踏み台転生者ですが何か?   作:ジト民逆脚屋

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美しい名前とか聴きながら書いてます。


猛毒の愛

「あ……」

 

目を覚ませば、見覚えのある天井だった。

痛む体に鞭打って、なんとか身を起こす。室内はひどく静かで、隣のベッドで眠る妹の寝息だけが聞こえた。

 

「……マドカ」

 

妹の名前を呼ぶ。時間を確認すると、まだ一日経っていなかった。

そう、あれからまだ数時間しか経っていない。

そう、負けたのだ。それも今までの敗北とは違う、圧倒的なまでの敗北。言い訳も言い逃れも出来ない。

 

「くそっ……」

 

一夏はその事に、運が良かったと考えた。そしてその考えを嫌悪した。

運が良かった?

あの場での敗北が何を意味するのか分からないのか?

あの場での敗北は自身の死だけでなく、その他の人達の死にも直結した。

 

「くそっ!」

 

涙を流して歯噛みする。あの戦いは万が一にも負けてはいけなかった。

オータムという特級の危険人物が、何をするのか。抵抗無く何を奪うのか。

分からない一夏ではない。奴は人命を奪う事に抵抗は無く、むしろ嬉々としてやるだろう。

自分達は、危なくその引き金になる所だった。

 

「強く、ならないと」

 

強さが要る。あの理不尽そのものに対する力が必要だ。

それは生半可な力では足りない。あの暗く、一切の光差す場所から遠い強さに届くには、奴と同じ所にまで堕ちる必要がある。

でも、それでも届くかどうか分からない。

 

「……兄さん」

「マドカ……」

「一人で勝つ必要なんてない。私達で奴を倒すんだ」

「でも」

「奴は私達の敵だ。兄さん一人が背負うものじゃない」

 

目を覚ましたマドカが、暗い瞳をした一夏にそう語りかける。

もし、奴に追い付く為に堕ちる必要があるなら、自分一人で堕ちよう。そう思っていた一夏の考えが、マドカの言葉で揺らぐ。

 

「兄さん一人じゃ無理だ。だけど、私達二人ならやれる。だから兄さん、一人で何処か遠くに行こうとするな。兄さんが行くなら、私もそこに行く」

「ダメだ!」

「なら、私を、私達を置いて行くな」

 

私達は二人で一人なんだ。

どちらが欠けても、織斑一夏と織斑マドカは成立しない。だから、片方が堕ちるなら一緒に堕ち、墜ちようとするなら止める。

そしてそれは、織斑の二人だけではない。

 

「そういう事だ、一夏」

「箒」

「あんたがそんなんでどうすんのよ?」

「鈴」

「まったく、自覚が足りんぞ嫁」

「あのね、ラウラ。何の自覚か言わないと、一夏分かんないよ?」

 

誰もが二人を独りにはしない。病室に入ってきたのは、懇意にしている専用機持ちの全員だった。

 

「皆……」

「ほらな、兄さん。私達は二人だけじゃない。一人で行けると思うなよ」

「ああ、ごめんな」

「早速だが一夏、マドカ。お前達を襲った女に心当たりはあるか?」

「ラウラ……、心当たりというより因縁だ」

 

一夏とマドカは、出来る限りで話した。

あの女、オータムが語った過去の事件と自分達の関係を。

そして語り終えると、事件の現場の関係者であったラウラは眉間を押さえて呻いた。

 

「なんという……」

「ラウラ、お前が悪い訳じゃない」

「だが、その女の言葉が事実なら、かなり根が深い花火になる」

「ラウラ……」

 

事件はドイツで起き、理由は織斑千冬のモンドグロッソ二連覇の阻止。

あの事件で百近い人命が喪われ、その傷痕はいまだ深く残っている。

これらが全て、ただの大会の二連覇の阻止という目的だけの為に行われたという事は、下手をすると国が絡んでいる可能性すらある。

一同がそれに頭を悩ませていると、病室に二人の姿が入ってくる。

 

「その事に関しては我々で処理するわ」

「盾無さん」

「二人共、大丈夫か?」

「姉さん」

 

千冬は二人の元へ歩み寄り、優しく抱き締める。

奇跡的に怪我らしい怪我は無く、急な命のやり取りによる緊張と極度の疲労による気絶が、二人の症状だった。

 

 

──オータム、お前は……

 

 

あの状況で、オータムはここまで気を使って、二人と戦った。

千冬から贔屓目無しに見ても、二人の実力は低くはない。だが、その二人を同時に相手し、圧倒した上で怪我らしい怪我すらさせない。

そして、二人だけでなく二人と親交のある者達にも、敵対心を抱かせた。

もう、千冬にも理解出来た。理解出来てしまった。

オータムは本気で、二人の為に消える気だ。

一夏とマドカを誰よりも愛し慈しんだ者が、その二人に憎まれ恨まれ蔑まれ、倒され消える道を選んだ。

 

 

──馬鹿者が……!

 

 

そんな事を誰が望んだ。

そんな事を、この子達が望むと思っているのか。

お前は、この子達を愛しているのに、どうしてその気持ちに嘘を吐き踏みにじるんだ。

 

「千冬姉?」

「どうしたんだ? 姉さん」

「……ああ、すまない。そうだ、これを。治療の際に邪魔になるからと預かっていた」

「あ、ペンダント。よかった……」

「一夏、そのペンダントは確か……」

「ん? ああ、ドイツで療養中に買ったんだ。俺達家族分で一つの形になる。結局、四人分しかなくて、最後の一つは千冬姉に預けてるけどな」

「んん、そうか。時に一夏、最後の一つだが……」

「抜け駆け禁止よ、箒」

「そうですわ。そういうのは、しっかりと話し合いが必要ですのよ」

「そうだよ、箒」

「ふむ、一夏よ。私にどうだ?」

「あ、ははは、気持ちは嬉しいけど、これは本当に大切な一人に渡さないといけないって、マドカと決めてるんだ」

「お前達では足りんという訳だ」

「うぐ……、悔しいが二人が決めた事なら仕方あるまい。だが、本当に大切な人とは、どんな人だ?」

「え? うーん、どんな人って言われると困る。けど、そうだな。強くて優しくて、だけど少しだけ乱暴で泣き虫な人、かな?」

「そうだな。あと、どうしようもなく不器用な人だ」

「どんな人よ、それ?」

 

なあ、オータム。聞いたか。

この子達はお前の事を忘れていない。

いくら科学の力で記憶を無かった事にしても、お前が二人に残した愛は消えない。

お前が、お前達が二人に贈った暖かな思い出は、科学なんぞで消せるものではないんだ。

なあ、オータム。お前は自分を偽物だ、化け物だと言うが、私からしてみればお前は本物で、ただの人間だよ。

人間で、二人の、私達の家族なんだよ。お前達は。

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