衛宮士郎は死にたくない。   作:犬登

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この作品で多少変なところがあっても突っ込んではいけない。




突っ込んではいけない。いいね?


始まり

 

 ────それは突然だった。

 

 目の間に広がるは炎の海。波打つように火が揺れている。その揺らぎはあらゆるイノチを天に召さんとしていた。はやく、はやく死んでしまえ、と。

 

 ────それは唐突だった。

 

 大量のニンゲンが倒れている。いや、斃れていた。漂う怨念は禍火に焼かれた者か。それとも、渦巻く呪いに耐えきれなかった者か。どちらにせよ、もうソレを叫ぶことはできまい。

 

 ────そして。

 

 そして、そんな中で自分は立ち上がった。それは義務のようにも思えたし、そうしたいのだと叫んでいた。周りの屍とは違うのだと。まだ(・・)死んではいないのだと。

 

 ────それは、この世の地獄だった。

 

 生きている己の魂が、まだ生きたいと叫んでいたんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目が覚めると、白い部屋にいた。

 何処なんだ。此処は。少なくとも自分の部屋じゃない。前に意識があったのは、あの炎の海だった。その前は───何だったか。

 

「……」

 

 何をしていたかも定かではない。

 取り敢えず、今は白いベッドに寝かされている。服は簡素な薄いものだ。この服も自分の物じゃない。これはもしかすると病院という場所なのではないだろうか。

 

 暫く何をするでもなく外を見ていると、真っ黒な服を着た男の人が建物に入ってくるのが見えた。大人のひとが着るああいう服は真っ黒だったか。白い部分もあったような気もするが、その情報も何処で知ったかははっきりしない。毎日見ていたような、見ていなかったような。

 

 色々考えていると、この病室の扉が開いた。入ってきたのは先程の黒い人だ。

 

「士郎くん。」

 

 自分に向かって喋っているのか。目は合っているが、はたして自分の名前はシロウだったのか。自分とこの人は知り合いだったのか。

 

「いきなりだけど、孤児院に引き取られるのと知らないおじさんと一緒に来るの、どっちがいいかな?」

 

 知らない人だったらしい。

 しかし、どうにも違和感がある。前、いや、とても最近見た顔な気がする。

 知らない人には着いていくな、という言葉を聞いたことがあるが、見たことある人ならばいいのではないか。むしろ孤児院の方が知らない人が大量にいるのではないか。ならばこの黒い人の方が良いのではないか。あんなにも嬉しそうに笑って────?

 

 ────あぁ、あのときのおじさん。

 

「おじさんについてく。」

「お、それなら話が早い。早速準備を始めようか。」

 

 そう言うと、黒い人は持ってきていた大きな箱──すーつけーす?──に周りにあった物を入れていく。だが動きを止めて振り返ると、どうでもいいことであるかのように。

 

 ───おじさんは魔法使いなんだ。

 

 そう言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 後でよくよく思い出せば、あの地獄で、おじさんは輝く金色の何かを自分の体の中に入れていた。意地で意識を保っていたのだが、急に訪れた温かい安心感につい眠ってしまったのだった。

 そう思うと、おじさんが魔法使いというのも納得できる。あんな大きいものが痛みもなく体に入るわけがない。そして今まで一度も出てきたのを見たことがない。

 

「というわけで、父さん。魔法を教えてくれ。」

「ははは、士郎。というわけで、の意味が分からないよ。」

 

 しかし、このように何故か教えてくれない。何故だ。あんなにもどうでも良さそうにポロッと口にしたじゃないか。それとも自分の何かが足りないのか。

 

「でもまあ、そんなに言うなら魔法の練習が日常に支障を来さないという条件を守れるならいいよ。」

 

 ────何だって?

 

 つまり日常を完璧にこなしていれば良いということか。

 

「掃除に洗濯、料理とかたくさんあるけど、士郎にできるかな?」

 

 よゆー、よゆー。

 それで教えてもらえるのならば幾らでもやってみせる。

 

 ───たとえ、その条件の本当の理由が父さんが家事をサボりたいだけだと分かっていても。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「父さん、また行くの?」

「あぁ、今回もまた遅くなるかもしれないけど。士郎は一人で大丈夫かい?」

「大丈夫だよ、おれは。父さんこそ大丈夫?」

 

 一瞬、切嗣が息を呑む。

 

 ───やっぱり図星か。

 

「勿論さ。じゃあね、士郎。」

「うん、じゃあね。」

 

 こうして見送るのは何度目だろうか。何をしているのかはなんとなく分かる。最近ようやく教えてもらった、魔術を使っているのだろう。切嗣の魔術は多用できないと言っていた。見せてもらった時も、とても辛そうだった。

 そうまでして、何を求めているのか。自分の寿命も惜しくないような物、あるいは人なのだろうか。

 

 ───人、かな。

 

 よく考えれば当たり前だ。自分を拾うまでの切嗣を詳しくは知らないが、それまでの生活はあったはずだ。その頃の付き合いなのか。それともそれより大事な家族なのか。

 自分の家族は分からない。忘れてしまったし、元の名字も不明だ。なので切嗣に養子にしてもらって、衛宮を名乗っている。だが、もし切嗣に本当の家族がいるのなら衛宮はその人が継ぐべきなのか。

 

 段々と小さく、見る度に小さくなっていく切嗣の背中を見ながら考えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「士郎、本当にこんなので良かったのかい?」

「うん。なんかこういうの見てると楽しいんだ。」

 

 周りには刀や剣、槍など昔から残っているものが展示されている。

 

「こんな年から博物館が好きなんてね。まあ士郎の起源は剣だからかなぁ。」

 

 行きたい所は、と聞かれたので剣がいっぱいある所と答えただけなのに。この言われようである。

 自分でも分からないのだが、刃物が沢山ある場所に行くと少し、いや、かなり楽しい。刀などを見ているだけでも1日潰せる。

 

「で、これも創る(・・)のかい?」

「うーん、これは偽物だからいいや」

「……それは本当?」

「うん」

 

 美しいものというのは近くにあってすぐに見れる方がいい。あの刀が欲しい、あの剣も。などと思うのだが、如何せん展示物など貰えるわけがない。

 ならば、創ればいいではないか。

 

「あんなに止めろって言ったんだけどね。士郎は悪い子だから直ぐにやっちゃうからなぁ。」

「でも、父さんも綺麗な女の人には近くにいてほしいだろ?」

「……凄い喩えだね。とても分かりやすいよ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 日常は多少の空白を抱えながらも悠々と過ぎ去っていく。しかし終わりは感じていた。もう長くはないのだ、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 蒼い夜空が広がる。

 切嗣と二人で縁側に腰かける。暑くはなく、涼しくもなく。穏やかな夜だ。

 いつもと変わらず、けれど。

 

 ────月は出ていない。

 

 切嗣は静かに語る。

 正義の味方になりたかった。誰もを救える、そんな存在に。けれど、そんなものは子供の空想に過ぎず、世界はどこまでも残酷だった。

 だから諦めた、と。

 

 切嗣の姿は燃え尽きた灰、あるいは枯れ木のようだった。もう何もない。

 青くさい情熱も、迸る理想も。

 誰もが捨てる、最も尊い理想を成し遂げたくて。そして誰もが見たことのない地獄に辿り着いてしまった男の成れの果て。

 自分を拾ってからの何でもない日常は、あるいは彼にとって、かけがえのない日々だったのか。

 

 ──なぁ、切嗣。

 ──なんだい。

 ──みんなを助けるってのはそんなにむずかしいのか。

 ──うん。とってもね。どうしたって敵は救えないし、守りたい人たちも零れ落ちていく。

 

 それは今まで切り捨てた者たちへの懺悔なのか。口にした言葉にはどことなく重みがあった。

 

 ──そっか。むずかしいな。

 ──うん。本当に。

 

 そして、ここで何かが変わる。

 あり得たかもしれない分岐(IF)

 

 ──切嗣。

 ──ん?

 ──あの火災のなかを歩いててさ、オレ、思ったんだ。

 

 ──生きなきゃ、って。

 

 あの地獄を生き残れなかった、死んでいった者たち。平穏は焼き払われて絶望を押し付けられた。彼らは何のために死んだのか。きっと理由はない。

 そこにいたから。だから死んだ。それだけなのだ。ならば、未来を見ることなく死んでいった彼らの代わりに。生き残ってしまった自分だけは、生きなければ。そう、思ったのだ。

 

 ──だから、助けてくれてありがとう。

 

 今まで言えなかった。それでもこの時だけは流れるように言葉にできた。生きたいと思って、それでも押し寄せる死を前に待つことしか出来なかった自分。それを助けてもらった。あの時感じた言葉に尽くせないほどの感謝を絶望した男に伝えたい。

 貴方は今まで誰かを溢し続けてきたかもしれないけれど、それでも確かに救われた人はいるのだ、と。

 

 ──オレが切嗣に助けてもらったみたいに、オレも誰かを助けてみせるよ。

 

 だから、これは証明。

 あの地獄で死んでいった彼らの分の未来。誰もを救うことはできなかった切嗣の理想。救われたのが自分という奇跡。

 あらゆるすべてを未来に残すために。

 

 ──そう、か。

 

 星空を見上げる彼の目は潤んでいた。見たことのない横顔をしていた。そこには、やりとげたような達成感もなく、満たされたような満足感もなく。

 

 ──僕は、救えたんだな。

 

 ようやく得られた、安堵だった。

 

 

 

 

 

 


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