東方白霊猫   作:メリィさん

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良いタイトル思い付かなかった。
なんか変な感じですが、気になさらぬ様に。

あと毎度の如くだらだらと長いです。
もちょっと短くできないだろうかと思うのですが、なかなか難しい。
力不足を痛感します。


其の四「変な妖怪」

@猫

 

 

 

やぁ毎度の事ながら猫さんだ。

 

あの山の一件から妙な扱いを受けているのだがこれはどういった事だろう?

既に体内時間的には一月以上経ってる。

だがその内の一週間、それだけの時間で山の連中の俺や炎刻への態度ががらりと変わった。

 

というか気さくになったって所か。なんかやたらとフレンドリーな感じに。

炎刻が言うにはあの後女鬼……魔百合って言ったっけか?

彼女が色々と働きかけてこうなったらしい。

根無し草の俺や炎刻が今ここにいるのも魔百合の所為である。

あの後ちょいと遠くで騒音が響いたと思ったら、魔百合が泣きながら

「こっちに来て留まってくれ」って頼むから断れなかった。女の涙って卑怯である。

それが戦闘狂であっても。

 

あの時の騒音は恐らく彼女がHA☆NA☆SI☆A☆Iでもしたんだろう。

戻ったらみんなボロボロで出迎えてくれたしな。

おぉこえぇ。

 

でも恐怖による抑圧にしろ、説得による和解にしろ、彼女がこうして鬼の認識を変える事が

出来たのだからそういった素質があるのだろう。

もしくは性根までは腐り切れなかったか……

 

そしてトップが交代となった。

言うまでも無く最強の炎刻さんである。

でも何故か炎刻は妙に遠慮しているというか、俺に押し付けようとしてくるというか。

まぁ確りと言い包めたけど。

頭良さそうで実は良くないみたいだからな、炎刻は。

炎刻がトップに立った事により、一定の規律が敷かれた。

その辺は鬼の元ある形をそのまま規律にした様な感じなので割合しよう。

 

ちなみに俺はというと、この一月は力を使いこなす為に訓練してた。

未だ妖力とも取れないこの力だが、一度認識すればこれが面白い面白い。

以前よりぐーんと身体能力が上がるし、色んな事に使える。

 

例えば以前の様に力を固めて撃ち出す技……これを俺は「弾幕」と呼んでいる。

これがほんと色んな形に出来るから暇にならない。

扇状だったり刃状だったり、それこそ弾丸みたいな形状だって再現出来る。

しかもこれは爪とか尻尾に刃状に展開して維持すれば、斬撃が行える上リーチまで伸ばす事が

出来る。

これによってかなりトリッキーな戦術が展開できる様になった。

しかも数を増やせば圧殺できる!

 

それに練習すればするほど、扱いが容易になっていくから驚きだ。

多分慣れてきたんだろう。ここまで慣れが早いと流石に異常だと思うけど……

 

そして今日で既に大体二月ほどだろうか?

それだけの期間、この山に身を置いている。

 

その頃にはその辺にいる妖怪とかで技を試したりしていた。

 

勿論、俺から襲っている訳ではない。

どうやらあの時から噂が広がっているらしく、時折色んな妖怪が勝負を仕掛けてくるのだ。

しかも正真正銘の殺し合い。

少なくとも俺にはそう思えた。

 

だからこそ俺も殺す気で掛かり、実際に殺したりもした。

動物系の姿なら良いが、やはり人の姿を取った妖怪を殺した時は流石に堪えた。

思い出して吐いた事もあった。今でもまだ殺す事には慣れない。

でも過剰に嫌悪する事は無くなった。

生きる為だ、と割り切ったのもあるが……

 

そんな経験をしながら過ごしてきたわけだ。

力のコントロールも完璧ではないが、上手くはなってきていると思う。

 

けどそうした経験を持ってしても、自身の力が役に立たない時というのはある。

今現在、起こってる事がそれに該当する。

ほら、目の前に胡坐掻いて座ってる炎刻ですら困ってる。

だがこの状況を打開できるのは、他人である炎刻しかいないのだ。

だからこそ俺は、恥を承知で彼に頼み込むのだ――

 

「なぁ炎刻」

「……何だ?」

「何で俺抱かれてる? というか見てないで助けろ」

「知らん」

 

はい、このワードでえっちな事考えた君!

これで君も紳士となる一歩を踏み出したぞ、良かったな。

 

という訳で俺は今抱かれてる。

詳しく言うとぬいぐるみみたいに両手で抱えられてる。

それも……

 

「おい! いい加減離せ! 何時まで抱えているつもりだっ!」

「嫌どす~、こないなかわええ生き物見た事おまへんし~」

 

何故か京言葉喋る黒髪着物美少女にな。

うん分かる、分かるんだ。

猫の可愛さというのは今の生き物には早々無い癒しがあるよね?

でも俺は元人間なんだ。

だから煩わしい事この上ないんだ。

 

かれこれ三時間ほどこんな感じだ。

羞恥心なんてとっくに通り越して呆れとなっているんだ。

 

羨ましいと思うか?

でもな、俺は今「猫」なんだ。

欲情したくても出来やしない。それに体の影響なのか知らんが何故か興奮も無い。

なんて可哀想なんだ俺は……

 

ちなみに今日の事の発端は目の前で他人事みたいに傍観している炎刻だ。

こいつが「変な妖怪がいる」と言って食事に入ろうとした俺を無理矢理引っ張ってきたのだ。

初コンタクト時はその場で熟睡していたのだが、俺が状態を確認する為に近付いたらこんな

状態に……

これくらい何とかしてみせろと言いたいが、現在この様な状況に陥っている以上偉そうな事は

言えない。

俺は完璧にホールドされており、文字通り手も足も出ない。

しかもそれなりに力があるのか身を捩っても暴れても抜け出せる気配が無い。というか体が動かん。

流石に無害そうなこの少女を傷付けるのは流石に抵抗があるし、見ての通り炎刻の手助けも期待

できない。

 

どうしたものか……

 

「おい、そこの女妖怪」

「?うち……?」

 

炎刻が少女に声を掛ける。

呼ばれた本人はぽやんとした雰囲気を醸し出しながら自分を指差す。

鬼神を前にして平然としていられる度胸を褒めるべきなのだろうか?

いや、こんな草原で無防備に寝てる時点で十分度胸あるな。

 

「ここじゃ鬱陶しいのに襲われる、鬼の集落に行くぞ」

 

彼の提案も最もである。

最近じゃ俺を狙う輩が増えつつあるしな。

何故か俺を倒したら鬼を従える事が出来る、とかいう意味の分からん噂が流れてるし。

どんだけ飛躍したらこんな噂になるのか真面目に分からん。

 

兎も角離れた方がいいのは確かだ。

しかし少女は首を傾げる。

そして合点が行ったのか頷きつつ笑顔で言った。

 

「大丈夫やえ~、うちがちょちょっとやっとるから近寄れんえ」

 

何がやねん。

思わずそうツッコミたくなった。

炎刻もその余りに内容の足りない発言に疑問符を浮かべている。

しかしそんな間も俺は抱きしめられていたりする。

一応もがいてはいるのだが……こいつ、力をほんの少しも緩めんッ!俺を放さんッ!

同じ力で抱きしめ続けるとか、実はこの少女只者ではない?

とりあえず展開を変えたい。あわよくば隙を作ってここから抜け出したい。

 

「……それはどういう事だ?」

 

うん、質問するのはいいんだ。

兎に角俺を何とかして救出して欲しいんだ。

気になるのは分かるんだけどね。

 

「う~ん、うち生まれた時から使えるんやけど、意識すると人道に迷わせる事でけんねや」

「道に迷わせる? その力を使ってたのか?」

「そのと~りぃ~」

 

炎刻の言葉を肯定して少し持ち上げて抱きしめる。

俺の後頭部から背中に掛けて着物の上からもしっかり主張する柔らかい物が当たる。

……だが感じぬ!心も震えぬぅ!

これでは顔を真っ赤にして恥ずかしがる事も出来ないではないか!

もしや性欲の方もログアウトなさったのだろうか。常に賢者モードなのだろうか。

それは少し……いや、かなり嫌なんだが……

 

「せやけど鬼はんらには効かへんかったみたいやね~」

 

彼女の能力が何かは知らんが、俺たちには効かないらしい。

アレだな、多分動物的な第六感に優れてるからだな。

炎刻も本能で動いてそうな所あるから間違えてないと思う。

 

「そうか……理由はなんとなくだが、分かるぞ?」

「そうなん?」

 

本能です本能だ本能に違いない。

なんか微妙な三段活用をしながら嫌な想像をしないようにする。

こいつの事だ、絶対に余計な事を……

 

そんな予感がした直後。

炎刻の周りの空気が歪み、体が凍る様な感覚が出てくる。

体が震える。うん、間違いない。

 

「あ、あぁ……っ!」

 

コイツ妖力で威圧してやがる。

見ると少女の顔も真っ青になり、体も震え始めている。

俺の体も震えているが、この様子では分からないだろう。

というか心成しか抱きしめる力が強く……えっ?

 

「これが理由だ」

 

すっと先程の感覚が引く。

だが少女の力はどんどん強くなり、目には涙さえ浮かべている。

でも……な?

 

(めっさ苦しい……っ!?)

 

力が強過ぎる!

というか首絞まってる!

やばい震えとか怖いとかそんなレベルじゃねぇ。

このままじゃ死ぬ、間違いなくお花畑を拝む事になる!

というかもう目の前が霞んで……!

 

「ちょ……くるし、はなせ……!」

「……!? おい、戯け力を緩めろ!」

 

俺はそんな声を聞いた後に限界を迎え、あっさりと意識を話す羽目になった。

 

 

 

 

 

俺は唐突に意識を取り戻す。

確か俺は絞め落とされて……

 

――子よ……めん――

 

なんだ?  麺?

というか何だこの声は?

お前は誰だ?

 

――いず……目覚めの……きは来ます――

 

所々虫食いの如く、壊れたラジオでも聞いてる様な途切れ途切れの言葉が流れる。

俺はそれを聞きつつ、再びゆっくりと意識を放していく。

 

何処か懐かしい感覚に包まれて……

 

 

 

 

「んぁ……?」

 

ここは……住処の穴倉?

って事は戻ってきたのか?

もしかしなくても気絶してたか。

炎刻には苦労を掛ける……ま、いっか。普段は俺が苦労掛けられてるし。

 

つかなんか凄い大事な夢見てた気がするんだけど思い出せない。

だがこの妙に懐かしげな感じはなんなんだ?

別居してたばっちゃんに会いに行った様な、生き別れの妹にでも会ったかのような。

謎が深まるぞこの感覚。

それに俺って物心付いた時には孤児院にいたから親とかそういうのって知らんはずなんだけどね。

アレかな?今更ながら故郷の現代日本が恋しくなったか?

帰れないけどな、今現在進行形で猫だし世紀レベルで遠いし。

……孤独過ぎる。帰りたい。

 

いかんいかん、今頃になってホームシックになってどうする。

十年生きてきて既に決心も付いているではないか。

 

少し切ない心境に陥りながらも、自分を元気付けて状況の把握に努める。

 

外からは日の光が一切差しておらず、時間帯的には夜だと断定。

周囲の状況からして看病でもしてたんだろうか?

何故かある時代背景ぶち壊しな水の入った木桶と、それに浸してある布切れ。

……これって本来俺に乗ってるべき代物じゃね?

なんで木桶にダイブしたままになってるんだよ。

しかも懐に置いてある果物は食い散らかった状態になっている。

看病する気があったのかすら疑問になってきた。

 

「……まぁあいつら妖怪だしな」

 

妖怪ってのは自我が強いイメージがある。

後は本能とかその辺。

だから色々負けてこんな状況になってるんじゃないのかと個人的に想像に難くない。

 

そしてもう少し周りを観察すると、意外な人物が眠っていた。

 

「……何故にあの女妖怪?」

 

洞窟内にある剣山の様な岩にもたれながら眠る少女。

ロングストレートの黒髪におっとり系の可愛らしい顔立ち。

目の色は確か碧だった。

その清楚で品のある出で立ちはまるで日本人形を彷彿とさせる。

俺を絞め落とした悪魔でもあるが……

 

だがこの少女がここにいる理由が全く以って分からん。

俺の記憶が確かなら意識が落ちる最後の瞬間、彼女の顔はとんでもなく怯えている様に見えた。

そんな恐怖の対象が根城としている場所。普通なら怯えてこんな所にまで来ようとは思わないはずだ。

 

もしかして炎刻が無理矢理連れてきた?

いや、鬼の代表みたいなアイツがそんな変態まがいな事する訳が無い。

……でもアイツも男だしなぁ。

あの子結構可愛いし、もしかしたら炎刻の好みドストライクだった可能性だってあるし。

 

「んぅ……ん?」

 

と炎刻にあらぬ疑いを掛けていたら少女が目を覚ました。

目を擦って小さく欠伸をすると、周囲をキョロキョロと見回し始めた。

そして首を傾げて一言。

 

「ここどこや?」

「覚えてないのかよっ!?」

 

思わずずっこける俺。

猫の体なのに器用だなと自分ながら思ってみたり。

 

少女は俺のツッコミにビクリと反応すると、此方を視界に映した。

やばい、もしかしなくても余計な事しちゃったんじゃね?

 

「おぉ~……あぁ~、そやった」

 

何か思い出したのか両の手をポンと合わせると、四つん這いでゆっくり近寄ってきた。

そんな体勢で動いたら着物が破れるぞ……

しかし相手はそんな事気にしてないのか、俺の直ぐ目の前で止まると正座して真っ直ぐ俺を見つめる。

 

……俺は嫌な予感がしたのでとりあえず後ずさる。

 

すると彼女も近付いてきた。

 

なのでまた下がる。

 

彼女もまた近付く。

 

だが俺もまだ下がる。

 

またまた少女が近付く。

 

しかし俺も……あっ、後がねぇ!?

 

「うふ」

 

一瞬クスリと笑ったかと思うと、彼女の姿がぶれた。

そして気付いた時には――

 

「捕まえたえ~」

「ッ!?しまった!」

 

俺はまた抱きつかれていた。

両手で、それこそ子猫を抱える様に優しく、それでいて逃がさない様にガッチリと。

恥ずかしい事に全く反応なんてできなかった。

いや、寧ろ反応できた方が凄いのか?

俺って普通の猫だしな、うん。

でも猫って結構素早かった気が……やっぱ俺がトロいのだろうか……

 

「むふふふ~」

「女の子がそんな下品な笑い方するんじゃない……」

 

俺は嬉しそうに俺を抱く少女に注意する。

というか俺はこの少女の名すら知らん。

それに現状確認こそしてみた物の、肝心な事は何一つ分かっていない。

やはり状況把握に必要な情報が少な過ぎる。

彼女が素直に提供してくれれば良いが、夢中になってる少女に俺の声が届くだろうか?

 

「おい、抱き付く云々はもう良い。だが名も知らぬ相手にされるのは流石に御免だ、名を名乗れ」

「ん~? うちの名前"夢落(むらく)"言うんよ……あんさんの名前は?」

 

か、カウンター!?

 

いや待て、冷静に考えれば相手が聞き返してくるのも当然と言える。

だが問題は俺に名前が無い事だ。

前世の名前が全く思い浮かばない事からじっくり考えたいと思って先送りにしてきたが、次から次へと厄介事が舞い込んで来るお陰で考える暇なんて無かったんだった。

しかもその後にできた暇でも、結局名前の事忘れて考えてなかったし……

 

仕方ないが、ここは偽名で我慢するしかない。

隠し通せるか分からんし、偽名が定着されても困るが今は仕方ない。

そう納得する必要があると見た。

偽名なのだから、なんか暗号めいた感じがいいよな?

だったらこの時代に無い言語を名前にしてみるか……

 

そこで俺は少ない語彙から搾り出すべく頭をフル回転して熟考。

そしてとある海外言語から一つ出した。

 

「俺は……リューゲだ」

「ん? 龍華(りゅうげ)言うん? よろしゅうな龍華はん」

 

ん? なんかニュアンスが可笑しかった様な……気のせいか。

ちなみにリューゲというのはドイツ語で「うそ」という意味だ。

偽名な訳だし、何かしら意味があった方が格好良い。

本来のこの時代には無い言語というのも取り入れられてるし男っぽくていい感じだ。

 

兎も角、偽名も決まった所で一安心と言った所か。

少なくともここにいるという事は此方に危害を加える危険性も無いという事だし、抱かれていても心配になる様な事態にはならない。

――俺のプライドが擦り切れていくという危険はあるが……

 

「――む、起きたか」

「お目覚めみたいだね」

 

と、偽名を明らかにした後で俺の良く知る人物。

鬼神こと炎刻と魔百合さんがご光臨なされた。

いや、日がバックになってるから光って見えるだけなんだけどな。

 

「世話を掛けたな」

「まさかお前が絞め落とされるとは思わなかったぞ?」

「戦う気も怪我させる気も毛頭無かったのでな……」

 

ついでに俺だって思わなかったと心で呟いておく。

あんなに可愛い可愛い言っておきながら絞め落とすとか誰が想像できるものか。

 

口に出さずに文句を言いながら炎刻の持つでかい樽に目線が行く。

それに気付いた炎刻が説明し始めた。

 

「お前が寝てる間に宴会の準備をしようと思ってな、その辺から掻っ攫ってきた」

「お前付けられてないだろうな?」

「そんなヘマするか」

 

それなら良かった。

人間は怖いからな。元人間だった俺は一番良く分かってる。

恐らくこの場にいる誰よりも。

日常が崩されるのは何よりも耐え難いものだと俺は思う。

 

……だが何故宴会?

いや、鬼の連中は酒を飲む理由作りに無駄なくらい宴会する日を作るけどここ最近は自重して

いたはず。

というのも近場の人里が矢鱈と武力を付け始めたのが原因だ。

何でも鉄の玉を高速で飛ばしてくるらしく、この前人を襲いに行った妖怪が一匹やられたそうだ。

 

もしかしなくても銃じゃね?

現代っ子なら必ず知る事になるだろう現代の主力武器が何で今出てくるんだよと突っ込みたいとこは一杯あるが、まぁこれの考察は後でも良いだろう。

 

以上の理由で万が一があっては堪らんからなるべく自重すると炎刻が宣言してたのだ。

鬼って結構矢鱈滅多ら酒を飲んでるイメージがあったが、実はそうでもない事が発覚した瞬間

だった。

いや、だからこういうのはどうでも良いって。

 

「それにしたって何故に宴会だ? そんな危険冒して宴会するなんざ重要ごと以外無いだろ?」

「そうだな、重要だからやったんだ。なんたって――」

 

そう言いながら俺の真上、夢落の方を指差した。

 

「――新しい仲間の歓迎だからな」

 

俺は一瞬だがフリーズする。

いや、えっ? マジで?

 

「ハアアアァァァァァァッ!?」

「何故そこまで驚く」

 

炎刻が顔を顰めながら問いかける。

俺は混乱する頭で必死に言葉を纏めて反論する。

 

「だってお前、この子鬼じゃないし、お前の力にビビる程度の力しか無いし!」

「そうだな」

「それにお前、アレだ、ハアアァァァァッ!?」

「うむ、お前がそこはかとなく混乱しているのは分かった、落ち着け」

 

そう簡単に落ち着ける精神状態だったら当に元通りだ!

断固説明を要求する。

 

「落ち着けるものか! どういう事だ? きっちり三行で説明して貰おうか!」

「お前が気絶した後にそいつごと山に連れて行ったのだが、

驚くことに俺たちを恐れずに自ずから看病を申し出てきた、

それに歓心して仲間として迎え入れようと宴会する事にした

……あと酒が飲みたかった」

「三行で言ええぇぇぇぇっ! どうして四行目を入れたっ!? しかも本音はそれかっ!」

 

やばい。

唐突過ぎる炎刻のボケに俺のキャラが崩れてる。

こいつ武人っぽい感じだったのに本性はコレかっ!

どんだけ酒が好きなんだよ。

 

「出来れば三日三晩毎日毎時飲み続けたい」

「心を読むな馬鹿者!」

 

本能か? 本能なのか? 本能で感じ取って答えたのか?

やっぱり欲望に忠実だな妖怪って奴は。

俺もほんのちょっぴりだが恐ろしく感じたぞ。毎時とかアル中通り越して狂気だわ。

 

俺は酒が好き過ぎる人にドン引きしながらもう一人の鬼の知り合いに尋ねる事にした。

 

「お前は良いのか? 相手は力無い得体も知れぬ妖怪だ、そんな相手を引き込んで――」

 

だがそのもう一人は……

 

「んぁ?」

 

もう一人で完全に出来上がっていた。完璧な赤ら顔である。色っぽさとか無かった。

傍らに樽が三つ転がっていた。

比喩ではない。重量など感じさせない感じで空しく転がっていた。

 

「おいィィィィ! 何でもう三樽も開けてるんだ! 他の奴らの事も考えろよッ!」

「大丈夫だって! そりゃもう沢山貰ってきたからね、ごっそり貰ってきたからね」

 

俺は決死の思いで夢落から逃げ出し、洞窟の外を見に行く。

今何気なく凄い事をした気分になったが、今はどうでもいい。

 

外では既に宴会が始まっていた。

幾つもの樽が運び込まれ、空になった樽が宙を舞っている。

何で飛んでんだよ樽が。

というかどんだけ盗ってきたんだよこの量、明らかに異常じゃねぇか!

 

「どうやら近場の里が大量に酒や食い物を(こしら)える術を見つけたらしくてな」

 

炎刻が後ろからゆっくりと語りながら歩いてくる。

 

「前に言ったろ? 我々の知らぬ手段で攻撃してくる人間がいると。その里で造られた酒だ」

 

それは銃で攻撃してくる人間の事だろう。

それが昔のフリントロックか火縄式か、現代の様なオートマチックかは知らないが。

これほどの量となると恐らくは後者。

もしくはそれに近しい年代にまで技術レベルが引き上げられている。

 

いよいよもって可笑しな事になってきた。

まだ以前炎刻に襲われてから一月しか経っていない。

それだけの期間でこうも技術レベルが上がるなんざどう考えても可笑しい。

 

近い内に覗きに行くとしようか。

流石にここまで来ると実際に確認しないとどうにも決定付けられない。

現地調査は捜査の基本ってな。

……聞き込みだったっけか?

 

「兎も角今日は宴だ、無礼講だ。今は思いっきり楽しむべきだ」

 

言うだけ言って宴の環に加わるべく歩いていった。

そして後ろに魔百合が一緒に付いていった……あいつ何時の間にいたんだ?

 

「あんま気にしとるとハゲるえ?」

「おわっ!?」

 

背後から気配も無く俺を抱き上げる。

夢落、恐ろしい子……ッ!

 

「その程度でハゲるか。もしそうなら俺なんてとっくにツルッパゲだ」

「そうなんか? 大変やねー」

 

何を他人事の様に言ってやがる。その内の何割かは今お前が担っているんだぞ?

そろそろ吐血とかしそうだ、早くこのストレスをどうにかしたい。

 

「……みんな楽しそうやね」

 

夢落は先程までと違った、寂しそうな声色で呟く。

なんだこの妙にしんみりした雰囲気は。

この一角だけ空気が全然違うんだが?

 

「うち、生まれてもう百年経っとるけど、今までずっと一人やってん。こんな友達おらんかった」

 

ふむ、なるほど。

つまりはボッチ勢だったという訳か。

その気持ちは痛いほど分かる、何せ俺も中学までボッチ道突っ走ってたからな。

 

「妖怪が沢山いるのは分かっとる。でも自分から声掛けるのは怖かったんよ……」

 

ボッチ突っ走ってた奴が真っ当に友人作るのは難しい。

今まで一人が普通だっただけにコミュ能力が下がってしまっているのだ。

話しかけてもどんな話をすればいいのか分からない。そういうジレンマに陥ってしまう。

 

「今日初めて声掛けてもらって、こんな人もいるんやって知る事が出来た。それが分かって嬉しかった」

 

それだけ気付けたのなら上出来だな。

ボッチ卒業まで後一歩。どれ、少し背中を押してやろう。

 

「お前さんが怖いと思う通り、周りには悪意を持った奴も多いさ。でもそれと同じくらい優しい奴もいる。

それに気付いてようやく幕開け。後は自分が一歩踏み出す、それだけで自らの糧となるんだ」

 

と、猫だからと孤高を気取っていた俺が言ってみる。

俺だって作りたかったが、周りに話が通じる奴がいなかったんだ。

だから俺はセーフ、セーフったらセーフ。

 

そして俺の言葉で勇気が付いたのか、彼女はにっこりと笑って

 

「せやな、そんな簡単なことやったんやな」

 

それだけ言うと、俺を抱えたまま宴会の環の中へと入っていった。

……不覚にもその時の笑顔に若干見惚れてしまったのはナイショだ。

 

 

@夢落

 

鬼の一人に杯を貰い、お酒を注いで貰う。

うちの杯に笑顔で酒を注いでくれた鬼はんは「おまけに持ってけ」とつまみの干し肉をお裾分けしてくれた。

ほんまに暖かい。彼らはうちに色んなモノをくれる。

 

そう思って彼女(・・)の言葉が頭で反復される。

 

"お前さんが怖いと思う通り、周りには悪意を持った奴も多いさ。でもそれと同じくらい優しい奴もいる"

 

あの子の言う通りや。

こんな見た目の怖い鬼はんでも、実際に接してみるとこんなにも暖かい。

 

"それに気付いてようやく幕開け。後は自分が一歩踏み出す、それだけで自らの糧となるんだ"

 

気付いたなら一歩。

これで踏み出せば、それがうちにとっての第一歩。

 

「あ、あの……!」

「ん? どうした嬢ちゃん」

「お酒の返礼、させて頂きますっ!」

 

すると鬼はんはきょとんとした顔になったと思たら、直ぐに笑顔になって

 

「おう! こんな別嬪さんにお酌して貰うたぁ光栄だ」

 

喜んだ風に杯を差し出してくれた。

うちはその杯がいっぱいになるまでお酒を注ぐ。

直にいっぱいになり、鬼はんは礼を言ってまた宴に混じる。

 

「オイィィィ! お嬢ちゃんにお酌してもらったぞぉ! 羨ましいだろぉ!?」

「てめぇ抜け駆けかぁ!」

「これは俺の時代が来たかもなぁ! アッハッハッハッハ!」

「アンタ! 女房のあたいを忘れて無いかい!」

「げぇ!!」

「げぇって……! これは折檻だね」

「マジ勘弁だぁ!」

「よっ! 色男!!」

「羨ましいねぇ!!」

「うぅるせぇえぇぇ!」

 

笑い合う鬼たち。

うちはようやく、一歩を踏み出せた事に安堵する。

こんなに簡単な事やった。

うちは今まで怖くて怖くて仕方なかった。

他の妖怪に襲われる事、人間に殺される事、それ全部が怖くて一人でいるしかなかった。

 

彼女は怖いと思ってしまうのは間違いではないと言ってくれた。

でもそれと同時に踏み出す勇気も必要なんやって。

 

怖いと思て敬遠してたら何時までも一人。

だから声を掛けようという第一歩も、怖がるのと同じで必要な事なんやと教えてくれた。

 

「お嬢ちゃんもこっち来いよ!」

「一緒に飲もう!」

「はいぃ! 今行きますぅ!!」

 

うちを呼ぶ声に応える。

 

彼女のお陰でこうやって環に加わる事も出来た。

この一歩には、確かに意味があったんや。

うちにそう思わせるだけの説得力が、今の光景にあった。

 

これからはもうちょい積極的になろう。

そうすれば、もっと自分の視界が開けてくるはずやから……

 

それにしても。

 

なんで龍華はんは男みたいな口調してはんやろ?

 

 

 




最後に一言。
遅れて申し訳ないです。

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