緑谷出久が悪堕ちした話   作:知ったか豆腐

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緑谷出久は呪いをかけました その2

 ビルの天井から埃が舞い落ちる。

 建物が大きな衝撃を受けて揺れ動く。

 連続して起こる爆発音と破壊音がその戦闘の激しさを物語っていた。

 

「死ね!」

「チィィイ!」

 

 徹甲弾(A・Pショット)

 

 一点集中した起爆で破壊力を上げた必殺技を骸無に撃ち込む爆豪。

 コンクリの壁をも打ち砕く威力の攻撃を連射され、防御に回る骸無。

 改造人間の名は伊達ではなく、防御に回ったのは一瞬だけで、常人ならばノックアウトされてもおかしくない猛攻を受けながら反撃を繰り出した。

 

「この程度の攻撃でボクが倒せるとでも思ってんのかよ!」

「思ってねぇよ、バァカ!」

 

 骸無が個性で空気を固めた弾丸を放つ。

 が、爆豪はそれをすべて爆破で迎撃に成功する。

 空気という不可視の弾丸を撃ち落とせるその戦闘センスに、相手をしている骸無は苛立ちを隠せない。

 迎撃され、逸らされた弾丸が爆豪の周囲の壁や床を破壊していく様子からもかなりの殺傷能力を持たせた一撃だったことがわかる。

 それほどまでに骸無の爆豪への憎悪は深い。

 それゆえに、骸無の攻撃はさらに殺傷能力が高いものを、確実に、そして自分のその手で殺せるモノを自然と選択していく。

 

 “五指刃化” “関節回転” “筋力増強”

 

 鋭い刃物と化した右指を手首ごと回転させて、右腕を殺人ドリルへと変えながら強化した筋力で特攻を仕掛ける。

 人体を容易にミンチにするであろう攻撃。殺意に満ちた一撃だ。

 

「そォくるよなぁ、てめえは!」

 

 当たれば即死の攻撃を爆豪は驚異的な見切りによって薄皮一枚で躱しきる。

 雄英を出奔してから爆豪は対骸無戦闘を研究し尽くしてきたのだ。その結果がこの見切りへと繋がっている。

 紙一枚で躱された攻撃は決定的な隙を作り出した。

 

「死ねや!」

「しまっ――」

 

 骸無へと向けられた爆豪の両掌が真っ赤に灼熱する。

 

焼夷弾(テルミット)

 

 超高温の爆風が骸無を襲い、後方へと弾き飛ばす。

 爆風の衝撃、高温の熱によるやけど、燃焼により一瞬途絶える酸素。

 複合したダメージにさすがの骸無も膝をつきそうになる。攻撃を受けたその姿からも攻撃の凄まじさが垣間見える。

 

「ようやくその面ァみせたな、出久」

「……爆豪ォ!」

 

 割れたフルフェイスマスクから見せる瞳は、相変わらず憎悪に染まっている。

 だが、その目の観察力は濁ることなく爆豪の異変を見逃さなかった。

 

「そんな捨て身の攻撃をしてくるなんて……正気?」

 

 爆豪の両掌からは煙が上がっており、特殊繊維の焦げる臭いに混じって肉が焼ける嫌な臭いが漂っていた。

 確実に限界を超えている。無理、無茶、無謀である。

 

「ンなもん、てめえを倒せるなら安いモンだろーが!」

 

 が、爆豪にとっては考慮に値しない事柄だ。

 彼にはそうするだけの理由があるのだから。

 

「どうして、そこまで……」

「全部、俺のせいだからな。おまえが、そうなったなのは全部俺のせいだ! だから! 俺が止めなきゃならねえんだ!!」

 

 たとえ、自分の命に代えてでも。そんな覚悟を語る爆豪へ骸無は冷ややかに問いかける。

 

「それは、ボクを殺してでも?」

「……ああ」

 

 短く首を縦に振って肯定する爆豪。

 事実、先ほどの攻撃は命を奪うことを念頭にした攻撃だったのだから。

 

 ヴィランを止めるために殺害も厭わない。

 

 それはヒーローの考え方ではない。

 爆豪はヒーローになるという夢を諦めてでも、骸無を止める覚悟を決めていたのだ。

 

「なんだよそれ……ふざけるな!」

 

 もっとも、骸無からすればとうてい許容できないモノでしかなかったのだが。

 

「自分のせいだって言っておきながら、ボクを殺してでも止める? 馬鹿にしてるだろ! おまえ!」

 

 ひび割れた仮面をかなぐり捨てて爆豪へと殴り掛かる。

 当然、爆豪も迎撃をするが、骸無は個性を複数使い、高温への耐性や防御力を上げて、改造人間のタフネスに任せてがむしゃらに攻撃を仕掛けていく。

 

「いつまで自分の方が格上だと思ってるんだよ! ボクを殺せるつもり?」

 

 文字通り怒りをぶつけながら爆豪の傲慢さを指摘する。

 特攻じみた攻撃に爆豪は身を削られるように傷を増やしていく。

 

「そうやって見下してくる態度がムカつくんだ! いつもいつも、そうやって!!」

「ガッ!?」

 

 紙一重で躱し続けていた爆豪だったが、ついに直撃を食らって吹き飛ばされる。

 強化された蹴りがとっさにクロスした腕のガードごと爆豪を貫く。

 壁に蜘蛛の巣状のヒビを作り、その背を預けている爆豪へ骸無が近づいていく。

 

「これで終わりだよ。爆豪」

「グフッ。クソが……」

 

 ガードした腕は無残な状態だった。

 骨折こそしていないが、籠手は砕け散り、衝撃で痺れたように動かすことができない。

 両手が使えない、つまり個性が使えない爆豪に抵抗する余力はない。

 完全に詰みの状況だ。

 

「それで、最後に言い残すことはあるかな? 一応、幼馴染の誼で聞いてあげるよ」

 

 勝者の余裕からか、それとも最後の慈悲か。

 その心情は分からないが、言葉を投げかけてきた骸無に爆豪は口を開いた。

 

「おまえは、俺を殺せたら満足できんのか?」

「どういう意味?」

 

 意図が分からず問いを返す骸無。

 爆豪は自分の心情をさらけ出していく。

 

「てめえがそうなっちまったのは、全部俺のせいだ。だからおまえは俺を殺していい」

「なんの……つもり?」

 

 自分を殺す権利があると告げる爆豪に骸無は思わず動揺する。

 爆豪の言葉はまだ続きがあった。

 

「俺を殺せば、おまえの恨みは晴れるだろ? んなら、俺の命なんかくれてやる。だから、もう、これ以上、ヴィラン(そっち)にいんのはやめてくれ」

「君を殺して、全部終わりにしろって言うの?」

 

 頷く爆豪。

 それは懇願であり、懺悔であり、贖罪を求める言葉だった。

 緑谷出久が骸無という悪に堕ちたのは、すべて自分のせい。ならば、自分がすべて責任を負えばすべて解決する。

 そんな風に考えた結果の言葉だった。

 

 今まで見てきた彼からは想像ができない姿に、骸無の心がざわつくのを感じた。

 

「何を、言ってんだよ! ボクを殺してでも止めるって言ったり、自分が悪いから殺してくれって言ったり、無茶苦茶だ!」

 

 まず湧き上がってきた感情は怒りだった。

 自分勝手なことを言う爆豪への。

 そして――

 

「一番気に食わないのは……ッ! なんでおまえが辛そうな顔してるんだ!」

 

 何より悲劇のヒーロー面して自分に酔っているようにしか見えないことへの怒りだ。

 

「苦しかったのは僕だ! 辛かったのは僕だ! 痛かったのは僕だ!」

 

 命を差し出せば、勝手に気持ちが晴れて今まで出久が受けてきた苦痛がなかったことにでもなるとでもいうのだろうか?

 それこそ、自身の命に対する過大評価であり、骸無の恨み・怒りへの過小評価というものだ。

 出久にとってみれば、傲慢な考えだとしか感じられなかった。

 

「苦しくて辛くて痛くて! ……いつも泣いていたのは僕だ! なのに……それが何で君が泣きそうな顔してるんだよ」

 

 怒っているような、嘆いているような、泣いているような、そんな複雑な感情の波に心がぐしゃぐしゃにされる。

 これ以上、話を聞くことは耐えられないと感じた骸無は、心をかき乱す存在の爆豪を排除しようと動き出す。

 

「そんなに望むなら、殺してやる! もう、死んでよ、かっちゃん」

 

 拳を振り上げる骸無。

 だが、その行動は遅かったと言わざるを得ない。

 その拳を横から止める人物がいた。

 

「止めるんだ、少年!」

「オールマイト……」

 

 ダメージから復活し、ようやく動けるようになったオールマイトが二人の戦いに介入してきたのだ。

 爆豪への執着のあまり、時間をかけすぎた骸無のミスだ。

 タイミングは最悪だ。

 骸無にとっても、オールマイトにとっても。

 

「なんで止めるんですか? オールマイト。あなたもかっちゃんが正しくて、僕が間違っているって言うんですか!?」

「そうじゃない! 話を聞いてくれ、緑谷少年!」

 

 ヒーローとして人が殺されそうになっていたら止めるのは当然のことだ。

 正常な人間ならそう判断できる。

 だが、今の骸無は正常ではない。憎い幼馴染からの言葉に動揺し、混乱して精神状態はぐしゃぐしゃだ。

 だから、爆豪を殺害しようとした自分を止めたオールマイトの行動を……骸無は自分への否定に捉えてしまった。

 

「誰も僕の味方になってくれない。誰もボクを見てくれない! 誰も僕を救けてくれない!!」

 

 頭を抱え、悲痛に叫ぶ。

 もはや狂乱といっていいほどに錯乱している。

 

「違う、そんなことはない! 私は君の味方だ!」

「オールマイトに、僕の何が分かるって言うんですか!」

「少年!」

 

 オールマイトの手を振り払い後ずさる骸無。

 その背後にはワープゲートが出現し、その身を包み込んでいった。

 

「待て、待つんだ、緑谷少年!」

 

 引き留めようと手を伸ばすオールマイトだったが、虚しく空をきる結果に終わる。

 

 また、救えなかった。

 

 悔しさに震えるオールマイト。その背後で動く気配がした。

 

「どこへ行こうというんだい? 爆豪少年」

「どこへだっていいだろ。あいつがいないこの場にはもう用はねえよ」

 

 骸無がいなくなったことで立ち去ろうとする爆豪を呼び止める。

 当然、そのまま行かせるわけにはいかない。

 

「そうはいかない。骸無を追いかけるつもりのようだが、一体、彼をどうするつもりだ?」

「どうする……?」

 

 ヒーローでもない爆豪に骸無を追いかける資格はないことは置いておいて、その目的を尋ねるオールマイト。

 理屈をぶつけるよりも、爆豪の内心を知るべきだとの判断からだった。

 どんな言葉がでてくるかと身構えるオールマイトだったが、その返事は予想外のものであった。

 

「俺は……俺は、どォすりゃいいんだ?」

「爆豪、少年?」

 

 彼の口から出てきたのは弱々しい言葉。

 憧れのヒーローを前にしたからか、それとも幼馴染からぶつけられた感情に影響されたからか、耐えきれなくなったように弱音を吐き出していく。

 

「俺の言葉がアイツを傷つけた。俺がアイツを追い詰めて、人殺しまでさせちまった。全部、俺が悪いんだ。だけど、ンなもん、どうやって償えばいい?」

 

 その姿は、己の犯した罪の重さに震える咎人そのものだった。

 

「俺よりもアイツの方が強え。俺じゃ、アイツを止められねぇ! 俺のせいなのに、何もできねえ! なら俺が命を差し出せば終わるのか? あいつは満足してくれンのか? もう、どうすりゃいいのか、分かんねえんだよ!!」

 

 客観的に見てチグハグに見えた爆豪の行動の理由がこれだった。

 本人もどうすればいいのか分からないまま、罪の意識に悶え苦しんでいただけなのだ。

 爆豪の慟哭を受け止めるオールマイト。

 

「爆豪少年。一つ言えるのは、自分の命一つ差し出して償える罪なんてないんだよ。罪とは、生きて背負っていくものだ」

「なら、なら、どうしろってンだよ!?」

 

 あえて厳しい言葉を投げかけるオールマイト。

 下手な慰めよりも、そちらの方が良いと思ったのだ。

 爆豪の考えは、明らかに間違っているのだから。

 

「どうしたらいいか。それはいたってシンプルだよ。……緑谷少年に一言、しっかりと謝ることさ」

 

 自分のしたことが悪いことだったと自覚したのなら、まずは謝罪することだと諭す。

 いたって当たり前。当然のことだ。

 

「なんだよ、それ。俺のしたことは謝って許されることじゃ――」

「許されるために謝罪はするんじゃない。自分の反省を心から伝えるためにやるんだ」

 

 自分のしたことは許されることじゃない、無意味だと反発する爆豪の言葉を遮り、オールマイトは強く言葉をかける。

 許す許さないは相手が決めることであって、謝罪する側が判断することではない。

 だが、その謝罪がなければ許す許さないの前提に立つことも出来ない。

 爆豪はスタートラインにすら立っていなかったのだ。それで、相手を止めるだとか、命を差し出すだとか、見当違いも甚だしいわけで。

 

「もう一度、緑谷少年と話をしなきゃな。そのためにも、彼を連れ戻さなければならない」

「俺は……俺はッ!」

「彼は私たちが絶対に取り戻す。君はもう一度彼と話せるまで、待っているんだ」

 

 これ以上、ヴィジランテの真似事をさせないように説得していくオールマイト。

 しかし、爆豪はもともと大人しい性格はしていない。言われて聞くようなキャラなどではない。

 

「それでも、俺の責任なんだよ。オールマイト。だから、アイツを見つけるのも俺がやらなくちゃいけねえんだ!」

「おい、爆豪少年! グッ、シット! こんな時に制限時間が」

 

 走り去る爆豪を追いかけようとして制限時間を迎えてしまったオールマイト。

 その背を見送り、無力に拳を握る。

 

「私はまた、彼らを救えなかった……いや、まだだ。まだ諦めるものか!」

 

 顔を上げるオールマイトの瞳には、覚悟が映し出されていた。

 




感想の中でも多くの人が言ってますが、とにかく、爆豪は謝罪するべき。というお話でした。
なんか、皆精神的に追い詰められてるなぁ……

次回、撤退した死柄木達を追いかけて新たな敵アジトへ殴り込むオールマイトたち。
姿を現すのは……裏社会の帝王、“AFO”!!

投稿にはもうしばらく時間がかかります。
気長にお待ちください。

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