彩霧広佐の視線 アクセル・ワールド 作:かいくんtheネクスト
ホーンの後ろから、ひょこっと凛火が顔を出した。
「クリスさん!!」
喜びと驚きの混じった声でコウは叫んだ。
正確に言えばデュエルアバターとしての彼女を見るのは初めてである。本人の穏やかな性格に反してシャープなデザインで、女性らしい丸みはなく、顔は目の部分にスリットのついたフェイスマスクで覆われ、アイレンズが隠されている。
胸部を守るチェストプレートは大きく膨らんでいるが、アニメや特撮に登場する変身ヒロインのようにはっきりとバストのラインが出ているわけではなく、フロスト・ホーンと同じように直線的で無骨に盛り上がっているため、男性型アバターと比べてもまったく違和感がない。
そんな現実の凛火とはかけ離れた容姿のアバターだったが、コウにはなぜか、凛火にこれ以上ないくらいふさわしい見た目のように思えた。
「と、トリーはどうした!?」
「んー? 君の相棒ならあそこだよ」
凛火が後方を指さす。足が凍結して動けないコウは体を精一杯のばしてホーン越しに凛火の指した方角を見た。視界を霜が白く染め、先が見えづらいものの、パチパチという音と放電しているようなエフェクトがわかった。しかし規模が小さい。地面から三十センチくらいの高さまでしか放電現象が見えない。
さらによく見ると、放電の中心にサッカーボールのようなものが見える。あの青緑色をした球状の物体は――。
「と、トリ――――――!!」
ホーンが悲痛な叫びを上げた。
そこには、首だけになったトルマリン・シェルの姿があった。
首から下は強い力で引きちぎられたかのように不揃いに切れたケーブルのたぐいが露出し、頭部だけが本人の死亡後も虚しく電気を生み出し続けていた。
「う、嘘だろ……」
コウも呆然とつぶやく。今更ながら体力ゲージを確認すると、コウが三割しか削れず、七割残っていたはずのシェルの体力は空っぽ、ゼロになっている。
そしてさらにコウを驚かせたのが、凛火のHPがマックスの状態からほんの3%ほどしか減少していないことだった。
――あんなに強かったシェルが瞬殺?
にわかには信じ難いことだった。透明化の力が無効にされたことで、凛火の戦闘力は大幅にダウンしたのではなかったのか。
「ボクの姿を暴いたくらいで勝った気になるのは、さすがに早すぎたんじゃないかな?」
「ぐおぉ……一体! どんな手品を使った!」
「でも相棒くんはよくやったよ。まさかこんなところで『アレ』を使うことになるなんて。彼からボクの情報を聞いたら、ちゃんと褒めてあげるんだよ?」
「ふざ、けるなぁ!!」
ホーンが後ろ蹴りを放つが、それよりひと呼吸早く、凛火はホーンの腹を貫いた手を引っ込め、後退していた。
後ろ蹴りは不発に終わったものの、まだ二人の距離は離れきっていない。凛火のアバターはやや小柄なので、接近戦に持ちこめば押し切れるとふんだのだろう、ホーンは素早い反応で距離を詰め、頭のツノを振り下ろした。
「ああ、君に『アレ』は必要なさそうだ」
頭上から迫ってくるツノを見ながら凛火は言った。そしてゆらりと片手を持ち上げ、指を開く。
そして次の瞬間、剣のように上から下へと下ろされ、凛火を両断するはずだったホーンのツノが受け止められた。凛火の人差し指と中指で。
「は、ははは……」
あまりに現実味のない光景に、コウはただ笑うしかできなかった。
ホーンの大きなツノを、凛火が人差し指の中指の二本で挟んで止めていた。普通よりずっと難しい、真剣白羽取りの指バージョン。しかも大柄なホーンが、凛火の細い指に止められているのだ。
「その体の、どこにそんな力があるっ!!」
ホーンは呻き、体を震わせるほど力むが、ツノはちっとも前に進むことができない。
凛火の指とホーンのツノは少しの間力の均衡を保っていた。その数秒後、なんとツノの方が真ん中あたりから砕けた。パキン! と大きな音がしてホーンの体力が二割も減少し、残り三割となる。
最大の武器を失ったホーンは膝をついた。
「君たちの連携は悪くなかった。フロステッド・サークルでボクを見つけ、同時に相棒くんを強化し、ボクらを弱体化させる。まさに一石三鳥だ。判断力もある」
膝をつき、頭を垂れたホーンを慰めるかのように、凛火は彼の頭の上に自らの手を乗せた。
「だけど届かない。それは君たちがまだ、デュエルアバターがなんなのかを理解できていないから」
凛火がホーンの頭を優しく撫でる。まだ対戦が終わってないのになんて羨ましいことを! とコウは思った。足が自由だったら彼を殴りに行っているところだ。
だが直後、ホーンからピシピシというガラスのひび割れるような音が鳴る。そして、彼の頭頂部が砕けた。
「ぐあああああああああぁ!!」
ホーンの頭全体にヒビが広がり、壊れた部分が広がっていく。ものすごい量の破片が彼の頭からこぼれ落ちる。それらは地面に落ちると澄んだ音を立て、砂粒のように細かい破片へと変わった。
「がああああああああぁ!! チックショオオオオオォ!!」
ほんのわずかな間にホーンの頭部は完全に砕けきった。首のなくなった胴体はそのままどう、と地面に倒れこむ。そして残った胴体が無数の青いポリゴンに分解され、空中に霧散した。
フロスト・ホーンとトルマリン・シェルの両名が倒れたことで、バトルはコウと凛火の勝利が確定した。コウの残り体力一割、凛火の残り体力九割七分。
同時に空中から霜が消えていき、周りの景色が徐々に元の姿を取り戻す。ホーンのHPはすべて消えていた。ホーンの死亡とともにフロステッド・サークルの効果が切れたのだ。体や建物についた霜も溶け始め、凛火の体がだんだん見えなくなる。
コウの視界いっぱいに《YOU WIN!》の炎文字が浮き上がり、魔都ステージの風景がバラバラになっていく。同時に足元の氷も溶け、体が自由になった。
コウは凛火とトルマリン・シェルが交戦したと思われる場所まで歩いて行った。転がっていたシェルの頭はすでに消えている。だがここで戦いが繰り広げられたのだと、はっきりわかった。
魔都ステージの硬い壁に、半径20センチほどの大きな風穴が穿たれていたのだ。シェルの硬質な拳ですらわずかにへこませるのがやっとだった壁に、一体なにをすればこれほどの穴が空けられる?
それ以外にも、壁に表面が焦げたような跡があり、地面にも焦げやヘコミがいくつも刻まれ、壮絶な戦いを想像させた。たしか対戦ステージの地面は破壊不能ではなかったか。
「ふぅ、なかなかいい勝負だったね。ボクの活躍、ちゃんと見てくれた?」
コウの後をついてきた凛火が上機嫌な様子で言った。
「あ、あぁ、なんというか、その、どれだけ強くなればクリスさんに追いつけるのかなって、思わされた」
コウはこれからあといくつ壁にぶつかるだろう。どれだけ壁を乗り越えたら凛火が見えてくるのだろう。コウには想像もできなかった。
「ふふ、時間がかかってもいい、ここまで登っておいで」
言い終わったところで、凛火の姿は完全に消えた。
あと少しで、対戦フィールドは消え、コウは現実世界に戻る。コウはデビューから2連勝したことになり、ポイントも順調に増えているが、今回はたいして活躍できなかったこともあり、勝利の快感のようなものは感じなかった。
――あんまり頑張れなかったな。この俺ももっと強くならないと。
そう決意し、肩の力を抜く。パネルが剥がれ落ちるように崩壊していく空を見上げ、バトル終了を待つ。そのコウの体が、不意に背後から抱きしめられた。腕の感触は感じるが、姿が見えない。コウに抱きついているのはきっと――。
「よくがんばったね」
耳元でそっと、凛火がささやいた。