朝。
小鳥が鳴き、カーテンが開かれ窓から日差しが差し込む。
騒々しく清麿を起こす声が響く。
「清麿!清麿起きるのだ!もう朝の6時だ、遅れてしまうぞ!今日は清麿の言っていた、林間学校という日なのであろう!?」
「ん、あぁ。そんな焦らなくても、荷物は昨日のうちにまとめてあるし。」
と、カバンに目を向けると、閉じてあったはずのカバンが何故か開いていた。
楽しそうにしているガッシュは、自前のリュックサックにそそくさと荷物を詰めている。
内容は清麿が用意した物と似ていた。
バルカン300ですら、まるで登山する装いになっている。
バルカン300は天日干しの刑に処された。
「うわぁああああ!!バルカン!バルカーーン!!」
「じゃあ、行ってきます」
「ハイ、行ってらっしゃい」
「き…清麿!私も一緒に…母上殿!バルカンを一緒におろしてくれ!!うわぁああ清麿!待ってくれぇぇぇ!!」
(まったく、イベントがあるたびに付いて来ようとする。気を付けないとな)
「高嶺くん高嶺くん、今日と明日は頑張ろーね!」
「ん、おぉ水野。そう言えば同じ係だったな。たしか、カレー係だったか」
「うん!今回の林間学校のメインイベント!みんな楽しみにしてるわよ!」
「ま、まぁカレーはみんな大好きだろうけど、メインイベントってほどか?」
「当然よ!あぁ〜ホントに楽しみね!」
(何故だろう、寒気が止まらない…)
バスに乗って暫く、キャンプ場についてしばしのレクリエーションを経て夕刻、それぞれのクラスは夕食の準備にかかり始めた。
岩島 守、山中 浩、水野 スズメ、高嶺 清麿。
2組のカレー係はこの4人が担当することになっている。
「お前たちカレー係には、他のみんなが飯ごう炊飯にチャレンジしてる間に、クラス全員分のカレーを作ってもらう。なに、そんなに大変な事じゃない。みんなが切った食材を集めて煮込み、味付けするだけだ。」
(楽そうに聞こえるのに、朝から続く嫌な予感がここに来て大きくなった…)
「高嶺」
「ハ、ハイ…」
そう呼んだ先生は大変キラキラとしたいい笑顔を浮かべていた。
「ハイッ!!!?!?」
「まさかお前が、世界でも指折りの料理人だとは知らなかったぞ!」
「はぃいい!?!?」
そういった先生に続いて、クラスメイトの皆から、期待の声や応援する声が届けられる。
清麿にとっては、なんのこっちゃと、困惑しかない。
まともに包丁も握ったことないのに。
嬉しそうに跳ねて声を上げたのは水野スズメだった。
「そうよ!私の話した通り、高嶺くんはカレー作りの天才なんだから!」
「あぁぁぁあったなそんなことぉ!!!」
前回はケガで休んでいた間にこうなったはずだ。
今回はグループ分けにはちゃんと参加していたのに、一体いつそんな話をしたのか。
清麿は、自分の知らない集まりがあることをまだ知らない。
「とにかく高嶺、校長先生もお呼びしたぞ」
「楽しみじゃの〜〜」
(うあ)
「私のワイフもだ」
「私より美味しいんですって?」
(うあああ)
「頑張ろ!高嶺くん!」
「やかましい!」
清麿には料理の経験はない。
が、清麿にはなかまがいる。
自分には出来ないことが出来る、頼れる仲間が!
「山中!!」
「薪割りなら任せな!」
「薪は全部割られてる!岩島!!」
「火起こしなら任せてよ!」
「マッチと新聞紙が支給されただろ!水野!!」
「味付けは出来ないけど、包丁さばきは任せて!」
「具材はもう切られてんだよ!!!」
絶望である。
「(頼れるのは自分自信だけか…)よし、こうなりゃヤケだ。俺のカレーでなけりゃ満足できないからだにしてやるぜ!」
上がる歓声、垂れるヨダレ。
集められたスパイスや、その他味を引き立たせるための具材は潤沢にある。
何故か豚の頭やスッポンなんかもある。
「なんで豚の頭が…?」
何はともあれ、調理スタート。
「まずは肉の下拵えからだ。山中!自慢の筋肉で豚の頭をかち割ってくれ!」
「な!そんな酷いことできるかよ!」
「食べて貰えない方が可哀想だろ!!水野!頬肉を切りとって岩島に渡せ!岩島は皮がカリッと焼けるまで強火で……」
「「可哀想で出来ないよーー!!」」
「もぉーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!」
彼らはまだ中学生である。
「まったく、だらしないわね。仕方ないから手伝ってあげるわ!」
「せ、先生の奥さん!?」
「この私にかかれば、豚だろうがスッポンだろうが…ダァラッシャァアアアアアアア!!!!!!」
凄まじい包丁さばき、安全を考慮したプラスチック製とは思えない断面。
瞬く間に1口大に落とされてゆくお肉たち。
切った傍からフライパンへと流れるように乗せられていく。
「さぁ!岩島くん!?美味しく焼いてちょうだいな!」
「ハイ!先生の奥さん!!」
「サバ・ザ・ハットとお呼び!」
「ハイ!サバ・ザ・ハット!!」
岩島の完璧な火加減で持ってお肉はカリッと仕上げられてゆく。
「これなら行けるぞ!水野!切られた野菜を千切りにしてくれ!!煮込み時間を短縮したい、野菜は溶かすぞ!」
「まかせて!」
「山中!各種スパイスと調味料を!肉に味付けをする!!」
「おう!」
鍋に張られた水に醤油、みりん、砂糖、しょうがを加えて沸騰させ。
火から離したら肉を投入。
弱火にして蓋を閉め、しばらく煮込む。
その間にルーの調整を始める。
市販のルーを溶かした後、スパイスを適量入れて味を調整。
瞳に波紋をおとす。
淀みのない手つきで多種多様のスパイスを投入していく。
仕上げにバルカン300オリジナル味の食材。
クイッと味見。
「ブフッゲブフゥ!!!」
「どんまいどんまい!」
「もう一回だ!高嶺!」
「な、何故バルカン300が…。ガッシュ!?」
返事は無い、どうやらガッシュは居ないようだ。
「そうか、じゃあこのイタズラはバルカン300だけでやったんだな」
バルカン300は火炙りの刑に処された。
「うぉおおおお!!!バルカン!バルカーン!!!スマナイ清麿!わたしが悪かったのだ!!バルカンが悪いわけではないのだー!!」
「………ガッシュ」
「う…うぉ…良いではないか!私も混ぜてくれても良いではないかぁ!!!」
「コルルはどうした…」
「コルルはしおりちゃんが学校を休んで一緒にいてくれている!しおりちゃんも楽しんできてねと言ってくれた!楽しみにしていたのだぞ!昨日清麿の話を聞いてから夜遅くまで準備していたのだぞ!!」
ガッシュはバスに台車で無理矢理くっついてきていた。
酔い止めに持ってきた梅干しを全て食べ尽くしてしまい、若干トラウマになっている様子だった。
涙ながらにカレーを恵んでくれと叫んでいる。
「まぁいいじゃないか高嶺、先生だってワイフを連れてきたんだ。子供一人くらい、文句を言うやつなんて居ないさ」
「山中…」
(あぁそうだ、先生の奥さんだって手伝ってくれている。思えばみんなと協力して何かを作るってのも、しばらくしてなかった気がする)
「清麿、わたしもなにか手伝うぞ!」
「よし、みんなに最高のカレー。食わせてやろうぜ!」
「「「おー!!!」」」
「フフッ。青春ね。」
それから清麿たちは協力してカレー作りに没頭した。
清麿が各種スパイスを、微妙な匙加減で調合し、そこにもっと辛味が欲しいと唐辛子山ほどを入れられてからさで吹き出したり。
清麿が各種スパイスを、微妙な匙加減で調合し、そこにもっと深みが欲しいと魚やらを雑多に入れられてとんでもない味に吐き出したり。
清麿が各種スパイスを、微妙な匙加減で調合し、甘さがあった方がいいんじゃないかと砂糖を入れられてほのかに辛いチョコレートが完成したり。
様々な意見を取り入れて、試行錯誤しつつ味を調整し、野菜を溶かし込んでとろみを付けて、事前に焼いてあった肉類を煮込んで口の中で溶けるように仕上げた。
おおよそ1時間。
最高のカレーが、出来上がりに要した時間である。
既に飯ごう炊飯を終えていたクラスメイトは、今か今かと待ちわびたカレーを前にして、今にもがっついてしまいそうな程だ。
「よし、じゃあ…みんな、いただくぞ。手を合わせて、いただきます」
「「「いただきまーす!!!」」」
パク
口内に広がる強い痛み、しかし確かに感じられる魚介の旨みと野菜の甘み。
肉はトロトロに溶けていき、内に秘めたアツアツの肉汁で舌を焼いていく。
粘性のあるルーは舌の上に張り付いて、水を飲んでも流れていかず。
掠めた唇でさへビリビリと痛む。
早く無くなって欲しいのに、いつまでも味わっていたい。
痛くて涙が出てくるはずなのに、美味しすぎて泣けてくる。
一口だけで地獄なのに、食べ進めるほどに天国に居るよう。
高嶺印の最高のカレーは、たくさんの涙と絶叫で彩られた。
「ぎゃあああああああああ」
「イタイカライイタイウマイイタイカライイタイィイイイイ!!」
「とまらな……!スプーンが止まらないよォ!!!!」
「こ、校長先生が息をしてないぞぉ!!」
阿鼻叫喚の地獄絵図。
泣きながら笑い、食べたくないと叫びながら掻き込んでいく。
清麿は1人手をつけずに、静かに思った。
(みんなの意見を取り入れて頑張ってみたけど…やりすぎだったかなぁ)
後日、辛味を抑えた高嶺スペシャルカレーは、テストで1つでも清麿に勝てたらご馳走するという約束を取り付けて幕を閉じた。