雄英高校ヒーロー科 一年生 夏季強化合宿――――――
木々の生い茂る自然豊かな人里離れた山の中。
雄英高校ヒーロー科一年生の合宿はすでに三日目を迎えていた。
初日から森を妨害を受けながら合宿所まで走破するという洗礼をうけ、一晩休めたと思ったのも束の間。
翌日の早朝より、各々の個性を伸ばすという名目のもとで行われるもはやかわいがりともいえる訓練。
日ごろから鍛えているヒーロー科の生徒を疲労困憊に追い込むには十分すぎる内容だった。
加えて補修組は睡眠時間を削って授業を受けるなど、生徒たちの思い描いていた楽しい合宿は夢と消え、地獄の一丁目と化していた。
苦しくとも自らの血肉に変えるための厳しい鍛錬の場。
しかし、そこはすでに血の流れる戦場へと姿を変えていた。
「虎ぁ! ピクシーボブが! ラグドールが!」
雄英の合宿に協力しているヒーローチーム、ワイルドワイルドプッシーキャッツの司令塔マンダレイが普段の冷静さをかなぐり捨て、個性を使うことも忘れて、傷ついた仲間を腕に抱え叫ぶ。
傷ついているのは彼らだけでなく、十体もの脳無によって生徒たちも負傷者がでていた。
「くぅ、あぁ!!」
「マンダレイ! 貴様ッ!」
マンダレイもまた倒れ伏した。
それを見てプッシーキャッツきっての武闘派『虎』は下手人を睨みつけ吠える。
プッシーキャッツたちを無力化した下手人。それは改人“骸無”であった。
骸無は最初の奇襲により脳無の能力を把握できるラグドールを狙い仕留めた。
これで複数の個性を持つ脳無の優位性を確保し、続いて地形の操作をして有利な場を整えられる前にピクシーボブを倒した。
そして、全体に指示と情報を送り味方の連携を強化するマンダレイも倒す。
集団戦に於いて、厄介な個性を持つヒーローを優先的に仕留めることで、アウェイな場所で優位な状況を作り出した骸無。
生徒を除けば残っているのは直接戦闘に関わる個性ばかり。
多少戦闘能力が秀でた程度では、骸無にとって障害になりえない。
「バカな。我のキャットコンバットが通用しないだと!」
現に骸無は虎をいとも簡単に無力化して見せた。
自身の技をすべていなされ、あっさりとカウンターをくらい膝をつく虎。
驚愕に顔を歪めていると、骸無は何でもないように告げる。
「悪いけど、あなたの格闘術はもう攻略済みだよ。キャリア12年のベテランのヒーロー。それだけに戦闘記録は多かったからね」
「我を研究し尽くしただと? 短期間でそんなこと……が……」
意識を失う虎。
骸無は最後の言葉を聞いて不愉快そうにつぶやく。
「短期間じゃないさ。ボクは10年間ずっと見てきたんだ」
倒れたヒーローたちをあとに足を進める骸無。
戦況をみれば、雄英の生徒たちは二人の教師の指示のもと、なんとか脳無たちと渡り合っていた。
茨でできたバリケードを強固な盾で補強。補強の材料はテープだろうか?
巨大な氷結と炎上網で壁を作り、侵攻ルートを限定する。限定されたルートの地面はやわらかく沈み込む沼のような状態になっていて足の動きを奪う。ついでに、強酸と粘着質の球体が配置されてそれがまた足を止める。
即席の防御陣地を作り上げることで、負傷者を保護しながら応戦しているのはさすが雄英の生徒だ。
しかし、この程度の陣地など、骸無が参戦すれば崩れるもろい城でしかない。
それをさせないためには誰かが骸無の相手をする必要がある。
そして、その相手がだれになるのか、骸無はなんとなく予感していた。
「やっぱり来たね。かっちゃん」
「てめえ……!」
爆発音とともに現れた爆豪に骸無は仮面の下で目を細めた。
この場で自分を止めに来るのは彼しかいない。
そんな予感めいた思いが現実になって現れた今、骸無はなぜか期待感で胸が溢れそうだった。
高ぶる気持ちのまま、言葉を放つ。
「決着をつけようか。かっちゃん。この忌々しい腐れ縁も今日でおしまいだ」
「俺はてめえを止めるぞ。この役目はほかのだれにも譲らねえ!」
互いの気持ちをぶつけるように、お互い攻撃を繰り出す。
拳圧と爆風がぶつかり、衝撃波と土煙をあたりにまき散らしていく。
土煙から飛び出したのは骸無。続いて爆豪が飛び出してきた。
戦況は驚くことに爆豪が優勢で進む。
これは状況の後押しと、爆豪の気持ちが導いた結果だ。
襲撃直前まで行われていた個性強化訓練は、生徒たちを限界まで追い込むため自然と疲労がたまっていた。
それが現在の雄英側の苦戦の原因でもあるのだが、爆豪にとって必ずしもマイナスな効果だけではなかったのだ。
汗を流せば流すほど威力が増す「爆破」の個性。
個性強化のため十分な汗をかいていたために、いきなり最大出力を出すことができる状態になっていた。つまり、今の状態がベストコンディションというわけだ。
そして、幼馴染を止めると決意した爆豪はリスクを無視し、最大出力を連続でぶつけることで改人骸無相手に一方的な戦いを演じている。
最大出力で放つたびに手が痺れ、痛みが走る。汗腺に確実にダメージが蓄積されていく。
個性も身体機能の一部。酷使されれば当然疲弊する。
だが、爆豪にとって今はそんなものはどうでもよかった。
自分の痛みより、自分が痛みを与えた相手を救けたかった。
「出久、俺は、おまえに……」
渾身の思いをのせて最後の一撃を放とうとする爆豪。
「ガッ!」
しかし、その一撃が放たれる前に骸無は掌打の一つで爆豪を吹き飛ばした。
地面を転がり、土を舐める爆豪は痛みに呻きながら骸無がまったく本気でなかったことを思い知らされた。
「……なんだ。こんなものなのか」
地に伏した爆豪を見下ろし、骸無はつまらなさそうに言う。
「君と決着をつけるからにはボクも何かしら感じるものがあると思っていたんだ。僕が憧れ、憎んだ君だから。
でも意外だね。いざ戦ってみたら何も感じなかった。何も」
「出久、おまえ……」
「正直、どうでもよくなったんだ。君のことは」
『愛情の反対は憎しみではなく無関心である』そういったのは誰の言葉だったか。
爆豪が出久を救おうと強く思う一方で、骸無は爆豪への興味や執着を失ってしまっていたのだ。
それはある意味当然だったのかもしれない。
この場に立つのは、爆豪を憧れ憎んだ『緑谷出久』ではなく、対“平和の象徴”として作り上げられた『骸無』なのだから。
「さあ、さっさと終わらせよう」
片腕で爆豪の首をつかみ宙に持ち上げる。
左腕を貫手の構えで後ろに引き絞る姿は、くしくもUSJ襲撃の際の焼き直しのようだった。
だが、爆豪には抵抗の意思がない。彼の心は折れてしまっている。
なすすべなく貫手が爆豪の心臓を貫く。
その寸前に銃声が森に木霊する。
「クッ、この攻撃は……」
銃弾に腕をはじかれ、爆豪を取り落す。
そして続けざまに大音量の音撃と木の鞭が迫りくる。
それらを回避した骸無は忌々しげに吐き捨てた。
「ようやく登場か、ヒーロー」
スナイプ、プレゼント・マイク、ミッドナイト、エクトプラズムといった雄英の教師陣にシンリンカムイやMt.レディ、ギャングオルカ、ベストジーニストといった実力派のヒーローたちが救援に駆け付けたのだ。
味方の登場に、雄英生徒たちから歓声が湧く。
「うおおお! ありがてえ、助かった!!」
「想像以上に早い救援だ。まさか、この襲撃を予期していたというのか!? さすがは雄英高校だ」
鉄哲が歓喜の声を上げ、飯田が驚く。
それに答えるようにブラド・キングが吠えた。
「襲撃に、雄英が何も対策してないと思ったかヴィランども! ヒーローをナメるな!!」
ブラド・キングが述べた通り、雄英高校は情報が漏れていることをすでに織り込んで合宿の計画を立てていたのだ。
万が一に襲撃が起こった場合、逆に襲撃者たちを返り討ちにできるよう体制を整えていたのだ。
骸無のスペックと襲撃の規模が大きく、被害は出てしまったものの、雄英は万全の備えとして最高のカードを用意していた。
雄英の、いや、ヒーローの最高とは何か?
そんなもの、当然決まっている!
「もう大丈夫! 何故って? 私が来た!!」
最高のヒーロー、オールマイト以外にいるはずがない。
「さて、反撃の時間といこうか」
「嫌いだ」「憎い」と罵られるより、「どうでもいい」「興味ない」と言われた方が辛いと思うのですが、いかがでしょう。
爆豪と出久の因縁はこれで一区切りです。
次話の投稿は明日できるか分かりません。
出来るだけ早く投稿したいところです。
それではよろしくお願いします。