仕事を終えて、オータムは一人帰路に着いていた。
最早見慣れた町並み、誰も彼もが今の平和を疑わず、満面の笑みで賑やかな夕刻の町を歩いている。
平和で綺麗で暖かで、優しい世界。オータムが一夏とマドカに遺したい世界が、そこには広がっていた。
しかし、それは無理だ。世界には争いが燻っていて、オータム一人でそれらを取り除く事は出来ない。
オータムに遺せるのは、その世界への片道切符だけ。
ただ、二人の背中を押して明るい、優しい世界へ足を向けさせる事だけだ。
こんな紛い物の幸せではなく、本当に暖かな本物の世界へ。
「……でも、今だけは」
今だけは、二人との幸せを願いたい。
こんな紛い物の化け物でも、それくらいは許されたい。
そう考えながら、オータムは少し疲れを感じ、目についたベンチに座った。
少しの間眺める町は賑やかで華やかな雰囲気に彩られ、活気に満ち溢れている。
ああ、そうだ。仕事で一週間も家を空けて、スコールに任せっぱなしになってしまっていた。
大きい仕事が終わったのだ。せっかくだから、何かケーキでも買って帰ろう。
オータムは立ち上がり踵を返し、商店の並ぶ通りへと向かった。
こうしていられる日々も、あと僅かだ。根拠は無いが確証はある。
なら、そのほんの少しの間だけは家族の真似事を続けよう。
そして、その日々が終わったら、終わったら……
「……元に戻るだけだ」
スコールと二人で戦いの日々に戻り、その中で自分は自分も役目を果たす。
噛ませ犬、踏み台としての役目。本来のオータムに戻って、二人と戦って消える。
だけど、二人に自分は殺させない。そんな十字架は背負わせない。
消える時は自分の手で消える。
そう決めている。
「ご注文はお決まりになりましたか?」
「ん? ああ、これとこれ、あとそれとあれを一つずつ。そうだ、ちょっとラッピングをしてくれないか」
「畏まりました。では、少々お待ちください」
ショーウィンドウに並ぶケーキは、二人が見たらきっとあれがいい、これがいいと賑やかになる。
オータムは、そんな雰囲気のケーキが箱に詰められるのを待ちながら、今度があるなら二人も連れて来ようと、そんな事を考えていた。
「お客様」
「ん?」
「ラッピングのリボンの方ですが、どちらに致しましょうか」
「ああ、そうだな。この赤いやつで頼む」
「畏まりました。では、申し訳ありませんが、もう少々お待ちくださいませ」
「ああ、構わない」
オータムが選んだのは、赤いリボンだった。リストを見れば、誕生日用のラッピングに使われるらしいが、誰の誕生日という訳もなく、オータムはただ目についたからそうしただけだ。
だが、この秋の終わりの時季に赤という色は映える。何故かそう思えた。
「お待たせ致しました」
「構わない。代金は」
「はい、全部で……」
代金を支払い、オータムは店を後にする。自分の手が直接触れない様に、手袋を着けた手で箱を持ち、二人は喜んでくれるだろうか。スコールは少し呆れそうだ。
そんな益体の無い事を考えながら、再び帰路に着いていたオータムだが、ふと何か気になった。
「なんだ?」
そこは狭い路地だった。
薄暗く湿り気が満ちた、この町の何処よりも見慣れてしまった世界。おおよそ、あの二人には似つかわしくない世界だが、オータムにはこれが当たり前だった。
だが、その路地に何がある訳でもなく、浮浪者も中毒者も転がっていない。あるのは、ひしゃげた空き缶が幾つかと建物の室外機、そして暇そうにしている猫がその上で寝ているだけ。
特に気にするものも無い。その筈なのに、何故かオータムはその路地に足を踏み入れた。
「…………」
何も無い。
当然かと、最後に路地の最奥に向かうと、そこには一人の女が、露店を構えていた。
「占おうか?」
女はしゃがれた声で、そう言った。
よくよく見れば、身なりはまだ若々しさを感じるが、指先や顔を隠すヴェールの隙間から見える肌は、年相応に皺が目立つ。
「……要らねえよ。ただの気紛れで来ただけだ」
「まあ、そう言いなさんな。開店一番の客はタダで見るって決めてんのさ。まあ、暇潰し程度に見られときな」
「……はぁ、手相か?」
「ああ、他にもあるけど、主は手相さ」
安い造りの丸椅子に腰掛け、手袋を外したオータムは占い師に右手を差し出す。
「……ほう? これは中々、険しい道を歩いてきたね」
「さっさと済ませろ。……家族が待ってんだ」
「はいはい、険しい道を歩いて、だがまだ険しい道を選ぼうとしている。いや、もう決めてるね」
「ああ?」
「もう何十年とこんな商いやってるとね。たまに来るのさ。あんたみたいに、誰かの為に自分を使い潰そうとしているのがね」
「なら外れだな。私は自分を使い潰そうなんざ思っちゃいねえよ」
あの二人がちゃんと幸せになれる様に、私が代わりに消えるだけだ。
「ふむ、外れかい。だが、あんたが選んだ道は修羅の道に変わりはない。自分の為ではなく他人の為に、己の全てを使う。あんた、迷いが無さすぎる」
「だからなんだ? 占い師が人生相談所のつもりか?」
「いや、そんな思い上がりは占い師には不要さ。私らは見たものを相手に伝える。そして、相手はそれを選ぶかどうかを自分で決める」
「……何が言いたい」
「後悔は無いかい?」
占い師の言葉に、オータムは一瞬静止した。
後悔なら在る。今もこの先も、きっと後悔の連続だ。
あの日、二人を拾わず千冬が来るのを待っていれば、二人はこんな化け物の元に居なくて済んだかもしれない。
もしかしたら、ナノマシンを取り除けて何も問題無く、元の生活に戻れたかもしれない。
そしてこの先、二人の傷にならずに自分を全う出来るのか。
不安と後悔、その中でもがきながら、それでもオータムは進むしか出来ない。
主人公に倒される敵、それがオータムだから。
「在るのなら、ちゃんと噛み締めな。ちゃんと前を見て、相手を見な。そして、後悔だらけの道を選ぶんだね」
「後悔の無い道じゃねえのかよ」
「どうやったって、あんたは後悔する。なら、撰んだ道踏み外さずやり遂げな。それだけが、あんたが救われる道さ」
「……はっ、言われなくてもそのつもりだ。それ以外に何を選ぶかよ」
二人が幸せになれる様に、二人が笑える様に、ちゃんと喜んで怒って泣いて楽しめる未来へ、その背中を押す。
その為にオータムは進む。
人間を愛した化け物が、人間にしてやれる事は一つだけ。
人間が生きていける様に倒される。
それだけだ。
「じゃあな」
「ああ、もう会う事も無いだろうて。だから、最後に一つ、老いぼれから助言さ」
「なんだよ?」
「……愛を間違えるんじゃないよ。私が言えたもんじゃないが、あんたの愛はちゃんと本物だよ」
「……うるせえよ」
占い師に視線を返さず、オータムは路地から出ていく。暇そうにしていた猫は既に居らず、日もすっかり落ちてしまっていた。
街灯と月明かりの下で、オータムは自分の手を見る。
「……大丈夫か」
手袋を外す。毒が残っているという訳でもなく、ただ二人が触れたり、食べたりするものに自分が直接触れたくなくなった。
それだけの事だったが、よく考えてみれば今までは直接触れていたのだ。気にする事でもなかった。
「はっ、我ながらどうしようもない」
月明かりに照らされて、オータムは帰路を進む。
もうじき終わる家族だが、今だけはこの暖かな世界に浸っていたい。
そのくらいの勝手は許されたい。
手に持ったケーキの箱と、見えてきた家の灯りを見比べて、オータムは柔らかな笑みを溢した。