「こいつら……!」
IS学園の襲撃の報を聞き、一夏とマドカの元へ向かっている途中、基地内の隔壁が次々に降り、無人機の群れと共にオータムは地下に閉じ込められていた。
通信は途絶し、機体のハイパーセンサーも機能不全に陥り、稼働率も完全とは言い難い。
しかし、オータムは亡国機業最大戦力。無人機程度なら、普段より動けなくとも問題無く狩れる。
だが、問題となっているのはその数だ。
──これだけの機体、どっから引っ張ってきやがった?
ISという機械は、ISコアがあって初めてその性能を発揮出来る。
しかし、そのコアの数は決まっており、いくら亡国機業が世界中に浸透していたとしても、これだけの数を用意するのは不可能だ。
オータムは機体〝アラクネ〟の装甲脚を手繰りながら、無人機を捌いていく中で一つの疑問を得た。
──なんだ? やけに脆い。
ISには
オータムは疑問の答えを探るべく、逸る気持ちを押さえ付けながら、無人機のコアが収まっているであろう箇所を抉り取った。
そして、すぐに答えを得た。
「……くそったれ……!!」
無人機にコアは存在しなかった。あるのはコアに偽装した大容量バッテリーのみ。
オータムの焦りはピークを迎えた。
思えば何もかもがおかしかった。
何故、このタイミングでこの基地の場所がばれた。
何故、このタイミングでIS学園が殲滅作戦を開始した。
何故、この無人機達は自分を攻撃してきた。
原作通りの展開と言い切ればそれまでだが、オータムの中で違和感は膨れ上がり続ける。
情報が足りない。なら、やる事は一つだけだ。
力尽くで突破する。
「どけ……!」
無人機を千々に斬り刻み、千切り飛ばし、その勢いのままオータムは一息に隔壁を破壊する。
装甲脚の幾つかが軋むが、そんな事に構っている暇は無い。
低下した稼働率を無理矢理押し上げ、オータムは基地地下を急ぎ駆け上がる。
──頼む。二人共、無事でいてくれ
最後の隔壁を打ち破り、軋む機体を従えたオータムが見たのは斬り伏せられ、撃ち抜かれて倒れる無人機の山だった。
切り口や弾痕から、一夏とマドカがここに居たのは間違い無い。問題はここから何処へ行ったのかだ。
現在地は地下、ここから三層上がれば地上階になる。二人の実力なら、この程度の無人機を斬り捨てて地上階に上がる事は難しくない。
しかし、無人機は地上から地下に向けて積み上がっている。
つまり、この階か下層階に二人は居る。
オータムは一応安堵したが、まだ油断はしない。戦闘の音は地上階からしか聞こえてこない。もし、二人がまだ地下に居て戦闘を続けているなら、何かしらの音はある筈だ。
なのに、何も聞こえない。地下はオータムの呼吸とアラクネの軋んだ駆動音しか転がらない。
「一夏、マドカ」
二人の名を呼ぶ。大丈夫、二人はきっと無人機を倒した後、地上に戻って戦っている。
そこに自分が行けばいいだけの話だ。
大丈夫、きっと大丈夫だ。もし何かあっても、後の事はスコールに頼んである。
だから、自分が消えても心配は要らない。
二人は大切な誰かと幸せになれる。
だから、
「……言ったよな。私の邪魔するなら殺すって」
「つれない、つれないわ。オータム」
赤い女、スコルピオにオータムは殺意を向ける。
昔から、この女は嫌いだった。何にしても突っ掛かってきて、何かしら文句をつけてくる。最強がどうとかと、オータムが興味の無い話でいつも絡んでくる。
否、それらは理由にならない。
もっと単純な、根源的な問題。オータムはスコルピオという存在が気に食わない。
「失せろ」
「ああ、ああ、なんて冷たいのかしら。あの女も草場の陰で泣いてるわ」
「ああ?」
「貴女、貴女はどんな顔をするのかしら?」
意味が分からない。スコルピオは昔からそうだ。
何を言いたいのか、何をしたいのか理解出来ない。
だが今は、そんな事は関係無い。こんな女に構っている暇は無い。
今は、一刻も早く二人の元に向かわねばならない。
「……スコルピオ、最後だ。失せろ」
「冷たい、冷たいわ。オータム、私はこんなにも貴女の事を想っているのに、貴女はなんて冷たい人なのかしら」
「戯れ言を吐くな。今すぐ失せろ」
オータムは苛立っていた。
あの無人機達は誰の差し金なのか。
何故、このタイミングで襲撃となったのか。
何故、IS学園による作戦となったのか。
原作の流れだけではない。今解った。全てこいつが描いた絵図だ。
故にこいつはここで殺さなくてはならない。自分が消えた後、こいつが生きていたら二人に危険が及ぶ。
もしもの時はスコールに頼んでいるが、仮にもそんな事が起こる事は認められない。
「本当に、本当に冷たいわね。貴女を育てた女の教育のせいかしら?」
「あ? お前、何を言ってやがる」
「不思議、不思議ね。こんな事になってるのに、貴女には何の連絡も無いなんて」
「お前……!」
冷たい感覚だった。腹の底から冷え凍っていく様な、しかし頭を焼く様な感覚がオータムの背を走った。
こいつは一体何を言っている。
何を言おうとしている。
違う。そんな事は無い。
そんな事は起こらない。
オータムはスコールの強さを知っている。
スコールの強かさと思慮深さを知っている。
だから、目の前の強さしか無い同類に負ける事は有り得ない。
オータムは必死に否定した。
だが、現実というものは残酷で、故に現実だった。
「はぁい、オータム」
スコルピオが機体の格納空間から取り出したものは、オータムにとって二人と同じくらいに馴染みのあるものだった。
細く手入れの行き届いた爪と、たおやかな腕。そして、千切り飛ばされた断面から覗く機械の肉片。
それは、オータムを拾い育てた女、スコールの腕だった。
「お前ぇぇぇっ……!!」
上層で起きた爆音を背にオータムは激昂し、スコルピオに襲い掛かる。
強引に稼働させ続けた機体が軋むが、その程度の事は関係無い。
装甲脚を全開で駆動させ、スコルピオを八つ裂きにせんと迫るオータムだが、ある事に気付いた。
──体が重い……!
機体だけではない。自分の体すらも次第に重さを増している。
何時からだ。何時から、この重さはつきまとい始めた。
基地、無人機、強引な稼働、スコールの死、そしてスコルピオ。
一瞬で全てが繋がった。
「随分、随分と動き辛そうね」
「お前、〝マンティコア〟の毒を撒いたな」
「正解、正解よ。今、この基地には私のマンティコアの毒が蔓延してるのよ」
中東製複合型第二世代機〝マンティコア〟、スコルピオが奪取し、己のものとしたアラクネと並ぶ異形の機体。
元はアメリカ第二世代機である、アラクネに対抗する為に開発された機体だが、ある特性の為に試験機一機のみ開発されるに終わっていた。
「私、私特製の毒はどうかしら? スコールにはよく効いたわよ」
「だろうな! 毒がなきゃスコールにも勝てねえお前らしいやり口だな!」
アラクネに対抗する為に開発され、アラクネ以上の装甲と出力、そして武装の凶悪性を増し続けた怪物は、とうとう出会ってしまう。
スコルピオという、人間が持つ嫉妬の悪意を煮詰めた人間に。
「オータム、オータム。私は貴女達が妬ましかった」
「知るか」
スコルピオは嫉妬深く、そして執念深い。
一度決めた獲物は何年でも追い回し、同族すら躊躇する非道すら厭わない。
「私、私はね、自分が一番じゃないと我慢出来ないの」
「うるせえよ」
蠍を模した鉗脚が、装甲脚の数本を捻り切る光景を尻目に、オータムは必殺の間合いに入る。
アラクネが持つ最大威力の装備、蜘蛛の顎を模した副腕をスコルピオに叩き付ける。
マンティコアの装甲は強固だが、オータムのアラクネの副腕はその装甲すら噛み切る。
勝利を確信したオータムだったが、次の瞬間にはスコルピオから距離を取っていた。
「お前、それは……!」
「いい、いいでしょう? かつて、〝金陽〟と謡われた女の尾よ。ずっと欲しかったのよ」
厭らしい笑みを浮かべるスコルピオは健在で、アラクネの副腕は右をスコールの機体〝ゴールデン・ドーン〟の尾に噛み千切られ、左は背後の隔壁を粉砕するに終わった。マンティコアのもう一つの異形たる特性、相手の機体の装備を奪い、己の物とする《システムキメラ》。
オータムはスコールがどうなったのか。今、この瞬間に確信した。
──ごめん、スコール。私もすぐに逝くから
一気に最大火力を奪われたオータムは、スコルピオを殺す算段を練り直す。
背後にある砕けた隔壁の向こうは、搬入用エレベーターになっており、エレベーター自体は下層にあるのか。そこは真っ暗な洞穴になっている。
あそこに落とせば、閉所を得意とするアラクネの糸で、一息に絞め殺せる。
そう判断したオータムは、その通りに動こうとした。
だが、スコルピオのやけに厭らしく粘りつく様な笑みに動きが止まり、奴が持つ赤く染まった二つの装飾品に思考が止まった。
「あら、あら、どうしたのかしら?」
「そ、れは……」
「安物、安物よねぇ。高校生の弟妹が大事に持ってるにしては。……ねえ、オータム姉」
放り投げられたペンダントと細いチェーンは、赤く染まりながらも、互いを離すまいと絡み合い、オータムの足元に転がった。
「なんで……」
「あは! ははははは! それよ、それよ! その絶望しきった顔が見たかったの!」
アラクネの展開は解け、膝を着き二つのペンダントを胸に抱き締めるオータムを、スコルピオは嘲り嗤う。
「ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、貴女を屈服させたかった。最強にして最凶の貴女の弱点をずっと探ってた。そして漸く見付けた。記憶を失った子供の姉代わり、おままごとの延長! 最後のお別れにあんなテーマパークに行かなければ、私も気付けなかった!」
そうか。全部、私のせいか。
私が出会わなかったら、一夏とマドカは死なずに済んだ。
私が最後の思い出を欲しがらなかったら、一夏とマドカはこんな目に遇わずに済んだ。
私に出会わなかったら、二人はずっと幸せなままで生きていられた。
「もう、もう二人は私の毒で助からないわ! まあ、ついでに貴女が壊した隔壁の下敷きになってるかもだけど! この高さから蹴り落としたんだもの、変わらないわよね!」
スコルピオが何か言ってる。
けど、何も聞こえない。
何も無い。ペンダントは冷たくて、二人の温度も何も感じない。
「もしかして、もしかして壊れちゃったのかしら? 駄目、駄目よ。まだ壊れちゃ駄目よ。貴女は私が壊すの」
肩が裂けた。どうしたんだ、スコルピオ。やけに楽しそうだ。
そうか、私に勝てるからか。
下らない、本当に下らないよ、お前は。
私の腕を足を頭を腹を裂いても、切り刻んでも、お前は私には勝てない。
勝たせてやらない。私は亡国機業のオータムなんだ。
お前ごときに負ける筈が無いだろう。
「ああ、ああ、そういえば、あの子は最後に言ってたわ。ごめん、オータム姉だって! 私の毒で脳が壊れたのかしら? 最後の最後で貴女を思い出すなんて、思わず泣きそうになっちゃった!」
「そう、か」
一夏、お前が居て笑っていてくれたから幸せだった。
マドカ、お前が側に居てくれたから幸せだった。
こんな私を姉と呼んでくれたから、私は人間になれた。
ほんの少しでもいいから、一緒に居たいと願ってしまった。
そんな事望んでいい筈なかったのに。
「死ぬの? 死ぬの? もう死ぬのかしら?」
だから、さようなら。
私もそっちに逝くよ。
ああ、でも私はお前達が行く場所には行けないから、どうしようか。スコールなら大丈夫かな。
「呆気ない、呆気ないものね。何時もそう、欲しいと思ったものが手に入ると、何時も呆気ないの。だから、もう死になさい!」
「お前がな。……〝アラクノフォビア〟」
さようなら、一夏、マドカ。
こいつを殺したら、最期にもう一度だけ会いに逝くよ。
……オータム姉