緑谷出久が悪堕ちした話   作:知ったか豆腐

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あけましておめでとうございます。

まさか、1万字こえると思わなかった(汗)


雄英体育祭襲撃事件編
緑谷出久は体育祭に参加しました


 雄英体育祭。

 日本において、個性の存在が一般化して形骸化してしまったオリンピックに代わるビッグイベントだ。

 先の襲撃事件を考慮し、警備のヒーローたちを増員して行われた今大会。

 

 襲撃事件を乗り越えたA組はもちろん、同じヒーロー科のB組、ヒーロー科編入を目指す普通科、そして企業からの注目を得たいサポート科の生徒たちも気合を入れて臨んでいた。

 とくに普通科は、ヒーロー科のA組が1人、初日に相澤によって除籍されているため空きがあるため、好成績を残せば編入の可能性が高いこともあって熱気にあふれていた。

 

 そんな熱い思いが交差する体育祭は、当初の心配をよそに最終種目を迎えようとしている。

 第一種目の障害物競走ではA組19名、B組20名とヒーロー科全員が通過を果たし、普通科からも2名、サポート科から1名が第二種目進出している。

 1位はA組の轟焦凍。2位の爆豪とのデッドヒートの末、僅差でトップの座を勝ち取ったのだった。

 

 第二種目の騎馬戦。

 ここでも轟焦凍が力を示した。

 1位の1000万ポイントを狙われるも、上鳴の放電と自身の凍結で相手を拘束。氷の城砦を築き、八百万の迎撃装置で最後までポイントを守りきった。

 2位で進出したのは心操チーム。心操の個性により、2位をキープしていた鉄哲チームのポイントを競技終了間近で奪い、進出。

 3位進出は爆豪チーム。一時ポイントを物間チームに奪われるものの、途中で奪い返すのみならず相手のポイントをすべて強奪した。

 4位は青山チーム。轟の攻撃により動けなくなったチームを、麗日の個性と発目のサポートアイテムで空中から襲撃。ポイント確保後は、常闇の個性である黒影が防御にまわり時間いっぱいまで耐えた。

 

 そして、最終種目の1対1の直接バトル。

 心操チームの尾白と庄田が棄権して、鉄哲と塩崎がエントリー。16名によるトーナメントが行われる。

 

 

 ――――はずであった。

 

 

 =================

 

「ちっ、電波ジャックだ! システムを確認しろ! これ以上放送させるな!!」

 

 放送席の相澤から指示が飛ぶ。

 

 レクリエーションを終え、最終種目の開始時刻となりトーナメント表が表示されるはずだった巨大スクリーンは乗っ取られて別の映像を映し出している。

 スクリーンに映るのは掌を模したマスクの男、ヴィラン連合のリーダー・死柄木弔である。

 

『やぁ、会場にお集まりの方々、そしてテレビをご覧のみなさん。俺は死柄木弔。ヴィラン連合のリーダーだ。前回、雄英高校を襲撃したのは俺たちだ。そして、今回この場を借りて伝えたいことはただ一つ。

 

 ……宣戦布告だ。

 おまえたちが安全盤石だと思っているこのヒーロー社会が、おまえたちが信じる“正義”とやらがいかに脆弱であるか暴いてやる。

 そして見せつけてやろう、俺たちがどれだけの力を持っているのかをなァ。

 

 さァ、ショータイムを楽しんでくれ』

 

 マスク越しにニヤァと笑う死柄木がそう告げたあと、映像が途切れる。

 そのかわりに会場のあちこちから黒い霧のようなワープゲートが出現して、そこから飛び出してきた化け物が人を襲い始めた。

 脳がむき出しで多腕や多眼などおおよそ人の姿からかけ離れた姿の改人・脳無。

 その恐ろしげな姿に、一般人のいる観客席はパニックに陥った。

 

「民間人の救助を優先しろ! 戦えるヒーローはチームを組んで、ぐあっ!」

「おい、大丈夫か! くそ、増援だと!?」

 

 その場にいたヒーローが動き出そうとしたところで、ワープゲートから新たな敵が現れる。

 その姿は人型ではあるが、プロテクターのついたジャンプスーツの戦闘服(コスチューム)にフルフェイスのマスクが不気味な印象を与えている。

 

「なんなんだ、こいつら。訓練された動きだぞ!」

「気をつけろ、すごい力だ。全員、増強系の個性持ちか!?」

 

 1体だけでなく、複数人で連携して攻撃を仕掛けてくるヴィランたち。

 その正体は、対ヒーロー用改人2号・身無(しんむ)である。

 

 身無の妨害により、思うように動けないヒーローたち。

 

 

 

 その場にいたNo.1ヒーロー・オールマイトもまた、足止めをされていた。

 

「くぅっ、ただ者じゃないな、君たち!」

 

 攻撃をガードし、呻くオールマイト。

 その周りを囲むように戦闘服(コスチューム)を纏った改人たち5人が各々拳をかまえている。

 

「くっくっく、そこいらの奴らと一緒にするなよ。オールマイト」

「我々は対オールマイト用に選出され、訓練を受けた」

「特別な改人、コマンドー・チームである! おぬしの命運もここまでじゃ!」

 

 改人・身無の強化バリエーションチーム「コマンドー・身無」。

 通常の個体より強化され訓練を受けた彼らはいわゆるエリート部隊だ。

 対策に対策を重ねた彼らは、生きる伝説オールマイトを前にしても物怖じすることなどない。

 

「私対策……か、だからどうした! 私がいままでどれだけのヴィランを相手にしてきたと思っている!!

 そんなことを言ってきた輩は今までたくさん見てきたものさ」

「チィィ、吼えるな!」

 

 鋭く眼光を光らせ、5人相手に啖呵を切るオールマイト。

 その言葉を合図に戦いが再開した。

 

 正拳・蹴り・手刀・タックル・エルボー

 

 次々と襲いくる5人のコンビネーション攻撃を身体スペックと長年の経験から捌ききり、隙を見て反撃をするオールマイト。

 めまぐるしく拳や蹴りが相手を破壊するべく振るわれる嵐のような攻防のなか、オールマイトは違和感を感じた。

 

『あれだけ自信満々に言っておきながら、たいした攻撃は仕掛けてこない。むしろ彼らの動きは防御に力点を置いたような……まさか!?』

 

 身無の一人に向けて拳を放つオールマイトであったが、相手は空手の廻し受けのような動きで攻撃を受け流す。

 その動きを見てオールマイトの予測していた相手の意図は確信に変わった。

 

「君たち、私と勝負を決めるつもりがないな!」

 

 オールマイトの言葉に身無たちはクツクツと笑いだす。

 

「ククッ、気づいたかオールマイト」

「カカッ、我らは耐久性を強化され、防御を重点的に訓練を受けてきたのじゃ」

「そう、我々の得意とする戦いは持久戦」

「さてさて、おめえさんの限界時間はどのくらいだぁ? オールマイト」

「この戦い、ワタシたちは総力を持って持久戦を続けるとしよう……おまえが真の姿(トゥルーフォーム)を晒すその時までな!」

 

 オールマイトの限界時間の弱点を突く作戦。

 この戦いは身無たちにとって勝つ必要がない。なぜなら、オールマイトの足止めさえできれば勝ちが転がり込んでくるのだから。

 

 会場に、平和の象徴(オールマイト)はまだ来ない……

 

 

 

 ====================

 ――――1年生 体育祭会場

 

 本来ならば生徒同士が栄冠を目指して競い合うはずであった舞台は、ヴィランとのデスマッチの場と化していた。

 主審のヒーロー「ミッドナイト」と副審「セメントス」を倒し、舞台に立つ骸無。

 その目は次の獲物、トーナメント進出者の生徒たちに向けられている。

 

「さて、邪魔なヒーローは片付けた。死柄木くんの指示なんだ。君たちには悪いけれど、生贄になってもらうよ。

 ヒーローを目指すものがどんな末路を迎えるのか、我々、ヴィラン連合に楯突くことがどんな結末を呼び込むのかを見せつけるための……ね」

 

 冷徹に敵意を向けてくる骸無に怯える生徒たち。

 その中から1人、骸無に向けてまっすぐに飛び出した者がいた。

 

「デェェェクゥゥゥ!!」

「また君なの? かっちゃん」

 

 叫び声をあげながら突進する爆豪。

 それを呆れた様子で受け止めた骸無は、軽々と爆豪を放り投げて告げた。

 

「本当にしつこいね。でも、君がボクを執着するなんて……気に入ったよ。なら君を殺すのは最後にしてあげるね」

 

 だから、それまではこいつらと遊んでて。

 と、骸無の合図で身無が新たに2体現れ、爆豪に襲い掛かる。

 

「ハァー」

「チッ、離せや。このクソ雑魚が!!」

 

 組み付いてくる身無と戦闘を開始する爆豪。

 戦いながらその場を移動していく姿を見送った骸無は残りの生徒たちに目を向ける。

 その時には、もう既に平静を取り戻したヒーローの卵たちが戦闘準備を整えていた。

 

「真っ先に突っ込んでいった爆豪の男らしさには負けられねえぜ!」

「おめェの好きにはさせねえぞ!」

 

 先陣を切ったのは切島・鉄哲の硬鉄コンビ。

 共に前衛向きで、似通った個性を持った2人は息も合うのか、流れるような連携技で格闘戦を挑んだ。

 硬質化した腕の斬撃に、鋼鉄のハンマーのような拳の攻撃。

 普通の相手ならば当たればダメージは確定である。

 が、相手は対ヒーロー用の改人・骸無。たかだかヒーロー科の1年生の攻撃などあしらうことなど容易いものだった。

 

「遅いし単純な動きだね。そして、硬質化の個性といえど弱点はある」

「痛え!」「クソォ、離しやがれ」

 

 腕をつかみ捻りあげ、あっという間にサブミッションホールドで二人を取り押さえてしまった。

 痛みに身をよじる切島と鉄哲。硬化による打撃・斬撃に耐性はあっても、極め技は防げない2人の個性を分析して対処を行う骸無。

 その2人を助けるために仲間たちが遅れて動き出した。

 そのうちの一人は、麗日お茶子だ。

 

「触れてしまえば!」

 

 麗日が骸無に手を伸ばす。

 触れてしまえば無重力で相手を無力化できる個性ならば、いくら力量差があれど逆転できる。

 そう思い、背後に密かに回り込み奇襲をかけた麗日であったが、骸無に気が付かれてしまっていた。

 

「どわあああ!」「うおおお!」

「浮かす個性……これは危ないな」

「くぅ、離して!」

 

 両手に拘束していた2人を数メートル投げ飛ばし、麗日の両腕をつかんで止める。

 身体スペックだけでなく、その場の素早い状況判断も骸無の脅威の一つだ。

 両腕を拘束したまま骸無は分析を続ける。かつて“緑谷出久”だったころのように――――

 

「触れる必要のある個性……死柄木クンみたいだな。彼みたいに五指で触れる必要があるんだろうか? この肉球が個性のカギ?」

「ひ、人の手えじろじろ見てブツブツと!」

 

 腕をつかんだまま考察を始める骸無に、麗日は薄気味悪さを感じた。そして、次の骸無の言葉で恐怖に凍りつく。

 

「――――無力化するには……指を切り落とせば使えなくなるかな?」

「ヒィッ!」

 

 冷静に指の切断をほのめかす骸無に麗日の表情が恐怖にひきつる。

 感情を感じない言葉に、麗日は目の前の人物が人間とは別の生き物のように感じてしまった。

 

 思わずへたり込む麗日のもとへ仲間たちが救けにはいる。

 まず動いたのは常闇と塩崎の2人。

 塩崎の茨が骸無の腕に巻き付き、常闇の黒影が麗日を救出した。

 骸無は茨の拘束は即座に抜け出したが、それでも数瞬の隙が生まれてしまっている。

 その隙をついて骸無へ反撃に出たのは芦戸・青山・八百万たち。

 

 強酸

 レーザー

 銃弾

 

 いずれも中遠距離からの攻撃だ。

 強酸のシャワーを躱し、輝くレーザーを潜り抜けたものの、最後は八百万が作ったマシンガンの銃弾に直撃を受ける骸無。

 

 ガガガッ!

 

 と、鈍い音を立てて弾丸が骸無のコスチュームをはねる。

 しかし、衝撃に一・二歩ほど後ずさったものの、その体に大したダメージは見受けられない。

 それもそのはず。撃ち出されたのはゴム弾だったのだから。

 

ゴム弾(こんなもの)じゃボクは倒せないよ。ボクを倒したいなら殺す気で、鉛玉くらい使わないと」

「ヒーロー志望相手に殺す気でとは、無茶を言ってくれますわね」

「撃たれたよね!? 撃たれたのに全然効いてないなんて化け物だよぉ……」

 

 骸無の言葉に顔を歪める八百万と思わず弱音を吐く芦戸。青山は恐怖のあまり萎縮してしまっている。

 怯える3人を救けるためにほかのメンバーが攻撃を仕掛けた。

 

 パシュッ

 

 という射出音とともにワイヤーが飛び出し、骸無の右腕に巻き付く。

 ワイヤーを辿った先にいたのは上鳴電気。サポート科の発目のアイテムを腕に装備した彼は、骸無に向けて不敵な笑みを浮かべた。

 

「ヘヘッ、これなら俺の攻撃にみんなを巻き込まずに済む。この状況なら俺は……クソ強え!」

「ぐっ!」

 

 ワイヤーを通して電気が流れ込み、骸無が苦痛にうめく。

 電気ショックにさすがの骸無も動きが止まった。そしてその隙を狙えるくらいに雄英のヒーロー科は経験を積んでいる。

 

「上鳴、ナイス!」

 

 瀬呂がテープの個性ですかさず拘束。上鳴の攻撃に巻き込まれないようすぐさまテープを切るのも忘れない。

 上鳴・瀬呂と続いたコンビネーション。

 その後に続いたのは、

 

「これで決めるぞ! トルクオーバー……“レシプロバースト”!!」

 

 頼れる委員長、飯田天哉。

 個性を暴走させて威力を増すリスクの高い必殺技を使いこの場を決めにかかる。

 体に蹴りが突き刺さり、高速移動の勢いがそのまま破壊力となって骸無を襲う。

 蹴りの反動で後方にコンクリートの地面を転がる骸無。吹き飛ばされた距離は数メートルにおよぶ。

 地面に這いつくばり、身体に土をつけられた。だがしかし、それで終わるほど甘い相手ではない。

 

「この程度、痛みの内に入らない。あぁ、懐かしいなァ……こうやっていつも這いつくばって生きてきたんだよな。

 

 ……そうだ。こんな体の痛みなんか、“無個性”だって這いつくばって生きてきた痛みに及ぶものかッ!!」

 

 突然怒りを顕わにする骸無に、その場の一同は思わず気圧された。

 いまだにワイヤーで骸無と繋がれたままの上鳴がつぶやく。

 

「やべえ、なんかスイッチ入っちまったぞ」

 

 上鳴の言葉の通り()()()()()骸無は、今まで見せていなかった新しい力をもって生徒たちを蹂躙する。

 

「エレクトロ―――――ファイヤー!」

 

 瀬呂のテープを力任せに引きちぎり地面に拳を叩き込んだ瞬間、放電が駆け巡った。

 先ほどの意趣返しに同じく電撃技をおみまいしたのだ。

 広範囲の無差別攻撃に生徒のほとんどが行動不能となった。

 一撃で戦況をひっくり返す。

 対ヒーロー用兵器の神髄の一つを見せつけたのだ。

 

 

「さてと。さっきはずいぶんとやってくれたね?」

「ウェ、ウェウェーイ!」

「聞いていないぞ、前回には見せていなかった能力か……」

 

 ワット数が許容オーバーしアホ面を晒す上鳴と、骸無との距離が最も近かったせいでまともに攻撃を受けて動けない飯田。

 拳を向けて歩み寄る骸無に2人はなすすべもない。

 そんな絶体絶命のピンチに、救いの手がおりる。

 

「やらせねえよ。上鳴、いくらアホになってても飯田を連れて逃げるくらいできるだろ。さっさと逃げろ」

「ウェイ! ウェウェーイ(ああ! 任せとけ)」

「くっ、すまない」

 

 2人を守る氷の障壁。

 今大会の最優の生徒。轟焦凍だ。

 彼の言葉に従って、上鳴はウェイウェイと飯田を運んで骸無から離れていく。

 

「氷? そうか、氷は電気の抵抗が高い……。自分だけはうまく防いだみたいだね、轟焦凍。随分と遅い登場だ。お友達は君の踏み台かな?」

 

 毒舌を吐く骸無だが、轟は冷静に言葉を返した。

 

「囀るなよ。そう言ってられるのも今のうちだ。おまえは俺が倒す」

「ふん、そっちこそ強い言葉で吠えたものだね。まるで弱い犬ほどなんとやらだ」

「そうか……なら、犬以下だろ。おまえ」

 

 罵倒も半ば無視し、いきなり最大規模の氷結を繰り出す。

 視界が氷の山に覆われ、骸無の姿が完全に見えなくなるほどの大規模攻撃。受けてしまえばいかに改造人間と言えどただではすまない。

 

「この攻撃をするのに仲間を巻き込みかねなかったからな。どんなに多くの個性を持っていても一瞬で凍らされたら意味はねえだろ」

 

 最大規模の氷結を使った反動で半身に霜をつけながらつぶやく轟。

 彼の目的は最初からこの最大出力を骸無にぶつけることだったのだ。

 以前の戦いで、中途半端な攻撃では無意味だと断じた轟が仲間たちが傷つく中狙った勝利への希望だった。

 

 勝利への執念。逆転への希望。

 

 

 ―――――――そして、それらを打ち砕くために造り出されたのが改人・骸無である。

 

「なるほど。たしかに狙いはよかったよ。ま、それも当たればの話だけど」

「なに!? おまえは……」

「凍ったはずなのに、って? 甘いよ、轟くん」

 

 いつの間にか背後に立つ骸無に驚き、即座に飛びのく轟。

 だが、体温の低下で落ちた身体能力では十分な間合いを取ることなどできるはずもなく、右腕のえぐい一撃が轟に突き刺さった。

 胃液を吐き散らしながらぶっ飛ばされ、自らが作り出した氷の塊に突っ込んだ衝撃で肺の空気が無理やり空にされる。

 気を失いそうになりながらも、轟が膝を突くのを根性で支えて顔を上げれば、骸無がゆうゆうと歩いてくるのが目に入った。

 

「自分で視界をふさぐなんてナンセンスだよ。ボクは君より早いのは分かっているのにその姿を見失って勝てるわけがないよね。ついでに言えば個性にかまけて動作が大雑把すぎるな。地面から足を離すほど飛びのくとか攻撃も防御も放棄した中途半端な回避だ。ついでに言えば、右足がついてなければ冷気をこちらに伝えることもできない。ダメダメだね。まあ? 最大出力のあとで氷が出せたかどうかは怪しいところがあるけれどね。いまも寒さで震えてるし。当然、個性も身体能力の一つだから限界も当然あるはずだしね」

 

 ブツブツと嘲笑まじりにダメ出しをしながら近づいてくる骸無。轟は悔しさに歯を食いしばった。

 

『こんなやつに負けるのか。クソ親父を見返すこともできず、こんなところで』

 

 死が迫るなか、轟の脳裏を過るのは憎い父親の顔だった。

 いま、父親から受け継いだ“個性”を使えば助かるかもしれないのに、それでも使わないことを選んでしまう自分。

 今更ながら、こじれきった親子関係を自覚して悲しくなった。

 父親(エンデヴァー)からは『オールマイトを超えろ』と言われるばかりで、親子らしい会話はした記憶がない。

 

 だから、父親が必死の形相で自分を守っている理由がなんなのか分からず、ただただ見ているだけしかできなかった。

 

「焦凍ォ! 何をぼさっとしている!! 相手に隙を見せるな!」

 

 両手から高温の炎を放ち、骸無を牽制するエンデヴァー。

 骸無は熱吸収の個性で対処しているが、熱の許容量があるのか回避のために飛び退り距離をとっている。

 

「親父、なんで俺を助けた? やっぱり、俺が道具だからか? オールマイトを超えるための……」

 

 強烈な一撃をくらって朦朧としていたからだろうか。

 轟は場違いにも父親へ質問を投げかけた。

 はっきりとした口調で、しかしどこか縋りつくような弱さを含んだ問いかけに、エンデヴァーは首だけを向けて返事を返した。

 

「こんなときに何を言っている! いいか、焦凍! おまえは――――」

「敵を前におしゃべりか! ふざけるなよォ、エンデヴァー!!」

「ちぃぃ、邪魔だ!」

 

 エンデヴァーが何かを告げようとするも、骸無が襲い掛かり言葉は半ばにして途切れた。

 振り向きざまの炎の迎撃を骸無は右腕で受け止める。

 いや、受け止めただけではない。右腕に吸収した熱を集中させて必殺技の体勢になっている。

 空気が焼き焦げるているような錯覚を覚えるほど熱を放ち、真っ赤に輝く右腕を振るう。

 

「うおおおおおお! “バニシングゥゥゥ・フィストォーーッ!」

「ぬぅ、おおおぉぉぉ!」

 

 雄たけびと共に繰り出される灼熱の拳にエンデヴァーも最大出力で迎え撃つ。

 灼熱と豪炎がぶつかり合い、コンクリートを溶かすほどの破壊を生み出す。

 陽炎が揺らめく戦いの場。

 膝をつき、荒い息を吐く骸無と仁王立ちのエンデヴァー。

 

「大丈夫か、焦凍」

 

 轟に向き直り、安否を確認したエンデヴァー。

 無傷の轟を見て安心したような笑みをうかべ、そして膝から崩れ落ちた。

 

「お、親父……?」

 

 とっさに体を受け止めると、ぬめりと生温かい感触が手に触れた。

 腹部全体に出血が広がっており、一目で重傷だとわかる傷だ。

 その場に体を横たわらせて、父親へ問いかける。

 

「なんで、なんでこんなことを!?」

 

 憎んでいるはずの父親の無残な姿に動揺していることが、自分でも理解できず、叫ぶように言葉を投げかける轟焦凍。

 エンデヴァーはいつもの力強い声ではなく、穏やかな声で答えた。

 

「なぜ? 当たり前のことを聞くな。おまえは、俺を超える才能を持った自慢の息子だ。俺を超えるヒーローに……

 おまえが、俺ではなくオールマイトに憧れていることは知っている。

 だからこそ、おまえをオールマイトを超えるヒーローにしてやろうと……グフッ」

「もういい、しゃべるな!」

「すまんな、焦凍……負けるな……よ」

 

 謝罪の言葉を口にして力尽きたエンデヴァー。

 その謝罪が何を指しているのか轟には判断がつかない。

 いままでの自分への扱いに関してなのか、それとも脅威を目の前に力及ばず倒れることについてなのか……

 

「結局何が言いたかったんだよ、クソ親父……」

 

 何ひとつはっきりとせず心の靄は晴れぬままで、力なくつぶやく。

 そう、結局なにもわからないままなのだ。父親(エンデヴァー)の心の内は。

 

「お別れは済んだかな?」

「親父……」

 

 父親の巨体を抱え呆然とする轟の前に骸無が立つ。

 ダメージはあるものの戦闘活動に支障はないらしく、次の一撃を放つ準備はできていた。

 そして、その拳を骸無が振り下ろす。

 

 瞬間。

 

 骸無の視界が赤く染まり、後方へ体を吹き飛ばした。

 

「炎!?」

「何一つ、まだ何一つ親父への気持ちに決着は着いていねえ。だが……考えるのはもうやめた」

 

 左から炎を吹き出し、骸無に叩きつける。

 気持ちの整理はいまだつかずとも、なすべきことのため、わだかまりを今は忘れて炎を解き放った。

 これからが轟焦凍の本当の本気。全力全開だ。

 

 氷と炎。相反する力を持った恵まれた個性。

 それは骸無、いや、緑谷出久のコンプレックスを刺激するものだった。

 

「氷に炎……? 今まで使えなかった? いや、使()()()()()()? 使わなかった……使わなかっただって!? ふざけるな!!」

 

 激昂する緑谷出久。

 元“無個性”の彼にとって、恵まれた“個性”を自ら封じていた轟の姿勢は許しがたいものにしか映らない。

 彼の事情も決意も覚悟もしらない。ただ、敵として倒す対象となった。

 怒りに身を任せ、轟の炎を振り払って右腕を突き出す。

 

「“バーナー・フィンガー”!!」

 

 指先から噴出した熱線が、炎の壁を貫き轟に直撃。爆発が巻き起こり、蒸気で周りが見えなくなった。

 視界がゼロになった中、骸無の動体センサーが反応する。

 

「くたばれ!!」

 

 鳴り響く爆音。

 2体の身無を倒し、会場へと戻って来た爆豪だ。

 すでに一つ戦闘を終え、十分体の温まった状態から放つ最大出力で一直線に骸無を狙う。

 

「来たか、かっちゃん。でも、動きは見えてるんだよ」

 

 灼熱した右腕で迎撃の構えをとる骸無。だが――――

 

「俺を忘れてんじゃねえよ」

「右腕が!? くっ、轟焦凍ォ!」

 

 右半身に冷気がぶつかり、急激に体温が冷やされる。

 先ほどの攻撃をとっさに氷で防いだ轟が右足を踏み出した姿勢で骸無に向き合っているのが見えた。

 急激な温度変化にさすがの骸無も動きが鈍る。

 

 その瞬間を爆豪が狙った。

 両手の爆破で体の回転を加速し、その勢いで最大火力をぶつける爆豪の必殺技。

 

榴弾砲着弾(ハウザーインパクト)!!”

 

 特大の人間榴弾が直撃する。

 ヒーロー科生徒の中でも高火力の2人の攻撃に、骸無も傷を負う。

 その姿に、爆豪と轟は息をのんだ。

 

「デク……てめえ、その腕……」

「ぐうぅ、“先生”がくれた身体によくも傷を」

 

 上半身の戦闘服(コスチューム)はほとんど吹き飛び、マスクの半分が焼け焦げた無残な姿。

 だが、なにより目についたのは攻撃を繰り出し、または受け続けた右腕の惨状だ。

 あらぬ方向にひしゃげ曲り、肉は裂けて骨が見えている。

 しかし、その骨は白ではなく銀色の金属光沢が光を反射していた。

 

「機械の……腕だと!?」

 

 改人・骸無の身体能力の秘密に轟は絶句する。

 腕だけでなく、露わになった上半身にはあちこちに手術痕が残されている。

 身体の機械化。それが骸無という改人の秘密の一端であった。

 

 緑谷出久は五体を切り刻まれ、骨を鋼に。

 筋肉を、肺を、心臓を、皮膚を、体のあらゆるところを強靭な人工物に造り変えられた。

 その体は、もはや兵器だった。

 

 すべては、“オールマイトを超えるため”に……

 

 

 骸無が傷を負い、生徒側が反撃に出たところでさらに事態は変化する。

 ヒーローは遅れてくるものだ。

 

「私が来た!」

 

 コマンドー・身無たちを倒し、オールマイトがその場に姿を現したのだ。

 

「オールマイト……特殊改造・訓練をした身無が向かったはずなのに」

「ハッハッハ、なめてもらっちゃ困るよ少年。多少苦戦はしたが、全員ちゃんとぶっとばしてきたさ」

「チィ、所詮はミスクリエーション(できそこない)か」

 

 高らかに笑うオールマイトに骸無は負けた味方を吐き捨てた。

 オールマイトはその様子に苦言を呈して言う。

 

「仲間のことをそういう風に言うのは感心しないな。事実、彼らは強かった」

「ハハッ、仲間? 身無なんて成功体(ボク)という結果から造り出された試作品に過ぎないですよ。我々の技術力は日々進歩しているのだから」

 

 骸無の言い放つ言葉の中に傲慢さが見て取れ、かつての緑谷出久を思い出してオールマイトは眉をひそめた。

 同時に彼をここまで歪めた存在に怒りを抱く。

 なんにせよ、この場で彼を取り押さえないことにははじまらない。

 

「緑谷少年、今日、ここで君を救ける!」

「救ける? ボクを救けてくれたのはあなたじゃない!」

 

 お互いに拳を構える二人。

 そうして踏み出そうとしたタイミングにまた横やりが入った。

 

「YEAHH! オールマイト、民間人の避難と暴れていた化け物たちの鎮圧が完了したぜ」

 

 ヒーロー『プレゼント・マイク』が会場をすでに鎮圧したことを告げた。

 その声の後に、次々と手の空いたヒーローたちが応援に駆け付ける。

 すでに形勢は逆転。骸無はヒーローに取り囲まれてしまっている。

 

「さぁ、少年。諦めておとなしくしたまえ」

「まだ勝った気になるには早いですよ、オールマイト。ボクの力は知っているでしょう? あなたとボクが本気で戦えばここにいるヒーローの半数は倒せる」

 

 数は不利。身体も右腕が使い物にならない状況でなお、骸無の戦意は衰えない。

 

 被害を出す前に自分が前に出るしかない。

 そう、オールマイトが覚悟を決めようとしたとき、一人の生徒が前に躍り出た。

 

「おい、おまえ!」

「誰? 雑魚は――――」

 

 一言返事をした瞬間に骸無の動きが止まる。

 生徒の名前は心操人使(しんそうひとし)。個性は返事をした相手を操る『洗脳』だ。

 

「オールマイト、あいつを洗脳しました。今のうちに拘束を」

「よくやった、心操少年!」

「ありがとうございます。あ、強い衝撃を与えると洗脳が解けるんで気をつけてください」

 

 心操の注意を聞き、ヒーロー数人が特殊な個性を封じる拘束具を取り付けようとそっと骸無に近づく。

 ヒーローの一人が骸無に触れようとした瞬間。

 

 周りのヒーロー全員が血をまき散らしながら地面を転がっていた。

 

「な、なにぃ!?」

「そんな、個性は解いてないはずなのに」

 

 驚きの声をあげるオールマイトと心操。

 ほかのヒーローたちも突然の惨劇に動けずにいた。

 誰もが動けないなか、惨劇を作り出した張本人が口を開く。

 

『やれやれ。“洗脳”とはよい個性を持った生徒がいるね。こんなところで骸無を失うわけにはいかないからな。

 さてと。やあ、オールマイト。久しぶりだねぇ』

 

 先ほどまでとは明らかに口調の違う骸無。

 その正体をオールマイトは直感で感じ取った。

 

「まさか、貴様は!」

『フッフッフ、そうさ、お察しの通りここには()()()()。それだけ伝えたら分かるだろう? それじゃ、ここらへんで失礼するよ。ヒーローの諸君』

「待て! 貴様は――――」

 

 オールマイトの制止を振り切り、暴風の結界でヒーローたちを釘づけにして大跳躍で逃走する骸無。

 暴風が晴れた時にはその姿は見えなくなっていた。

 

 こうして波乱の雄英体育祭は幕を閉じた。

 ヴィラン連合の鎮圧には成功したものの、その様子は全国に放送されていた。

 

 かくして『脅威を見せつける』というヴィラン連合の目的は達成されたのである。

 この事件により、ヴィランの動きは活性化。世間に不安の影を落とすこととなったのである。




雄英体育祭編の本編はこれで終了です。
このあとはアフターと手記を入れて第3章へ行きます。

しかし、ヒロアカ二次で雄英体育祭ぶち壊したのほかにないんじゃなかろうか?

次回もお楽しみに!


活動報告更新しました。
https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=137323&uid=28246

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