「……彼女の様子は?」
ダモクレスの艦橋でリンディはリインフォースの様子を部下に尋ねる。
「先程から動いていません。ミュリオン様の
「そう……」
オーガスはアスラと未だに戦闘中。ヤシャは手負い、ユーリはユフィを連れて行知らず。ミュリオンは自身が持つ戦艦に乗って好き勝手。シグナム達ヴォルケンリッターはイヴァを捜索中。リンディは頭を抱える。イヴァに持ち出された取引の件もある。正直、いっぱいいっぱいである。
「どうするつもりなのよ……イヴァ」
★
イヴァはファンに手を引かれて草原を歩き、何処かの洞窟の中を歩いていた。ここは夜天の書の中。つまりリインフォースの中と言っても過言ではない。リインフォースは夜天の書の管制人格。夜天の書を弄ればリインフォースに繋がる。そしてファンは死んだ時、魂が夜天の書に取り残され、この夜天の書に住み着いている。即ち、この世界の住人である。つまりこの世界の事はファンに聞けば良い。
「左手、動かないんだね」
「ん~、肩の骨も砕けてるしな。体力も無いし、この世界じゃ『ゼロ』も使えないようだ……」
「この世界に干渉したら、そんな怪我すぐに治せちゃうんだけど、アレが入ってきちゃって出来ないんだ」
「いや、まぁそれは良いが……気のせいかな。お前、成長してないか?」
ファンは成長していた。あの時、闇の書事件の時に見た子供の姿ではなく、十八、九ぐらいの女性に成長していた。身長は伸び、リインフォースと同じぐらいで、胸は神楽程ではないが大きく、括れもあってスタイルは抜群である。
「えへへ、どう? ちゃんと年月が過ぎるごとに成長するようにこの世界に干渉したの」
「そうかい。ま、娘の成長が見れただけで父親として嬉しいね」
「父親かぁ……リインと結婚したんだよね?」
「うん? ああ……」
「という事はリインはお母さんかぁ……」
ファンは嬉しいのか、満面の笑みを浮かべる。
「そっか~、お母さんか~。いいな~」
「……やっぱ欲しかったか、母親」
「それはね……。でも、良いの。生きてた頃にう~んっとお父さんに甘えられたから」
「………」
「もうっ! このお話は終わり! はい! 到着したよ!」
辿り着いた場所は堅く大きな石の扉だった。
「ここにね、何か黒いモノが入っていってね、バンって閉じちゃったの。何度も開けようとしたんだけど、どうやら私の力じゃ動かなくて……」
「……成程、ここにリインの心がいるな」
イヴァは扉に手を触れて押す。扉はゆっくりと動き、開いた。
「……リイン」
その先にリインはいた。大きな十字架に黒い鎖で全身が埋まってしまうほどに縛り付けられたリインが。
「……リイン、せっかくの美人の顔が隠れちゃって見えねぇじゃねぇか」
イヴァは鎖を外そうとするが、鎖に触れた瞬間、手が弾かれる。
「っつ~……。ったく、あのクソ野朗……俺の女にこんな物騒な鎖を付けやがって……!」
拒絶する鎖を強引に掴み取り、リインから剥ぎ取っていく。しかし鎖は剥ぎ取ったところでその鎖はリインに絡まっていく。イヴァはこれ以上やっても無駄だと判断し、リインから少し離れる。
「お父さん……」
「……ファン、ちょっとだけコレに干渉して隙間を作れないか?」
「ん~、ちょっと待ってね?」
ファンの身体が淡く光だし、鎖に手を翳す。すると鎖が震えだし、拒絶反応を起こし始めた。
「……フン!」
イヴァは拒絶反応を起こしている鎖に右手を突っ込み、今持てる全ての力を注ぎ込む。この世界では『ゼロ』は使えない。だが魔力の使用は出来る。イヴァの魔力を注ぎ込んで鎖を破壊していく。
「チィ……! しぶとい!」
左手を強引に動かして鎖に突っ込む。血が更に溢れるがお構いなしに鎖を引き千切っていく。だが鎖は引き千切られたところからリインに絡みついていき、イヴァの身体を魔力の雷で焼き払っていく。
「リイン! お前はこんな鎖に負けるような女なのかよ!?」
鎖がイヴァを拒絶し、イヴァの身体を焼き払う。肉が焼け、激痛が走るが、イヴァはそれでも鎖を外さない。
「今までどんな戦いをしてきた!? こんなただの鎖よりももっと強大な敵と戦ってきたんだろ!? 一度闇を払っただろ!? はやてを守っただろ!? ならもう一度ど払えるだろ!?」
鎖がイヴァの身体を貫き、腕を引き千切ろうとするがイヴァはそれでも離さない。此処で離せば愛する者を守れなくなってしまう。イヴァは血反吐を吐いても、肉片が飛び散ろうとも鎖を離さない。
「お前が帰ってこなきゃ誰も笑顔になりはしないんだよ! はやてに蓮夜! 剣誠に神楽! ミリィだって! 子供達が待ってんだよ! だから!!」
四肢を貫かれ、だが鎖を掴みリインから引き千切る。掴み、絡めて、喰らいつき、己の身を省みず鎖を引き千切っていく。その姿はまさに鬼の如く、悪魔の如く、父の如く。男の如く。ただ愛する者の為に喰らいつく。
「こんな闇なんか、逆に食ってしまえ! リインフォースぅぅぅぅぅう!!」
そしてついに、鎖が全て砕け散った。だがまだ、闇そのモノがリインの辺りを漂っている。まだ全ての闇が払われたわけではない。リインフォースと闇を繋げていたモノが払われただけ。あとは闇そのモノを払うだけ。
「ファン!」
「うん!」
ファンはこの世界に干渉し、リインと闇を切り離していく。
「―――イ―――ヴァ―――」
「リイン! そうだ! 己をしっかりと保て!」
「―――ファ―――ン―――」
「しっかりしてよ! 貴女は私の分まで幸せに生きなきゃならないんだよ!」
リインの意識が覚醒し始めた。それはリインと闇が離れようとしている証拠。二人はリインに語りかけ、意識を導いていく。
「リインフォース・エラフィクス! 帰って来い!」
「っ―――!!」
★
「……ん?」
ミュリオンは艦橋でリインフォースにかけた闇心が解除されていくのを感じ取った。
「まさか……! くっ……イヴァシリアァ……!」
ミュリオンは怒りをあらわにして部下達に命令を下す。
「あの屑と道具を殺せ! 全砲門発射!」
『了解!』
ダモクレス級の砲門が全てリインフォースに標準され、放たれる。だがしかし、放たれた魔力砲は赤黒い雷の壁によって阻まれた。
「今度は何だァ!?」
「ぜ、前方に強大な魔力反応!これは…… 空間転移です!」
「何だと!?」
ダモクレス級の前の空間が捻れ、そこから漆黒の女性が現れた。全身から赤黒い雷を発して。
「……私の契約者の邪魔はさせません。邪魔をするのなら……殺しますよ」
エスティナル・ヴァティ。彼女が艦橋にいるミュリオンを睨んで雷を放射する。
「次から次へとォ……ウゼェんだよォ!」
★
イヴァは夜天の書から弾き出された。そしてすぐに体勢を整えリインを見る。
「ああああああああああ!!!」
リインは頭を抱えて泣き叫んでいた。そしてリインの背後に黒い塊が浮かび上がってくる。その黒い塊は再びリインを呑み込もうと闇の触手のようなものを伸ばしてリインに巻きつく。
「リインフォースぅぅぅう!」
イヴァは魔力剣を右手に出して駆けた。
「っ! イヴァァァアア!」
リインは泣きながらイヴァに刃を向けて魔力剣を弾いた。まだ完全にリインから闇が抜けたわけではない。だからまだリインは身体の自由が利かないのだ。
「頑張れ! 必ず助けてやるから!」
「いやぁぁぁぁぁあああ! 止めろぉぉぉぉおお!」
リインは必死に自分の身体を止めようとするが止まらない。重傷を負っているイヴァは徐々にリインの剣に斬られていく。
「泣くな!!!!」
「っ!!」
リインの剣を魔力剣で受け止め、額をリインの額に押し付ける。
「泣くな!!! それじゃあ俺達が負けてるみてぇだろ!! 涙は勝ってから流せ!! 今は―――戦え!!」
「っ―――!! はい―――!!!」
「良く言ったぁ!!!」
イヴァは剣を弾き、リインの後ろにある闇に向かって刃を振るう。だがリインが、闇がそれを防ぐ。上空ではエスティがダモクレス級から放たれる攻撃を防いでいてくれる。だがそれも時間の問題。すぐに防御を突破しイヴァとリインを襲うだろう。だから早くケリを着けなければならない。早くリインを助けなければならない。
「リイン!!」
刃をイヴァに突き出して向かってくるリインにイヴァは“右手”を構えた。もう魔力剣を維持するほどの魔力が出ない。残っていない。
「帰ってあいつらにお前の笑顔を!!!」
イヴァも地を蹴って走り出す。二人の距離が詰められる。
「見せてやれよ!!!」
そして――――二人の距離は無くなった。
ドスッ―――。
「これで―――終わりだ」
「あ……ああ……!」
イヴァの右手が闇に突き刺さる。そして全身全霊で『ゼロ』を発動し、闇を―――消しつくした。
「……やっとお前を抱けたな」
「あ……ああ……! イ…ヴァ……!」
リインを優しく抱きしめ、イヴァは笑みを浮かべる。
「ったく……ホントに今回は計算外の事ばかりだ……」
「イ、ヴァ……!」
「おかげで色々と……出来なかったなぁ……」
イヴァの身体から力が抜け、リインを抱きしめる力も無くなった。だがイヴァは倒れなかった。何故ならば邪魔されていたからだ。
―――――イヴァの胸を貫いている剣に。
「イヴァ……! イヴァぁ……!!」
リインは震える手で自分が突き刺している剣を消した。イヴァの返り血が手と顔にかかり、余計に身体が震える。イヴァを抱きかかえて地面に寝転ばせた。
「イヴァ! しっかりしてください!」
「リイン………ちゃんと……戻れた、よな……?」
「はい! はい! 戻りました! ちゃんと帰ってきました! だから貴方も一緒に帰りましょう!」
「そっか……良かった……」
イヴァは力の無い笑みを浮かべた。顔は血だらけで、けれど綺麗な笑みだった。
「リイン……悪い……俺………帰れないわ………」
「何を言って―――!?」
イヴァの身体が黒く光だし、徐々に粒子へと変わっていき始めた。
「何、ですか……これは……!?」
「……『ゼロ』……使っちまったから、なぁ……。エスティとの契約……切れてんのに……」
『ゼロ』の代償。それは己の存在。エスティと契約することでその代償は別のモノに変わるが、悪魔から人間に戻った状態では契約は一時的に切れてしまっている。だがイヴァは『ゼロ』を使用した。それも己の存在全てを代償にして。リインを闇から救う為に。
「いや……嫌です! 消えないでください!!」
「……まだ……子供達の結婚式……見てないのになぁ……」
「見れます! 一緒に見ましょう! だから消えては駄目です!!」
リインは徐々に身体を失っていくイヴァを抱きしめて泣き叫ぶ。心は理解していなくても頭は理解してしまっている。ここでイヴァは消えてしまう。自分を助ける為にイヴァが消えてしまう。
「嫌です! 私の所為で貴方が消えてしまうなんて!!」
「……俺が人間だった頃に……俺はお前を一度殺した……。おあいこだよ……」
「ふざけないでください!! 生きてください!! 生きて私をずっと抱きしめて下さい!!」
イヴァの身体が透き通ってきた。イヴァの温かさも、重さも、心臓の鼓動の音も薄れていく。
「嫌ぁ!! 逝かないでください!! 私を措いていかないでください!! イヴァ!!」
「……俺と一緒に過ごした……大切な思い出……」
愛する人の胸の中で……。
「忘れ……」
家族の為に戦ってきた一人の悪魔が……。
「ないで――――く―――――れ―――――――」
「イヴァ!?」
この世から、消えた。
「イヴァ!? イヴァ!! イヴァア!!!」
空へと消えていく黒い粒子をリインは必死に掻き集めようとした。だがその手は虚しく、空中を彷徨うだけだった。
「イヴァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァアア!!!!!!」
祝福の風の泣き声が『アイセシア』に響き渡る。
★
『取引の内容はこうだ。シグナム達を討伐に参戦させ、俺と敵対関係を作れ。そしてあいつらの罪を抹消してくれ』
「………」
『俺は家族には刃を向けられない。そこを突けば俺を討てる確率が上がる。悪くない話だろ?』
「………っ」
『……悪いな、リンディ。お前にこんな嫌われ役やらせて。それと……ありがとうな』
「……イヴァ……!」
『俺はユフィと何処かの世界で暫く隠居生活を送っとくよ。またどっかで会おうな』
「死んだら……会えない……じゃない……!」
『それまで俺の家族、よろしく』
「あああっ……! あああああっ! ああああああああああああっ!!」
★
『いいか、お前達はこの作戦に参加しろ』
「イヴァ……」
『そうすればお前達の罪は全て消えるだろう』
「にい……ちゃん」
『家族皆で堂々と外を歩けるんだ。安いもんだろ」
「イヴァさん……」
『なーに。俺はどっかで隠居生活でもして、ほとぼりが冷めたぐらいに帰ってくるよ』
「イヴァ殿……」
『それまで子供達の事、頼むな』
「……はい……! 貴方が帰ってくるその日まで、我らは貴方に貰った幸せをっ……守ってっ……! 見せますっ……!」
★
『エスティ。俺はお前に感謝してる。俺の魂を拾ってくれたおかげで、俺は皆と幸せを分かち合えた』
「………イヴァシリア……」
『お前には何度も面倒をかけたな。今度何か別に礼をさせてくれ』
「私に……人としての喜びを……」
『そうだな……何が良いかな……』
「ずっと……教えてくれるのでは……なかったのですか……?」
『そ、添い寝? そんなもんで良いのかよ? って、俺もう妻子持ちなんだけど……』
「……嘘つき……」
『いや、今更って……そうだけどさ……まぁ良いか。分かった、それでいこう』
「嘘つき!!」
『……ありがとうな』
「嘘つきぃぃぃぃぃいい!!!」
★
イヴァシリア・ムトス・エラフィクス討伐作戦。この作戦は成功し、イヴァシリアは死亡。被害は本作戦に参加した魔導師の八割が死亡。十三騎士団ナンバー6、ミュリオン・デザイアス一等陸佐がイヴァシリアの仲間と思われる女性の攻撃により重傷。意識不明の状態。
そして十三騎士団ナンバー11、ユーリ・ローウェル一等陸尉はもう一つの討伐対象であったユーフェルナル・フォン・メネラテスと共に行方不明。ユーフェルナルの仲間と思われる男女三人も同時に姿を眩ませた。
更に、本作戦にイヴァシリアの家族であるヴォルケンリッターが参加した為、闇の書事件の罪は無罪放免。イヴァシリアが死亡した事により人質の価値は無くなったが、管理局に貢献する事に処する。これは最高機密である。
その他の者については全て、リンディ・ハラオウン提督が引き続き管理役として監視する。