緑谷出久が悪堕ちした話   作:知ったか豆腐

34 / 37
緑谷出久は呪いをかけました その1

 ――横浜市神野区

 

 商業施設が並ぶとあるビルの前は物々しい雰囲気に包まれていた。

 猫の子一匹逃さないと静かに包囲網を作るヒーローと警察官たち。

 警察の必死の捜査により、ヴィラン連合のアジトの場所、そして首魁である死柄木がそこに滞在する時間すらも調べ上げて今日、摘発へと踏み切ったのだ。

 雄英のOBをはじめとした歴戦のヒーローたち。武装した警察の精鋭たち。

 ヴィラン連合のアジトを壊滅させる準備はすでに整っている。

 

「DETROIT SMASH!」

「先制必縛……ウルシ鎖牢!」

 

 隠れ家的なバーへと偽装されたアジトにオールマイトとシンリンカムイが殴り込む。

 ヒーローの突然の登場に、中にいた犯罪者たちは慌てふためきだした。

 

「オールマイト!? なんでここに……」

「くそ! ヒーローどもめ!」

 

 綿密な計画の元に実行された摘発作戦によって、ヴィランたちはロクに抵抗もできず次々と捕まっていく。

 その中の一人に、最大の目標である死柄木も含まれていた。

 シンリンカムイの必殺技に拘束された姿のまま、オールマイトと対峙する。

 

「……ッ! オールマイトォ!!」

「観念しろ、死柄木弔。これで終わりだ」

 

 無抵抗を勧告するオールマイトへ死柄木は憎悪に染まった目で睨み返す。

 毛の先ほどもこのままおとなしく逮捕されるつもりなどないことが意思として伝わってくる。

 

「終わり? 勝ち誇るなよ、クズめ。もう勝ったつもりか?」

「おまえが何かするのを見逃すほど我々は甘くないぞ! 大人しくしていろ」

「見逃さない? ……ハハハ! 笑わせてくれるぜ、オールマイト。まるで節穴だァ!」

 

 オールマイトの言葉を嘲笑する死柄木。

 余裕ともとれる発言にオールマイトは警戒心を強める。

 

「それはどういう意味だ!?」

「俺はこれでもヴィラン連合の“リーダー”なんだぜ?」

 

 護衛が全くいないとでも思っているのか?

 

 そう死柄木の口元が弧を描いて嘲笑った瞬間、オールマイトの前髪が数本千切れ落ちる。

 警戒心を強めていたオールマイトが反射的に身を躱さなければ深手を負っていたと感じられるほど強力な蹴撃。

 その攻撃の余波だけで周囲の敵味方を吹き飛ばす、オールマイトを彷彿とさせる威力を放つことができる敵などそう多くはない。

 一撃でヒーロー優位の状況をひっくり返した人物。それは……

 

「よくやった、骸無」

「……“先生”からキミの撤退を補助するように命令されている。指示を」

 

 ヴィラン連合最高戦力が一つ、改人・骸無。

 脳無、身無たち改人を引き連れてこの場に現れ、死柄木を解放した彼はオールマイトの前に立ちふさがる。

 フルフェイスのヘルメットで表情は見えず、声音も無機質な印象を与える骸無の姿に、オールマイトは拳を怒りで震わせて叫ぶ。

 

「緑谷少年……死柄木弔! これ以上、彼に罪を重ねさせるな!!」

「ハンッ! 人聞きが悪いなァ。まるで俺たちが無理やりやらせているみたいな言い方だ。骸無、おまえの本心ってやつを見せてやれよ」

 

 オールマイトの怒りを鼻で嗤い、骸無に指示を出す死柄木。

 指示を受けて即座に戦闘にもつれ込む骸無とそれを受けて立つオールマイト。

 両者は、建物内を破壊しながら拳打の応酬を交わしていく。

 

『クッ、彼の相手は私がするしかない……皆、頑張ってくれ!』

 

 骸無の相手で精いっぱいで、他のヒーローや警察の援護ができないオールマイト。

 横目で見れば、彼らはすでに改人たちと戦闘を開始していた。

 死柄木は、骸無たちに時間稼ぎをさせて撤退している。

 今回の摘発で一番のターゲットを逃してしまった。

 悔しさで奥歯を噛みしめるが、状況はそれどころではなかった。

 敵味方入り乱れての乱戦だ。

 改人たちの相手をする仲間を案じるも、何とかしてくれることを信じて目の前の骸無に集中するしかない。

 この骸無も、いや、緑谷出久もオールマイトにとっては救けなければいけない一人なのだから。

 

「やめるんだ、緑谷少年! 君がこんなことをする必要はない!」

「……倒す」

 

 戦いながら説得を行うオールマイトだが、機械のように戦う骸無に表情をゆがめる。

 以前は見られた緑谷出久としての感情が見えてこないことに焦りと怒りを感じる。

 より強い洗脳を受けたのか、それとも……

 不安の影が心に差し込んでくる中、希望を捨てないオールマイトは“緑谷出久”の心に訴えるべく言葉を紡ぐ。

 

「緑谷少年、私は君に謝らなければならない」

 

 激しく戦いを続け、場所を移動しながらオールマイトが口を開く。

 それは過去を語り、自身の発言を謝罪するものだ。

 

「一年以上前のあの日、初めて君に出会った時のことだ」

 

 あの緑谷出久の運命が変わってしまった日の話を持ち出され、骸無の動きも思わず止まる。

 骸無が反応したことで手ごたえを感じたオールマイトはたたみかけるべく、言葉を積み上げていく。

 

「私は、君の抱える苦しみに気づかず、無思慮に言葉を投げかけた」

 

 苦し気な表情でオールマイトは当時の言葉を振り返って思う。

 

「今思えばなんと傲慢な言葉だっただろうか。私は、自分が恥ずかしい」

 

“夢を見ることは悪いことじゃないが、現実も相応に見なくてはな、少年”

 

 自分自身も無個性でありながら、この国には拠り所となる“柱”が必要だと、“平和の象徴”が必要だとヒーローを目指し、OFAを引き継いでNo.1ヒーローとなった。

 そんなかつての自分と似た夢を抱いた少年に投げかけた言葉としては、上から目線の、酷く冷たい言葉だった。

 別にオールマイトは間違ったことは言ってはいない。“無個性”がヒーローを目指すという危険性を考えれば当然の言葉であり、厳しい現実でもある。

 だが、10年以上苦しんできた少年の夢を否定する言葉としては、本当に最適な言葉だっただろうか?

 見ず知らずの少年で、事情も全く知らない相手だったとしても非情な言い方ではなかっただろうか?

 そう自問自答してみれば、答えはすぐに出た。

 知らず知らずのうちに傲慢になっていたオールマイト。

 だからこそ、何の力も持たないままヒーローたちが憶する中立ち向かっていった、誰よりもヒーローらしかった彼にその言葉を伝えなければいけないのだ。

 

「すまなかった、少年。そして、あの日伝えることができなかった言葉をもう一度言おう」

 

 USJ襲撃の時に一度伝えて以来のあの言葉を……

 

「緑谷出久。君は、ヒーローになれる!」

 

 かつて緑谷出久が欲してやまなかったその言葉。

 齢4歳の頃に“無個性”だと告げられたときから望み続けたその言葉を。

 ようやく待ち望んだ言葉を受けて、骸無はヘルメットを外し素顔をさらす。

 だが、俯いていてその表情は見えない。

 

「オールマイト……緑谷出久はヒーローになれるんですね?」

「ああ、そうだとも!」

 

 骸無からの問いかけに力強く頷くオールマイト。

 自分の言葉が骸無の心に響いたことを願って、オールマイトは願いを込めて彼を見る。

 

「なら、ボクももう一度問いかけます」

 

 そう言って伏せていた顔を上げ、オールマイトを見据えて言い放った。

 

「ボクは、緑谷出久は改造人間です」

「なッ! 少年!?」

 

 見つめる瞳は絶望で濁りきっている。

 かつての憧れのヒーローを前にして、いや、だからこそ絶望した表情で話を続ける。

 

「ヴィラン連合に人体実験にかけられて、骨を鋼に、筋肉も神経も臓器も、身体のあちこちを切り刻まれて改造されています」

 

 胸元に手を当てて、かつてと全く違うモノになってしまった自分の身体について語る。

 

「ヴィラン連合の作戦に従って、多くの犯罪行為をしてきました。……多くの人を傷つけ、殺しました」

 

 まるで、懺悔のような言葉。人を殺めた感触を思い出したのか、それを告げた時に拳をギュッと握りこむ。

 そして、一年以上前のあの中学生だったころのように、オールマイトに問いかける。

 

「こんな化け物(ボク)でも、ヒーローになれますか? こんな骸無(ボク)でも、あなたみたいになれますか?」

 

 何かを期待するように笑いながら、しかし、目だけは絶望に濁ったままで。

 骸無は、昔の緑谷出久ではなくなってしまった彼は問いかけるのだ。

 

“ヒーローに、あなたみたいになれますか?”

 

 一年と少し前にオールマイトに尋ねたように。

 十一年前に母親に尋ねたように。

 

 彼の言葉にショックを隠せないオールマイト。

 何かを伝えなければならない一心で口を開く。

 

「それは君のせいじゃない! 君は悪くない!!」

 

 ついて出たのは、そんなありきたりな言葉。

 悪に利用され、翻弄され、悪事を犯してしまった被害者を慰めるにはぴったりの言葉だ。

 かける言葉として間違いとは言えないだろう。しかし、

 

「オールマイト、それはボクの欲しい言葉じゃないよ……」

 

 目の前の少年だった存在にとって正解とは言えない。

 

 ちがう。ちがうんだよ。と、首を横に振る骸無は絶望していた。

 誰も、彼が望む言葉を言ってくれないのだから。

 今、ここで、それがたとえ嘘でも言って欲しかったのに。憧れていたオールマイトに言ってもらえればそれで満足できたのに……。

 

 オールマイトは、また言葉の選択を間違えたのだと自覚した。

 自覚したとてもはや手遅れなのだ。

 もう、オールマイトの言葉は骸無には届かない。

 

“私が来た!”

 

 と、オールマイトは言う。

 ならば、骸無はなんと答えるだろう?

 

「もう、ボクは欲しい言葉を待ち続けることに疲れたんです」

 

“待ちくたびれました” “遅すぎますよ”

 

 と、彼は言う。

 再びフルフェイスのヘルメットを装着する骸無。

 それはあたかも緑谷出久という存在を仮面で隠して骸無に成り代わったかのようだった。

 

「緑谷少ね――ぐッ!」

 

 なおも呼びかけようとするオールマイトだったが、骸無は聞く耳など持たず、攻撃を仕掛けてくる。

 油断を突かれて直撃を受けてしまったオールマイト。戦闘不能になるほどではないが、大ダメージだ。

 

「待つんだ、緑谷少年! 話を――」

「死ィッ!」

 

 身体的にも心理的にも鈍った動きを骸無が見逃すはずがなく、渾身の一撃が体の芯を捉えた。

 壁にめり込み血を吐くオールマイト。

 さすがのオールマイトもすぐには動けない。

 

「終わりです。これで!」

「ゴフッ! 待つんだ、少年」

 

 とどめを刺すべく骸無が拳を振り上げる。

 オールマイトは文字通り血を吐くような思いを込めて呼びかけるが、意に介さず骸無の追撃が迫る。

 かに見えたが――

 

 響き渡る爆発音。少し遅れて破壊をもたらす熱と風が骸無を横合いから殴りつけてきた。

 

「誰だ!? いや、この個性は……」

 

 数メートル爆風で飛ばされた体勢を即座に整えながら攻撃された方向に視線を向ける骸無。

 その下手人は即座に分かった。

 オールマイトとはまた別の、そして長い因縁の相手だ。分からないはずもない。

 

「爆豪、勝己ッ!」

「よお、出久。しばらくぶりじゃねえか」

 

 いつでも爆破ができるように掌を向けたまま、爆豪勝己は獰猛に笑う。

 雄英を飛び出してからろくに整備も出来ず戦い続けてきたからか、身にまとうコスチュームはボロボロだ。

 全体的に薄汚れており、布地の場所によっては破れてしまっている。

 装備もあちこち傷ができており、メインの防具でもあり武器でもある籠手は表面の塗装やメッキが剥がれてしまっている。

 そんなボロボロの状態にもかかわらず、彼の目は以前よりも危険な雰囲気を漂わせていた。

 

「爆豪、おまえ、何の用だ! なんでここにいる!?」

 

 仮面を被り感情を殺したはずが、なお抑えきれずに感情を漏れ出させる骸無。

 怒り、憎しみ。そんな負の感情を内包した殺意が爆豪に向けられる。

 一般人が耐えられないプレッシャーを受けながら、爆豪はここに来た目的を告げる。

 

「てめえを、止めに来た」

「ボクを?」

「ああ」

 

 思わず問い返した骸無に言葉少なく頷く爆豪。

 対する骸無の反応は、怒りだった。

 

「そうかい。なら、やってみろよ! 出来るもんならなァ!」

「できる出来ないじゃねえんだ! やらなきゃならねえんだよ!!」

 

 積もり積もった憎悪と悲壮な覚悟が、いま、ぶつかり合う。

 

 




対オールマイト戦でした。
「君は、ヒーローになれる!」って、ヒロアカでもかなりの重要なワードだと思うのでかなり意識したつもりです。
次回、vs爆豪。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。