今回は今までとは少し毛色が違う話に?
目を開く。視界を確認する。最早見慣れた天井、見慣れた壁紙、見慣れた枕に布団。
動く。心臓、腕、足、慣れた動きで自分を確認していく。
ああ、慣れたものだ。この体で産まれて二十数年、毎日繰り返してきた。
何度も何度も繰り返し繰り返し、確認してきた事だ。
「………ム」
視野確保、身体確保、共に問題なし。
ああ、嗚呼、ああ…‥
音が聞こえる。足音だ。
軋る音が聞こえる。顎を鳴らす音だ。
誰の足音? 私だ。
「……‥タム」
誰の顎が軋る音? 私だ。
嗚呼、嗚呼、そうだ。私だ。
私の音だ。これは私の音だ。私だけが出す音だ。
ギチギチギリギリと、人が出せない音が、私の中から聞こえる。
「……タム」
じゃあ、人が出せない音なら、その音が聞こえる私はなんだ?
人か?
人に出せない音が聞こえるのに?
他人に聞こえない音が聞こえるのに?
私は人?
なら、仮に人なら、私の中から今にも漏れ出しそうなコレはなに?
「…ータム」
嗚呼、そうだ。これは蜘蛛の音だ。この音が聞こえる私は蜘蛛だ。
なら、目の前の獲物を狩らないと…
「オータム、寝惚けるのも大概にしなさーい」
「ぶえっ…‥!」
「……お目覚めかしら?」
「す、こーる?」
「はいはい、スコールよ。朝のお目覚め水鉄砲は如何かしら? んン?」
朝? お目覚め? 水鉄砲?
あれ? なんで私、濡れて?
「はい、おはよーございますー」
「うべっ…!」
鼻?! 鼻に水が入った!
「お目覚め?」
「…‥スコール、言いたい事は一杯あるけど、おはよう」
「はい、おはよう。ほら、顔洗ってらっしゃいな。…ひどい顔よ?」
「分かってる…‥」
視界に入る水滴を拭って、寝室から出る。ひどい顔、スコールが態々起こしに来て、態々そう言うなら、それはひどい顔なのだろう。
まだ薄暗い廊下を歩く。静かな寝息が二つ、重なって聞こえる。
嗚呼、良かった。二人には〝届いてなかった〟。
もし、二人に届いていたら、私は…‥、どうなっていただろう?
「はは、本当にひどい顔…」
二人には何があっても、絶対に見せられない。
この顔は、
「大丈夫、大丈夫、大丈夫…‥」
鏡を見て、言い聞かせる様に呟く。
大丈夫、私は大丈夫。私は二人の姉で、ただのオータムだ。
〝本当か?〟
それ以外の何がある。私はオータムで、一夏とマドカの
〝ニセモノの癖に〟
五月蝿い。
〝良い子ちゃんぶりやがって〟
五月蝿い。
〝ニセモノの良い子ちゃんぶりのバケモノ〟
五月蝿い…!
〝五月蝿い五月蝿いか。自分に対してひどい言い草だな〟
お前は私じゃない。私は私だ。私は
〝はっ、笑わせる。自分を
鏡が割れる音がする。甲高くて、堅い音が重なって重なって響いてる。
痛い。手が痛い。鏡の破片に、赤い色が溢れている。
罅に沿って、赤が流れ落ちて、私を隠していく。
「オータム、…こっちに来なさい。包帯巻くわよ」
赤に隠れた私が嘲笑う。私が私を嗤ってる。
「オータム、もう大丈夫よ。大丈夫、大丈夫だから…」
私は
赤い、紅い、向こう側で嗤らうお前は誰だ?
「貴方はオータム、私達の家族、あの子達の姉よ」
嗤い声が聞こえる。
私を嗤らう私の声が聞こえる。
「だから、大丈夫。貴方は貴方、オータムよ」
「わた、しは…‥」
「大丈夫、貴方はオータム。二人のオータム姉よ」
私はオータム、オータムだ。
そうだ。‥…私はオータムだ。ニセモノでも、二人の姉のオータムだ。
「落ち着いたかしら?」
「…‥うん」
「オータム、早く着替えてらっしゃいな」
そういえば、濡れたままだった。
水を含んで貼り付くシャツが気持ち悪い。
「今日は、ゆっくりしましょう」
「そうだな」
厚めに巻かれた包帯に四苦八苦しながら、貼り付くシャツを洗濯機に放り込む。
替えのシャツは部屋にある。
「あれ? 姉さん」
「…マドカ?」
「…! 姉さん、その手はどうしたんだ?!」
しまった。言い訳考える前に、マドカにバレた。
「オッケー、マドカ。落ち着け、ステイステイ」
「私は落ち着いてる。で、姉さん。どうして、朝から両手に包帯を巻いてるんだ?」
「あー、いや、そのだな?」
さあ、どうする? どうする私?
下手な言い訳は、マドカには通じない。一夏と違って、マドカは察しがいいから、言い訳次第では私の秘密がバレる。
……もし、そうなったら、私はどうする?
多分、いや絶対に耐えられない。
「あら、マドカ。起きたの」
「スコール、姉さんが」
「ああ、それね。オータムったら、寝惚けて洗面所で転んで、鏡割っちゃったのよ。手はその時に」
「姉さん、本当か?」
「お、おう、いや~、参った~」
スコール、ナイスー!
ちょっとばかり恥ずかしいけど、秘密がバレるよりましだ。
「ドジだな、姉さん」
「私だって、たまにはドジ踏むさ」
「そうなのか?」
「マドカは私をなんだと思ってるんだ?」
「スゴい人」
正直に照れる。なんの臆面も無く、真正面からスゴい人扱いされれば、余程の人間でなければ照れるに決まってる。
「スゴい人、か」
「姉さんはスゴいだろう?」
「そうかな?」
「そうだ。兄さんもそう言う」
多分とか、筈がつかないのは、流石というべきかな?
姉さん、マドカのそういう他人の意見に対しても断言的なの、少し心配になるよ?
「というか、オータム。早く着替えたらどう?」
「……姉さん、下着姿はよくない」
「…‥うん」
確かに、下着姿のままはよくない。
早く着替えないと、風邪引く。
「え?! なんで鏡割れて……!」
「ほら、兄さんも起きてきたぞ?」
「分かった分かった」
早く着替えて、洗面所片付けないと……
さあ、急ごう。
〝…………〟
大丈夫、もう聞こえない。
私はオータムで、二人の姉。
私は
もう聞こえないし、漏れ出ようとするものも無い。
オータムさん
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