よく使い方分からんけど
嗚呼、これは罰なのかもしれない。ニセモノがホンモノのふりをしている。その罰なのかもしれない。
「……神様、お願い、お願いだよ。私はどうなってもいいから、二人を助けて……」
苦しむ二人に何もしてやれない。
その苦しみを
その痛みを
その辛さを
その悲しみを
その全てを、私に向けてくれればいい。
私ならどうなってもいいから、どうか、どうかお願いです。
二人が苦しまない様に
二人が痛くない様に
二人が辛くない様に
二人が悲しくない様に
二人のその全てを、私に向けてください。
神様、どうかお願いです。
「二人を、一夏とマドカを助けて……」
「いや、ただの風邪だからね」
「でもスコール」
「でももストも無いのよ」
スコールが、熱に魘される二人のベッドから、ブツブツと呪詛の如く、あらゆる神に対する祈りを唱えるオータムを、無理矢理引き剥がす。
どうにかして、二人の傍に残ろうとするオータムだったが、一夏の呻き声を聞くと、瞬間的にベッドにしがみつく手を離した。
「あ、うあ……」
「……大丈夫、今のは貴女のせいじゃないわ」
落ち着かせる様に、オータムの震える手を握り、スコールはそう言い聞かせる。
オータムとは長い付き合いになる。だが、スコールはこの最近まで、オータムの本質に理解が及んでいなかった。
「ご、め……」
「ほら、二人共大丈夫だから、貴女はこっちで休みなさい」
そう言っても、オータムは二人から視線を外さない。
オータムの本質、根元とも言える部分には、強い愛、それも狂愛とも言える程に、オータムはそうと決めた相手に愛を贈る。
一種の依存と言えるそれだが、オータムのそれは相手を束縛するのでなく、自分から旅立たせる為の、親や親族のそれに近い。
「スコール……」
「医者にも診せて、薬も飲ませた。あとは二人が目を覚ますまで待つだけよ」
「でも……」
「でももテロもないわ。……痛みも苦しみも、共感は出来ても共有は出来ないのよ」
「あ……」
痛みも苦しみも、共感は出来るだろう。だが、そのいずれも本人にしか分からないもので、仮に共感は出来ても、人間は他人の感覚を理解出来ない。
結局、どれだけ親しかろうと、他人は他人でしかなく、人は人の感覚を共有出来ない。
人は、どれだけ慈しみ、大切に想おうとも、結局は他人でしかない。
「オータム、二人が目を覚まして、貴女が倒れてたら、二人はどう思うのかしらね~?」
「それは……」
「だから、貴女は休みなさい。今は私が二人を看ておくから」
そう言って、オータムを居間のソファーベッドに放り込むと、スコールは畳んでおいた毛布を渡す。
「スコール……」
「オータム、今の二人の支えは貴女なの。私じゃないの。分かるわね?」
「……うん」
ゆっくりと頷くと、毛布を頭から被り、団子の様に丸まって、少しするとオータムは動かなくなった。
僅かに聞こえてくる呼吸は、深くなっていて、流石のオータムも気を張りすぎていたのか、既に眠った様だ。
「そうね。二人の支えは貴女、私じゃないの」
あの特殊なナノマシンを、遊び半分で投与され、脳が破壊されず、二人の記憶を封じるだけに納まったのは、その前にオータムが二人を発見し、その後の対処が間に合ったからだ。
そして、二人がオータムを姉と慕うのは、記憶に蓋をされても尚、あの二人の根幹には〝強い姉〟の姿があるからだろう。
オータムを姉と慕うのは、無意識下であの千冬の姿を重ねているからだ。
彼女は、オータムは、それに気付いているのだろうか。
二人はそれを理解しているのだろうか。
そうだとしても、そうでないとしても、これ以上に残酷な事があるだろうか。
スコールは台所に立ち、愛用のマグカップにコーヒーを注ぐ。熱い湯気と共に、コーヒーの芳しい芳香が鼻を擽り、スコールは頭の中を占める考えを、一度リセットする。
「レイン……」
小さく、鼻を擽る芳香の中に消えていく程に小さく、嘗て死なせてしまった娘の名前を呼び、過去を思い出す。
返事は無い、ある筈がない。あの娘は死んだ。自分の愚かさ故に死なせて、今は三人をその手に抱えている。
あの愚かさを二度と繰り返さない為に、ただのスコール・ミューゼルは、亡国機業のスコール・ミューゼルとなり、その日々の中で体を置き換え、作り替え、脳や脊髄等の代替不可能な臓器や器官以外は、ほぼ全て人工物となり、確かに人であると自分ですら言い切れなくなってきた頃、まだ幼いオータムと出会い、そして死にかけた。
「……本当に驚いたわ」
ISが出始める前の時代、機械の体となったスコールに勝てる者は、ほんの一握りしか居なかった。その一握りの中に、幼くしてオータムは居た。
殺さなければ殺される。その時点で、スコールはこの幼い家無き子が、自分よりも強いと理解していた。
だが、殺し合いをしてきた年月は、スコールが上だった。経験という武器を頼りに、スコールはオータムを制圧し、後はその喉笛を引き裂くだけ。しかし、それは出来なかった。
スコールは子供を喪って、亡国機業のスコールとなった。そして、機械化していく己に、幾つかのルールを設けた。
その中の一つが、子供は殺さない。殺させない。
言うは易し、行うは難し。その言葉通りに、そのルールを守るのは困難を極めた。
結局は、自分は手を下さないだけで、殺さなかった子供は、何処かで誰かに殺される。
だが、それでもスコールは、そのルールを捨てられなかった。
「……オータム」
自分を殺さない相手を、不思議そうに見詰める目は、なにか不思議な色をしていた。何処かを見ていて、何処も見ていない様な、だけどしっかりとこちらを見定めている様な、よく分からない視線。
組伏せる腕を解いて、恐る恐る手を差し伸べてみると、ゆっくりとだがオータムはスコールの手を取った。
それから、スコールはオータムに、徹底的に自分の技術を叩き込み、そして自分を自分として確立する為のルールを、決める事を教えた。
「でも、まさかね」
ソファーで蠢く毛布団子を見ながら、スコールはコーヒー片手に、一夏とマドカの眠る部屋に足を向ける。
スコールはオータムが決めるルールは、非情なものになると、勝手に思い込んでいた。
それだけ、彼女が生きていた環境は非情で、情けや優しさは隙にしかならない。そう判断しているものだと、スコールはそう思っていた。
だから、オータムがスコールと同じルールを決めた時は、思わずマニキュアを塗る手が滑ってしまった。
「本当に驚いたわよ」
はっきり言って、スコールのルールは茨の道だ。
守りきれなかった事など、両手の指では足りない位にある。
だがそれでも、オータムはルールを変える事はせず、ルールを守り続けた。
これに、どれだけスコールが感謝し、そして呆れた事か。
「一夏、マドカ」
あの日、オータムが泣きながら二人を連れ帰ってきた時、とうとうこの日が来たかと思った。
子供は殺さない殺させない。単純明快に見えて、異常な程に難解極まりないルール。それを守りきれず、破ってしまう日。それが来たのだと、あの瞬間はそう思った。
「ありがとう」
だけど、実際はそうではなかった。オータムは泣きじゃくりながらも、この二人の命を繋いでみせた。
記憶を改竄され、偽りの家族だと、自分は偽物だと、そう言いながら、オータムは今も二人を守り続けている。
「大丈夫、安心しなさい」
上は今、二分されている。二人を利用する派と、利用しない派だ。
スコールとオータムは、そのどちらにも属していない。云わば、二人を守り何も知らない子供として、元の居場所に帰す派。
二人がどちらかに傾けば、亡国機業内のバランスは、一気にそちらに傾くだろうが、一夏とマドカの益にならないのであれば、所属する意味は無い。
「私達が必ず守るから」
汗ばんだ二人の額を、絞った布巾で拭う。
もし、レインが生きていたら、二人の姉の様になっていただろうか。
そんな益体のない事を考えながら、スコールは温くなった氷枕を代えようと、再び台所へ向かおうと立ち上がった時、一夏が一つの呻き声を挙げた。
「……ち、ふゆね……」
思わず、マグカップを落としそうになった。
嗚呼、とうとうこの日が来たのか。
スコールが息を吐いて、携帯端末から束の番号を呼び出そうと、端末を置いてある居間へ視線を向ける。
「……オータム」
「うん、大丈夫。二人を守るよ」
オータムが少しだけ悲しそうに、微笑んでいた。