衛宮士郎は死にたくない。 作:犬登
ただいま。
ちょっと怪盗団を結成して世直ししてた。
己のマスターである少年、エミヤシロウは変わった魔術師だ。一度目の戦いでマスターであった男の息子らしいと分かり、最初は警戒していた。けれど私の知る限りでは、人の道を外れたような行いはしていない。
むしろ、私に信頼を寄せていて、戦闘のサポートをきちんとしてくれる辺り、相性は良いのだろう。
教会を襲撃するときも一応の筋は通っていたし、実際に監督役は異常だった。結果的には正解だったと言える。
それにサーヴァントとマスターを主従関係と捉えずに、個人として対等になろうとしている。
シロウは魔術師としては変わっている、つまり人間性は一般人のそれに近いのだ。
だから彼の過去を知ったときは、前回の戦いの爪痕を消す為に参加したのだと思った。
それが、教会の地下に囚われた者たちや戦争の被害で亡くなってしまった人々、そして他ならぬシロウ自身を救うことになるだろうと。
『過去を変えるなんてしちゃいけない。』
けれど、シロウは違った。
彼は自分の始まりとなった悲劇を受け入れていた。どんなに絶望しか齎さなかったとしても、起きてしまったのだから仕方がない。それを変えることはしたくない。
悲劇を嘆くよりも、悲劇が残したものを背負って前へ歩き出したのだ。
『だからお前は許さない。』
シロウの放った言葉は全てが私への糾弾に思えた。自らの不出来による滅びの結末を、奇跡によって歪めようとしている。そんな私の願いはシロウの想いとは真逆だ。
嫌だった。
彼の言うことは正しく、私のしようとしていることは単に逃げでしかない。過去の改変を為さんとする理由は、自分の望んだ結末ではなかったからという子ども染みたもの。
そこまで理解していて、それでもなお奇跡を求めてしまう自分が堪らなく嫌だった。
『……セイバー。』
ブリテンの滅亡を変えたい。けれど、それは決して褒められた願いではない。相反する二つの想いは胸の中で渦巻いている。
シロウに打ち明けたなら、失望されて前回の二の舞になってしまうかもしれない。そんな恐怖が一時とはいえ彼を遠ざけた。
◆
「あ、そうだった。今日は家に帰るから商店街に寄っていくけど、何か食べたいものあるか?」
「食べたいもの、ですか……いえ、特には。」
「……あれ?」
シロウが動けるようになるまで待った後、教会を出て直ぐにそう言われた。
食べたいものと言っても、私は具体的に何か料理を知っているわけではない。いきなり聞かれても困ってしまう。
「あー、すまない。
「くっ……!?」
「料理を作る側として。……どうした?」
「い、いえ。何でもありませんとも。」
予想外の口撃が心に突き刺さる。
完全に不意打ちだったので、動揺を隠しきれなかった。無意識なのだろうが、気にしていることを本人に言われると辛い。
「でも
「……シロウ。私には聞かなくて結構ですので!」
「お、おう……何か変だな、セイバー。やっぱり怒ってるのか?」
「そんなことはありません!」
わざとか、これはわざとなのか。
もしやシロウは既に気付いていて、嫌味のように混ぜてきているだけなのか。
いや、まさかそんなキリツグよりも悪質な事をシロウがするとは思えない。きっと偶然だ。今までのは全て料理の話だったに違いない。
「えーっと、じゃあ今日は刺身にでもするか。さっぱりしたいし……肉はちょっとキツイからな。」
それにしても、刺身。確か海の幸を生のまま食べる料理だったはず。当然だが私は一度も口にしたことがない。ブリテンではそういう文化は無かったから、少し楽しみではある。
「何がいいかな。うーん、マグロとか───」
……我ながら現金な人間だ。先程まで空気を悪くしていたというのに。気を遣って話を振ってくれたシロウに申し訳ない。
「────タコとか。」
「────それはやめて下さい。」
◆
湯船に浸かり、瞳を閉じる。静寂な場所で一人になると思索に耽りたくなるものだ。悩むことの多い今は特に。
───どうするべきなのだろうか。
私はどんな奇跡にすがってもいいと思える願いがある。その願いを叶えるために、二度も同じ場所で行われた聖杯戦争に参加したのだ。
自らが治めたブリテンという過去の王国。その滅びの運命を変えたいと参加した一度目の戦いでは、同じく参加していた他の王たちに願いを否定された。貴様のような王は暗君であると。暴君よりも質が悪いと。
ならば彼のヴォーティガーンの方が正しかったとでも言うのか。ありえない。民を苦しめる存在でしかない暴君が許されるわけがない。
しかし、彼らの言い分にも一理ある気がした。
私が王に相応しくない、という点だ。
真に理想の通りの王であったならば、なるほど、国が滅ぶ事態などないかもしれない。騎士が反逆を起こすなど考えられないに違いない。
運が良いのか、悪いのか。一度目の戦いでは裏切りの騎士本人が狂気を纏って参戦していた。その決着の末にようやく気づいたのだ。
私が王になってしまったから。私が選定の剣を引き抜いてしまったから。それこそが滅亡の始まりだとしたら、自分がもう一度やり直すという選択肢は無くなる。
この身が国を滅びに導いたなら、どうして二度目を望むものか。願うべきは王のやり直しではない。選定のやり直しである。
────そう、信じていた。
結局、今はそれすらも揺らいでいる。たった一人の少年の言葉によって。
何と言うのだろう、この感情は。惨め、ではない。しっくり来るのは情けない、だろうか。時代も立場も比べられないほど違うけれど、彼を見ていると自分が情けないと思う。
シロウは全てを失った後に再び前を向いて歩き出した。それなのに、私は。
「後ろを向いてばかり……か。」
だからこそシロウの言葉が痛いのだろう。過去を悔やむ私には彼が眩しすぎる。あるいはかつての自分を見ても、私は眩しく思うのだろうか。
───全く、いつからこんな性格になったのだ。
いや、私に性格など無かったか。王になったその時から、人としての心を捨て去ったのだから。
ならば私が心の無い王になったのは間違いだったのか。
「……これでは堂々巡りだ。」
最初から一歩たりとも考えが進んでいない。これでは何のために悩んでいたのかも分からない。どうやら自分だけでは解決しそうになかった。
もう風呂を出よう、と浴室の扉を開ける直前に。
控えめなノックが聞こえた気がした。
「おーい、セイバー?もしかして何か困ってた、り………」
二つの扉が同時に開く。
目の前に特徴的な白髪が現れた。
お互いが真正面から向き合っているため、必然的に目が合う。見ると、シロウは鋼色の瞳を見開いて固まっていた。段々と顔が赤くなっている。
戦闘時は冷静なのに、私の貧相な体を見たぐらいで慌てるとは。意外にうぶな一面が少し可愛らしい。
「えっと、あ、な、何て言うか……本当に、すいませんでしたぁぁああ!!」
動き出したかと思ったら、素早い動きでドアを閉めようとした。良い機会だ。伝えておきたいことがある。
ドアの隙間に足を滑り込ませ、逃げようとするシロウの腕を掴む。
引き攣った顔を浮かべるシロウに、落ち着くよう微笑んだ。
「話したいことがあるので、明日の朝は道場に来て下さい。」
やはり悩むよりも何か行動した方がいいに違いない。どうせなら、いっそのこと打ち明けてしまおう。そう決めた故の咄嗟の言葉だった。
手を離すとシロウは謝罪の言葉を口にしながら走り去っていく。
ふと時計を見ると、入浴し始めてから一時間半近く経っていた。それでシロウは私の様子を確認しにきたらしい。
「……ふふ。まったく。」
毎度毎度、気は利くのに間が悪いマスターだ。
士郎くんの心臓はバックバク。
二重の意味で。