衛宮士郎は死にたくない。   作:犬登

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ちょっとシリアス。




第十話 ガチ勢は相棒しか信頼しない。

 

「え、神父さんってランサーのマスターだったんですか?」

「ああ。だから今、聖杯戦争の監督役はいなくなってる」

「それなら後で姉さんにも知らせておかないといけませんね。土地の管理者が知らないのは不味いと思いますし」

「……ちょっと待ってくれ、桜に姉っていたか?」

「はい。遠坂凛は私の姉ですよ」

「遠坂が姉だって!?」

「私は間桐の家に養子にとられたので苗字は違いますけどね」

「……そうだったのか」

 

 知らなかった。

 あの遠坂と桜が姉妹だったなんて。髪の色が全然違うから、そんなこと思いもしなかった。

 似てる所があるといったら……性格?二人とも結構はっちゃけてるしな。テンションが高くて、わりと天然が入ってる。

 

「あ、それとサーヴァントで真名が分かってるのはバーサーカーとランサーだけだな」

「ランサーはクー・フーリンさんですよね。バーサーカーの方は私達はまだ遭遇してないです」

「たぶん、ライダーだけで出会ったら死ぬぞ。アレ、ヘラクレスだったから」

「………え?」

「Aランクの攻撃で十二回殺さないと死なないらしい。一回喰らった攻撃には耐性を持つ、とも言ってたな」

「はい、マスターを殺るしかないですね」

「俺もそう思ってた」

 

 仮に他の六騎が協力して、かつそれぞれがAランクの宝具を持っていたとしてもたったの六回。半分でしかない。それぞれがAランクの宝具を二つずつ持っていた場合のみ、丁度殺しきれる算段がつく。それも、全ての宝具でヘラクレスを相手にきっちり一回ずつ殺せたとして。

 どう考えても理不尽だ。その様は、魔王に挑む勇者御一行。その魔王が世界で最も有名な勇者というのが皮肉な話だが。

 

「じゃあ、私からも一つ。学校に張られている結界についてです」

「そういえばあったな、結界」

「アレを張っているのは情報から推測するにキャスターかアサシン、アーチャーですが、姉さんはしそうにないので、やはり前者二つが可能性としては濃厚だと思います」

 

 そうだろう。遠坂は決まった場所で待つようなヤツじゃない。もっとフットワークが軽いタイプだ。そもそも、あの結界の規模が魔術師には不可能な大きさだし、アーチャーも結界を扱うような英霊じゃない。

 本当にアーチャーが俺の祖先だというのなら、結界を使えないのは俺が保証する。投影や強化じゃない魔術は解析みたいな構造把握しかできないからな。

 

「どんな種類のやつか分かるか?」

「ちょっと見た感じだと、内部に閉じ込めて強力な効果を発揮するものとしか」

「そうか。まあ、サーヴァントの結界がそんな簡単に見破れるモノなわけないよな」

 

 中々に面倒だが、こちらにはAランクの対魔力 をもつセイバーがいる。キャスターが相手でもアサシンが相手でも、結界のせいで押されることはあるまい。

 

「では同盟は組んで貰えますか?もしそうなら私達はいつでも先輩たちに合わせられますよ」

「そうだな……」

 

 考えつつもセイバーの方を見ると、俺と目を合わせて頷いてくれた。どうやらセイバーも信じられると判断したようだ。

 

 ………若干、顔が赤く見えるのは気のせいだろう。ついでに俺の頬が熱いのも気のせい。

 

「よし、これからよろしく頼む。結界は今日の夜に行こう。それまでは自由行動で」

「分かりました。パパっとやっつけちゃいましょう!」

 

 

 

「あ、そういえば。先輩っていつから女性に積極的になったんですか?さっきはセイバーさんを凄い内容で口説いてましたけど」

「…………ノーコメントで」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………」

「…………」

 

 場所は変わり、再び道場である。

 桜たちは間桐の屋敷に戻ったので、朝のうやむやになってしまったセイバーの話のために、戻ってきたわけであるが。

 

「…………」

「…………」

 

 お互いが正座で向かい合った後、喋らないまま十五分が経過している。

 二人の間の真ん中辺りの床を見つつ、少しだけ相手の顔を盗み見ては目が合うということを繰り返していた。

 

「…………(何してるんだ、俺は! この気まずさの原因はどう考えても朝のアレだろ! 俺が何とかしないと……でも、何て言えばいいんだ? ご馳走さまでした? いや、これは不味い。流石に俺でも分かる地雷だ。クソ、なるべく穏やかに解決する方法は無いのか!?)」

 

「…………(どうするべきでしょうか。昨日思った通りに叶える願いについて話そうと思っていたのですが、朝の一件に触れないのはあからさまに過ぎる。しかし、私から話し始めるのは難しい……というより恥ずかしいに決まっている! ああもう、シロウは何ということを口走っていたのですか!!)」

 

 内容が内容だけに、二人とも最初の一言を言い出せずにいた。

 この沈黙を破るのには勇気がいるが、覚悟を決めて俺から話を切り出す。

 

「……えーと、その、だな。セイバーの話ってのは昨日の夜の……アレか?」

 

 勇気はなかった。

 

「い、いえ。全くの別件でした。私は特に気にしていませんでしたから」

「そうか……」

 

 

「……ですが、いくら私が女らしいことに疎いとは言っても限度がある。

朝のような台詞は、その……は、恥ずかしいので止めて欲しい……」 

 

 

 まずい、可愛いすぎる。こんなの卑怯だ。

 

 いつもは凛としたセイバーが、頬を朱色に染めて目を逸らしている。普段の彼女からは想像できない程のしおらしさだ。見てる此方も顔が赤くなってくる。

 今はセイバーが俯きがちだから見られていないが、もし顔を上げたままだったら少しニヤけているのがバレていただろう。

 何故、人は可愛らしいものを見ると口許が緩んでしまうのか。興味深い謎である。

 

「昨日の夜といい、今日の朝といい、本当にすまなかった。ただ、悪気はなかったんだ。セイバーが心配だったから様子を見に行こうとしただけで」

「……ええ、士郎が邪な思いで行動したのではないことは分かっていました。ですから、この話はここまでにしましょう」

「良かった。ありがとう、セイバー」

 

 気まずい雰囲気も薄まって、いくぶん話しやすくなった。色々な事故があったとはいえ、変なことを言ったのは自分だ。許してもらえたことに感謝するべきだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 すぐにセイバーが居住まいを正し、俺もおのずと背筋を伸ばした。

 

「では、本来の話ですが。実は私の願いについてなのです」

「それは聖杯にかける願いってことだよな?」

「はい」

 

 これはかなり真剣な内容だ。

 セイバーなりに俺のことを信頼してくれて、話してみる気になったんだろう。心して聞かなければいけない。英雄の願いが軽いわけがないのだから。

 彼女は静かにこちらを見つめた。

 

「私の願いは、"選定のやり直し"です。選定の剣を抜いた、あの瞬間から全てをやり直して私よりも優れた王を選出する」

 

「─────」

 

 選定をやり直す、か。

 

「シロウ、貴方はどう思いますか?」

「……」

 

 落ち着け。セイバーは教会で俺が言ったことを聞いていた。俺が間違ってると思ったのなら態々こうやって話す必要がない。

 意見を求めたのは自分の願いに自信が持てなくなったから。正しいのかどうか迷っている自分を納得させて欲しいのだ。

 これはつまり、初めてセイバーに頼られたってことか。なら、全力で応えてやりたいと思うのは当然のことだろう。

 よし、決めた。

 

「まず俺の意見として言うけど、セイバーの願いは裏切りだと思う」

「な、私が裏切り……?」

「そうだ。騎士たちはセイバーを王として信頼していたから一緒に戦ってくれたんだろ?」

「ですが最後には分裂して、あの丘で戦いにまでなってしまった」

 

「────だからこそだ」

 

 分からない、という表情で俺を見るセイバー。気高い理想を抱いた彼女は完璧を望みすぎている。全てを救おうと、救わなければならないと思い込んでいるのだ。それを伝えなくては。

 

「カムランの時もセイバーに付いてきてくれた騎士たちはいた。なら、そいつらがセイバーに忠誠を誓ったことを、セイバーが一方的に無かったことにするのは裏切りじゃないのか」

「確かに……そうですが。私が王としてふさわしくなかったから、不信感を募らせてしまった者もいた。私よりも優れた王だったなら、彼らは……」

「じゃあ聞くけどな。セイバーは誰も幸せにすることができなくて、居るかどうかも分からないセイバーよりも凄いヤツだったら皆を救えるって本気で思ってるのか?お前を信じた騎士はソイツの方が良かったって言ったのか?」

「それは……」

 

 事実上カムランの戦いで円卓は完全に崩壊した。だが、重要なのは"戦い"であったということだ。暗殺でも何でもなく、戦い。それは相当数の仲間がいたことを意味している。

 戦死した騎士もいただろう。一生残る怪我を負った騎士もいたに違いない。しかし、彼らはアーサー王を信じて、かつての同胞たちを討つために剣を取った。

 だというのなら、王が悔やんでどうするのだ。

 

「十の内の一が溢れ落ちたからって、その手で掴んだ九も手放すのは間違ってる。色んな失敗もあったかもしれない。

 けど、セイバーに救われた人は多かった筈だ。セイバーが王だったからこそ共に戦ってくれた仲間もいただろ。だったら、その信頼から逃げないで胸を張れって」

「……私が救えた人々。考えたこともありませんでした。いつも、取り零した者達だけを見ていた」

 

 全てを守りたいと思うほどに守ったものを見失ってしまうのだろう。

 

────昔、同じような人を見たことがあるからすぐに分かった。

 セイバーも(キリツグ)も、理想が尊すぎるからこそ求める結果に上限がないのだ。どれほど『最善』を重ねてもまだ足りないと、届かない『完全』に手を伸ばした。

 積み上げた山には目を向けず、転がり落ちる一握りだけを見続けた。それらを全て拾おうとして、余りにも小さい自分の手に絶望した。

 ならば、次こそは拾いきってみせると挑み続け、その果てに己では不可能だと悟った。矮小に過ぎる自分に諦観の念さえ抱いた。

 そして。

 遂に奇跡を求めた。自らの過去を否定するとは思いもせずに。

 

「どんなに悲しさや絶望に押し潰されそうになっても、決して人は折れない。また歩き始めるさ。俺が過去の改竄を聖杯に願わないのは、そういった過去を乗り越えた人たちの覚悟を無かったことにしたくないからだ」

 

 十年が経過した今では大火災の見る影もないほど街は元通りになり、むしろ前より発展している。しかし、それは過去が忘れ去られたからではない。過去から逃げたからではない。

 絶望の淵に立ち、それでも明日に希望を見出だした、その証なのだ。

 

「セイバー、自分の努力を認めてやってくれ。最初の理想には届かなかったけど、多くの人々を救おうと戦い抜いたのは間違いなんかじゃなかった────そう誇れるはずだ」

 

 これで俺の伝えたいことは言いきった。

 かなり偉そうなことまで口にしたが、ほとんど本心に近い。セイバーが幸せを掴めるのを心の底から望んでいるからこそ、言わないわけにはいかなかった。

 

 だって、夢で見たセイバーはあんなにも明るい未来を信じていたのに、終わってみれば後悔しか残らないなんて嘘だ。

 それではセイバーが報われないだろう。必死に駆け抜けた人生を自分で否定するなんて見ていられない。血を吐くような努力には意味があったのだと思えるようになってほしい。

 

 こうも願ってしまうのは、きっと彼にも同じような────。

 

 いや、今は自分よりもセイバーだ。

 後は彼女次第。どうにか思い直してくれると良いんだが。

 内心、かなり緊張して反応を待っているとセイバーが遂に口を開いた。

 

 

 

「───シロウ、貴方の想い(コトバ)は心に響きました」

 

 

 

 彼女は穏やかな微笑みを浮かべている。そこには後悔を振り切った清々しさ、肩の荷が降りた解放感があった。

 どうやら自分は望まれた役割を果たせたらしい。

 

「そうか……良かった、本当に良かった。相談役を請け負った甲斐がある」

「ええ、貴方に感謝を。私一人ではこのような結論には辿り着けなかったでしょう。誤った願いを抱き続けていた未来もあり得た。

 ……まあ、印象を聞きたかっただけで、説得までされるとは思っていませんでしたが」

 

 何と。

 てっきり踏ん切りがつかない所に、最後の一押しが欲しいのだろうと思っていたのだが。とんでもない迷惑野郎だった可能性が浮上してきた。

 

「もしかしてセイバーに余計なことをしちまったか?」

「まったく、『感謝を』と言ったでしょう。恩を覚えるこそすれ、鬱陶しがるなど騎士の矜持に関わります………ですが、そうですね。どうしたものでしょうか」

「どうしたって、何が?」

 

 思案顔を浮かべるセイバー。もしや、まだ苦悩を抱えているのだろうか。

 

「いえ、選定のやり直しという願いを捨てたので、この戦いに勝利した暁には何を願えば良いのだろうと」

「あ……いや、他に何かないのか? したいこと、会いたい人、何でも良いんだぞ?新しい人生を歩んだり、肉親や親友とかと一緒に過ごしたりもできるし」

 

 その言葉を聞いた瞬間に、セイバーの目が闇のように暗くなった。

 

「肉親で話せるのはサー・ケイぐらいですが、彼にはすげなく断られそうですね。気の置けない友など、私には居ませんでしたし……」

「え、ごめん悪かったから元気出してくれ! セイバーがそんなだったって知らなかったんだ!」

「王は、人の心が……分からない……」

「セイバー、どこを見てるんだ!? セイバーァァァァァ!!」

 

 巧妙に隠された地雷を踏み抜いたために、王が過去の部下(トラウマ)に打ちのめされて世界の裏側に旅立ちかけた。が、暫くすると正気に戻ってきた。

 

「まあ、簡単に言えばセイバー自身が幸せになれることを願えば良いんだよ。平行世界に行ってみたいとかの、自分の力では絶対にできない叶えたいこと」

「……やはり、急に言われても思いつきませんね。今まで考えたこともなかったので」

「じゃあ、これからゆっくりと考えていこう。聖杯戦争が終わるまで時間はあるし、セイバーが幸せになれるように俺も手伝うからさ」

 

 セイバーにはこれまで頼ってきたし、これからも頼ることになるだろう。それをこういう形でも少しずつ返していきたい。

 お互いが足りない部分を補ってこそ、真の相棒たりえるのだから────。

 

 

 ゴギュルルルル。

 

 

 あ。

 

「……」

「よし、良い時間だし昼飯にしよう。あ、セイバーってお腹減ってるか? 俺も"腹が鳴る"くらい空いてて────」

「……(チャキッ」

「え、セイバー? ちょっと待ってくれ今のは良いフォローではありませんでしたかダメですかそうですかそうですよネー!!!」

「シロウ、覚悟ッ!!」

 

 この後、めちゃくちゃ修行した。真剣で。

 

 

 




おや、シロウの様子が………?



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