「姉さん! 早く早く!」
「おいおい、病み上がりなんだから、少しは落ち着けって」
突き抜ける様な晴天だった。雲一つ無く、日差しも適度であり、ささやかだが風も吹いている。
絶好の行楽日和、はしゃぐマドカに手を引かれるままに、緩く短い坂道を登っていた。
「スコール姉、大丈夫か?」
「ええ、大丈夫よ。ほら、マドカ、オータム。チケットは私が持ってるから、私より先に行っても入れないわよー」
四人は有名なテーマパークに来ていた。
理由は一夏とマドカの快癒祝い、それで前々から来たがっていたテーマパークのチケットを、スコールが入手し、その来場を今日この日に合わせた。
「ほら、マドカ。スコールを待たないと、お目当てのジェットコースターだったかに乗れねえぞ?」
「う……」
そう言うと、マドカは言葉に詰まりながら、逸る足を止めた。
「はい、お待たせ。さ、行きましょう。一夏、マドカ」
「うん」
すぐにスコールが追い付き、マドカに手を伸ばすと、マドカはそっとその手を取る。
「オータム姉も、疲れるんじゃないのか?」
「はっ、舐めるなよ一夏。私はそんなに柔じゃない」
まだ、自分より身長の低い一夏の頭を、些か雑に撫でる。前は今よりもっと差があったが、今はもう本当に変わらなくなってきた。
マドカもだ。出会ってから一年近く経ち、スコールに追い付くかどうかというところまで来ている。
もう一年だ。一年も経てば、二人くらいの年頃は、どんどん変わっていく。
「ほら、ガキが無理に大人ぶるな。さっさと行ってこい」
背中を押し、手を振るマドカへ向けて、一夏の歩を進ませる。
「早く行かねえと、マドカが怒るぞ?」
「オータム姉、もう若干怒ってる」
「ほら、言わんこっちゃねえ。さっさと行きな」
優しく微笑み、オータムはスコールと並んで歩いていく。それはまるで、先に行く二人を見送る様だった。
「オータム姉、スコール姉?」
「ん? どうした一夏」
「……いや、なんでもない。それより、早く行こうぜ! マドカの奴、先に行っちまう」
「ああ……」
オータムは気の抜けた笑みを浮かべ、早く早くと急かす二人の後をスコールと並んで追った。
「遅い」
「そう言うなよ。大人ってのは、ゆっくり楽しむもんだ」
「意味が分からないぞ、オータム姉さん」
「……その内分かる様になるさ。大丈夫、お前らは私の家族なんだからな」
受付でチケットを渡し、四人はテーマパークへと足を踏み入れる。
今日はきっと良い日になる。二人にとって、最良の一日になる。
オータムはゆっくりと息を吸い、はしゃぐ二人を宥めながら、パンフレットの地図を広げた。
「早速だが、一番の山場に行くぞ」
「ジェットコースターか!」
「そうだ。空いてる今がチャンスってやつだ」
ニヤリと笑うオータムに、マドカのテンションが上がる。
今日の様な日は始めに山場を終わらせて、後は徐々に下がっていくに限る。
何事も終わる時は騒がしいより、静かな方がいい。その方が、一日の終わりを確かに受け入れられる。
「ほら、並ぶぞ」
「おう」
「うん」
オータムは歩いていく二人の背中を見ながら、本当に今日で良かったと思った。
「オータム姉、早くー」
「ああ、今行く。スコール」
「私はここで荷物を見てるわ。……楽しんできなさい」
「ああ」
今日この日、一夏・ミューゼルとマドカ・ミューゼルは織斑一夏と織斑マドカに戻る。
そして、スコール・ミューゼルとオータムは、二人の家族ではなくなる。
戻るのだ。二人は本当の家族の元に、二人は本当に居るべき闇の底に。
そして、オータムは本来の役目を果たす。主人公である織斑一夏の引き立て役、踏み台としての役目。
その事に後悔も恐怖も無い。あるのは一抹の不安、自分がちゃんと役目をはたせるのか。
いや、大丈夫だ。二人はちゃんと未来へ進める。その為に自分は存在する。
「さて、お前ら覚悟はいいか。ここのジェットコースターは結構有名だぞ?」
「ふん、私がビビる訳ない。私は姉さんの妹だからな」
「おう、そうだぞ」
「……はっ、終わった後が楽しみだな」
だからきっと、二人は幸せになる。
自分達とではなく本当の姉と暮らし、少し意地っ張りな子や不器用な子、ちょっと計算高かったり世間知らずな子達と出会って、笑ったり怒ったり、時々泣いたりしながら、幸せで明るい日々を過ごせる。
だからその日々に、自分達は要らない。
「あら、マドカ。顔が真っ青よ?」
「だから言ったろ? 覚悟はいいかって」
「うぅ……、まさかあんなに回ると思ってなかった……」
「早速だけど、ちょっと休むか?」
「そうねえ、少し早いけどお昼にしましょう」
暗闇も苦しみも寒さも、全て自分達の元に置いて、明るい暖かな場所で生きてほしい。
自分達の事なんて、思い出さなくていいから。
「名物があるらしいから、それでも食うか」
「名物か、なんだろう?」
「さて、それはお楽しみだ。おっと、そうだ。……風邪薬、飲んどけ」
「うえ」
「そんな事言わないのよマドカ。あなた達、一応まだ病み上がりなんだから」
生きて、幸せになれ。
お前達が笑っていてくれるなら、私は他に何も要らない。
嗚呼、でも、私も隣に居たいな。
そんな事、望んでいい筈ないのに。
「一夏、マドカ」
「どうしたたんだ? 姉さん」
「なに? オータム姉」
「……いや、なんでもない。そうだな、晩飯は帰りに食って帰るか」
「姉さん、まだ昼だぞ?」
「予定ってのは、前もって立てとくもんだぞマドカ。さ、そうと決まれば昼飯だ。まだお楽しみは続くぞ」
それでも、この化け物はお前達を手離したくないって思ってしまうんだ。
〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃
「姉さん……」
「……もう遅いからな。寝ちまえ」
「うん、そうする」
「ほら、一夏も眠いなら寝なさい」
「……分かった」
帰りの車内、サービスエリアでマドカが微睡む。
ごめんな、お前達が飲んでたのは風邪薬じゃないんだ。
あれは、お前達の記憶をちゃんと元に戻す為の薬で、あれは全部嘘だったんだ。
「……オータム姉」
「どうした?」
「……明日、朝飯どうする?」
「……そう、だな。シンプルにハムエッグとかどうだ?」
「いい、ね……」
「ああ、いいだろ。だから、寝ちまえ。寝て、起きたら、また話をしよう。今度はきっと良い日だからな」
「うん」
有難う。一夏、マドカ。
「……オータム」
「よう、織斑千冬」
「二人は?」
「寝てるよ。大丈夫、目を覚ましたら、私達の事なんかきれいさっぱり忘れてるさ」
ああ、それで良いんだ。私達の事なんか忘れて、本当の家族と幸せになる。
それで良いんだ。
でも、
「……なあ、織斑千冬」
「なんだ?」
「最後に一度だけ、二人の顔を見せてくれ」
「今までこの子達を愛し護ってきたのはお前達だ。別に構わない。だが、最後なんて言うな」
「有難う」
何も言わない篠ノ之束に運ばれて、二人の車で眠る二人。
顔色も寝息も、体温も全部大丈夫だ。大丈夫、二人はもう大丈夫。
だから、最後にこれを渡さないと。
「織斑千冬、これを」
「これは、ペンダントか?」
「私とスコール、そしてこの子達が持ってるので、一つの形になる。これを持っていってくれ。……万が一、私達の事なんか思い出さない様に」
「しかしお前、……分かった」
「ごめんな、面倒事押し付けて」
「面倒事ではない。……有難う、二人を愛してくれて」
有難うはこっちの台詞だ。
「一夏、マドカ」
隣に居ていい筈ない化け物に、隣に居させてくれて有難う。
こんな化け物の隣で、一緒に笑っていてくれて有難う。
こんな化け物を、人にしてくれて有難う。
愛しているよ。私の弟妹達。
こんな化け物を、愛してくれて有難う。
だから、さようなら。