痛みだった。
身を焼き焦がすかの様な、全身を砕かれていく様な痛みが走り、脳と意識が燃え尽きる様な熱の中で目が覚めた。
「が、っ……!」
呼吸すら難しいのに、意思だけははっきりしていた。
見れば全身に赤く染まり、しかし傷は塞がっていた。
「マドカ」
「兄さん、か?」
妹も目を覚ましていた。
兄妹揃って全身が赤に塗れて、生きているのが奇跡の様だ。
だが、これは奇跡ではなく必然だと理解している。
「兄さん」
「ああ、行くぞ」
軋む体、折れ曲がった腕を庇う様にして一夏は立ち上がり、足が折れたマドカに肩を貸す。
あの高さから落とされ、腹を刺され、毒に侵され、それでも何故生きているのか。
その答えはいまだ抵抗を続ける己達の機体だった。
一夏の白式、マドカの黒式は瀕死の二人を死なせまいと、自身の保護よりも二人の解毒と救命に全機能を投じていた。
機体はもう既に戦える状態ではない。身を浮かし、空を飛ぶ事も難しいだろう。
だがそれでも、二人は上層を目指した。
それは何故か。決まっている。
全て思い出したからだ。
「許さないぞ、オータム姉」
「ああ、許してなんかやるもんか」
あの温かで優しくて、寂しい夢の正体を。
〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃
千冬が感じたのは灼熱だった。
無人機の群れは尽きる気配は無く、学生達に限界が近付いてきた時、莫大な熱量が無人機の群れを灼き溶かした。
「はぁい、千冬」
「スコール……! お前、その体は……」
フロアの天井ごと、無人機の群れを灼いたスコールの姿に千冬は驚愕する。
右腕の肘から先を失い、体は全身に傷が走り、機体も半壊状態。そんな姿でも、スコールはまだ余裕を見せていた。
「持つべきはコネクションね。博士と繋がりがあって助かったわ」
「そうか。多くは問わん。何をしに来た?」
生徒達が何かを言おうとするのを手で制し、千冬はスコールに問い掛ける。
「貴女達の救援よ。と言っても、私はもう限界だけどね。博士の治療と体の自動修復機能、機体の保護機能全部使い潰して、漸く体を繋げてるだけだもの」
機械の体に感謝ね。と言うスコールは確かに限界近いのか、先程見せていた余裕は次第に消え失せ始めている。
「貴女、一体どちら側なの?」
「話は後よ、更識当主。今はここから離れるのが先。あの子の、オータムのワンオフアビリティがもうすぐ発動するわ」
「発動したらどうなる」
「死ぬわ。ここにいる全員無差別にね。……待って、二人は? 一夏とマドカは何処なの?」
「二人は下層だ。反応を追えたのは、そこまでだ」
「そんな……」
絶句するスコールだが、すぐに立て直し自分のするべき事を選んだ。
「とにかく、全員避難よ。二人の迎えには私が行くわ」
「貴様を信用しろと言うのか?!」
「信用しなくていいわ、篠ノ之箒。でも、オータムに二人の友達を殺させる訳にはいかないのよ。さ、私が開けた穴から逃げなさい。外の二人も安全は確保してるわ」
スコールは、オータムのワンオフアビリティの恐ろしさをよく知っている。
あれは無差別かつ回避不可能な致命の業。発動したら最後、人間、否、感情を持つ全ての生物は死に至る。
絶対的な死そのもの、それが己の内から沸き上がり、抵抗すら不可能なまま壊死していく。
問題なのは、二人が何処に居るのかも分からない現状で、それが発動されようとしている事だ。
──まさか、二人に何かあったの?
避難を続ける中、スコールは祈った。
祈るしか出来なかった。
〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃
物言わず、胸に二つのペンダントを抱き抱えたオータムの前で、スコルピオは狂乱の中で暴れていた。
「なに?! なに?! これはなに……?!」
「……なんだ、お前にも罪悪感はあったのか」
オータムの呟きは、錯乱するスコルピオには届かない。
ただ疲れ果てた目で、暴れ狂い自傷するスコルピオを眺めていた。
オータムのワンオフアビリティ〝アラクノフォビア〟の効果は、非常に単純かつ無慈悲なものだ。
人が持つ罪悪感、トラウマを掘り起こし、幻覚を見せて自傷させるだけ。
ただ、その幻覚が普通ではないだけだ。
「私、私の体が……?!!」
スコルピオの見ている幻覚がどんなものか、オータムには見えないし、興味も無い。
だが、どの幻覚も共通している事がある。
それは蜘蛛だ。
「お前、お前達は私が殺した! だから今更出てくるな! やめろ! やめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろ!! 私の体を食うな……!!」
人に対するトラウマ、罪悪感なら、その人間の顔をした蜘蛛が自らの体を食い破り、そのまま貪り喰われる。
食い破られ、貪られる痛覚も味わい、幻覚から逃れようと這い出てくる蜘蛛を払い除ける際に、自分で自分を傷付ける。
発動したら最後、タランチュラに噛まれ、三日三晩躍り狂ったという人々の伝説の様に、命尽きるまで自らを苛む幻と踊り続ける。
距離も護りも関係無く、獲物を蝕み殺す。凶蜘蛛の毒牙からは逃げられない。
「オータム、オータム、オータムっ……!!」
「ああ」
しかし、スコルピオとてただ者ではない。
オータムが現れるまで、スコルピオは亡国機業最強の座を欲しいままにしていた。
これはその矜持か、それとも命乞いかは分からない。分かる気もないが、スコルピオは狂乱の中でもオータムを認識し、絞め殺さんと俯くオータムの首へ手を伸ばした。
「ひっ!」
「よう、お前には何が見えてるよ」
そして見た、見てしまった。凶蜘蛛の毒牙による幻覚の中、その猛毒の源泉であるオータムの顔を。
「化け物、化け物め!」
「そうだよ。私は化け物だ」
スコルピオがオータムに何を見たのか。それはスコルピオだけにしか理解出来ない事だ。
だが、何を見たのかは想像に難くない。スコルピオの表情は自らを貪り続ける幻覚の蜘蛛よりも、今その命を掴んでいるオータムに恐怖していた。
「あ、あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」
正気を失ったかの如く叫び、自傷により破損した機体の機能の内、まだ無事であった小型クローでオータムの左腕を練り千切る。
「オータム!!」
「……終わりだよ。スコルピオ」
片腕を失い、全身に深い裂傷と毒に侵されたオータムに、勝利を確信したのか。狂気に染まるスコルピオの顔が緩むが、次の瞬間には苦悶の表情へと変わり、目や鼻、耳から大量の出血を始めた。
「オ゛ーダム゛」
「…………」
体中から赤色を垂れ流すスコルピオ、オータムは何も言わず装甲脚で手足を落とし胴を両断し首を刎ねた。スコルピオだった肉片は、二人が落ちたという穴から離れた無人機の山の中へと落ちていく。
「は……」
力が抜ける。いや、命が抜け落ちていく。
全身の傷と、左腕から赤い命がひたすらに抜け落ちていく。
そして、割れる様な頭痛。当たり前だった。稼働率が半分以下の状態で、ワンオフアビリティをあの出力で発動すれば、当然負担はパイロットに向く。
寒い、まだ秋だというのに冬の様に寒い。
オータムの体はゆっくりと崩れ落ちていく。視界が霞む。いや、まだだ。
「まだ、二人を……」
歩き出そうとした足は縺れ、オータムはとうとう倒れた。体はまだ動く。動け、動いて二人を、一夏とマドカを探せ。
あの子達が死ぬ筈が無い。
あの子達は幸せになるんだ。
あんな良い子達が幸せになれない筈が無い。
動け
動け
動け
動け
這いずって、手足が千切れてでも探し出せ。
「一夏、マドカ……」
掠れた声で、二人の名前を呼ぶ。
もう視界は霞んでよく見えず、耳も反響か耳鳴りか判別出来ない音の中に沈んでいる。
諦めるな。役目を果たせ。踏み台なら踏み台らしく、主人公に倒されて死ね。
「オータム姉……?!」
声が聞こえた気がした。気付けば体が完全に動かなくなっていた。
嗚呼、そうか。ここまでか。
「オータム姉さん!!」
「マドカ、機体のキャパは?!」
「まだ何とか余裕はある」
「死なせない。死なないでよ、オータム姉!」
最期の最期に、二人の姿を見れた。
死に際の幻でも、会いたかった二人に会えた。
嗚呼、よかった。怪我をしてるけど、ここまで来れたなら大丈夫か。
「いちか、まどか」
「喋らないで、オータム姉……」
「オータム姉さん……」
「 」
さようなら、私の大切なたった二人の弟妹達。
夢の様な時間をありがとう。