衛宮士郎は死にたくない。 作:犬登
流れるように日々が過ぎる。
切嗣が逝ったあと、身の回りを整理していたら、切嗣の遺したものがたくさん見つかった。魔術的なアイテムや手記、遺書など。魔術用品は売り払うことはできないので深いところにしまい、他の物も痛まないように保管した。
遺書にも目を通した。
そしてあの地獄の原因を知った。
───聖杯戦争。
その儀式が最悪な結果で終わったために、あの火災は起きたらしい。術式は解体できるはずだが一応気をつけてほしい、できていなかったのなら代わりに破壊をしてくれ、ということ。
よほど危険なものらしい。簡単にいうと魔術師同士の殺し合い。過去の英雄を呼び出して戦う。想像もできないが注意するのに越したことはない。
あと、自分の魔術はかなり特殊なので絶対に人に見せてはいけない、人の前で創ったものは直ぐに消せ、というのも書いてあった。
切嗣の遺してくれた長い手紙をゆっくり忘れないように読みこんだ。
それからは独り暮らしの始まりだった。隣の藤村組からたまに様子を見に来る人がいるが、少し話をするだけだ。今まで家事はすべてやってきたので、生活には困らない。
それでも、やはり少し静かにすぎた。人が一人いなくなっただけでこんなにも変わるものなのか。この家にいる限り会話は無く、人の声はテレビだけだった。
家では家事をする以外にやることもないので、専ら道場で鍛練をしていた。体を鍛えることだけに集中すれば、この孤独を忘れられる。
研ぎ澄まされた集中はかつての達人の技術を模倣することだけに費やす。刀剣から読み取った技術を真似することはできるが、いつまで経っても不完全なままだ。
才能が無いことは誰よりも自分が分かっている。
それでも強くならなければ。誰かを救うのに困らない力を。いざという時に、後悔しないように。
同居人、というか食事を共にする人が増えた。間桐桜という一つ年下の後輩の女の子だ。珍しい青紫色の髪をしている。
料理を教わるという理由で押し掛けてきた。特に問題はないので了承したが、本心を言えば家で誰かと食事をとるのが久しぶりだったからというのもある。
だが困ったことが起きた。
彼女も魔術師らしいのだ。彼女の体を解析したときに中に色々とモノがあったので気づいた。お互いに干渉しないが少しくらいは警戒する。屋敷の結界が反応していないということは敵意はないようなので、一応大丈夫なようだが。
当たり前だが、彼女がいる時は鍛練はできない。居間で普通の会話をするだけだ。だが、孤独に苛まれていた自分にとって家での会話はとても心が安らぐものだった。同年代というのもあったと思う。藤村組の人は基本的に歳上であるし、失礼な態度をとったらどうなるか。
しかし、間桐とは珍しい名字である。どこかで聞いたような気もするけれども。
同じクラスの間桐慎二の妹らしい。一切似てる箇所がなく、性格は真逆である。養子かと思うほどに似ていないので全く気づくことがなかった。流石に言わないが。
間桐慎二は才能はあるのだがそれを鼻にかけて周りを見下している。そのせいであまり男友達は多くなさそうだ。よく授業をサボるし、女の子を引き連れている。もしかしたら、そちらの方が原因かもしれない。
それにしても何故妹の方が魔術を習得しているのか。間桐慎二の体内には桜のようなモノはなかったが。あれが間桐の魔術だとしたら普通なら長男である慎二が継ぐのではないだろうか。桜の方が適性があるのか。
弓道部でもあまり間桐慎二とは会話はしない。話が合わないわけではないのだが、何故か話そうと思えないのだ。美綴と武術の話をしている方が面白い。
美綴は武術に興味があり、色々と身につけているらしい。
縮地を見せたときなどは大騒ぎだった。そして少し教えただけで、できるようになっていた。
自分みたいにインチキを使っているならまだしも、普通に見せただけで習得するとは。これだから才能というのは恐ろしい。
ただ、弓で負けたことはないので良しとする。まあ自分がわざと外さない限り、美綴は最高でも引き分けなのだが。
高校二年の三学期。
何かが起こるでもなく毎日が平穏だったが、ここ数日は殺人事件がよく起こるようになった。
そんなにこの街は治安が悪いわけではないので、少し珍しい。学校でも早く帰るように言われている。そういえばガスの事故も多い。よく病院への搬送が報道されているのをテレビで見る。
正直少しおかしい。
こんな短期間で何回もそんな事故が起こるとは考えられない。しかも、同じ街で。
「先輩、最近は事件が多くて物騒ですね。」
「そうだな。幾らなんでも多すぎる。当事者にならないよう気をつけないと。」
今は桜と朝御飯を食べながらテレビのニュースを見ていた。部活の朝練まではまだ時間がある。比較的ゆっくりしていても大丈夫そうだ。
「部活も早くに終わってしまいますし、学校も生徒が巻き込まれないように注意はしてるみたいですけど。」
「生徒が殺されたりしたら学校も本気で動くだろうけど、今は生徒には被害もないから注意だけなんだろうな。いつか部活が停止になるかもしれん。」
「そのまま学校も休みになりそうですね。」
「だな。」
並の暴漢なら無傷で制圧する自信はある。が、ガス事故となるとどうしようもない。できることは現場から全力で遠ざかるぐらいだろうか。
急に桜が声を漏らした。
「先輩、手───」
言われて見ると、手から血が垂れている。
「うお、すまん。どっかで切っちまったかな。少し手当てしてくる。」
血が出ているのを見られてしまった。食事中だったので少し申し訳ない。痛みはないが血を止めなければ。
ただ、落ち着いてみると最初の一筋の他に垂れてくる気配はない。どこから出たのだろうか。学生服の袖を捲ってみると手の甲が赤かった。というより───
「───な、どうして」
令呪のような痕があった。
「……先輩?」
「あ、あぁ。大丈夫だ。料理の時に軽く切ってたみたいだ。」
慌ててガーゼを当て、包帯を巻く。これで他人に見られるようなことはないはずだ。令呪なんて魔術師に見られたら一発でばれる。
それにしても、まさかもう聖杯戦争が始まるというのか。時期的には早すぎると思うのだが。切嗣からは六十年に一度と聞いていたが、まだ十年しか経っていない。
いや、しかしもう始まっているとすれば謎の連続殺人事件やガス事故にも納得がいく。十中八九サーヴァントの仕業だろう。監督役が聖杯戦争を隠蔽するために偽の情報を流しているらしいので、こんなおかしな事になっているわけだ。
「さ、もう大丈夫だから、食事に戻ろう。心配してくれてありがとな。」
「…いいえ。良かったです。」
こころなしか桜が暗いというか落ち込んでいる気がする。先程までは普段通りだったので、単純に血を見て気分が悪くなったのか。
それとも、まさか令呪を見られたか。ありえない話じゃない。この街にいる魔術師は少なくともマスターになる可能性がある。
桜が殺し合いに参加したがるとは到底思えないが、強制的にマスターになってしまうこともある。
お互いのためにも距離を取った方がいいのかもしれない。
その後は何事もなく学校の支度を済ませて、いつも通りに登校したが、やはり桜はあまり喋らなかった。
(先輩は令呪隠すんだ、私は隠してないのに。)
(……何故彼が気付かないのかが不思議です。)
(先輩と一緒に戦いたいなぁ。どう?ライダー。)
(……私は構いませんが。)
────とある主従の登校中の念話。