彩霧広佐の視線 アクセル・ワールド   作:かいくんtheネクスト

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加速世界最強

 凛火の姿を探すと、十メートルほど離れたところに立つコートにマフラーの彼女を見つけた。雪だるまヘッドはつけていない。というか、なぜまだダミーアバターを使っているのだろう。

 

「それがキミのデュエルアバターだね。かっこいー」

 

 コウの近くまで来た凛火がコンソールを操作し、手鏡を実体化させる。鏡で見た自分の姿は、確かになかなかカッコよかった。《ゴールド・ナイトメア》が中世の騎士なら、こちらは未来のアーマーを身にまとった兵士といったところだろうか。メカニカルな雰囲気を纏いながらもスリムな体型をしており、左の腰には武器らしきものがマウントされている。

 

「よくわかってんじゃねえか、この俺」

 

 腰の武器についているグリップを握ると、ホルスターが自動で展開され、中の武器が排出される。収納されていたのは、刃渡り四十センチほどの黒銀に輝く刃物だった。ナイフというには長く、長剣と呼ぶには短い。左手に握ったそれを振り回して感覚を確かめる。ブレードは思ったより軽く、取り回しがよかった。

 

「これで本当にバーストリンカーになれたわけだね。誕生日おめでとう、《グレイ・レコード》」

 

 そう言って凛火はコウの背中に手を回し、抱きしめた。

 

「ちょっ、凛火さん!! 何を!?」

 

 突然の凛火の行動に顔を真っ赤にしながら驚くコウ。ゲームの中でも、毛糸のコートのざわざわした感触と凛火の柔らかさ、暖かさが伝わってくる。

 

「バーストリンカーはね、誕生日を祝ってもらえなかった子供なんだ」

 

 コウの肩に頬を寄せて、優しい声で凛火は語りかける。

 

「このゲームをインストールするのに必要な条件を覚えているかい?」

「う、生まれてすぐニューロリンカーを親につけられたことと、ゲームがうまいこと、だったよな」

「そう、そしてそれはどっちも、家族と過ごすための時間が満足にもらえないまま育ったってことなのさ。親が赤ちゃんにニューロリンカーをつける理由なんて、大体の場合『楽して子育てがしたい』だからね」

 

 コウがニューロリンカーをつけられた理由は教育のためもあるが、コウの母が仕事と育児を両立できるようにするため、ということも聞いたことがある。乳幼児にニューロリンカーを装着させれば、仕事場にいながらその体温や脈拍を確認することができ、自宅のシステムと連動して快適に過ごせるよう空調が調整され、少しでも異常が発生すればすぐに連絡を受け取れる。ニューロリンカーの特性を生かした便利なシステムであり、コウも自分を育てる際にこれを選んだ両親に文句を言うつもりはない。だが確かに、こうした先端技術に頼り切った育児方法に疑問を呈する意見も少なからず存在する。そしてコウは記憶にある限り、誕生日を祝ってもらった覚えはない。

 

「そういうふうにして育てられた子供の多くには、どこかしら歪みができてしまう。今はまだボクらは子供だけど、大人になった時にこの社会にどんな影響が出るやら。だからボクのような《親》――文字通りの親じゃなくてブレイン・バーストを渡した人のことだけど、その《親》が渡した先の《子》にしてあげなきゃいけないことのひとつは、《子》にとって本当の親みたいになってあげることだと、ボクは思ってる」

 

 ――ああ、この人を好きになって本当に良かった。

 コウは思った。凛火はバーストリンカーとしてだけでなく、一人の人間としてのコウに空いた穴を、埋めようとしているのだ。

 

「ブレイン・バーストは夢を通じて人の心の歪みを読み取り、デュエルアバターを作る。《グレイ・レコード》はキミの歪みから生まれた姿にしてキミ自身だ。そして、キミにブレイン・バーストを渡したボクが《グレイ・レコード》の師匠兼母親となって、この世界で生きるすべを教えよう」

「凛火さん、いやクリスさんが、この俺のお母さん……」

 

 コウの胸の奥がちくっと痛む。凛火は抱きつく体勢のまま、コウの後頭部をなでた。体の芯が溶けてしまいそうなくらいの気持ちよさを感じてびくっと体を震わせる。

 

「ボクが二十七番目の《子》を作ったのはもう五年も前で、まだ未熟だったボクは自分の《子》らに《親》らしいことをしてやれなかった。だからせめて、キミだけは、ボクがちゃんと育てるから」

 

 胸の中から何かの感情が湧き出てくるのを感じる。その一部はコウの両目から流れ出して、残りは体の中に留まる。コウは学校が嫌いだったが、学校でぼっちなこと自体は苦にしていないつもりだった。だが凛火の温もり、優しさに触れるうち、コウは自分が今心から幸せな気持ちになっていることに気がついた。

 

「凛火さん、この俺、強くなるよ。誰にも負けないくらい」

「ふふ、それならがんばんなきゃね」

 

 そのまましばらく、コウは目から涙をあふれさせ続け、凛火はそれをただ受け止めていた。

 

 

 

 コウの気持ちが落ち着いたころ、凛火はコウからゆっくりと腕を放した。

 

「さ、まだ説明が残っていたね。レベルの話をしようか」

 

 凛火が離れてしまったことを残念に思いつつも、話に耳を傾ける。強くなるには、知識をつけることが必要不可欠だ。

 

「まずはコンソールを開いてみるといい。ボクが間違っていないなら、その右端に99という数字があるはずだ」

 

 彼女に従ってコンソール画面を開くと、確かに99と表示されている。

 

「それはバーストポイントと呼ばれる、バーストリンカーが加速を行うために欠かせないものだ。対戦に勝てばバーストポイントを獲得でき、負ければ失う。レベルアップのためにもポイントを払わなければいけない。そしてバースト・リンクコマンドで加速したときも1ポイント消費する。そしてそのポイントがゼロになったとき、バーストリンカーはブレイン・バーストを失う事になる」

「う、失う?」

「アプリが強制的にアンインストールされ、二度とバーストリンカーに戻れなくなるし、ブレイン・バーストにまつわる記憶もすべてなくしてしまうんだ」

「そ、それって! そんなことが可能なのか!?」

「ニューロリンカーは脳と直接通信を行うからね、それだけブレイン・バーストはニューロリンカーの性能を引き出せるんだ。ボクらが今思考を千倍にまで加速しているように、ね」

 

 ニューロリンカーによる記憶の操作、このゲームはそれほどまでの力を備えているというのか。記憶を読み取ってデュエルアバターを作るだけにとどまらず、干渉することすらできるならば、人の心も思うように操れてしまうのではないか。

 

「まあ大丈夫だよ! ポイントが尽きなきゃいいだけなんだから! レベル4になればポイントを稼ぐ方法が増えて安定するし、危なくなったらボクが助ける」

 

 レベル4になれば安定するなら、まずはそのレベル4を目指すべきか。だが、凛火からのポイント援助を受けるような状況になることだけは避けようとコウは思った。受け取るのは戦い方だけだ。強くなると誓った以上、凛火にみっともない姿は見せられない。

 

「わかった、生き残ってみせるよ。で、そのレベルってのはいくつまでなんだ? マッチングリストに載ってたのはレベル8までだったから、レベル8が最高ってとこか? それともレベル1が見られるのはそこまでなのか」

「いや、レベル10までだよ。と言っても、レベル10に達した人はいないし、レベル9になった人も今までで八人しかいないんだ」

「へぇ、そんなに厳しい道のりなんだ」

「それで、その八人、一人はもうポイントを失って消滅しているけど、残りの七人は《純色の七王》と呼ばれてる」

「え……中坊が王様気取りかよ……」

 

 ただの中学生プレイヤーのことを『王』と呼ぶだなんてどういう神経をしているんだろう。それほど自分の実力に自信があるのか、単にそういう年頃なのか。

 

「その前に、デュエルアバターの色について説明しなきゃいけないね。昨日の《ゴールド・ナイトメア》や《スパーク・トリガー》、そしてキミの《グレイ・レコード》には名前の最初に色の単語が来ているのはわかるよね」

「まあ、確かに言われてみれば」

 

 ゴールドやグレイはそのまま金と灰、スパークは火花で本人の色がオレンジだったので、オレンジ色の火花を現していると予想できる。

 

「この色はバーストリンカーの持つ歪みの性質と、デュエルアバターのステータスの偏り方を示しているんだ。赤色なら遠隔攻撃、青なら近接というふうにね。《ゴールド・ナイトメア》なんかは例外の《メタルカラー》っていう分類だね」

「じゃあ、この俺のグレイは……?」

「えっと、《分類不明》」かな……」

 

 えっ、とコウは思わず声をもらした。分類不明とはどういうことだ。特殊型なのだろうか。

 

「赤青緑黄紫まではわかってるんだけど、白と黒の特徴は個体差がありすぎて特定しきれないんだ。だけどそれは、相手に自分のスタイルが割れにくいってことだから、有利に働く場面も多いよ」

「なるほど、情報アドってことか」

 

 自分のアバターの特徴はもちろん自分で把握できるから、対戦開始時点で相手はコウが遠距離か近接かすらわからないとなれば、それはかなり戦いづらいだろう。

 

「それで《純色の七王》の話に戻るわけだけど、レベル9に到達した七人のバーストリンカーはみんな原色が名前についていて、それぞれが七つの大規模な《レギオン》と呼ばれる集まりの長だったんだ」

「レギオンってのは、やっぱりギルド的な?」

「そうだね、彼ら王の率いる七つレギオンはいずれも百人前後の規模を誇る巨大組織だった。バーストリンカーは全体でたったの千人、しかもほぼ東京にしかいないんだけど、その半分以上はどこかのレギオンに所属していたことになる」

「ん? 『所属していた』って、じゃあ今は違うのか?」

 

 バーストリンカーが全体で千人しかいないこと、そしてそのほとんどが東京にいるというなかなか重要な情報が出されたが、コウは凛火の言葉尻の方に引っ掛かりを感じた。

 

「えっと、赤のレギオン《プロミネンス》はマスターだった赤の王が仲良しのはずの黒の王に裏切られて退場しちゃってね、さっき言ったいなくなったレベル9っていうのがその人なんだけど、そのときのゴタゴタでメンバーが半分以上抜けちゃったんだよ。今は新しくレベル9になった人がレギオンマスターを継いだけど、先代ほどの求心力はないかなー」

「その黒の王ってやつ、とんでもない手合いだな」

 

 黒の王という称号からしていかにもラスボスのようだし、裏切って敵になったとしてもおかしくなさそうな響きだ。実物も冷酷あるいは狂気的な人物に違いない。

 

「このへんのくだりは色々複雑な事情があるからおいおい話すとして、裏切った黒の王も実はその直後に自爆しちゃって、退場したわけじゃないんだけど黒のレギオン《ネガ・ネビュラス》は完全崩壊、幹部はほぼ全員戦えなくなって黒の王も行方をくらまし、残りのメンバーは散り散りになりましたとさ、っていうオチになる」

「うわ、ラスボスが自滅してる!」

 

 どんなに恐ろしい輩かと思ったら、意外に間抜けだったようだ。自分から裏切っておいて自分でレギオンを潰すとは。自分以外のレギオンを敵に回して生き残る算段すら立てないほどの愚か者だったということか。

 

「うん、それで黒の王は自滅した、はずだったんだけど、この前ちょっと状況が変わってね……数ヶ月前に、復帰したんだ、黒の王《ブラック・ロータス》が」

「今度は生き返った……」

 

 裏切ったり死んだり生き返ったり忙しいやつだな、とコウは素直に思った。しかも数ヶ月前とは随分タイムリーな話だ。

 

「でもその、バカの王だかは自分のレギオンをなくしたんだろ? なら他の王のレギオンと戦いになれば終わりじゃないのか」

「うーん、それはそうなんだけど、七王の実力は他のプレイヤーと比べてずば抜けてて、一対一の対戦で王に勝ち目があるのは同じ王とレベル8のごく一部しかいないし、王同士の戦いはお互いすごくリスキーなんだ。だからみんな復帰した黒の王と新生《ネガ・ネビュラス》に手出ししていない」

「なんかもどかしいな。パーッとぶっ潰せればいいのに」

「黒の王ともなればポイントもたくさん余ってるだろうし、なかなか退場させるのは難しいだろうね」

 

 そこで凛火は一旦言葉を区切り、コウにブレイン・バーストを渡したときのように真剣な表情でまっすぐコウを見据えた。

 

「ただ、覚えておくといい、この七人の王こそが、ボクらが倒さなくてはいけない敵だ」

「敵、だって?」

 

 驚いてコウは聞き返した。凛火の言っていることは、加速世界最強のプレイヤーに矛を向けるということを意味しているのだろうか。だとしたらそれは、黒の王が行ったことと同じ、王たちを相手取って世界に反乱を起こす、ということになるのではないか。

 

「七王を超えて加速世界の頂点に立ってこそ、ボクの復讐は達成される。だからキミにもいつか、王に届き得る力を手に入れてほしいんだ」

 

 それが冗談でないことくらいコウにもわかっていた。凛火が最初にコウに提示した交換条件、新しい世界への鍵とそこで生きる手段を提供する代わりに彼女の復讐に手を貸すという内容。王を倒すことこそが凛火の復讐であり、彼女がコウに求めること。

 

「いきなりトッププレイヤーに勝てだなんて無茶なことはわかってるけど、それでも、ボクはキミに頼みたい。誰にも負けない戦士になってくれ」

 

 ――はは、こりゃとんでもない要求をされたもんだ。

 コウは心の中で苦笑した。七王を倒すということ自体とんでもないのに、バーストリンカーになっていきなり最強になれだなんて、めちゃくちゃだ。コウ自身、ゲームが得意という自負はあるが、トップランカーになったことはないし、ゲームの大会でも良くてベスト16がせいぜいだ。まったく身の丈に合っていない。コウはきっぱりと、凛火に答えを返す。

 

「言われるまでもないぜ。やるからにはてっぺん目指さなきゃおもしろくないからな! ガキのくせして調子こいてる裸の王様どもを引きずり下ろしてやるよ」

 

 凛火は少し面食らったような顔をしてから、コウに笑顔を見せた。

 

「そっか。ありがとう、やっぱりキミを選んでよかった」

 

 この俺も、凛火さんに選んでもらってよかった、言いかけたそれをコウは喉の奥に飲み込んだ。

 

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