落としてまで何万もの命を救った英雄だと思っている。実際、それだけの命を救うきっかけになったんだ。別におかしくはないだろう?』
親父の言葉に、俺は頷く。
電話越しで相手の仕草を見ることはできないが、今の親父にはなんとなく伝わっている気がした。
『……って、すまないな。盛り上がらない話をしちまって』
「いや、いいよ。聞いたのは俺なんだし。それに、つまらない話じゃなかった。聞いて良かったと思ってる」
『そうか? それなら、いいんだが……』
不思議そうな声を出す親父。
「尊敬すべき大人が増えた感じだよ。親父のこと、改めてすごいって思った。今なら、親父のことをお父様って呼んでもいいかもな」
『あっ、それは颯人からじゃなくて、美華から聞きたいなぁ〜』
「……お父様はロリコンかよ」
『何言ってんだ? 統計だと日本人男性の約4人に1人はロリコンだぞ。別に大しておかしなことじゃない。あと、俺のはロリコンじゃない。親バカって言うやつだ』
「確かに養子だから親子ではあるけど、実際は血が繋がってないからロリコンなんじゃ……」
『あーあー、聞こえなーい。俺はロリコンじゃなーい。ワタシタチハカゾクデース』
「そうは言っても、母さんとの結婚という確固たる証拠が……」
『……ごめんなさい。俺は小さな女の子がタイプです。中学生とかで勃ちます。学生の頃のオカズは——』
「それ以上言わないでくれ!」
このままではとんでもないことを言いそうだったため、慌てて止める。親父のオカズなんて聞いても嬉しくないよ……。
とにかく、親父はロリコンだということを認めた。
なお、俺の母さんは身長145センチメートル、胸のサイズがAカップという、小学生高学年から中学1年生くらいにしか見えない美幼女だった。写真で見たし、実際に生でも見たからけっこう覚えている。……今まで何か物足りない気がしていた理由は胸か!
「とりあえず、美華はもう寝てるから呼べない。それに、俺ももう寝る。今日はこれくらいにしてくれないかな?」
『ちぇーっ、マイプリティエンジェルの声を聞きたかったのになー。……ま、いいんだけど。夜遅くに悪かったな。また時間ができたら電話するからな』
「ああ。仕事頑張って」
『もちろん。仕事して金稼いで、お前たちを守り抜くのが俺の役目だからな。じゃあ、おやすみー』
ガチャンと音がして、通話が切れた。
「ふあー……」
受話器を置いて気が抜けた途端、欠伸が出た。
……眠い。早く寝なければ。
睡魔に負けそうになりながら、俺は早足で自室に向かうのだった。
この時の俺はまだ知らなかった。俺の発言のせいで、まさかあんなことになるなんて。