「あ、すみません。織斑です」
「ああ、はい。毎日ご苦労様です」
「いえ、あの姉は……」
「バイタルは安定してますし、きっと目を覚ましますよ。大丈夫、安心してください」
「はい」
一夏とマドカは病院に居た。
理由はあの日以来、目を覚まさないオータムの見舞いだ。
あの日、オータムは瀕死だった。IS三機分の生命維持機能を用いて、どうにか一命は取り留めたがまだ目を覚まさない。
死んだ様に眠ったままだ。
「兄さん」
「大丈夫だ。姉さんが死ぬ筈無い」
あの日、箒達に自分達の関係を説明するのはかなり苦労したが、オータムの事を思えばなんという事はなかった。
オータムが何を思い、何を考えてあんな事をしたのか。
千冬とスコールからそれを聞いた時は、流石に頭に来た。
どうして何も言ってくれなかったのか。
どうして一人で全部背負い込もうとしたのか。
記憶を封じられても、自分達は家族ではなかったのか。
いや、本当は解っている。
大切だから何も言わなかった。
大切だから一人で背負い込んだ。
大切な家族だから、たった一人で行こうとした。
オータムという姉は、そういう人だ。
だからこそ、
「マドカ、オータム姉が目覚めたら」
「ああ、絶対に許さない。いっぱいワガママ言ってやる」
一夏とマドカは、一つ決めている事がある。
オータムが目覚めたら、目一杯ワガママを言う。
水族館や動物園、映画館に連れて行ってもらうし、なんだったら夜通しドラマだって観よう。食事当番も決めて、たまに外食で高い店に行ったり、ドライブにも行く。
勿論、テーマパークにだって連れて行ってもらう。今度は辛い別れではなく、これからの思い出の為に。
その為の計画はもう立ててある。あとは、オータムが目覚めるのを待つだけだ。
「まずはテーマパークだ。夢の国に行くぞ」
「いきなりメインか。パレードは?」
「当然見る。場所取りだってやってもらう」
「オータム姉も大変だ」
「オータム姉さんだけじゃない。スコール姉さんにもやってもらう。私達を置いて行った罰だ」
二人は自分達を置いて行った。一夏とマドカはそれが許せない。その罰は、これからのワガママに付き合ってもらい清算してもらう。
「オータム姉、入るよ」
もしかしたら、返事があるかもしれないと、返事の無い病室の扉をノックする。
返ってくる言葉は無い。当然か。オータムはまだ眠り続けている。
少しばかりの落胆の息を吐いて、一夏が扉に手を掛けると、病室の中で何かが動く気配を感じた。
僅かな衣擦れの音と、何か急ぐ様な物音。
一夏とマドカは二人顔を見合せ、大急ぎで扉を開けた。
「オータム姉……!」
「オータム姉さん?!」
「あ……」
病室に飛び込んだ二人が見たのは、全身に包帯を巻き付け、点滴のチューブが繋がったまま、残った片腕で器用にカーテンとシーツを結び会わせて、窓から逃げ出そうとしているオータムだった。
「姉さん、何をしてるんだ……?」
「……あ? わざわざ敵の懐に入ったんだ。ちょっとばかし、やる事やってやろうかなってな」
オータムは二人の言葉に戸惑いながらも、亡国機業のオータムに徹していた。
オータムからすれば、二人は記憶を失ったままで、自分はまだ主人公の踏み台という役目を終えていない。
だから、その役目に徹しようとしていた。
そんな事はもう無意味なのに。
「もういい、もういいんだ。オータム姉」
「あぁ? 誰が姉だ? 私は亡国機業のオータム様だ。まさか、スコルピオの雑魚の毒で頭がイカれたか?」
「姉さん、スコール姉さんから全部聞いた。オータム姉さんが、本当の姉さんではないのに、私達の為に自分を犠牲にしてまで、私達を護ろうとしていた事も」
「……はっ! てめえらの絶望する顔が楽しみだっただけだ……!」
居丈高に悪辣な言葉を吐くオータムだが、言葉とは正反対にその表情は今にも泣き出しそうに歪んでいく。
理解していた。目覚めた瞬間、あの日に見た二人の姿は幻ではなかった。あの日聴いた声は、幻ではなかった。
二人は自分達を思い出した。
「私は亡国機業のオータムで、オータム姉なんかじゃねえ……!!」
「それでもいいよ」
「あ?」
「オータム姉が亡国機業のオータムでも、俺達は構わない。オータム姉がそっち側に行くなら、俺達も一緒に行く」
「ああ、そうだよ。私達はもう、置いて行かれたくない」
「う、あ……」
思い出した二人に迷いは無く、迷うオータムは言葉に詰まる。
オータムは一夏とマドカに、明るく暖かな場所で生きてほしいと願う。
その為に、オータムは自分を使い潰そうとしていた。なのに、二人はオータムが闇を進むなら、自分達も一緒に行くと言う。
自分は二人と一緒に居られない。
オータムは姉ではない。
オータムは本物ではない。
化け物は人間と一緒に居られない。
だけど、化け物のオータムは人間の一夏とマドカと一緒居たい。
隣で、側で、共に日々を過ごしたい。この願いはあの日々が見せる名残だ。
願ってはいけない願いだ。
「オータム姉、家族に偽物も本物もないよ」
「違う! 私は偽物で化け物なんだ!」
「違わない! オータム姉さんは本物で人間だ!」
「私は……っ!」
願うな。願えば叶わない。
叶ってはいけない。願ってはいけない。
願えば、この子達を闇の底に連れて行ってしまう。
この子達は、暖かな陽の下で生きるべきなんだ。
「オータム姉、これ」
一夏とマドカは、ポケットからあるものを取り出し、オータムの残った手にそっと握らせる。
それは、二人がオータムとスコールに贈ったペンダント。家族の証として、四人で一つの形になるペンダントは、チャームが二つ割れていた。
「このペンダント、俺達三人が意識を失った時に割れたらしいんだ」
「私達の代わりになるみたいに」
「あ……」
オータムは割れたペンダントを、それ以上壊れない様に抱いた。
嗚呼、そうか。オータムは何故か、この瞬間に納得出来た。
オータムの役目は、もう終わったのだ。
この子達は、もう護られる存在ではない。
これからは、自分の足で進んでいく。
だからもう、オータムは一夏とマドカには必要無い。
「そうか。なら、二人共……」
そう思って、別れを口にしようとした時だった。
「オータム姉、俺達には姉が居るんだ」
「そう、私達には三人の姉が居るんだ」
「……それは」
「一人は千冬姉、俺達の血の繋がった姉で世界最強の人」
「もう一人は、スコール姉さん。私達とは血は繋がってないけど、私達を見守ってくれた優しい人」
そして
「強くて優しくて、だけど少しだけ乱暴で泣き虫で、そしてすごく不器用な人」
「俺達の三人の姉さん。どうしようもなく不器用なお人好しな人。それがオータム姉だ」
「あ……っ!」
もう無理だ。
オータムはもう、二人の敵にはなれない。
もう、オータムは亡国機業の化け物であるオータムにはなれない。
全て、崩れてしまった。
膝を折り、残る目でペンダントを濡らしながら、嗚咽と涙の溢れる顔を片腕で覆い隠す。
オータムはもう戦えない。
戦う必要が無くなった。
「……帰ろう、オータム姉」
「私達の家に」
「……ああ! 帰ろう、家に……」
秋の終わり、冬が顔を見せ始める頃、三人は漸く再会した。
記憶を失い、不器用な優しさに呑まれ、理不尽な悪意に晒され、それでも三人はもう一度家族に戻れた。
それは奇跡か必然か。これを問う事自体が間違えているのだろう。
「お帰り、オータム姉」
「やっと帰れた。オータム姉さん」
「ああ、ただいま。一夏、マドカ」
その答えは、互いを慈しみ抱き締め合う三人だけが知っているのだから。
四つのペンダント
四つ合わせると、一つの家の形になるペンダント。
安い作りで、値段もそれなり。
一夏とマドカが、記憶を失っている時期にとある占い師から、半ば押し売り同然に購入した。
〝持っておきな。必ず、必要になるからね〟
あの占い師はそう言った。
このペンダントに、誰かの身代わりになる力なぞ有り得る筈無いのに