「弱いな」
「くそっ!」
何がなんだか分からなかった。一夏とマドカの前に現れた女、巻紙礼子と名乗った女は突如として豹変し、亡国機業なる組織のオータムだと名乗りを挙げ、二人に襲い掛かってきた。
それだけなら、まだ理解出来た。
理解出来ないのは、この女の強さだ。
「反応も対処も遅えし、技術も未熟過ぎる。……てめえら、本当に織斑千冬の血縁か?」
「うるせえ!」
「っと、今のは少しだけ良かった。すこーしだけな……!!」
「がっ!」
「兄さん!」
理解の及ばぬ強さ、この狭い室内で自分達二人よりも大型の機体を手繰り、傷一つ負わせられない。
それどころか、息も上がらず汗の一滴すら流れていない。
完全に遊ばれている。
「ほらほら、どうしたよ男の子。ちょっと頼りないんじゃなーい? ギャハハハハ」
強すぎる。二人がかりでもまるで歯が立たない。
人型の蜘蛛、そう呼ぶに相応しい機体。八本の装甲脚を巧みに操り、狭い室内を縦横無尽に駆け回り、確実にこちらを削り取ってくる。
一撃で仕留めようとすれば、こちらを仕留められる筈なのに、まったくその気配が無い。
これは戦いじゃない。ただ一方的に狩られている。
オータムは強い。ただ強いだけでなく、こちらの一撃を最大限に警戒しつつ、確実に余力を削り弱らせてくる。
徹底的にいたぶり弱らせ、最後に狩る。恐らく、それがこの女の戦闘スタイルだ。
「避けろマドカ!」
「うあっ!」
「弱い。てめえら揃いも揃って弱すぎる。やる気あんのか……?!」
〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃
ごめんなさい。
ごめんな、痛いよな。辛いよな。苦しいよな。
でも、止める訳にはいかないんだ。
「この……!!」
「はっ、残念はずれ~。お代は鉛弾ってな」
「ぐあああっ!」
ごめんなさい。
でも、一夏。それじゃダメなんだ。
お前の機体は一撃で勝負を決められるから、だからもっと研ぎ澄まして、狙いをつけて
「これなら!」
「……っ! おっと、危ない危ない」
そう、そうだよ。
そうやって、一瞬の隙に入り込んで決める。それが、その機体の戦い方だ。でも、まだまだ遅い。刀身の展開も判り易すぎる。
あと、マドカ。騙し討ちをしたいなら、もっと目線と動きは誤魔化さないと、こうやって簡単に返されるぞ。
「マドカ!?」
「大丈夫だ!」
「当たり前だろ? このオータム様が遊んでやってんだからよ」
さあ、二人共。私が教えてあげるから、遠慮無く掛かってこい。
「遊んでやってるって? それにしちゃ、動きが妙だな」
「兄さん、呆けたか? 明らかに格上だろうが」
「マドカ、あいつの狙いは俺達か俺達の機体か、その両方だ」
「だからそれが……」
「だったらなんで、一気に捕まえに来ない? あいつの実力なら、俺達なんか一瞬で倒せる筈だ」
「それは……」
あー、うん。やっぱり、一夏も千冬似だ。
この異様な勘の良さと、私の装甲脚を見切り始めた目の良さ。二人して、千冬の良い所取りか。
本当に嬉しいよ。
お前達なら大丈夫、私なんかすぐに追い越して、いつか忘れられる。
だから、だからこそ、私はもっとちゃんとやらないといけない。
この子達が将来困らない様に、近い未来に悲しまない様に、誰かを護れる様にする為に、私がもっともっと深くに堕ちないといけない。
「…………」
頑張れ、今から私は本当にオータム姉じゃなくなる。
頑張れ、お前達なら私を倒せる。
頑張れ、そしてごめんなさい。
私は今から、本当に酷い事を言うよ。
だから私を許さないで
だから私を憎んで
だから私を恨んで
私を倒してくれ。
「……あー、そうだったそうだった。そういやそうだったなあ」
「何がだよ」
「あんまりにつまらねえ仕事だったから、すっかり忘れてたぜ。いやー、すまねえな」
「何を、笑っているんだ?!」
ごめんな。
「何を? ハハハハハハ! いやな、因果ってのは巡るもんだなってよ。……二年前のドイツ、いやー、随分と派手に吹っ飛ばしたら、間抜けなガキ二人のお陰で、仕事が早く済んだんだよ」
「お前……」
ごめんなさい。
「お前らが一緒に吹っ飛んでくれたお陰で、織斑千冬の邪魔が簡単に出来たよ。本当に有り難うよ、間抜け共」
「お前ぇっ……!!」
「っと! どうしたよ? 誉められてキレるとか、最近のガキってのは教育がなってねえな!」
「あが……!?」
そんな事ない。この子達は、顔も名前も知らない誰かの為に怒れる子だ。
「貴様、あの事故で一体どれ程の人が……っ!!」
「知らねえな! 私は天下の亡国機業のオータム様だからな! つうか、さっきから口の聞き方がなってねえ! あれか? 織斑千冬は段片振り回すだけが能か?!」
そんな事ない。千冬はこの子達の本当の姉で、この子達を愛し慈しんでる。
私とは違うんだ。この子が大切だからって、ちゃんと生きて幸せになってほしいからって、暴力を振るう私みたいな悪人とは違うんだ。
「姉さんを侮辱するな!!」
「だったらそれらしいの見せろや!」
「ぎゃっ!」
ごめん、ごめんよ。
私の事なんか理解してくれなくていい。
私の事なんか思い出さないでくれ。
忘れたまま私を憎み恨み、ただ敵として倒して、お前達は先に進んでくれ。
「おいおいおい、やる気あんのか。んー、まさか援軍待ちとかつまらねえ算段してんのか? アッハハハハハ! 誰も来ねえよ。お前らを助けに来る奴なんざ、居る訳ねえだろうがよ!!」
そんな事ない。この子達は皆に愛されてる。私がよく解ってる。だから、もうそろそろ来る。
「さて、それはどうかしらね?」
「んお?」
ほらね。
「おうおう、まさかまさかのお客様の登場だな。ロシア国家代表様」
「こっちもビックリよ。まさかあの亡国機業のオータムが乗り込んでくるだなんて……。はあ、また警備の見直しだわ」
「楯無さん!」
「一夏君もマドカちゃんも、よく保たせたわ。流石は織斑先生の家族ね」
うん、二人は凄いだろ。こんな化け物の私相手に、ボロボロになっても諦めずに立ち向かって、お前が来るまで保たせたんだ。
凄いよな。ISに関わってマドカは一年、一夏は半年位なのに、私相手にここまで戦えた。
だから、今回はここまでだ。
「……あー、なんだ? 折角の御来店誠に感謝したい所なんだが、どうやら閉店のお時間の様でな。また来るぜ」
「逃がすと思ってるの?」
「……私の〝アラクネ〟の糸の恐ろしさは、更識のお前には言わなくていいよな」
ごめん、一夏、マドカ。
「んな?!」
「動くなよ。動けば二人は死ぬか、身体のどっかは無くなるなあ。おっと、あと、私はこの学園中を歩き回った。言葉の意味は解るかな?」
まるっきり嘘だけど、亡国機業のオータムの名前のお陰で、嘘はバレてない。
仮に嘘とバレても、更識と学園は私の侵入を許した事から、学園の警備を強化する。つまり、二人の安全面が改良される。
多少やり難くなるだろうが、二人の安全が第一だ。
「……本当に貴女厄介過ぎるわね」
「それじゃ、またな。次はもう少しましになれよ」
ああ、そんなにもがくな。お前達に巻き付けてる糸は殺傷性は無くても、人間の骨くらいは簡単に捻り折れるんだ。いくら機体の保護機能があっても、捻れまではカバーしきれない。
やめて、お願いだからやめてくれ。
「……無駄に足掻くんじゃねえよ」
「かっ……!!」
「兄さん?!」
ごめん、一夏。跡は残らない筈だから、今は寝ててくれ。
「……貴女、何が目的だったのかしら?」
「あぁ? そこのガキ二人だったんだが、クライアントが急に依頼を取り下げてな。まあ、命拾いしたな」
「一夏! マドカ!」
「っと、ジョーカーが来やがった。それじゃあな!」
スコールの話だと、もう少し掛かると思ってたけど、やっぱり速いな。
千冬、ごめんね。多分、一夏が起きたら特訓をつけてくれって言うと思うから、手間掛けるけどお願いな。
「オータム……!!」
「じゃあな、千冬」
二人をお願い。