彩霧広佐の視線 アクセル・ワールド   作:かいくんtheネクスト

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彼が目指す場所

「ぶっ倒す!」

 

 残りの距離三メートル。コウは叫び、刃を突き出した。

 コウのブレードによる攻撃に合わせ、シェルが右腕の盾らしきものを構える。その行動は当然予想している。すぐにブレードをひっこめ、柔道の授業で習った前受け身を活用して地面を転がりシェルの横を通過、武器を逆手に持ち替え、相手の背中に突き立てようとした。

 

「うわっと!」

 

 体ごと振り返ったシェルが自身の体と刃の切っ先の間に左の手のひらを挟む。攻撃を手の甲でガードするつもりだろうが、その程度では防げな――、

 ガキン。

 

「ウソぉ!?」

 

 コウの攻撃はあっさりと、シェルの手甲にはじき返された。瞬間、敵の手刀が素早く二発、コウに叩き込まれる。まったく反応できず、体力が一割弱持っていかれた。

数歩下がって姿勢を立て直し、ブレードを順手に戻してそのリーチで牽制。凛火から事前に「彼は装甲を表すシェルの名前の通り、かなり硬い」とは聞いていたが、盾以外にも攻撃が効かない場所があるとは。

 だが全身が等しい硬度で作られているはずはない。関節部分などを狙えばダメージは与えられるはずだ。

 

「さあ、ゲーマーくん! どこからでも打ち込んでくるといいよぉ!」

 

 トルマリン・シェルは拳法のように両手の指をピンと伸ばし、右手を首のあたり、左手を顔の横に構えている。今の手刀、かなりキレがあった。相手の手が届く範囲ではおそらくコウは太刀打ちできない。言動はふざけているが、レベル4にまでたどり着いただけのことはある。

 ――さて、どうするか。

 コウは考えをめぐらせながら、油断なくブレードを構える。シェルはコウの間合いより一歩遠い距離を維持し、コウが踏み込んで刃を突き刺そうとすればすかさず後退して隙を見せない。

 

「サウスポー相手は、やりにくいねぇ」

 

 シェルは言ったが、コウには彼がまだまだ余力を残しているように見える。ちなみにコウが左手で武器を持っているのは生まれつき左利きだからではない。サウスポーを苦手とするゲーマーが多く、左利きが有利なことと、コウの好きなゲームの主人公が左利きの剣士であることが理由だ。

 コウが再び踏み込み、ブレードを突き出す。

 

「おっと危ない」

 

 シェルは涼しい顔で後ろに下がった。しかし、それ以上後退することはできなかった。

 

「か、壁ぇ!?」

 

 一歩下がったシェルの背中が、魔都ステージの青黒い鉄板に触れた。コウが相手の後退を封じるため、その背後に建物が来るよう誘導したのだ。後ろが壁である以上、これより後方に行くことはできない。

 加えて、コウの背後からは、対戦ステージを照らすサーチライトが来ている。その光はコウと対峙するシェルの姿をくっきりと浮かび上がらせているが、シェルからは逆光になっていて、コウの姿をはっきり見ることが難しくなっているはずだ。距離をとるという選択肢を潰された状態で見えづらい攻撃をさばくのは容易ではない。

 

「はぁっ!!」

「う、うわっ!!」

 

 シェルの声に焦りの色が混じる。コウの突きを、シェルは横に体をよじらせてかろうじて回避した。魔都の金属板にブレードの先端が当たり、甲高い音を立てる。この手応え、相当な硬さだ。敵もステージも硬いときたか。

 コウが続けざまに攻撃を繰り出し、シェルはなんとか避けているが、完全に腰が引けている。

 ――勝てる。この俺の力はレベル4にも通用する。

 コウは思った。

 

「せぇぁっ!」

 

 眉間を狙った一撃をシェルが体をのけぞらせてかわしたとき、上体を反らしすぎたせいでとうとうシェルはバランスを崩した。腕を回して元に戻ろうとするがとき既に遅し、背中から地面に倒れ込んだ。鈍い金属音と共にシェルの体力バーがわずかに減少する。

 

「くらえ!」

 

 倒れたシェルの喉元へと、コウは突きを放った。地面に背中をついた状態のシェルに避けるすべはない。ダメージを確信したコウに対し、シェルは静かにつぶやいた。

 

「あぁ、こんなものだったか」

 

 放たれた切っ先が、相手の首に到達する直前で進みを止めた。

 コウは目の前の出来事に驚愕し、目を見開く。

 地面に伏すトルマリン・シェルの両手が、コウのブレードの刀身を両側から挟み込んでいた。

 すなわち、真剣白羽取り。

 

「そ、そんなバカな!!」

 

 コウが慌ててブレードを取り返そうと手前に引いた瞬間、シェルは手を離した。今度はコウがバランスを崩し、勢い余って後ろに転倒する。

 立ち上がったとき、トルマリン・シェルは目の前に迫っていた。突然のことに思考が一瞬フリーズしたコウの頬を、シェルが殴り飛ばした。頬に鉄球でもぶつけられたような衝撃を受け、コウは後ろに吹っ飛んだ。

 

「手加減して観察していたけどもうわかった。ゲーマーくん、きみはぼくには勝てない」

 

 そう言ったトルマリン・シェルからは先ほどまでのおどけた調子は感じられない。まるで別人のような、冷たく鋭い声だった。

 シェルが両の拳を握り、上半身をガードするような形で顔の前で構える。足はつま先で立つような体勢で、タッタッタッと体を上下に揺らしてリズムを刻む。拳法ではない、ボクシングスタイルだ。

 

「バカ言ってんじゃ、ねえ!」

 

 今のは何かの間違いだ。そう信じて、コウはガードの隙間をくぐるように、喉元を狙った突きを繰り出した。それはブラフであり、本命は腰だ。ボクシングは下半身をガードしない。打撃は下半身に打ったのでは体重が乗らず威力が出ないから下半身への攻撃は対策する必要が少ないからだ。しかし、刃物相手にそれは悪手。機動力の要である下半身を壊せば相手の戦闘力は激減する。

 喉に向けた刃を急に方向転換させ、腰の方へと向ける。見てからの反応は不可能。もらった、とコウは思った。

 しかし、シェルはそれを読んでいたと言わんばかりに右の裏拳でブレードの側面を叩いて狙いを外させ、左の裏拳でコウの顔面を打った。たまらずコウは下がろうとしたが、体がうまく動かない。そのまま追撃の殴打を受け、倒れた。

 

「なん、で、動かない……」

 

 顔を押さえ、コウがうめく。

 

「アビリティ《電熱掌》。ぼくの体は衝撃を受けることで電気を生み出す。感電には気をつけないとねぇ」

 

 シェルが拳を打合せると、ぱちぱちとわずかに電気が発生した。あれに触れると動きが鈍くなるということか。

 しかし感電の効果はほんの少ししか続かないようで、すでにコウの手足は自由に動くようになっている。まだ戦える、そう判断して跳ね起きる。シェルはなんと、両腕を下げ、まるで自分に敵意はないとでも言うように構えを解いてただその場に立っていた。

 ――ふざけやがって!

 舌打ちをして、攻撃を再開。しかしコウが連続でブレードを振るっても、シェルはなんでもない様子で愉快そうに笑いながらヒラヒラと攻撃をかわしていく。遊ばれている、とコウは思った。だがそこに付け入る隙ができる。

 腹部を狙った突きを外した直後、コウは右手をシェルの顔に向けて伸ばした。この行動は予想外だったようで、シェルの回避が間に合わず、彼の顔面はコウにがっちりと掴まれた。

 アイアンクローの要領で指先に力をかけながら、コウは切り札を切る。

 

「《グレイ・アンブレイカブル》!!」

 

 至近距離からの必殺技。アイアンクローで動きを止められ、視界も塞がれたまま対処できるものならしてみるといい。

 

「《ナックル・ボルト》」

 

 コウの直後にシェルも必殺技の発生を行うと、その右拳が電撃を帯びる。グレイ・アンブレイカブルの初撃とシェルの雷をまとったナックルが互いを捉える。

 十字に敵を斬り裂くグレイ・アンブレイカブルの初撃はトルマリン・シェルにヒットし、彼の体力を5パーセント削った。それとほぼ同時、コウの胴体にシェルのナックルが叩き込まれた。グレイ・レコードがコウの意思に関係なく、必殺技の二段目のモーションに移る。スーパーアーマーのこの技は始めたら最後、ダメージを受けようと出し切るまで終わらない。

 しかしコウの体はそれ以上動かなかった。雷の拳ナックル・ボルトを受けたコウの全身に電流が流れ、体が麻痺してしまったからだ。スーパーアーマーはダメージは無視できても痺れ(スタン)状態のような状態異常は防げないようだ。

 

「ぐっ……くそ……」

 

 コウがブレードを薙ぎ払おうとした格好のまま固まり、シェルは数歩後ろへ下がった。直後に硬直が解けたが、ブレードは虚しく空を斬り、必殺技が終わった後に大きな隙ができる。トルマリン・シェルがそれを見逃すはずがなかった。シェルが大きく体をひねり、右腕を振りかぶる。そしてそのまま渾身の右ストレートを放った。ストレートパンチはコウの顔面に突き刺さり、灰色のフェイスマスクに深いヒビを刻む。コウの体が宙に浮き、数メートル後方に飛ばされて地面を転がった。

 シェルは吹っ飛んだコウの元に駆け寄ると、倒れているコウの腕を掴み、強引に起き上がらせる。そして再び頬を殴った。一発ではなく、何度も繰り返し。

フィールドに何度も殴打の音が響く。それに合わせてコウのマスクは砕け、体力がみるみる減少していく。

 

「ステージの特性を即座に理解して作戦に組み込むやり方は悪くない。だが足りない。経験が、技術が、重さが。致命的に」

 

 コウの体から力が抜け、地面に崩れ落ちた。

 ――強い。

 魔都ステージの地面は建物と同じくらい硬く、ひどく冷たかった。コウは地べたに這いつくばり痛みに耐えながら、ほんの少しでも相手を甘く見たことを激しく後悔した。コウの体力は残り三割を切り、対してシェルは九割以上残っている。レベル1と4の性能差だけではない、単純な技量があまりに違いすぎる。

 

「さて、きみを片付けたらきみの師匠にも、レオニーズを舐めたこと、後悔させてあげないとねぇ」

 

 倒れたコウを冷たく見下ろし、遠くで戦っている凛火とフロスト・ホーンに一瞥をくれてから、シェルは言った。

 

「ナメる、だって……?」

「困るんだよ。クリスタル・ユートピアといいスカイ・レイカーといい、レオニーズのシマであるこの新宿で、青の王に従わない連中に好き勝手やられるのは」

 

 起き上がろうと踏ん張るコウの腹を、シェルが蹴り飛ばす。コウは灰色の破片を飛ばしながらごろごろと転がった。

 

「どうせゲーマーくんが役に立たなくても、自分一人でぼくとホーンくんに勝てるとかクリスタル・ユートピアは考えてるんでしょ? だからゲーマーくんにぼくと戦わせて経験を積ませようって魂胆だろうねぇ。馬鹿にしてると思わない?」

 

 シェルは凛火がフロスト・ホーンと戦闘している方向を指差した。倒れたまま首だけを動かして見てみると、凛火は未だに雪だるま姿のまま、頭を支点としたバク転などを駆使するアクロバティックな動きでフロスト・ホーンの猛攻をいなしていた。驚くべきことに、両者の体力はほとんど減っていない。

 

「確かに……ふざけてるかもな……」

 

 かすれた声でコウは言った。ダミーアバターに攻撃能力はない。つまり今の凛火は相手を攻撃して体力を減らそうと思っていない。勝とうとしていないのだ。コウが一対一で戦える時間を稼ぐために、あえて手を抜いて戦っている。対戦相手からすればそれは屈辱でしかないだろう。

 

「それでも……クリスさん、は、この俺の……ことを考、えて、くれてるんだ……!」

「は?」

 

 立ち上がろうと肘から先に力を込めていたコウに再びトーキックが飛ぶ。ボロボロになって地面を転がるコウの目から闘志は消えていなかった。

 

「それに……お前たちじゃクリスさんには、かなわない。この……俺、ごときに、足にブレードを刺されたことすら気づかない、ようじゃ、な……!」

「何っ!?」

 

 シェルが慌てて足元を見る。だが足には何も刺さってなどいない。

 

「貴様っ!! ハッタリを――」

 

 コウは見えない角度に隠し持っていたブレードをシェルに向かって投げつけた。シェルは注意が足元に行っていたため回避が間に合わず、コウの狙い通り、ヒジにブレードが刺さる。暗殺のゲームでナイフ投げを鍛えておいた成果が出た。

 

「ううぅっ!!」

「おおおおおおおおぉぉぉっ!!」

 

 コウは吠え、低い姿勢でシェルにタックルを仕掛けた。シェルの両足に腕を回してがっちりと固定、そのまま全力で持ち上げる。鉱石でできたシェルの体は硬く、また重い。重みに耐えかねて両手両足がギシギシと軋む。だが離さない。

 コウはシェルを持ち上げたまま体を後ろに仰け反らせ、勢いよくシェルを頭から地面に叩きつけた。

 プロレス技、エクスプロイダー。後方に相手を投げる裏投げの中でも簡単で実用性の高い技であり、プロレスで使用される際には相手に命の危険がないよう、相手の背中が地面にぶつかるようにして落とす。だが仮想世界では対戦相手が死ぬおそれはない。だからこそ、コウはこれを頭から落とす技として改良を加えた。

 コウがこの投げ技を使うのは初めてではない。昔プロレスを見ていたときにこの技を発見し、ゲームの中で使ってみたいと思っていた。そして肉弾戦がメインの格闘ゲームをプレイしたとき、主力の投げ技としてこのエクスプロイダーを習得していたのだ。

 

「があああぁっ!!」

 

 シェルの頭部が地面に激しくぶつかり、想像以上の轟音が響いた。彼の体力が一気に二割減少し、残り七割となる。技をかけたときに一緒に倒れ込んだコウの方はもう二割を切っていた。

 防御に秀でたトルマリン・シェルの装甲を貫いて大ダメージを与えるのは簡単ではない。比較的薄い部分を攻撃しても、チャロアイト・スパイラルの半分ほどしかダメージを与えられなかった。しかし投げならば。魔都ステージの硬い地面なら、強固なアーマーを貫通して内部に直接ダメージを与えることができた。

 

「やってくれたな……っ!」

 

 怒りをにじませながらシェルが立ち上がる。シェルは唸り声を上げ、八つ当たりに近くの壁を殴った。硬いはずの青黒い金属に、わずかなへこみが生まれる。

 今度こそ、シェルは全力でコウのHPを削りきろうとするに違いない。今のは不意打ちで傷を負わせられたが、同じ手は二度も通じない。

 ならば、すぐに次の手を打つ必要がある。

 コウは両手を口元に持って行ってメガホンの形を作り、腹の底に力を入れた。

 

「クリスさ――――――ん!!」

 

 さっきのフロスト・ホーンの叫びに負けないくらいの大声で絶叫する。喉の枯れる痛みを感じるが、仮想空間なので幻痛のはずだ。

 

「認める! 今のこの俺じゃ勝てない! だから! 助けてくれー!」

 

 コウの全身全霊をもって、ようやく三割。はるかに届かない。だけど、今は届かなくていい。凛火こそがコウの持つ本当の切り札だ。

 コウと凛火の間には、数十メートルの距離があったが、凛火にはコウの叫びがきちんと聞こえていたようだった。コウの叫びに、雪だるまヘッドの凛火が首をゆっくりと縦に振る。

 

「そっか、勝てないか――――っふ、はははははははは! コウ、やっぱりキミは最高だ! いいよ、ボクが二人とも倒してあげる!」

 

 笑い声を上げ、今までにないくらい上機嫌な様子で、凛火はメニュー画面を開き、その画面を一切見ないまま操作を始めた。

 

「させないぜえええぇ!」

 

 フロスト・ホーンが突進してくるが、闘牛士のように軽やかなステップでを踏んで凛火が回避する。数秒でなにかの操作を終えた凛火は両手を大きく広げ、高らかに叫んだ。

 

「ごらん! これが、ボクの、《クリスタル・ユートピア》真の姿!」

 

 凛火の全身が光に包まれる。眩しいというほど強い光ではないが、彼女の全身を覆う白く優しい光。コウだけでなくフロスト・ホーンとトルマリン・シェルも、これから現れるであろう凛火のデュエルアバターを、固唾をのんで凝視していた。

 光がだんだん小さくなり、彼女の体の輪郭が見えてくる。もう少しで光が収まる。そうコウが思ったとき、その輪郭がふっと揺れ、形を崩した。

 光は細かい光の粒になり、だんだん人としての形を失っていき、やがて風に吹かれたように空中に流され、そして消えた。後には何も残っていなかった。

 

「え――――」

 

 コウは絶句した。

 ――凛火さん、消えちゃった!?

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