衛宮士郎は死にたくない。 作:犬登
月の光に照らされた、美しい騎士の少女。青い戦衣装の上に銀に輝く鎧を纏っていた。自分の鋼色の目と彼女の碧色の目が、一秒にも満たない間だけお互いを静かに見つめていた。
もう少しその光景を見ていたかったが、侵入者に襲われている現状、そういうわけにもいかない。
「ああ、俺がマスターだ。悪いけど、見ての通り敵サーヴァントの襲撃を受けているから迎撃してほしい。えーと…。」
「セイバーです、マスター。了解しました。迎撃します。」
そう告げるやいなや、直ぐに侵入者の方に突っ込んでいく。速い。瞬間移動のように目の前から消えた。
急いで土蔵の入り口から覗く。
「追ってきていたのはランサーだったのか。」
てっきり先ほどの攻撃からアーチャーが来たのかと思っていた。しかし、実際に家まで追ってきたのはランサーだったようだ。目撃者一人を殺すためにサーヴァント同士で協力したのか。それとも、マスターだと思って確実に処理をしに来たのだろうか。実際、マスター候補だったので当たってはいるが。
戦いを見ていて驚くべきことがあった。信じられないことに、あのセイバーの少女が大の男であるランサーを圧倒しているのだ。ランサーは防戦一方となり、段々後退していった。アーチャー相手に一歩も引かなかった彼が、だ。
セイバーはその小さな体から放たれるとは到底思えない剛剣を繰り出している。一撃一撃が大気を打ちならしてランサーを襲う。
端からみているとランサーがわざと演技しているようにも見えるが、実際はそうではない。
彼は本気だ。本気で応戦して、それでもなお押されているのだ。先程の校庭での戦闘とは打ってかわって彼が防御に徹している。
これだけでも、どれほどセイバーが強いのかが分かる。
繰り出される連撃は止まることなく次へ次へと繋がっていく。
首を狙う薙ぎ払い、それを斜めに振り下ろして袈裟斬り、勢いを利用してそのまま回転斬り。
何度防いでも流れるような連撃によって、ランサーに反撃のチャンスはやってこない。
が、渾身の力でセイバーの剣をどうにか弾いたランサーは一度大きく下がった。それによりある程度の距離が空き、仕切り直しとなる。
「どうした、ランサー。止まっていては
「うるせぇ。一つ聞かせろ。テメェの得物、それは剣か?」
「さあ。剣かもしれぬし、槍かもしれん。あるいは弓ということもあり得るぞ。」
「ほざけ、
セイバーの剣らしきものはこちらからも視認できない。透明な何かが渦巻いているだけで、刀身の幅や刃渡りが一切不明なのだ。ランサーが圧倒されていたのには、見えない剣に困惑していたのもあるのだろう。
範囲の分からない攻撃というのは想像以上に戦いにくい。
一流の戦闘は全ての行動が最低限だ。そうしてロスを無くし、次の最適な行動に繋げていく。
しかしセイバーの剣はそれを許さない。最低限の回避は相手の間合い、攻撃の届く距離が分かっていて初めてできることだ。どれほど避ければよいのかが分からないのでは、どうしても回避が大振りにならざるを得ない。
今は丁度彼らの戦闘が中断されているので、念話というものでセイバーに情報を伝える。
───セイバー?
───何でしょう、マスター。
───ランサーの真名はクー・フーリンだから宝具は撃たせないでくれ。下手すれば即死する。適度にやり合ったら撤退させてほしい。
───なんと……分かりました。感謝します、マスター。
彼の宝具は一撃必殺であり、いかなサーヴァントであろうと躱すことはできない。故に、わざわざ撃たせるまで追い込まなければ、その宝具を受けることもない。
また、しばらく見ていて思ったが、どうにも彼は本調子ではないらしい。所々で動きが僅かに鈍っている。
この調子なら、上手く撃退できそうだ。
ちなみに、念話をしている間セイバーはランサーとの煽り合いを表情を変えずに続けていた。
「なあ、セイバー。聖杯戦争もまだまだこれからだ。今日はお互い、ここらで分けってことにしねぇか?」
「そうですね。目の前の敵を逃がすのは不服ですが……いいでしょう。退きなさい、ランサー。私は追いません。」
「おう、話が分かるやつで良かったぜ。つーわけで、さっさと退くとするか。」
ランサーの方から退いてくれるようだ。初戦から全力戦闘など、こちらから願い下げだ。魔力供給が辛くなってきていたので助かった。
ランサーが驚異的な脚力で跳んでいく。瞬間的な速さではセイバーだが、やはり通常時ではランサーに分があるようだ。
なにはともあれ。
「助けてくれてありがとな。」
「我が剣は貴方と共にある。マスターを守るのは当然のことです。」
頼もしいことを言ってくれる。
危ない局面も多々あったが、こうして切り抜けられた。聖杯戦争という舞台のスタート地点にきちんと立てたことになる。
今日の朝に令呪を発見して聖杯戦争が発覚したので、感覚的にはとても濃い一日だった。だが、これからの二週間はもっと濃密で危険なものになるだろう。
やるべきことを見据えて、しっかりと行動していかなければ、即座に敗者となる。聖杯戦争における敗者は殆どが死ぬ。それだけは駄目だ。衛宮士郎は何としても生きなければいけない。
改めて自分の召喚したパートナー、セイバーと向き合う。
「俺の名前は衛宮士郎。好きなように呼んでくれ。これからよろしくな、セイバー。」
衛宮と名乗った時に少し怪訝そうな顔をしたが、セイバーはエミヤと何かあったのだろうか。
右手を差し出し、握手をする。
「エミヤ、シロウ……はい、ではシロウと。」
「うん?……まあ、いいか。詳しいことは明日話そう。今日は少し疲れたからな。セイバーもそれでいいか?」
「分かりました、ではそのように。私はシロウの護衛をしていますので。」
「分かった。頼む。」
とは言ったものの、サーヴァントがマスターを護衛する際は霊体化する、という思い込みにより早速トラブルが生じていた。
いざ床につこうとしてみれば、セイバーが布団のすぐ側で正座をしはじめたのだ。不思議に思って目を向けると、その碧色の瞳でこちらをずっと見ている。
「……」
「どうかしましたか、シロウ。」
「えーと、霊体化はしないのか?」
「ああ、霊体化ですか。私はとある理由によって霊体化できないのです。その事については明日話しましょう。」
霊体化ができないなんて事があるとは。しかし、そういえば切嗣も手記に書いていたような気がする。サーヴァントの中ではわりと普通のことなのかもしれない。
「分かった、じゃあセイバーは隣の部屋にいてくれ。」
「な、それは何故ですか。護衛をするには対象の間近にいた方がやりやすいでしょう。」
「はぁ!?まさか、ずっと俺の部屋にいるっていうのか!?」
「当然です。」
何を当たり前のことを、とばかりに返された。
ここで引いては駄目だ。隣の部屋で待機するのは一向に構わない。だが、同じ部屋で美少女に顔を見続けられて眠れる者がどこにいるのだろうか。少なくとも自分とはその類いではない。
「セイバー、俺は誰かが近くにいると良く眠れないんだ。それに、今は疲れているからしっかり眠りたい。セイバーなら襖一枚あるだけで守れないってわけでもないだろ?」
「それはそうですが…」
「睡眠を取れば魔力の節約にもなる、よな?」
「……一応は。」
「よし、なら決まりだ。隣に布団を敷くからそこで寝てくれ。」
「むぅ……」
何とか言いくるめられたか。即興で思いついた言い訳だったが、上手くいった。
セイバーの肩を押して隣の部屋に連れていく。どこか釈然としない顔を見ない振りをして、手際よく布団を敷いた。
「あ、もしかしてベッドじゃないと寝れないとかあったか?」
「……いえ、問題ありません。」
返事の声が少し硬い。ちょっと拗ねている、のか?護衛を買って出てくれるのはありがたいが、俺の安眠のために隣で我慢してくれ。女の子に見つめられて寝られるほど、俺は肝が据わってない。よく眠れないと魔力の回復が遅くなる。
「お休み、セイバー。」
「お休みなさい、シロウ。」
布団に入り、目を閉じる。
意識を集中させると、隣の部屋の方へうっすらと細い線のようなものが伸びているのが分かる。これは魔力供給のラインだろう。ただ、もう一つの別のラインがある。これは、何なのだろう。もしかしたらセイバーの特性によるものかもしれない。詳しくは明日聞こう。
それから、ずっと気になっていたことがある。アーチャーだ。あの男、どこかで見たような顔をしていた。いや、顔は見間違いかもしれないから置いておく。重要ではあるが。
自分の髪は魔術を使う度に、色素が抜けて白くなっていった。眼の色も琥珀色から鋼色に変わり、最近では肌の一部が焼けたように黒ずんでいる。
アーチャーも白髪、褐色だった。眼の色は確認できなかったが、彼は数多の剣を扱っていた。自分の魔術に当て嵌めれば、矢ではなく剣を使っているのにも納得がいく。
自分とアーチャーでは共通点が幾つかある。だからこそ、馬鹿なことだとは分かっていても、思ってしまう。
─────まさか、ご先祖か?
ちなみに、切嗣由来の聖杯戦争知識はかなりガバってる。