彩霧広佐の視線 アクセル・ワールド   作:かいくんtheネクスト

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グレイ・レコードは眠る

 今日は広佐たちにとっては創立記念日のため祝日でも、社会にとっては普通の平日であり、人々は仕事や勉学に勤しんでいる。だが、昼時の新宿ともなれば話は別だ。サラリーマンのランチタイムが終了していても、街には主婦っぽい外見の女性や、外回りの会社員、なんだかよくわからない人で賑わっている。広佐は人ごみが好きだ。人間は周囲に誰もいないところより、人が多くいる場所にいる方がより孤独を強く感じるとよく言われるが、広佐はそうは思わない。人の中に埋もれているときにこそ、自分が独りではないと安心する。ただし、今回は本当に一人ではない。

 

「これおいしいな!」

 

 目の前に出されたビーフカレーをひと口食べるなり広佐は感心して言った。深いコクとわずかな甘さが固めのライスとよくマッチしている。もう少し甘口なら満点をつけているところだ。

 

「よかったー。ここのカレーおいしいしそんなに辛くないから、辛いの苦手なボクでも食べられるんだよね」

「そ、そうだよな! 子どもでも食べやすい万人受けする味だ」

 

 どうやらレトルトカレーの中辛すら辛くて食べられない広佐は「辛いの苦手」というレベルではないらしい。辛さと見栄を張ったのががバレないかの不安で冷や汗をかきながらスプーンを口に運ぶ。

 凛火が紹介してくれたカレー店は先ほどまでいたマンションからほど近い、大通りに面したビルの2階に入っている。店の名前に聞き覚えがないので全国チェーンではなさそうだ。内装は特段凝っているわけではないが、イスやテーブルの調度品は清潔感を感じさせ、橙色に光る照明もそれらとよく調和している。店内には名前は知らないがメロディは聞いたことのある、今どきのJ-POPが流れる。

 

「さっきキミの動きを見て、ボクなりに《グレイ・レコード》の性能を他のデュエルアバターと比べて考えてみたんだけどさ」

 

 食べ始めてから少しして、凛火が切り出した。彼女との直結対戦中色々試してみたが、《グレイ・レコード》に変わった特殊能力はなかった。メニュー画面から所持アビリティを確認してみるとウインドウは空っぽ、強化外装であるナイフと剣の中間くらいのリーチを持った刃物《ネビュラシウム・ソード》にも特別な仕掛けはなく、必殺技がいくらか使える性能をしている程度。だから広佐は、この《グレイ・レコード》というデュエルアバターはきっと防御や速さといった基礎能力が高いのだと予想していた。

 

「なんだかなー、足りない、んだよね。スピードは平均的だし、体格がいいわけじゃないから装甲も厚くはないだろうし、障害物を壊してた感じ攻撃力も普通くらいだと思う」

「え、えー、マジで……」

 

 それではコウはハズレくじを引いたということか。弱いデュエルアバターでこれから戦っていかなければならないのか。そう思いかけるが、凛火は首を横に振ってそれを否定する。

 

「だけどデュエルアバターには《同レベル同ポテンシャル》という鉄則がある。必ずあるはずなんだ、《グレイ・レコード》の強みが。ボクの感覚だと、あとひとつ、強力なアビリティか強化外装が隠れてるはずなんだ」

「そ、そうなのか。よかった、この俺にも眠っている力があるってことか。秘められた力……燃えるな!!」

「燃えてる場合じゃないよー。アバターの性能を引き出せないと負けちゃうだけだからね」

 

 そうだった。隠れた力を見つけられたとしてようやく他のアバターと同じ、ましてやそれが隠れたままの現状では、《グレイ・レコード》は単なるなんの特徴もないデュエルアバターでしかない。

 

「デュエルアバターで戦っているうちにアバターとの親和性が高まって新しいアビリティが発現することもあるからね。ただ」

 

 凛火がスプーンの先をぴっ、と広佐の方に向ける。

 

「これだけは言える。ポテンシャルを引き出せないバーストリンカーは生き残れない。ボクもたくさんバーストリンカーを見てきたけど、そういう人は残らずレベル1のまま消えていったよ」

 

 広佐は自分の腸のあたりがきゅっと締まるのを感じた。どうやら力を隠してる自分カッコイイなどと言っている場合ではないようだ。対戦でポイントを奪い合う以上、ポイントの収支をプラスにし、次のレベルへ上がるには、同レベル帯での勝率が最低でも五割を上回らなければならない。レベルの違う相手と戦い続ければ必要な勝率はまた変わってくるが、どんな相手と戦って勝つにせよポイントをためるには一定水準以上の実力が要求される。そこで根本的にデュエルアバターの性能が劣っていれば、よほど技術力が高くない限り勝ち抜くことは不可能だろう。

 広佐は皿に残っていたカレーを胃の中へかき込んだ。口の中全体がひりひり痛む。辛さを水でかき消そうとしたが、口の中に残った刺激はなかなか去ってくれそうにない。次来たときは甘口を頼もうと決心する。

 

「今から対戦しようと思う。早く《グレイ・レコード》を叩き起こさないと、この俺は消えるんだろ」

「焦らなくていいって言っただろー」

 

 凛火はのんびりとした調子で言った。

 

「でも、さっきまで練習しててあったまってるだろうし、ここで力試しもいいかもね。ボクも彩霧の活躍、見てみたいな」

 

 凛火にそう言われれば、奮起せざるをえない。凛火が広佐の戦いを楽しみにしてくれている、それだけで広佐は自分がなんでもできるような気分になった。

 

「フッ、任せろ! この俺の華々しいデビュー戦を見せてやる!」

「あんまり気張らず、思いっきりやってね」

 

 ニューロリンカーのグローバル接続をオンに変更。起きてからずっとオフだったが、ネットを使えなくてきつかったのは朝だけで凛火と会ってからは彼女と話すのが楽しくて全く気にならなかった。こんな自分も人と話すのは楽しいんだな、と広佐は思った。

 

「誰と対戦するかついてはボクがアドバイスしよう。じゃあ行こっか」

 

 凛火に合わせて口を開き、加速コマンドを唱える。凛火のアドバイスを借りて戦うのは少しズルいような気はするが、初心者なのでそれくらいはいいだろう。何より、こうして凛火と関わっていられるのが、広佐にはたまらなく嬉しかった。

 

 

 

 

 対戦が始まると、コウ、いや広佐が今までいたカレー屋は床から天井に至るまで黒ずんで炭化していき、もろくなって崩れ落ちる。コウの立っている床も轟音とともに落下し、コウは危うくガレキの下敷きになりかけた。これは現実で実際に起こった光景ではなく対戦フィールドの都合でそうなっているのだろうが、今しがたまで何事もなかった建物が崩壊するのを見るコウの気持ちはやや複雑だった。

 まだ対戦は始まっていない、単なるフィールド形成にともなう変化だからか、ガレキがぶつかったりしてもコウの体力ゲージは微動だにしていない。外に出ると、大通りに所狭しと並んだビルはどれもカレー屋と同じように炭化してガレキの山を築き、道路はひび割れあちこちで残り火のようなものがくすぶっている。まるで周囲一帯を何機もの爆撃機が襲ったような惨状である。

 

「《焦土》ステージだね。道に障害物が多くて足元がちょっと怪しい以外は変わったステージギミックもなくて戦いやすい。建物はもろくて壊しやすいかわりに破壊してもほとんど必殺技ゲージはたまらないから真っ向勝負あるのみ! なフィールドかな」

 

 凛火の雪だるまヘッドを見るのはまだ二度目なせいで、目にしたとき一瞬誰かと思ってしまう。雪だるまの顔をまじまじと見てみると、笑っているのか怒っているのか、それとも無表情なのかよくわからない顔をしている。近くにいると心なしか体がひんやりとする。

 

「変なステージだったら初見のこの俺にはきつかったな。相手のデータがないのは残念だけど、お互いに特性を知らないならフェアでいいか」

「うう、ごめんね、《チャロアイト・スパイラル》について何も知らなくて」

「り、クリスさんが悪いんじゃないって。千人のバーストリンカーの情報全部把握してるやつがいたらそれこそ引くし」

 

 コウがこれから戦うレベル1バーストリンカー、アバター名《チャロアイト・スパイラル》について凛火が知っていることはほとんどなかった。それでも対戦を挑んだのは、マッチングリストに載っていたレベル1がコウのほかにそれしかいなかったからだ。ゴールド・ナイトメアと戦いたかったコウはがっかりして、代わりに「ナイトメアに負けたザコならこの俺でも勝てるだろ」と思ってスパーク・トリガーを選ぼうとしたがレベルが上の相手にはまだ挑まないほうがいいと凛火に諭され、そのまま加速を解いてもポイントが無駄になるだけなので結局未知の相手と対戦することにした。

 

「そういや、対戦リストにレベル8ってクリスさん以外にスカイ・ラカーだっけ? しかいなかったけど、やっぱりクリスさんてすごい上位プレイヤーなんだな」

「ラカーじゃなくてレイカーだよ。レベル8は全体で20人いるかどうかだね」

 

 たったそれだけなのか、とコウは驚嘆する。それならトッププレイヤーの一角と言っても過言ではないだろう。レベル9には達していないが。

 

「っと、そろそろ来るよ。チャロアイトは紫色の宝石、遠近どちらにも対応できるデュエルアバターのはずだ」

 

 コウは腰からブレードを引き抜いて左手で構え、大通りの中央に立ってどこから攻撃が来ても即座に対応できるよう腰を落とした。マップ上にある相手のマーカーは確実にこちらに近づいてきている。道なりに来るか、建物の壁を壊してショートカットしてくるかわからないのでどちらも警戒しなければならない。相手の体力バーの下にある必殺技ゲージがわずかに上昇しているので、いくらかは物体を破壊しているはずだが、フェイクの可能性もある。凛火は戦闘の邪魔にならないためか、コウから離れてギャラリーの中に混じっていた。

 

「おっ、見ない顔だな。新入りか?」

「昨日マッチングリストにいなかったからピカピカの新人じゃない?」

 

 ギャラリーの声が集中力を乱すのを恐れ、コウはなるべくそれらをシャットアウトすることにした。チャロアイト・スパイラルは西の方角からやってくるようだ。道路の真ん中からやや東寄りに移動し、敵が来る方角に神経をとがらせる。そして互いの位置を表すマーカーが消失した直後、ドゴッ、と近くの壁が突き破られる音がした。

 

「っ! 来たか!」

 

 音のした場所の壁には穴が空いていたが、変化はそれだけではなかった。穴から強烈な突風が吹き出し、コウを襲う。

 

「ぐっ」

 

 両足を踏ん張って飛ばされまいとするが、風に乗って飛んできたガレキの破片が体を叩き、HPがわずかに削れる。ダメージ自体は大したことなかったが、破片が当たったとき、小さな痛みが走ったことに、コウは気がつき、同時に戦慄した。痛覚再現は技術的には可能であるものの、実装されているゲームはほとんどなく、その機能のついたゲームはR18指定を免れない。ゲーム世界であっても激しい痛みの感覚を受ければ現実の肉体にまで悪影響を及ぼす可能性が示唆されているためだ。その痛覚再現システムをブレイン・バーストが搭載している、バーストリンカーに痛みと向き合えとでも言っているのだろうか。

 穴を開けられた壁は自重を支えきれなくなり、砂埃を立てながら崩壊する。煙が薄まったときに現れたのは、長身のやや恵体で、紫を基調としたデュエルアバターだった。紫と言っても白と混じったようなまだら模様だが、それがよく調和して美しい色合いを保っている。宝石が色のモチーフになっているだけあって綺麗だ。シルエットは割合すっきりしていて、腕にエッジがついている以外は目立った特徴もなく、武器の類も見当たらない。しかし今の突風は紛れもなく彼が起こしたものだ、徒手だからといって油断はできない。コウはBWOで片手剣を使っていたときのように左手を低い位置で固定し、ブレードの切っ先を相手に向け、右手を肩の高さまで上げる構えをとった。

 先にチャロアイト・スパイラルの方が動き、それを見たコウも、彼に向かって走り出した。

 

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