彩霧広佐の視線 アクセル・ワールド   作:かいくんtheネクスト

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ゆっくり急いで強くなる

「せえあっ!」

 

 コウが気合いの入った叫び声とともに鋭い突きを繰り出す。足を止めた状態から不意に繰り出す全力の突きは、仮想身体の人間を超えた力も合わさって相当な速度に達していた。視認してからの回避はまず不可能。

 しかし凛火は完全に読みきっていたというようにあっさりと攻撃をすり抜け、短剣をコウの胸に突き刺した。

 

「ぐっ!」

 

 現実世界ではないので痛みはないが、なんともいえない異物感がコウの体をくすぐり、視界の中央に大きく《YOU LOSE》の文字が浮き上がる。これで三度目の敗北だ。

 現在コウと凛火は《一撃決着モード》という決闘方法で、実戦形式の練習をしている。ゲーム内で上位5%くらいのやり込み度を誇るコウと始めたばかりの凛火ではレベルおよびステータスが違いすぎ、どちらかの体力が半分以下になったら終了の《半減決着モード》ではコウの体力が減らない、ということで《一撃決着モード》での練習だが、《グレイ・レコード》に合わせてスピードを落としているとはいえ、ステータスで圧倒的に劣るはずの凛火にコウは全くダメージを与えられていない。一回目は手加減してあっさりやられたが、今回は油断せず本気の本気だったはずなのに。

 

「はは、凛火さんはすごいな。この俺の攻撃がまるで当たらない」

 

 コウはこれまで、凛火は自分とは住む世界が違う人間であり、ゲームなどてんでできないのだと思い込んでいた。もちろん、睡眠時間を削ってまでゲームに打ち込むコウにゲームの腕で匹敵するとは考えてもいなかった。だが実際には、凛火はコウのフィールドである《BWO》内においてすら、コウを上回る動きを見せていた。

 それと同時に、コウは自分に違和感を覚えていた。動きが悪い。それはグレイ・レコードの能力が低いという意味ではない。なんだか戦い方に精彩を欠いている。単体の技のキレというよりは、全体としてうまく立ち回れていない。

 

「今の突きは速かったけど、動作が単純すぎるよ。デュエルアバターの性能に頼るだけじゃダメなんだ」

「性能だのみ、か。ここんとこモンスばっか斬ってたからかな」

 

 改めて考えてみると、直近数ヶ月で対人戦を行った記憶がない。ギルドにいたときからモンスター狩りがメインだった。それはそれで楽しかったのだが、AIとの戦いはどうしても行動がマニュアル化され、相手の攻撃パターンを把握し、いかに効率よくさばけるかばかりになってしまいがちだ。そして心なき人形とばかり戦っている間に、コウの腕は錆び付いてしまったようだった。コウの頭が、対人戦の柔軟な動きについていけていない。

 

「ゲームには自信あったんだけどな……ゼロからのスタート、だな」

「落ち込まなくていいんだよ。ボクだって最初から《クリスタル・ユートピア》をうまく扱えてたわけじゃない。むしろゲーム未経験のボクは相手を殴ることすら満足にできなかったんだ」

 

  初めはみんな未経験、というのはよく言われることだが、凛火がまともに戦うこともできなかったのは意外だったし、一方で女の子らしい彼女の弱気な一面も見た気がする。

 

「どうしてボクが加速世界で今日まで生き残ってこられたか、わかる?」

「友達のバーストリンカーが強くてそいつに戦い方を教わったとか?」

 

 そんな彼女が強くなるにはコウにとっての凛火と同じように、凛火にも師匠が必要だっただろうと考えたが、凛火はゆっくりとかぶりをふった。

 

「ボクがバーストリンカーであり続けられているのは、運が良かったから、それだけ。七年前、BB、いやブレイン・バーストが東京に住む百人の子どもに配られてから、アプリのコピーが可能になるレベル2になるまでに残ったのはほんの三十人弱。そこに残れたのはただの幸運だよ」

「そんなに、激しい争いだったのか」

 

 百人から残ったのが三十人足らずということは、初期ユーザーの三分の二以上がポイントを失い退場してしまったことになる。そんな厳しい状況下ではきっと誰もが自分の勝利だけを考え、他人との関係を深めることなどできなかっただろう。他のだれも頼ることができない闘争を、凛火は勝ち残ったのか。

 

「百人の中でも後に《純色の七王》になる《ブルー・ナイト》、《グリーン・グランデ》、《ホワイト・コスモス》の三人とか、黒のレギオン元幹部の《グラファイト・エッジ》みたいにずば抜けた実力を持つBBプレイヤーもいた。だけどボクはそうじゃなかったから。毎日震えて、なんでボクなんかがBBプレイヤー、あいやバーストリンカーになったんだろうって考え続けてたよ。次に負けたらポイントが全損する、なんて状態になったこともあった」

「け、けどそこまでなっても最後に凛火さんはレベル2への競争に勝ったんだ。それは実力なんじゃないのか」

 

 凛火は悲しそうに笑った。

 

「結果的にはそうなるかもしれないけどさ、あと一回負けたらおしまい、ってところでボクが勝てる保証なんてどこにもないだろ? 何度も見たよ、ボクより強いと思ってたプレイヤーが消えていくのを」

 

 コウも自分がプレイするゲームで、以前までよく見かけていたプレイヤーが引退したときは、それが特段親しい相手でなくとも寂しい思いがする。加速世界からの退場は単なる引退ではなく、対戦に負けた結果の、本人の望まない形での強制的な引退なのだから、傍で見ていた凛火も平静ではいられなかったのかもしれない。

 

「だから、コウは焦らないでね。消えていった人はみんな、焦って身を滅ぼしていった。今強くなくても、いつか強くなればいいから」

 

 ――だから、コウはいなくならないで。

 実際に凛火が言ったわけではないが、コウは彼女の言葉のあとにこの一節が続くように感じた。それは凛火に頼られたいというコウのエゴが生んだ解釈に過ぎないかもしれなかったが、コウは凛火を安心させようと、彼女の肩を掴んだ。

 

「大丈夫、この俺はこの俺のままだし、いなくならないから」

 

 肩を掴まれた凛火は驚いて目を丸くしていたが、それを聞いて安心したように頬を緩めた。言ってしまってから自分がしていることの大胆さに気づいて慌てて手を離す。

「わ、悪い。変なこと言った」

 

「ううん、頼りにしてるよ、コウ」

 

 コウは顔が赤くなるのを感じた。

 

「そっそれより! 練習を続けよう。この俺も多少感覚を取り戻せてきた」

 

 凛火は嬉しそうに笑って、再び剣を構えた。

 

 

 

 

 戦闘練習を終えて《BWO》から現実世界へ。目覚めることができた安堵と未来に対する一抹の不安を両方抱えたまま広佐は覚醒する。ダイブ前目の前にいた愛しい人も変わらずそこにいる。広佐は椅子からゆっくりと立ち上がろうとし、そのまま膝をついた。長時間のダイブにより仮想世界の身体と現実の肉体の間にある身体能力のギャップに起因するものである。

 

「だっ、大丈夫!? どっか悪いの!?」

「いや、ただちょっと体が重く感じただけだ。大したことは、うっ」

 

 足腰をふんばらせて体を持ち上げるが、ふらついてバランスを崩してしまう。倒れる、と思ったそのとき、凛火が広佐を掴んで支える。

 

「危ないなー、無理しちゃダメだろ。彩霧、現実の体だから重く感じるだけじゃなくて練習で疲れてるんだ」

 

 凛火に誘導されてソファに腰を下ろす。凛火に触られた緊張と情けない姿を見せた恥ずかしさで広佐はうなだれる。

 あのあと何度も凛火と実戦形式の訓練を行ったが、広佐の短剣は一度も彼女をとらえることなく終わった。合間で凛火から指導をもらい動きの改善に努めたのだが、本当に上達したかは怪しい。ダイブ後の凛火が平然としているのに自分は立つこともままならないことも、広佐が未熟な証であるように思えた。

 

「ありがとう、体が重すぎてどこまでが脳の錯覚でどっからが疲れかよくわからないな。この俺もまだまだってことだ」

 

 そのとき、広佐の腹がぐー、と鳴った。時刻は午後一時をすぎている。

 

「わぁ、もうこんな時間だ! 彩霧、立てるようになったらご飯食べに行こっか」

 

 首肯しながら広佐は、凛火と一緒に食事、というシチュエーションに喜びを覚えるより先に、何から何まで彼女に任せっきりでいいのかと考えていた。

 

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