彩霧広佐の視線 アクセル・ワールド   作:かいくんtheネクスト

16 / 25
Energy

 イスを前に突き出し、牽制するコウに対して、スパイラルは腕を回転させたまま払いのけようとする。今イスを手放してしまうのはまずいので、手元に引き寄せてやり過ごす。

 次の相手の攻撃は――右の突き!

 

「こ――――っこだあ!」

 

 スパイラルの突きに合わせて、コウはイスでガードした。ドリルさながらに回転する腕がプラスチックでできたイスの座面中央をえぐり、深々と突き刺さる。それを確認して、コウは椅子から手を放した。すると腕の回転速度はみるみる遅くなり、やがて止まった。

 イスにめり込んだ腕は本来より重くなり、回転を続けるにはより大きな力が必要になる。スパイラルの腕の中に仕込まれているであろうモーターには増えた重量を補うだけの出力はなかったと見える。そうなれば警戒すべきは残る左手のみ。

 

「チッ、面倒……!」

 

 苛立ちをにじませたスパイラルがイスを引き剥がそうと右腕を動かす。そこに隙が生まれた。コウはさらに踏み込み、二度斬りつけた。スパイラルのHPバーが一割以上減少し、残り七割となる。

 相手はバーストリンカーとなっていくらか日が経っているようだったが、所詮はレベル1、ゴールド・ナイトメアやスパーク・トリガーより明らかに動きが悪い。

心の中でほくそ笑み、左腕での突きも難なく回避。これは余裕だな、と思った途端、不意にコウはバランスを崩した。

 

「や、ばっ!」

 

 床の大きなひび割れに足をひっかけたのだ。だが、ここに来る前にはこんなに目立ったひび割れはなかったはず。

 

「まさか、お前がっ!」

 

 スパイラルが左腕を大きく振りかぶる。コウがふらついた足を元に戻す前に、左腕が突き出される。その指先がコウに達するには、あと二歩足りない。

 足りない距離を埋めたのは、回転する腕から放出された突風。扇風機の風を数十倍にも増幅させた威力の突風はよろめくコウの体を簡単に持ち上げ、壁に激突させた。《風化》ステージの柔らかい壁は衝撃に耐えられず崩壊し、その勢いでコウは壁の向こうの部屋に転がった。手からこぼれ落ちたブレードが乾いた音を立てる。

 

「あっ……ぐっ……」

 

 背中を強く打ち、痛みに苦しむコウ。スパイラルは右腕からぶら下がっているイスを引き抜き、倒れたコウの上に覆いかぶさった。そしてマウントポジションのまま、自由になった右腕を振り下ろす。

 コウは体をひねり、みぞおちめがけて振り下ろされた指先から逃れようとしたが、かわしきることはできず、突きが脇腹に刺さる。うなりをあげて回転する腕がごりごりと嫌な音を上げてコウの体を削っていく。

 

「ぐああああああああっ!!」

 

 熱したフライパンを押し当てられるような激痛がコウを襲った。コウの体が火花を散らすのに合わせて体力バーがみるみる減っていく。死、という文字が頭の中に浮かぶ。

死にたくない。生物としての本能がコウを動かした。人差し指と中指の二本指をスパイラルのアイレンズに突き刺した。いわゆる目潰し、そうしようと考えての行動ではなく、ほとんど条件反射で出た動きだったが、その突きは見事にスパイラルの薄緑色に発光していたレンズを砕いた。

 

「ぐううっ! おぉ」

 

 スパイラルが潰れたレンズを抑え、体を大きくのけぞらせる。コウが上体を跳ね上げスパイラルの顔面を殴ると、相手はガラン! と大きな音を立てて倒れた。

 拘束から逃れたコウはブレードを拾い、スパイラルに追撃を仕掛けようとするが、不意に力が入らなくなり、片膝をついた。

 痛い。抉られた肩と脇腹の痛みのせいで思ったように動けない。ブレードを強く握ることもできず、このままの状態では戦えない。

コウは追撃を諦め、脇腹を押さえながらスパイラルに背を向けて走り始めた。今いる部屋を抜け、廊下を通過し、建物の外へ。そのまま道路に沿って移動する。

とにかくどこかで休息をとらなければ。おぼつかない足取りのまま、安全な場所を探して走る。さっきまでの損傷の少なかった屋内と違って瓦礫や地面に入ったヒビを気にしなければならないのが苛立ちをつのらせる。とにかく態勢を立て直してスパイラルを迎撃する算段を立てなければ。

 しかしそこでコウは思い出す。死を錯覚するほどの痛みのせいで忘れていたが、ここは仮想世界で、この体は仮の身体にすぎない。休んだところで痛みが引いたり体力が回復することはないのではないか。もしそうなら、こうして逃げていること自体がまったくの無駄になる。そう思うと、体がズシン、と重くなった気がした。

 残り体力はスパイラルが残り六割、コウは三割。コウは絶望的な気持ちだった。こんな状態で、痛む体を引きずりながら戦っても勝てるわけがない。体の感覚が鈍くなっていく中、痛みがコウを叩く。

 

「うぅ……痛い……」

 

 いっそあきらめてしまおうか、そんな考えが脳裏に浮かんだ。今回負けたってまた次があるさ、最初なんだし仕方ない。

 

「コウ、大丈夫?」

 

 うつむいて走っていたコウは不意に何かにぶつかった。その拍子に疲弊していたコウは尻もちをつく。顔を上げてぶつかったのが人であることを理解するのに半秒かかり、ぶつかった雪だるま頭のアバターが誰であるかを思い出すのにもう半秒かかった。コウの進路を塞ぐように、凛火が立っていたのだ。凛火さん! と叫ぶ心の声を押し込める。

 

「ごめん、この俺……」

 

 コウは、自分が意気込んで戦いに臨んだにも関わらず情けない姿を見せてしまったせいで、凛火は失望したのだと思った。しかし、凛火は柔らかい口調でコウに語りかけた。

 

「いいんだよ。キミはよくがんばってくれた。初めてにしては十分すぎるくらいだ。だからもう諦めたって、誰もキミを責めやしない」

「クリスさん……」

 

 雪だるまヘッドに隠れた彼女の表情を直接見ることはできなかったが、きっと凛火はコウに微笑んでいたに違いない。コウはうなだれた。

 

「痛かったろう怖かったろう。強がらなくたっていい。キミは弱くなんかない」

 

 優しい、あまりにも優しい凛火の言葉はコウの戦いへの恐れを溶かしていくようだった。

 

「クリスさん、ありがとう」

 

 自分をこんなに大切に思ってくれる人がいる。自分の力を必要としてくれている。それを感じて、コウはまた泣いてしまいそうだった。

 コウは小さい頃、放課後に友達と一緒に遊ぶことを禁止されていた。そのせいで深い付き合いのある友達を作ることができず、中学に入る頃にはすっかり人付き合いのできない陰気な性格になっていた。

 誰かと仲良くなりたかった。誰かと大好きなゲームをしたかった。

 凛火がコウに向けて手を差し伸べる。もう苦しい思いをしなくていいというように。コウはもう一度ありがとう、とつぶやいた。

 

「おかげでまだやれそうだ」

 

 四肢に力を込め、立ち上がる。もう痛みは感じない。コウの体には直前とは比べものにならないほどの力が溢れていた。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。