彩霧広佐の視線 アクセル・ワールド 作:かいくんtheネクスト
それから二人は夕方まで、衣料品店へ行ったり、ゲームセンターでクレーンゲームをして遊んだ。広佐は衣料品店はおろか、クレーンゲームとその他ダーツのようなものしか置いていない現在のゲームセンターにすらここ数年足を踏み入れたことがなかったので、新鮮な気分だった。普段興味のない場所でも、凛火といると楽しかった。
午後六時、朝に待ち合わせたのと同じ新宿駅西口で、広佐と凛火は別れることにした。広佐としてはこのまま夜まで凛火といても構わなかったのだが、凛火には門限があった。
日はまだ完全には沈んでいないはずだが、新宿のビル群にさえぎられて見えない。日中よりも気温は下がり、過ごしやすくなったが、涼しくなってみれば日中の炎天下が去ったのもどこか名残惜しい。
「凛火さん、今日はありがとう。なんかすっきりした」
今朝まで悩んでいた色々なことは、広佐の胸の中からすっかり消え去っていた。将来に関する問題は残ったままだが、なんとかなるだろうという安心感が今はあった。
「ボクこそ。ボクのわがままに一日付き合ってくれてありがとね」
じゃあ今日はこれで、また明日、と手を振りかけて、広佐は振ろうとした手を止めた。凛火に頼みたいことがあったのを思い出したのだ。
「最後にひとつ、凛火さんに頼みがあるんだけど……」
「んー? なあに?」
「凛火さんのブレイン・バーストでのバトル、見てみたい」
そもそもまだ広佐は、凛火のデュエルアバターすら見ていない。一応《クリスタル・ユートピア》という名前とレベル8だということはわかっているが、彼女の実際の力を知りたい。広佐の目指すべき場所がどれほど高いところにあるのかを理解するためにも。
凛火は手をパン、と叩いた。
「これはうかつ。まだ彩霧の師匠らしいカッコイイとこ見せてなかった」
そう言って彼女は首元に着けている、桜の花びらが描かれたニューロリンカーを指先で撫でた。
「じゃせっかくだからさ、ボクと彩霧でタッグ組んでやろうよ!」
「えぇっ!? この俺もやるの!?」
「ギャラリーより上等な席だ。それに実戦経験も積めて一石二鳥だろ?」
「でもこの俺じゃ凛火さんの足でまといになりそうだし……」
レベル1と8では単純なスペックも大きく離れているし、技術面でも広佐ははるかに劣っているに違いない。凛火の正確な強さはわからなくとも、彼女と広佐でつりあうわけがないのは明白だ。
「だーいじょぶ! 彩霧がポイントをなくしちゃうようなことには絶対しないから! やれることだけやったら、あとはボクに任せなさい!」
そんなに凛火に頼ってしまっていいのだろうか、と広佐は思った。凛火に任せて対戦に勝ったらそれは間接的に凛火からバーストポイントをもらって楽をすることにならないだろうか。負けたら負けたで彼女に迷惑をかける。
半秒ほど考えて広佐はまあいいか、と結論を出した。グダグダ考えていても進まない、凛火さんの提案に乗ろう。
「わかった、やるからにはこの俺も頑張る!」
ほんの少しでも勝利に貢献できるならタッグを組む意味はあるだろう、と広佐は考えることにした。
「決まりだね。えーっと、ボクと彩霧のレベル合計は9、それと同じくらいで戦いやすい近接タイプ、そして青のレギオン所属なら対戦を拒否しそうにないタッグのプレイヤーは――うん、《バースト・リンク》」
凛火が加速コマンドを言い終わるか終わらないかのうちに激しい雷の音が広佐の脳を揺らし、彼の体を仮想世界へと連れて行く。本日三度目の加速で多少は慣れたが、それでもこの雷鳴にはうんざりだった。
広佐の体が一旦イスになり、そこからスタイリッシュなグレーのボディへと変化していく。一度イスを経由する意味はあるのだろうか。
変化中にふと、変身ヒーローって決めゼリフが必要だよな、と思い、誰も聞いてないことはわかっていながらも即興でそれらしいものを考えようとした。
「…………ぜ、全力で勝つぜ!」
――次に対戦するときまでにじっくり考えておこう。広佐は反省した。
「あらよっと」
コウがしゅたっ、とヒーローを意識した片膝立ちのポーズで対戦フィールドに降り立つと、すぐに空の黒さに気が付いた。現実では夕暮れでも、このフィールドは夜のようだ。
夕日を遮っていたビル群はコンクリート製から青黒い金属板で作られた窓一つない無機質な建造部へと変質している。いくつものサーチライトの明かりが周囲を照らすが、建物の灯りは一切ない。空には正体不明の飛行物体が飛び交っていた。
「まるで映画の中のディストピアだな!」
生物の気配がまったくない、見るものを不安にさせるような風景だったが、コウはこれを気に入った。コウはゲームのグラフィックを隅々まで見て世界観を楽しむというよりは、ゲームがうまくなることを優先するタイプだが、フィクションの中で見るような空想の世界を仮想空間で体験するのは大好きだった。
「《魔都》ステージだね。建物がすごく硬くてなかなか壊せない、障害物とか特殊なギミックがないから実力を発揮しやすい、いいステージだ」
隣にいる雪だるまが言った。コウは首をかしげる。
「クリスさん、もしかしてそれデュエルアバターだったの?」
これから対戦だというのに、凛火は雪だるまヘッドに赤いマフラーと厚手のコートを身にけ着たままの姿だった。
「違うんだけどさ、ボクのここでの姿を見せちゃうと目立つというか、相手が二人ともボクに集中しそうだから、まずはダミーの恰好のまま一人を引きつけるから残り一人とコウに戦ってほしいかなー、って。キミに苦労させることになるけどキミのためだ、許してくれ」
「この俺に経験を積ませてくれるってことか。でもそれって舐めプじゃない? 相手に失礼な気がするし第一そんなんで勝てるのか?」
「ボクは負けないよ? どんな相手にも正々堂々本気で挑むなんて高尚なこと、黒の王にでも言わせておけばいい。今回はこれがたぶん、ボクらにとって一番有益だ」
そんなものか、とコウは一応納得し、それ以上は反論しなかった。ゲームのプレイスタイルは人によりけりだし、相手が誰であれ本気で戦うのが礼儀だ、とはコウも考えていなかった。
気持ちを切り替え、視界の上にある体力バーを確認する。一対一のときより表示されている体力の数が増えており、右上にある二本のバーにはそれぞれグレイ・レコードとクリスタル・ユートピアの名が記されている。
「えっとこの俺たちの対戦相手は一人が……読めない。もう一人は……読めない」
「うえぇ!? なんだよもー、英語はちゃんと勉強しないとダメだろ。《フロスト・ホーン》と《トルマリン・シェル》だよ。青の王がマスターを務めるレギオン《レオニーズ》の中堅プレイヤーで、どんな相手からの挑戦も断らない好戦的なタッグだ」
日本の大会社のほとんどが社内用語を英語としており、日本人の英語教育が高度化している現代においても、コウは英語が大の苦手だった。テストのたびに赤点を取り、先生に叱られている。ブレイン・バーストの用語表記が英語なのには辟易するが、英語を学ぶいい機会と思うしかない。
相手は《フロスト・ホーン》レベル5と、《トルマリン・シェル》レベル4のコンビ。なんとなく近距離っぽい名前をしているので二人とも近接型だろう。レベルの合計はコウたちと同じ9だが、レベル3の《スパーク・トリガー》よりも高レベルとなれば、コウがどれだけ食い下がれるか。
「コウにはトルマリン・シェルの方を相手してもらいたいな。だけどキミが倒したチャロアイト・スパイラルよりずっと手ごわい、勝てないと思ったらすぐ言って」
「うん」
ここで立ち話をして待っているだけだと対戦時間がなくなってしまうので、マップのマーカーが示す方向へ二人で歩く。移動中に凛火から敵二人のアバター性能について説明を受ける。話の途中、時折ドローンのようなものが低空を飛行するのを眺め、あれを落とせたら楽しいだろうな、と思った。
歩くこと5分、向こうの方に、こちらへ歩いてくる二つの人影が見えた。どちらも大柄だ。このゲームはでかいやつばかりだな、とコウは思った。
距離が近くなるほど相手の姿がはっきりと見えてくる。一人は白っぽいカラーに氷を荒く削ったようにゴツゴツした体を持ち、獣っぽい形の頭から一本の角を生やす人型ユニコーンみたいなアバター。彼がフロスト・ホーンだろう。
「あの角が左右に割れて本気モードになったりしないのかな」
「何の話?」
「こっちの話だ」
もう片方は長身だが痩躯で手が細長く、青緑の綺麗に光る装甲をしている。右腕の肘から手首にかけての部分だけ腕が太くなっており、盾としての役割を持っていそうなこと以外、これといって目に見える特徴はない。あれがトルマリン・シェルに違いない。
互いの距離が十メートルほどまで縮まったあたりで、コウたちも相手も歩みを止めた。フロスト・ホーンがガン! と勢いよく足で地面を鳴らし、体育祭の応援団長くらいの大声で叫んだ。
「よく聞け! 『レオニーズの切り込み隊長』ことフロスト・ホーンとは! この俺のことよ! レベル1の新人だろうと容赦はしねぇぜ!」
対戦相手と相対して最初に名前を名乗るのはいかにも遊びっぽくて嫌いではないが、コウは別のことで顔をしかめた。
「あいつ今『この俺』って言ったぞ。このままじゃこの俺のアイデンティティがヤバい。潰してくる」
「だ、ダメだって! シェルよりホーンの方がレベル高いんだから!」
思わず飛び出しかけたコウの腕を凛火が引っ張る。コウはしゅんとしてひっこんだ。「アイデンティティだったんだ……」と凛火がつぶやいていた。
「そしてぼくが! ホーンくんの相棒、トルマリン・シェルでえぇぇぇっす!」
フロスト・ホーンの脇に立つトルマリン・シェルもこれまた大きな声で名乗った。おどけた調子だが本当に強いのだろうか。
「テンション高……あいつらハチ公の前で写真撮るタイプだな」
「青のレギオンメンバーはこんな感じさ。とにかく、トルマリン・シェルは頼んだよ」
「ああ、任せとけ!」
コウはポキポキと腕を鳴らしながら答えた。少し見栄を張りすぎかもしれない。
「おい、お前ら! 無視するんじゃ、ねぇ! 名乗られたら、名乗り返すのが、礼儀だろうが!」
フロスト・ホーンが再び叫ぶ。コウもできればここでかっこよく決めポーズをしながら口上でも言いたかったのだが、まだこれといったものが思いつかない。口ごもり、数秒考えてから、コウは考えるのをあきらめた。
「えーっと……ゲーマーだ!」
「師匠のクリスだよ」
返答はなかったが、相手のタッグはコウたちの名乗りを聞いてうなずいた。このゲームのプレイヤー全員ゲーマーじゃんというツッコミは返ってこなかったのできっとコウのプロフィールは過不足なく伝わったのだろう。そう納得して、コウはブレードを引き抜き走り出す。
「ゲーマーくん、ぼくが相手だっ! かかってこおぉぉぉい!!」
幸い、コウの望み通りにトルマリン・シェルの方が立ちふさがり、フロスト・ホーンは凛火の元へ向かった。
シェルが両の拳をカンカン、と何度も突き合わせ、その度に火花が散る。火花がかっこいいと思い、コウも走りながらブレードで地面をこすってみたが、ガリガリという景気の悪い音と感触しか得られなかった。だが気を落としてる暇はないので、すぐに目の前の的に注意を戻す。
「ぶっ倒す!」
残りの距離三メートル。コウは叫び、刃を突き出した。