衛宮士郎は死にたくない。 作:犬登
放課後、過ぎて夜。
弓道部の活動が終わり他の部員は全員帰ったが、俺は弓道場の掃除をするといって一人で残った。
朝から学校で違和感がある。その違和感を確かめるために学校から人がいなくなるまで待っていたのだ。こんな時間まで残る生徒はいない。 これからようやく学校の異常を調べられる。
「…感覚的には結界だと思うんだが。」
校門を過ぎると同時に違和感を感じたため、学校をすっぽりと覆っているのだろう。となれば、敷地内に結界の基軸となる術式があるはずだ。
それを見つけて、破壊できれば止められる。ただ、サーヴァントの物だった場合は別だ。英霊の結界など神秘が強すぎて破壊することはできない。そうなれば、こちらのサーヴァントに破壊してもらうしかない。そして、まだサーヴァントを召喚していないので今日は見送ることになる。
この結界の種類は分からないが少なくとも守護などの効果ではないだろう。そんな清廉な雰囲気はしない。どちらかといえば、もっとドロドロした呪い系統の物だろうか。
弓道場にはもう用がないので、きっちりと戸締まりをして外に出る。
さてどこから探そうか。妥当に、学校の敷地の真ん中とか。結界の知識はあまりないので予想をつけて探すことは難しい。手当たり次第歩き回るとしよう。
そう決めて校庭に足を向けた途端。
────キィン、と金属音がした。
学校に生徒はいない。それは分かっている。教師も最近は早めに帰宅しているはずだ。だから、学校には誰もいないと踏んだ。それなのに。
「……何かがいるのか。」
金属を打ち合うことなど普通ではありえない。ましてこんな数秒間で何十回も奏でることは人間では不可能に近い。
今は聖杯戦争の準備期間。本来ならばまだ誰もが引きこもっているはず。だが、もしかしたら血気盛んな奴らがフライングを決めてしまっても不思議ではないのかもしれない。
急いで木陰に身を隠す。校庭に『強化』した目を向けると、やはりいた。
全身を蒼い軽鎧に包んだ朱い槍を持つ男。紅い外套を纏った黒い弓をもつ男。それと、その後ろの方に赤いコートを羽織った女。
恐らく二人の男がサーヴァントで女は紅い男のマスターだろう。
紅い男が高速で移動しながら何本もの矢を放つが、蒼い男はそれをすべて叩き落としている。
いや、待て。あれは矢じゃなくて剣だ。あの弓使いは剣を弓で放っているのか。
……面白い発想だ。考えたこともなかった。自分もあれなら射程の長くないただの射出よりも離れた敵を狙える。
と、二人の動きが止まった。何か会話しているのか。それとも睨み合いか。ここからでは分からないが近寄るつもりは毛頭ない。
当初の予定である結界の調査も変更だ。このまま二騎のサーヴァントの情報を集めるとしよう。戦闘している現場を影から見れるなんて早々ないだろうから、良い機会だ。
槍使いが突撃して、一気に距離を詰める。弓ではあれに対応しきれまい。どう切り抜けるのか見ていると、突然男の手に白黒の双剣が現れた。二つ目の宝具か。現状では分からないが、若干押されながらも互角に打ち合っている。普通に考えたら奴はアーチャーだが、ランサーと接近戦で互角だと?どんな弓兵だ。遠中近全てこなせるオールレンジなど敵にすれば厄介に過ぎる。
できればここでランサーに倒してほしいが。どうなるか。
「……マジか。」
どうやらランサーの方は宝具を使うつもりらしい。大気中の魔力が全てランサーに収束していく。場の空気が段々と冷たくなっていくのがここでも分かる。ランサーが体を引き絞って思い切り屈んだ。対してアーチャーは徒手空拳だ。
ランサーが全身を使って跳躍する。宙で体を更に反り返らせた。
「
弓のように張った体を解放し、全力で呪いの朱槍を撃ち放つ。
「───
朱い流星が敵を穿たんと突き進む。
だがアーチャーも行動を起こしていた。
「───────」
何かを呟いた、気がした。それは自分にも向けられたようで。理解せずとも、心は揺れた。
アーチャーが右腕を掲げ、流星を見つめる。
「────
突如、究極の護りを帯びた七枚の花弁が展開する。そして、突き進もうとする朱槍を真正面から阻む。この先へは行かせはしないと、宣言するかように。
だが、一枚。
最強の盾に孔が開く。それがどうしたとばかりに朱槍は止まらない。ひたすらに敵を滅さんと。
二枚。続けて三、四、五枚。朱槍の猛攻に耐えきれずに割れていく。このままではアーチャーに到達するのも時間の問題だ。そして辿り着いたらアーチャーの体にも同じように孔が開くだろう。聖杯戦争の開幕前に脱落か。あの女も恵まれない。
と、突然にして女が動き出した。右手を掲げ、叫ぶ。
「───防ぎきって、アーチャー!!」
直後、アーチャーの魔力が爆発的に増加する。残った盾が更にその強度を増し、さらには破れたはずの花弁が修復し始めた。
そして。ついに槍はその勢いを失い、スッとランサーの手に戻った。
同時に移動を開始。目標は校門だ。
恐らく戦闘はここで終わる。お互い魔力を消費したし、ランサーもアーチャーも宝具を晒した。お互い退くのが最善だからだ。
しかし問題なのは俺だ。戦闘が終わり冷静になればこんなところにいる人間など直ぐにばれる。それに手の甲をあからさまに隠しているので、怪しまれてマスター候補だとバレることも考えられる。
なので、撤退。足元をよく見て足音を立てずに移動する。
幸いなことに、あの二騎はまだ話をしていたので、安全に学校の敷地を出れた。
が、鋭い視線を背後から感じる。
────まずい、気づかれた。
足を『強化』して、全力の縮地で疾走する。並のバイクなど目じゃない速度だ。少しでも遠くに逃げなくては。早く家に戻って召喚を───。
瞬間、全身で身を捩る。
脇腹を剣弾が掠めて、肉を僅かに抉っていく。
「ぐ、ぅぁッ!」
痛みで多少体が固まるが、止まることはしない。
全力で駆け続ける。止まったら死ぬ。それだけは確実だ。殺しに来ているのが手に取るように分かる。あと少しで曲がり角に入れるので、そこまで辿り着けば遮蔽物に身を隠せる。
しかし、続いて六本の剣弾が全て急所狙いで飛んできた。どうあっても避けきれない。サーヴァントではないこの身では、彼らの攻撃を躱し続けることなど不可能。先ほどの回避は奇跡だ。次はない。
ならば。回避ではなく。
「───
防衛する。
魔術回路を起動して、振り向き様に、刀身が幅広いグレートソード三本を全身を隠すように出現させた。
グレートソードはその身が粉々に砕けながらも飛来した剣弾を止めた。その隙に民家を盾にして路地に入る。後はアーチャーの視界に入らないように最速で帰宅するだけだ。
ほう、と感嘆したような声が聞こえた気がした。
家に到着すると、直ぐ様召喚の準備に取り掛かる。切嗣の手記を取り出して詠唱に目を通した。土蔵の床に召喚陣が書かれているので、サーヴァントの召喚にはそれを使う。
もはや一刻の猶予もない。
「───同調、開始。」
魔術回路を起動。詠唱を始める。
「素に銀と鉄。礎に石と契約の大公。降り立つ風には壁を。四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ。」
召喚陣は爛々と光を放ち、土蔵の中で魔力が吹き荒れる。
「
エーテルが現象として影響を及ぼし、突風が巻き起こる。大量の魔力消費に意識が持っていかれそうになるが、歯を食いしばって耐えた。こんなところで失敗するわけにはいかない。是が非でも喚び出す。
「告げる。汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ。」
荒れ狂う魔力の渦のせいではっきりとは分からないが、微かに庭から殺意が近寄ってくる。数本の魔術回路を投影に回し土蔵の入り口から、侵入者に剣を射出する。
「誓いを此処に。我は常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を敷く者。」
おそらく弾かれただろう音が聞こえた。まずい。今は無防備だ。攻撃されたらそのまま死ぬ。干上がる喉を動かし、決死の覚悟で最後の一節を口にする。
「汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ────」
光が形を成したのと同時に吹いた風に軽く押されて、一歩横によろける。一際大きい音を聞きながら、そのまま床に尻餅をついた。
見上げると、黄金と蒼銀が目に入る。緑碧の瞳が静かにこちらを見下ろしていた。
「問おう───」
ふと思った。
この光景を決して忘れはしないだろうと。
「───貴方が私のマスターか。」
月を背に立つその少女の姿は、俺の心象に強く刻み込まれたのだ。
どんなに有能でも尻餅をつくのは変わらない。