彩霧広佐の視線 アクセル・ワールド 作:かいくんtheネクスト
凛火は差し出していた手を何度か開閉したあと、名残惜しそうにひっこめた。彼女は再び火のついたコウを驚いた様子で見つめた。コウはもう少しなにか言おうかと考えたが、次の言葉が思いつかなかったので、代わりに凛火に向かって親指を立ててみせた。
「――キミを選んでよかった。心からそう思う」
凛火はそう言って、きびすを返してコウから離れていき、ビルの合間への姿を消した。凛火はちゃんとコウの気持ちをくんで、戦いを邪魔しないように距離を取ったのだ。ならばこの俺も、凛火さんの期待に応えなければ。コウはそう思った。
道路の中央に陣取るコウのところにスパイラルが追いついてくるまでは30秒とかからなかった。アイレンズの片方は割れ、肩にダメージは負っているものの、自分が優勢であるという自信からか、スパイラルからは余裕が感じられた。コウが仁王立ちになり、堂々と待ち構えているのを見ると、スパイラルは少し首をかしげた。
「あれ、意外とまだ戦る気まんまん? この体力差で諦めないのはあんた、なかなか根性あるね」
挑発的な物言いだが、その程度のこと、全く気にならなかった。というか、興奮していたためスパイラルが言った内容をコウは半分も理解していなかった。今、コウの頭の中は勝つことだけが占めている。
腹に力を込め、両足をふんばって、声に自分のありったけを乗せてコウは叫んだ。
「無駄口を叩く暇があるならかかってこい! 戦いはまだ終わっちゃいない! こんなんで勝った気になってんじゃねえぞ!!」
ヘラヘラとした態度だったスパイラルの雰囲気が変わる。戦う気力を失わず、挑発しかえしたコウにいらだったようだった。
「――そういう強がり、寒いよ!」
スパイラルがコウに向けて突っ込む。両腕をドリルのように回転させながら巨体が突進してくる様子は、正面から見るとすぐにでも逃げ出したくなるほどの勢いがある。だが冷静に観察すれば、動きは単調であり注意すべき部分は腕のみ。
頭を下げて攻撃をかいくぐり、すれ違いざまスパイラルの脇腹を浅く斬る。そして背後に回った瞬間にブレードの刃を逆さにし、彼の首に突き立てた。慣れない動きだったため深々と刺すには至らず、刃先三分の一が首に埋まったところで引き抜いたが、それでも相手の体力は一割ほど減少する。
――思い出せ、この俺が積み上げてきた経験を。
コウにバースト・リンカーとしての経験はまだない。だが、ゲーマーとしての経験ならそうそう負けないという自負がある。今までフルダイブ非フルダイブあわせて100タイトル近くのゲームをプレイしてきた。それも主にアクションゲームだ。
直近でプレイしていたゲームで剣士をやっていた影響で、グレイ・レコードの強化外装、《ギャラクシウム・ブレード》を剣だと思って使ってきたのがよくなかった。ギャラクシウム・ブレードの三十センチという中途半端な刃渡りは剣として使うには短すぎたのだ。
コウは昔、暗殺者が主人公のR18指定ゲームをプレイした経験を思い出していた。年齢確認機能をごまかして買ったゲーム、そこで鍛えたナイフの技術。刀身の短さを逆手に取って自在にナイフを使い、相手の急所を刺す技をコウは記憶の底から引きずり出した。このブレードは、ナイフだと思った方が扱いやすい。
スパイラルが腕を水平に薙ぎ、コウを振り払おうとするが、コウはしゃがんで相手の足を刺す。これが痛覚機能のないゲームだとダメージの低い足など攻撃しようものならすぐさま頭部にカウンターが来たところだろうが、このゲームではそうはいかない。スパイラルが痛みに顔をゆがめ、膝をつく。その顔面を、コウはつま先で蹴った。敵の巨体が、あお向けにひっくり返る。
倒れたスパイラルに馬乗りになることはしない。体格で劣るコウでは力負けするだけだ。その代わり、彼が起き上がろうと地面に手をつくとコウはスパイラルの体にブレードで切りつけ、腕を回転させればコウは一歩退くといった行動を繰り返した。回転する腕の弱点、それは腕が回転しているときは腕を武器としてしか使えないことにある。回転したままでは地面に手をついて体を起こすことができず、起き上がるときには回転を使えない。状態を起こそうと腕に力を入れた状態のスパイラルなど、特別な能力のないただ体が大きいだけのアバターに成り下がる。
「なっ、めるなぁ!!」
そうなれば彼にできることは一つ、腕の回転を上げて突風を発生させることだけだ。
腕から放たれたトルネードがコウを吹き飛ばした。風による中距離攻撃が来ることはわかっていたので、足は地面から離れたものの完全に体勢を崩して地に叩きつけられることはなく、体を丸めて衝撃をやりすごし、すぐに立ち上がった。その間に、スパイラルも体勢を立て直したようだ。にらみ合ったまま再び両者がぶつかり合う。
スパイラルの右腕のドリルをあえて腕にこするくらいギリギリで避け、肉薄する。腕の表面が削れて削りカスが宙を舞う。今更この程度痛みにも入らない。コウは両腕で、スパイラルの左腕を挟んだ。
今までスパイラルの行動に引っかかりを覚えていた。突風を使った直後に、彼が両腕を同時に回転させていなかったこと。そして、突風をもっと頻繁に使えばよりこの戦いを有利に進めることができたはずなのにそうしなかったこと。考えられる理由は、突風を使った後少しのあいだ、風を発生させた方の腕がオーバーヒートして回転させられなくなるから。コウが右腕に組み付こうとしても回転が来なかったということは、予想は当たっていたに違いない。
コウはスパイラルの腕を取ったまま背後へと移動する。動画で見た、警察官が犯人を取り押さえる際の動きを真似て素人なりに関節技をかけてみたが、うまくいった。
キミを選んでよかった、と言った凛火の言葉が、不意に脳裏に蘇る。選んでよかった、か。
それは違うぞ、凛火さん。
「それは、この俺だ!」
両腕で敵の片腕を捕らえた状態からブレードを持った左腕を離し、彼の背中に突き刺す。腕をロックする力が弱まり、腕が振りほどかれた。コウはブレードの柄を握っている左手に右手を重ねた。スパイラルが体をねじり、こちらを向こうとする。ブレードの刺さった背中がコウから離れていく。
「感謝するのはこの俺の方だぁ!!」
その勢いも利用して、コウは両腕に体重を乗せ、背中に埋まったブレードを袈裟懸けに斬り下ろした。鈍く重い手応えを感じながら最後まで思いっきり振り抜く。スパイラルの背中に、大きく斜めに横断する斬撃の痕が刻まれ、相手のHPゲージが一気に二割白くなった。
全力の攻撃でバランスを崩したコウはよろよろと足を絡ませ、スパイラルが苦し紛れに放ったトーキックを受けて倒れる。
「クソォ、なんなんだよその動きは! 今まで隠してやがったのか!」
明らかにスパイラルは取り乱していた。お互いの残り体力はスパイラルの二割に対してコウが一割五分。冷静に見ればまだスパイラルの方が優勢だが、流れはこっちに来ていると、コウは確信していた。
「次が最後だ! この俺がお前の攻撃を避けてトドメをさせるか、お前がこの俺をとらえられるか、それで勝負が決まる!」
スパイラルは額に青筋を浮かべんばかりの勢いだった。
「お、もしれぇ――さっさと来やがれ!!」
裏返った声で相手が叫ぶのと同時、コウは駆け出していた。
敵は動かない。がっしりと大股で立ち、両手の指を開いて腕を大きく広げコウを待ち構える姿はさながらゴールキーパーだ。コウが攻撃するのを待ち、ダメージ覚悟で手足を掴むカウンター戦法をとるつもりだろう。お互いが同じだけ攻撃を当てれば先に倒れるのは間違いなくこちらの方だ。そう思っているからこそ、コウの攻撃は回避されない。
コウがブレードを振り上げ、スパイラルの右腕が回転を始める。このままいけばブレードを持つ左腕は相手の右腕に掴まれ、回転する右腕でコウは貫かれる。振り上げた刃をひっこめて懐に入ろうにも、警戒して守りに入っているスパイラルを崩すのは難しい。
だから、このままでいい。
ブレードが光を帯びる。白く、コウの進む道を照らすように眩い光。必殺技の使用を示す単なる発光エフェクトだが、コウにはそれが本物の温かさをもっているように感じた。ブレードの軌道を変えることなく、まっすぐ愚直に突っ込む。
「《グレイ・アンブレイカブル》!!」
この《グレイ・レコード》に与えられた、たった一つの必殺技。相手に向かって直進し、縦と横に計二度の斬撃を繰り出すだけの、平凡な必殺技だ。突進速度はそれほど速くなく、ブレードのリーチが伸びたりもしない。
ブレードを持つ手がスパイラルの右手に掴まれる。同時に、回転している彼の右腕がコウの体に触れ、勝利を確信したスパイラルは目を細めた。
だが、コウの必殺技が止まることはなかった。手首を掴まれ、体にダメージを受けても、ブレードから発せられる光は弱まらない。相手を上回る力で掴まれたままの腕が強引に振り下ろされ、スパイラルの胴体を一閃する。
「なっ、なぜ!?」
派手な特殊能力のない《グレイ・アンブレイカブル》唯一の特長、それは「スーパーアーマー」だった。技のモーション中に攻撃を受けても止まることなく進み続けるという、最近のゲームではNPCのボスキャラくらいしか持っていないような能力だ。コウもプレイヤーが使用できる技にこの「スーパーアーマー」能力がついているのは旧式の非フルダイブゲームくらいでしか見たことがなかった。そんなレアな能力だから、相手はきっと予想もしていなかっただろう。
「いっっけええええええええええぇ!!」
縦に振り下ろした刃が水平に薙ぎ払われ、十字を描く。青白い派手な火花が散り、《グレイ・アンブレイカブル》のモーションが終わったところで、スパイラルの残っていた体力がきれいに削りきられた。
コウの心臓近くを深く掘り進んでいた彼の右腕が無数のポリゴンとなって砕け、腕の熱い感触が消える。スパイラルは信じられないというふうに首を左右にふった。
「負けた……? 初心者に?」
そして彼の全身はガラスの割れるような音と共にポリゴン片となって拡散し、空中に溶けてなくなった。
コウの目の前に炎で書かれた《YOU WIN!》という文字が浮き上がる。残り体力はほとんど残っていなかった。コウはボクシングの勝者がそうするように腕を高く上げた。
「勝った……勝ったよ凛火さん、ありがとう……」
決着まで物陰で静かに試合を観戦していたギャラリーたちが口々になにか言いながらコウに近づいてくる。デビュー戦で初勝利をおさめたコウに驚いているのだろうが、細かい内容は聞き取れなかった。コウの視線はまっすぐに、ギャラリーに混ざる雪だるまヘッドの少女に向けられていた。彼女と目を合わせ、コウは拳を突き出した。
やったな、と凛火が言っているような気がした。