フェイトを妹にしたいと思うのは俺だけか?
この日、ファンはデパートにやってきていた。
彼の視線の先には、フェイト、そしてプレシアが絵になるような様子で服を選んでいた。
プレシアは刑期を終え無事出所し、現在はフェイトと同じマンションで過ごしている。
そして今日は二人でお出掛けの筈だったのだが、フェイトがファンも一緒にと言い出し、ちょうど蓮夜の修行は休みであり、同行することになった。
「お兄ちゃん、これどうかな?」
「ん? ああ、良いんじゃないか」
「じゃあ、こっちは?」
「良いと思うよ」
「……どうでも良いみたいだね」
「え、違うって! フェイトには何でも似合うから!」
「本当に?」
フェイトはジト目でファンを見つめ、ファンは笑みを浮かべて首を縦に振った。
「ってか、そもそも俺にファッションセンスを求めるのはナンセンスだ。ほら、俺って黒しか着ないし」
「私も黒、好むよ?」
「いや、何と言うか俺の場合はだな……プレシアぁ~……」
何とも情けない声でファンとファイトを見ているプレシアに助けを求める。
だがプレシアは微笑むだけで何もしなかった。
「くそぉ……エスティがいれば……」
「……そう言えば、エスティさんとお兄ちゃんって、どういう関係なの?」
「仕事の相棒だって」
「本当に? 何かいっっっつもお兄ちゃんの隣に居るし、くっ付いてるし、最近夜遅くに一緒に帰ってくるし、この前なんか一緒にお昼寝してたよね?」
「……………そうだっけ?」
「そうだよ!」
ファンはわざとらしい笑みを浮かべて首を傾げたが、フェイトに誤魔化しは通用しなかった。
「本当はどうなの? も、もしかして……こ、恋人なの?」
「違うって。まあ、確かに、端から見ればそんな風に見えてるのかもしれないが、俺とエスティは……むぅ……切っても切れない関係?」
「やっぱり恋人なの!?」
「ちっが~うぅ! ってか何でフェイトがそこまで気にするんだ?」
「だ、だって……恋人って言う事は、将来私のお姉ちゃんになる訳だし……その、もしそうだったら甘えるのは控えて、ふ、二人の時間を作ってあげたほうが……」
フェイトは指先でモジモジとしながらファンを上目づかいで見詰める。
その姿にファンは心が何かに撃ち抜かれ、凄まじい衝撃を受けた。
「フェイト!」
「ふ、ふぁい!?」
「妹がそんなこと気にすんな! 例え俺が結婚したとしても、お前が俺の妹という事は変わらない! 何時だって甘えて良いんだぞ?」
「本当?」
「ホントホント! だからフェイトの後ろで般若の如く俺を睨んでいるプレシアをどうかして下さい!」
「あら、何かしら?」
フェイトがプレシアに振り向いた瞬間、プレシアは優しい母の笑みに変わり、何事も無かったかのように振舞う。
『ファン、私の娘に手を出したら、分かってるでしょうね?』
『アイ・マム。ワタクシファンハフェイトニテヲダシマセンデス』
念話でドスの利いた声で脅された。
その後もデパート内を周り、三人は時間を忘れて過ごしていた。
★
夕日で空が紅くなる頃、ファンが運転している車で三人はマンションに帰宅している。
プレシアとフェイトは後部座席に座り、フェイトはプレシアにもたれかかって眠っている。
「ファン、今日はありがとう。この子の我儘に付き合ってくれて」
「いいって。妹の我儘に付き合うのも兄の仕事だ。それよりも悪かったな。フェイトを守れなくて」
プレシアが出所する前、フェイトは無人世界でシグナムと戦った。
その時、突然現れた仮面を着けた男にフェイトのリンカーコアを取り出され、闇の書に蒐集されてしまった。
そのお陰でフェイトは暫くの間は安静状態になっていたのだ。
「気にしないでいいわ。確かにフェイトを襲った輩には腹が立つけれど、貴方に責任は無いわ」
「………」
本当はある。
ファンは闇の書の在り処、シグナム達の居場所まで知っておりながら何もせず、ただ知らない振りをしていた。
「それより……ありがとう」
「ん?」
「貴方がいなければ、フェイトとこんな楽しい時間を過ごす事は出来なかったわ」
「……ホントはここにアリシアも入れたかったんだが、流石の俺でも死という過ぎた結果を消す事は出来なかった」
『ゼロ』は全てを消す。
だが本当に全てではない。
死だけは消せない。
死へと近付く道は消せても死だけは消せないのだ。
「ま、過ぎた事を悔いてもしょうがない。大切なのは過去ではなく
「誰かの受け売りかしら?」
「あ、バレた? エスティだよ。昔、色々あってな。今のような俺にしてくれたのはエスティって言っても過言じゃないかもな」
「―――それで毎晩忙しかったのね」
「ぶふっ!?」
プレシアの不敵な笑みと共に出てきた言葉にファンは動揺し、思わずハンドルをあらぬ方へときってしまった。
「ちょっと、ちゃんと運転しなさい。フェイトが起きるでしょう」
「お、おまっ!? 止めろよな!? 俺とエスティはそんな関係じゃないし、ってか子供達の前で絶対言うなよな!?」
「あら、私は何をとは言ってないわよ?」
「………思い出した。リンディに苛められる前はプレシアに苛められてたんだった、俺……」
ファンはこれからくるであろう未来、二人の魔女に苛められる日々を、泣きながら確信したのであった。
★
「ふんっ!」
「ほい」
「はあっ!」
「へい」
「でりゃあ!!」
「あらよっと」
この日の晩も、ファンと蓮夜は何処かの広場で刀と剣を交えている。
とは言っても、全力で向かってくる蓮夜をファンが遊び感覚で剣を捌いているのだが。
「火炎十字衝!」
蓮夜は『紅蓮』に炎を纏わせ、ファンの刀に同じ箇所に十字に同時に叩き付けた。
「っと!」
ファンは『ゼロ』の能力を自身の身体にしか適応させていない。
故に刀身には『ゼロ』の力は適応されていない。
蓮夜が繰り出した技は蓮夜の魔力、身体能力、ベクトル操作を全て使用しており、その威力でファンの刀が僅かだが押された。
「まだだぁ! 烈火ァ!!」
その僅かな隙に、蓮夜は炎を纏わせた紅蓮で高速の連続突きを繰り出した。
「ほっ、はっ、よっ、おおっ?」
ファンはそれを刀で捌き、剣先から身体を逸らしたりして避けた。
「だりゃぁっ!!」
ダンッ!
蓮夜は片足を持ち上げ、地面に強く叩き付けた。
すると地面が蓮夜を中心に砕け散り、ファンのバランスを崩した。
「ぬわぁにぃ!?」
「
蓮夜は両手の紅蓮に業火を纏わせ、力を込めた一太刀をファンに叩き付けた―――。
「ヒュ~、子供のくせに何よこの力」
「なっ!?」
筈だった。
だがファンは刀で剣を逸らして命中を免れていた。
「今のは良かったぞ。だがまだ無駄な動きが多いな。もっとこう―――」
瞬間、ファンは紅蓮を刀で弾き飛ばし、ファンの喉に刃を添えた。
「速く、力強く、そして無駄なく動け」
「……くそっ」
「よーし、今日はここまでだ。明日ははやてにサプライズするんだろ?」
ファンは刀を鞘に収め、何処かへと消した。
蓮夜も紅蓮を広い、待機状態へと戻す。
「ああ。ってか刀何処にやってんだよ?」
「四次元空間」
「ドラ○もんかよ……」
蓮夜は狸に間違われる猫型ロボットを思い出した。
「今日はなのはの家にフェイトを呼んでの食事だろ。疲れて眠ったりすんなよ?」
「しねぇよ………」
「……どした?」
「いや……」
蓮夜はファンにある事を伝えるべきか迷っていた。
蓮夜が知っている未来では、明日の夜、闇の書は覚醒し、激しい戦いが始まる。
だが今はもうそれが正しいのか分からない。
何かの因果か未来は変わり、覚醒が延びるかもしれない。
若しくはもっと早く覚醒するかもしれない。
「……闇の書の事なんだけどよ……どこまで知ってんだ?」
「………クロノから聞いただろ。闇の書の本来の名前は『夜天の書』。数々の魔法を記録するようなものだったのが誰かの仕業により改変、狂い、壊れ、破壊しか行なわなくなってしまった代物」
「……それがさ、明日暴走するって言ったら、おっさんどうすんだ?」
「おっさんじゃない、お兄さんだ。……そうだな、流石の俺でも無事には済まないだろう。だがそれを前提で闇の書を消し去るだろうな」
「はやてを消すのか!?」
「消さん。あの娘には何の罪も無い。穢れも知らず、ただ皆が幸せでいてほしいと願う娘を、俺は必ず救い出す。消すのは闇だけでいい」
ファンは拳を握り締め、蓮夜を見据える。
ファンの瞳は覚悟を決めたような、真剣な眼差しだった。
「出来んのかよ? そんなこと」
「出来る出来ないじゃない、やるかやらないかなんだよ。そう誰かが言った」
「つまりやったことがねぇんだな。大丈夫かよそれで」
「さあ?」
ファンは肩をすくめ、おどけた様に笑う。
蓮夜は呆れ、今まで迷っていたのが馬鹿らしくなった。
「いいか、よく聞けよ? 明日、闇の書が覚醒する確立が高い。多分夜だと思う。それから変な仮面を着けた男が二人いるから、そいつらに気をつけろ。そいつらがヴォルケンリッターを蒐集して覚醒させるからな。それから―――」
「ああ、分かった分かった。もうそこまで言われたら十分だ。俺が何とかすっから。お前は気にせずクリスマスを楽しんどけ」
「………」
明日、病院に行った時点でクリスマスを過ごせないのは確定すんだけどなとは言わず、蓮夜は取り合えず頷いておいた。
「んじゃ、エスティー! 頼むわー!」
「はい、では……」
今の今までファンと蓮夜の事を眺めていたエスティナルに頼み、空間を切り開いてもらった。
★
「………」
「どうかしましたか?」
皆が寝静まった時刻に、ファンは自室の窓から空を眺めていた。
エスティナルはその様子を黒の寝間着姿で見ている。
「………」
「……蓮夜君が言っていた事ですか?」
「……ああ。アイツの眼は嘘をついていなかった。とすれば覚醒の確立は高いんだろう」
「……ファン」
「っ……おい」
エスティナルはファンの腕を引っ張り、ベッドに押し倒した。
「今まで貴方は闇の書に直接は関わりませんでした。関わったとしても間接的。在り処を突き止め、それを報告。ただそれだけでしたのに……」
「………」
「しかし直接出会ってどう思いましたか?」
「……正直、ホッとした。ちゃんと笑顔で過ごせていた」
「ですが、貴方の事は忘れていた」
「っ……」
エスティナルの言葉に、ファンは身体を震わせ、エスティナルから目を逸らした。
「何を怖がっているのですか? 貴方はあの罪を背負うと覚悟したのでしょう? だから私は貴方の手を取った。―――私を失望させるつもりですか?」
「っ……違う」
「なら行動しなさい。何時までも傍観者気取ってる訳にはいかないのです」
エスティナルの容赦ない言葉にファンは歯を食い縛り、拳を握った。
眼には薄っすらと涙が溢れていた。
「だけど怖いんだよ……また俺がこの手で壊してしまうんじゃないかって……」
「安心なさい。貴方は何度も多くの人を救ってきたじゃないですか。私はずっと見ていましたよ」
「………」
「だから安心して、心を強くしなさい。恐れずに、今度こそ彼女たちを救いなさい」
エスティナルは優しく囁き、ファンの唇に自分の唇を押し付けた。
「んっ……」
「っ……えす、てぃ……」
「それとそろそろ……貰っても良いですわよね? 代価を……」
ファンがエスティナルに払う代価の一つ。
それは『精気』。
エスティナルはソレを性行為によって喰らう。
だがファンはこれに抵抗を感じている。
ファンは真に愛した人としか行ないたくないと考えているからだ。
そして、代価はもう一つある。
この代価だけはこれだけを多く与えることで前者の代価を支払わずに済む。
だからファンは図書館でソレを探したり、街を練り歩いて探していた。
それは『悦び』。
悦びを与えることで自然と精気がエスティナル自身から湧き出し、ファンから喰らわずに済む。
精気とは生きる力、生命の根源力。
そして悦びを与える事で精気が溢れる。
だがしかし、エスティナルはある理由から少しのことでは悦びは感じられないのだ。
だからこそ、代価としてもらっているのだ。
性行為も、その悦びを感じる為である。
『ゼロ』は決して万能ではない。
全てを消し去る力は人の身ではあまりにも大き過ぎる。
だからこそ、ファンはエスティナルとある事をすることで『ゼロ』を扱えるようにしている。
それをする為に、ファンは『精気』と『悦び』を支払っている。
「……やらないと駄目?」
「駄目ですわ♪」
★
翌日の夜まで時は進む。
ファンは何時ものように黒のコートと刀を持って夜の空を飛んでいる。
蓮夜の言うことが本当ならば、今晩、闇の書が覚醒してしまう。
そしてそれを仕向ける者がフェイトを襲った仮面をつけた男の二人。
ファンは病院の周りの空を飛びながらその男達を捜していた。
「………ん?」
そして見つけた。
ビルの屋上に立っていた。
だが一人多い。
銀髪で紫色のロングコートを身に纏い、背中には大剣を担いでいる。
――何だあの男……この変な感覚は……ッ!?
ファンが空から男を観察していると、その男が空を見上げ、ファンと眼が合った。
瞬間、男はファンの目の前に現れた。
「何!?」
「ふん……」
男は不気味に笑い、ファンをいつの間にか取り付けていた鋼鉄の籠手で殴りつけた。
「ぐッ!」
『ゼロ』を瞬時に発動し、威力を消したが、威力が強すぎたのか、即座には全て消しきれなかった。
ファンは男から離れ、刀に手を添えた。
「誰だ、アンタ」
「それは此方の台詞だ。君は誰だ? 転生者かい?」
「……またそれか」
転生者かと尋ねるということは、この男も転生者である可能性が高い。
ファンはそう思い、蓮夜のように何か特殊な力を持っているのかもしれないと警戒した。
「俺はお前達が言う転生者ではない。が、転生者というのは知っている」
「そうかい。ではもう一つ聞くが、君はここで何をしているんだい? 空を飛んでいるとこから、君は魔導師かい?」
「そういうお前も魔導師か?」
「チッチッチ……」
男は指を振り、笑みを浮かべた。
「私はそんなチンケな存在ではない」
「……?」
「私はこの世を統べる絶対的な支配者、崇高なる悪魔、“イヴァシリア・ムトス・エラフィクス”だよ!」
「……何?」
イヴァシリア・ムトス・エラフィクス。
その存在は伝説級の悪魔。
聖王を導いたとされる最強の悪魔。
それが自分だと、男は名乗った。
それにファンは滅多に出さない低い声を漏らした。
「今日は私の妻の目覚めの日でね……邪魔はしないで欲しいんだ」
「……妻?」
「そう! 破壊と共に目覚め、私と二人で永遠を生きるのだよ! あははははははっ!!」
イヴァシリアと名乗った男は狂ったように笑い出した。
「……それは、闇の書の管制人格のことか?」
「そうだよ! 彼女は私と共に永遠の愛を誓い、ずっと愛し合うんだ……!」
「………」
ファンはそれを聞き、静かに刀を抜いた。
「……何だい? 君は邪魔をするつもりなのかい? だったら容赦はしないよ?」
イヴァシリアも大剣を手に持ち、ファンに切っ先を向けた。
「このフォースエッジで斬り殺してあげるよ」
「…………黙ってろ、変態ナルシスト。貴様はここで……死んどけ」
紫色の魔力剣を幾つも展開し、ファンは赤い目を光らせた。
その瞳には、怒りが確かに込められていた。