緑谷出久が悪堕ちした話   作:知ったか豆腐

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連続更新。
少し前にプロローグを投稿しています。


緑谷出久課題を出されました

 たとえ悪の組織といえど、ある程度の礼儀は必要らしい。

 無法者の言葉の通り、ヴィランたちは法に逆らう存在だが、それだけに相手の面子だとかプライドなんかは余計に大事にするものだ。

 来客――招かれざる客以外だ――が来たら茶と菓子くらいは出してもてなす程度のことはするわけだ。

 それなりに大切なことなのは間違いないのだが、果たしてこのための茶菓子の買い出しに、ヴィラン連合の最高戦力の一つである骸無が駆り出されるというのはいかがなものだろう?

 

「おかしい……人手は増えたはずなのに何故僕がこんなことを?」

 

 買い出しのため歩きながら骸無が愚痴る。

 おっしゃることはごもっともだ。

 戦闘用の改造人間を買い物に使おうなど普通は思わない。

 理性の無いバーサーカーに小さな乾電池を買わせに行かせるような発想のぶっ飛び方だ。

 タイミングが悪く、買い出しに行ける人材が骸無しかいなかったというところが骸無の運の無さであろう。

 ちなみにいうと、人がいないわけではないのだが、今までチンピラをやっていたようなヤツに高級な茶菓子を買わせに行かせるのは不安であるというのも骸無が選ばれた理由なわけだったり。

 

 本人としては、先日“先生”より出された「課題」について悩んでいる最中であり、余計な雑務としか言いようがない。

 まぁ、断ることもできないのでやるしかないのだが。気分転換と割り切るしかないだろう。

 

「黒霧さんのおすすめのお店はここか……ふーん、葛餅が有名なんだ……」

 

 スマホで店を検索し、HPを流し見る骸無。

 特に和菓子に思い入れもない骸無はあっさりとその店にすることを決めた。

 

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 期末試験を終えた解放感の残る休日。

 友人たちのショッピングの誘いを断り、轟は最近習慣となった両親へのお見舞いに行こうとしていた。

 

「母さん、何か欲しいものはあるか?」

『おまえが顔を見せてくれるだけでも嬉しいわ。でも、そうね。焦凍が良ければだけど、お父さんの好物を買ってきてくれないかしら」

 

 好物があればあの人も目を覚ますかも。 という母の頼みを電話で引き受ける轟。

 父親に対するわだかまりが消えたわけではないが、前に比べれば落ち着いて対応できるようになった。

 だから買ってくることに否はない。

 どうせ買うならおいしいものをと、思い、有名なお店を調べる。

 そう遠くない場所に良いお店があったので、その場所に決めた。

 

 

 

 有名和菓子店。

 グルメサイトでもジャンルで上位に掲載されるだけあって、店内は混雑していた。

 

「申し訳ございません。只今、大変混み合っておりまして、ご注文の品が出来るまでしばらくお待ちいただけますか?」

 

 少し並んで品物を頼んだら、渡されるまで時間がかかるという。

 仕方がないので注文番号を受けとり、待合室があるとのことなのでそちらへ足を向ける轟。

 向かった先で思わぬ出会いがあるとも知らずに……

 

 

「おまえは!?」

「轟……焦凍?」

 

 轟が待合室に入って目にしたのはヴィラン連合の改人・骸無。

 お互いに予期せぬ遭遇で驚くばかりだ。

 USJ、体育祭でさんざん苦戦させられた相手を前に警戒する轟であったが、骸無のほうが一手早く行動していた。

 

「やぁ、久しぶりだね。轟くん。こんなところで会うとは思わなかったよ。せっかくだから隣にきて話でもしようよ」

『騒ぎは起こしたくない。周りの一般人に被害を出したくなければおとなしくしてもらえるかな?』

「……ああ、そうだな」

 

 表面上は笑顔で語りかける一方、テレパス系の個性で轟を脅す骸無。

 周囲の民間人を盾にされては、逆らうこともできず、轟は骸無の隣に座り、小声で話し始めた。

 

「おまえ、こんなところで何してやがる」

「何って、お菓子を買いに来ただけだよ」

「聞いたところで正直に答えるはずもねえか。何が目的なんだ」

「……本当に買い出しなんだけどなぁ」

 

 目的を聞かれ、素直に答える骸無だったが、轟からの疑惑の目は消えず。

 まぁ、当然と言えば当然なのだが。

 悪の組織の戦闘用改造人間が和菓子屋で茶菓子を買いに来てるなんて誰が信じるだろう。

 

「来客用に必要なんだってさ。安物を出せば組織の面子に関わるとかなんとか」

「それにしたって戦闘用の改人にやらせる仕事とは思えねえが?」

「そんなのボクに言わないでよ。命令なんだから」

 

 どこかふてくされた様子の骸無につい、「大変なんだな」と呟けば、「うん、いろいろとね」と返事が返ってくる。

 ヴィランとの会話ということもあって、もっとピリピリとした内容になるかと思えば、いたって普通の会話になってしまっている。

 こうして話をしてみると、以前は化け物のような強さを誇っていた骸無も、まるで同年代の普通の少年みたいに感じる轟。

 そんな骸無がどうしてヴィランなんかやっているのか?

 そんな疑問が思わず口に出てしまっていた。

 

「なぁ、なんでお前はヴィラン連合に?」

 

 口に出してから無神経な質問だったと慌てたが、意外にも骸無はその質問に怒ることなく静かに語り始めた。

 

「ボクは〝無個性”だったんだ。そのせいで、昔からいじめられたり、苦しんだりしてきた」

 

 ヒーローになる夢を周囲から否定されたこと。

 ヴィラン連合に誘拐され、実験台になったこと。

 そのときに眠っていた個性に価値を見出されて改造人間になったこと。

 順番に、短くだが話していった。

 

社会(ヒーロー)はボクを必要としてくれなかったけど、ヴィラン連合(ここ)ではボクを必要としてくれて、力もくれた。だからボクはヴィランになったんだ」

「それは必要とされているとは言わねぇだろ。利用されてるだけだ」

 

 骸無の主張をキッパリと否定する轟。だが、骸無もすかさず反論する。

 

「初めから恵まれた個性をもって認められてきたキミには分からないよ。ボクがどれだけ他人から認められたいと望み続けてきたかなんて」

 

 拒絶の感情を滲ませて吐き捨てるように言う。

 周りの人間は自分を否定する人ばかりだったと告げる骸無に、轟は悲しいものを感じた。

 自分が他人から羨ましがられる立場にいることは分かっていたつもりだったが、こうして何も持たなかったことで苦しみ、ヴィランになってしまった人間を前にすると何も言えなくなりそうだった。

 そしてふと、骸無と顔見知りであるというクラスメイトの顔が浮かぶ。

 

『あいつも、こいつのことを否定する一人だったのか?』

 

 クラスメイトへの疑惑が頭をよぎるが、それよりも今は骸無を救けるほうが先決だと必死で言葉を探す。

 

「周りは否定する人間ばかりだって言ったよな。本当にいなかったのか? お前を認めてくれる人は。逆におまえが大事にしてた人はいないのか?」

「ボクの大事な、人?」

 

 自分の大事な人は誰か?

 轟からの質問に骸無は考え込む。

 かつての自分が大事にしていた人はいただろうか?

 

「分からない。大事にしていた人は……いた、ような気がする。でも、それが誰なのか、分からないよ」

「そう、か……」

 

 顔をうつむかせてつぶやく骸無に、轟は小さく頷いた。

 元来、口が達者というわけでもない轟にとって、こうした状況でなんと声をかければいいのかすぐには答えは出てこなかった。

 悩んでいるうちに、逆に骸無から声をかけてきた。

 

「ねぇ、轟焦凍。キミはどうしてヒーローを目指すの? 大事な人はいるの?」

 

 骸無が自分の中の答えを探すように投げかけた言葉を受けて、轟は少し考えてから言葉を紡ぎ始めた。

 

「ヒーローを目指した理由は、オールマイトに憧れて、その夢を家族が認めてくれたからだな」

「家族……エンデヴァーのこと?」

 

 父親がヒーローだから目指したのか? という問いに首を横に振って否定する。

 

「親父は俺をヒーローにさせたがっていたが、それは理由じゃないな。正直今でも親父が何考えてたのか分からねえけど。

 俺がヒーローを目指したのは、母さんが親父とは関係なくなりたいものを目指していいと認めてくれた……たぶん、それが始まりだと思う」

 

 そんな大事なことも最近まで忘れていたんだけどな。と、少し苦笑いをする轟の話を骸無は黙って耳を傾けていた。

 轟の話は続く。

 

 幼いころに父のせいで母が心を病んで自分に煮え湯を浴びせてきたこと。

 入院して会えなくなってしまった母にショックを受け、その原因になった父を憎み、ヒーローを目指す目的が父を見返すことに入れ替わってしまっていたこと。

 そして、最近、嫌われてしまったと思っていた母が自分のことを変わらず愛していてくれて、納得できないが、父も自分を大切に思っていてくれたこと。

 先ほどとは逆に、轟が順番に過去を話していった。

 

「自分でも何を言いたいのか分からなくなってきたが、俺が大事にしてるのは家族なんだと思う」

「そうか……家族か」

 

 骸無は自分の家族について思いを馳せる。

 骸無、いや、緑谷出久にとって家族といえば、真っ先に思い浮かぶのは母親だ。

 

 出久の母親は息子の夢を認めることは出来なかったが、それも出久のことを案じてのことだ。

 その証拠に、単身赴任でずっと家に居ない夫の分まで息子の面倒を一心に見てきたのだから。

 何より周囲が味方になってくれないなかで、自分のために本気で泣いて心配してくれる存在は大事な人といえるだろう。

 

 骸無が考え込んでいるところへ、轟が言葉を重ねる。

 

「俺も最近まで、大事なことを忘れてた。だが、ちゃんと思い出せて、こうして夢を目指している」

 

 だから、おまえも同じように大事なことを思い出して〝正しい道”に戻ってこられるはずだ。

 そう主張する轟に骸無も同意する。

 

「そう、だね。きっとそうだ。ああ、やっとわかった。自分の大事なモノ」

 

 満面の笑みで「ありがとう」と感謝を述べる骸無。

 轟が何かを返事するタイミングで商品が準備できた呼び出しがかかり、骸無は立ち上がって去っていく。

 

 それを見送った轟は、自分の言葉が骸無の心に少しでもよい影響を与えてくれることを願うばかり。

 

「“先生”、ようやく『課題』を終わらせられそうです」

 

 骸無が歪んだ笑みをしていたと知りもしないで。




おや? 骸無の様子が?


正直、轟くんは説得とか向いていない気がするんだ。
てか、焦凍くんに限らず、轟家ってコミュニケーション下手そうなイメージがある。

特に今回は最初から「もって生まれた人間」が、最初から「何もなかった人間」を説得するという難易度の高さだしね。

うん。無理!

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