彩霧広佐の視線 アクセル・ワールド   作:かいくんtheネクスト

15 / 25
チャロアイトの輝き

 素手の相手に比べて武器を持つコウはリーチにおいて勝る。そのコウの見立て通り、彼の刃は一足早くスパイラルへと到達する。左手で突き出された黒銀の刃先を、スパイラルは右腕のエッジで受け止めた。きぃん、と小さく金属音が鳴る。スパイラルは空いた左手でボディーブローを仕掛けるが、体をひねってかわし、コウは相手の腹にミドルキックを放った。重い手応えがあったものの、スパイラルはほとんど姿勢を崩さない。体格ではあちらに分がある以上、打撃ではクリーンヒットでも大した効果はないか。

 追撃をあきらめ、即座に後退して反撃の手を逃れる。スパイラルの体力を確認すると、今ので減少したのはたったの5%、最初の突風によるガレキでコウが受けたダメージと大差ない。ブレードによる攻撃でなければ大ダメージは望めないな、とコウは考えた。

 

「サウスポーか、やりづれぇな」

 

 声変わりしたてでどこか幼さの残る声。体の大きさとはギャップがあるものの、バーストリンカーは(おそらく)全員中学生以下なのだから、アバターの見た目が恐ろしげだからといって、怖いオッサンであることはない、はずだ。むしろ、声変わりもしていない中学一年生やあるいは小学生のバーストリンカーがいてもなんら不思議ではない。

 

「アンタ、見ない顔だな。新人か?」

 

 年下であろう人間にタメ口で話しかけられることに引っかかるものを感じながらも、昔プレイしていたゲームだと十歳年上の相手に敬語を使わずに話しかけていたなと思い出す。相手の年齢を知らなかったがゆえの行動だが、ブレイン・バーストにおいても初見の相手の年や学年はわからないのだから責めることはできない。

 

「ふふ、聞いて驚け、今回がこの俺、《グレイ・レコード》のデビュー戦だ!」

 

 コウが期待した通り、スパイラルは驚いたようだった。

 

「デビュー戦? ……そいつはラッキー、と言いたいところだが、アンタ、初めてにしちゃいい動きするじゃん」

 

 年下っぽい相手になんとなく上から目線で言われてムッとするが、一応褒め言葉として受け取っておこう。スパイラルの方がバーストリンカー歴で言えば先輩である。

 

「こうして話してる間も、アンタは俺から一瞬たりとも目を逸らしてない、それでいて俺の体のあちこちに目を配って俺がいつ動いても反応できるようにしてる。『慣れる』段階は終わって『勝つ』ことを考えてるって風だ」

 

 スパイラルに言われたことを、コウは意識してやっているわけではない。ただ、彼が言うように、コウは加速世界を、ブレイン・バーストというゲームをそれがどんなものが理解しようとする作業を、スパイラルと交戦し始めた時にやめていた。それを「慣れた」と表現していいかはわからないが、理解を先送りにしたのは間違いない。もしかしたら、それはコウがアクション系のゲームをプレイし慣れているからこその適応の速さなのかもしれないが。

 

「解説どうも。お前もレベル1なのに詳しいな。ベテランみたいだ」

 

 皮肉にも字面通りにも受け取れるように言ったつもりだがスパイラルはどちらに解釈するだろうか。どちらにも取れるような言い方、ということはコウは皮肉として言ったわけではあるが。

 スパイラルがどう思ったかはわからないが、コウの言葉を聞いて彼は苦笑した。

 

「詳しくもなるわ、ここで勝つためにはそれくらい、な!」

 

 言い終わると同時に、スパイラルが足元に転がっていた石を蹴り上げた。予備動作は少なかったが、二人の間にそれなりの距離があったので、コウは飛来してきた石を難なく回避する。

 

「ハッ! 勝つためなんて言ってその程度の小細工かよ!」

 

 拍子抜けついでに相手を挑発し、再び駆け出す。戦闘においてメンタル面で相手に遅れをとらないことは重要だ。「勝てない」と思えば相手の勢いに押し切られ、本当に勝てなくなってしまう。だから、経験で負けていても、性能で負けていても、気持ちだけは負けられない。

 適当にブレードを振っても腕のエッジに阻まれ攻撃が届かないことはさっきわかった。それを踏まえたうえで、コウはブレードの刃先を地面すれすれまで落とし、下から突き上げるような軌道で斬撃を行う。ガードしづらい下半身への攻撃、これが武器を持ったプレイヤー同士の戦いなら相手は防御を放棄してこちらのクリティカルポイントである頭や心臓部分を狙いに来ることも考えられるが、今はリーチの差でスパイラルにはその選択肢がとりにくい。案の定、スパイラルはガードを固めつつカウンターを狙う姿勢をとる。そしてそのときにはすでにコウはブレードを引っ込めている。フェイント成功。一瞬引っ込めたブレードを、スパイラルの手の甲を刺し貫くべく突き出す。ボディを狙うと見せかけ、相手の攻撃手段たる腕を潰すのはコウが昔からよく使っている戦法だ。あっさり引っかかったあたり、敵もまだまだ経験が浅い。

 自分の優位を確信し、そう思ったコウだったが、その剣がスパイラルの手に傷を負わせることはなかった。ガキィ! と見えないバリアに防がれたかのように、コウのブレードが弾かれる。コウは驚愕に目を見開いた。

 

「小細工で良かったんだ、別に」

 

 コウのガラ空きの胴体に、スパイラルの抜き手が刺さる。ただの打撃ではない、本当にコウの灰色の装甲を破り、胸に刺さった。スパイラルから聞こえる唸り声のごときモーター音が、コウの耳にへばりつく。

 スパイラルの腕が、ドリルさながらに回転している。回転によって貫通力を高められた抜き手が、コウの体をえぐっていた。

 

「うあああああっ!!」

 

 目の前で起こっていることを認識した瞬間、コウは叫び声を上げ、バックステップでスパイラルから離れようとした。しかしスパイラルは追撃を加えるため、コウに追いすがる。本気で走らなければ逃れられないと判断し、スパイラルに背を向けて全力で逃走を開始。

 ひび割れた地面につまずきながら無我夢中で走り、道路を半ば塞いでいるガレキの山を飛び越える。走りながら通りの左右にびっしりと並んだビル列から、なるべく原型をとどめているビルを探す。ほとんどガレキだけになっている場所、半ばからぽっきりと折れてしまっているビル、どこも悲惨な有様で、一階部分が残っているだけでもいい方だった。なんとか二階まで残っていた、現実ではオフィスであろうビルの内部へ転がり込む。廊下を走り抜け、途中にあった小さな部屋に入り、ドアを閉めてから壁に寄りかかって息をつく。乱暴に散らかされてはいるが部屋の中にある簡素なテーブルとチェアは壊れもせず残っていた。壁のあちこちにはヒビが入り、天井にも大きく穴は空いてはいるが、相対的に見ればかなりマシな状態である。

 ガレキの向こうへ着地した時点で相手から視線は通らなくなったはずだが、マップでこちらのいるおおまかな位置はバレている。この建物にいることはすぐに特定されるだろうから、気を抜くことはできない。

 胸に受けた傷の痛みが遅れてコウを襲う。傷口をおさえうめき声を漏らしながらも、コウは状況の整理を始める。

 あの一撃で、コウのHPは1割ほど減少していた。残り体力はまだまだある。カウントは1500を切ったところ。時間も残っているが、このまま時間切れになれば体力差で敗北になる。いつまでも逃げ回ることはできない。

 《チャロアイト・スパイラル》の特徴は腕を高速で回転させること。それによって打撃は貫通力を持つだけでない。手を狙った攻撃を弾いたのも、回転の力によるものだ。だとしたら、コウの勝ち目はかなり薄い。ブレードを受け付けないということは、回転する腕の部分にはグレイ・レコードの力でダメージを与えることは不可能だ。スパイラルの体力を削るためには腕以外を狙わなければいけないが、あの腕に触れるだけでこちらがダメージを受けてしまうとあっては、正面から戦えばまともな勝負になるかも怪しい。

 

「くそ、痛ってえ。厳しいな……」

 

 それでも、やはり気持ちでは負けられない。非フルダイブ型の、コントローラーを使った対戦ゲームとフルダイブ型ゲームでの対人戦との最大の違いは、「勢い」が勝敗をどれほど左右するかだと、コウは思っている。どちらも対人戦は極論すれば複雑なじゃんけん、読み合いにより自分の得意部分を押し付け合うのが基本になる。だが、非フルダイブ型のゲームで自分の操作するキャラクターがダメージを受けても画面越しのプレイヤーに直接的な影響はないのに対し、フルダイブでは実際に自分の仮想の体に攻撃がヒットし、自身が吹っ飛ばされたり衝撃を感じたりする。相手から直に向けられる敵意というのは恐ろしいもので、もちろんその恐怖は実際の戦場と比べればはるかに軽くはあるものの、そうしたゲームに慣れていない人間が対人戦を行えば自分を貫く感情と攻撃による衝撃で瞬く間に戦意を失ってしまう。そんな逆境の中にあっても勝ちたいという燃え上がる意志と、勝つための手段を分析する冷静な判断力を維持できなければ勝ち目などつゆと消えてしまう。それがわかっているからこそ、コウは勝利を求める心を捨てようとはしなかった。

 マップに示されるチャロアイト・スパイラルの位置はだんだんとコウに近づいてくる。コウはマップを凝視し、彼が近づいてくるのを待った。相手はコウが初心者だからマップで互いの位置がわかるという事実を知らない、と思っているかもしれない。もしそうなら多少やりやすくなるが、希望的観測で楽観はできない。

 やがて、マップの表示が消える。そこからは音に集中した。デュエルアバターの身体を構成するのは金属っぽい物質である。ロボットのようなパワードスーツのような外見だからおそらく金属でできているとは思うが、メタルカラーというものが存在するせいで確信が持てない。だが触った感触や硬いものにぶつけた音は完全に金属だったので、金属と仮定しても問題ないだろう。敵のカラーモチーフは宝石のチャロアイトだが、宝石のように透き通った体はしておらず、全身が宝石でできているとは思えない。そして体が金属のようなものでできているなら、必然的に足音を立てずに移動するのが不可能に近くなる。デュエルアバターの性質によっては物音を抑えて移動できるタイプもいるかもしれないにせよ、スパイラルがそうでないことは明らかだ。

 金属でできたブーツで歩いているような足音が聞こえる。足音は屋内ゆえに反射してどこからしているのかわかりづらいが、確実に近づいてきている。コウが逃げ込んだ場所は来客をもてなすための小さな部屋のようで、奥まった短い廊下を通らなければたどり着くことができない。

 敵を示すマーカーが消え、それを待っていたのか敵の足音が一気に速くなる。コウも襲撃にそなえて部屋の中を睨む。その数秒後、小部屋の壁がぶち破られた。最初に現れた時と同じだ。《焦土》ステージの壊れやすさを利用した襲撃。廊下が一本道だとわかった時点でコウの待ち伏せを察知し、隣の部屋から奇襲をしかけたあたり、さすがに相手もバカではない。しかし、壁の破壊とほぼ同時に部屋に突入してきたスパイラルの視界に、コウの姿は映らない。

 

「隙ありだあああああっ!!」

 

 コウは叫んで二階の床に空いた大穴から飛び降りた。飛び降り時のダイブキックがチャロアイト・スパイラルの肩に刺さり、スパイラルが床に倒れ込む。

 マップの矢印は互いの位置を俯瞰的に示してはいるが、あれは真上からの視点であるため、上下の位置には対応していない。つまり、コウが一階にいようが二階にいようがマップ上では同じように表示される。軍隊のレーダーほどこのゲームのマップは親切ではないのだ。だからコウが密かに天井の穴から二階へと移動していたとしても、スパイラルは気がつかない。彼にあと半秒も余裕があれば、コウが上から来ることを察知し即座に対応することができたかもしれないが、部屋の中にコウの姿が見えなかった瞬間、スパイラルはとっさに部屋の隅を探していた。その読み違えが、コウにとってのチャンスになった。

 傾いたスパイラルの体は彼の両腕によって支えられるが、背後から肉薄したコウは彼の首に腕を回し、ヘッドロックをかけた。動きを封じてからすかさず、相手の左胸、生身の肉体では心臓のある部分に背中からブレードを突き立てる。金属でできたものを傷つけるのは並大抵のことではなく、ましてやこんな重量のない武器で装甲の隙間でもない部分を貫くなど不可能かもしれないと危惧したが、そんなことはなく、《ギャラクシウム・ブレード》の刀身は八割がたスパイラルの背中へと埋まった。やはりデュエルアバターの身体を構成する物質は謎だ。ただ、こうして変身をしないタイプのゲームにおける人の身体を再現した仮想体よりは固く、刺したブレードをひねって傷口を広げようとしたがうまくできなかった。

 スパイラルが腕を回転させ、ヘッドロックしたコウの腕を削り取ろうとしたので、やむなくロックを解除してブレードを引き抜き、距離を置、こうとしたが部屋が狭い。空いた右手で落ちているイスを拾い、部屋のドアを体当たりで壊して廊下に出る。廊下は一本道なのでスパイラルに速さで上回るコウはそれを生かせない。かと言って、逃げれば背後からの攻撃に対応できない。

 ――ここで奴と戦う。

 そう決心し、コウはブレードを口にくわえる。グレイ・レコードの頭部は戦闘用ヘルメットのような作りで口は露出していなかったが、ブレードを口に近づけるとヘルメットが一部展開し、クラッシャーが現れた。ブレードの代わりに両手でイスを構える。かなり間抜けな絵面だがこれがコウの作戦だ。

相手を待つ猶予などほとんどなく、コウが構えたときには部屋から出たスパイラルがこちらへ突っ込んでくるところだった。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。