彩霧広佐の視線 アクセル・ワールド   作:かいくんtheネクスト

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痛みと悔しさと前を向く

 残念なことに、それから放課後まで凛火に話しかけるタイミングはなかった。彼女は休み時間を友人と過ごすことに使った。仲良しグループ的なものに所属した記憶のない広佐には友人とのつきあいがどれくらい大変なものか知らないが、長く離れていると仲間外れになる、ということくらいはわかる。

 だから終始広佐と話すわけにはいかないことも承知しているが、寂しさを感じずにはいられない。

 放課後になるまで、広佐は今までのように非フルダイブ式のゲーム機で遊んだ。学内でのフルダイブによるグローバルネットの接続はできないが、どうやら旧式のゲーム機が持ち込まれることは想定されていないらしく、校則では規制されていないし教師からそれらしいことを言われた覚えもない。なので、教師のいない場所でやっていれば問題ない、はずだ。

 そんなこんなで今日の授業もやりすごした放課後、

 

「滝春、こっ、こっ、この俺とバトルだ!」

 

 びしっ、とユリアを指さして、広佐は宣戦布告をした。

 授業が終わって教室の中が活気づいたころ、ユリアは再び凛火のところへやってきた。凛火と話をするつもりだったのかもしれない。

 

「せっかく同じ学校に同じゲームのプレイヤーがいるんだ、戦わなきゃ損だろ!」

「いいですよ」

 

 彼の目的が凛火に会うことだったのなら広佐はそれを妨害してしまったと言えなくもないが、ユリアは不満を漏らすこともなくふたつ返事で了承した。

 

「ブレイン・バーストの対戦ですか?」

「お望みなら他のゲームでもいいけど」

 

 ユリアは申し訳なさそうに首を横に振った。

 

「い、いえ、遠慮させてください。僕はこれ以外のゲームは苦手で」

 

 裏を返せばブレイン・バーストは得意ということだ。なるほど、ユリアも自分の腕には自信を持っているのか。

 

「わかった、ならブレイン・バーストで勝負だ!」

「はい! 綾霧さんの実力、見せていただきます!」

 

 いきなり対戦を申し込んだので、もう少し勘繰られるかと思っていた。単純バカだと受け取られただろうか。まぁ、対戦のときに相手に見くびられるのはいいことだ。その油断につけこむ隙ができる。凛火の方がうさんくさそうな視線を広佐に向けている。

 広佐だって、ただユリアと戦いたいという理由で対戦を申し込むわけではない。むしろ、ユリアとの対戦はできればやりたくない。それを隠して、今は前向きなようにふるまっている。

 

「行くぜ! オーディナル、じゃなかった、バースト・リンク!」

 

 やりたくなくても、やらなければいけないときもある。

 

 

 

 

 

 

「この俺、見参!」

 

 気の進まない対戦ではあったが、戦いが始まるとなれば自然と心が高まってくる。この感じならやれるな、とバトルフィールドに降り立ったコウだったが、対戦ステージはどうやら彼の気分には合わせてくれないらしい。

 空は血のような赤い色に染まり、不吉なものを感じさせ、雲が恐ろしい速さで動いていく。学校の壁の表面には奇妙なうねりが浮かび、赤黒く変色している。何よりも縮み上がるのが、

 

「む、虫ぃ!?」

 

 芋虫と似た大きな虫がときどき壁や地面を這っている。

 コウは生粋の東京都民だ。東京の外に二週間以上いたことはない。なので、虫を見る機会は田舎と比べてはるかに少ない。そうした都会人の例に漏れず、コウは虫が大の苦手だった。

 

「うげぇーっ! 最っ悪だ! なんでこんなクソステージがあるんだよ!!」

 

 現実の虫で一番嫌いな、黒光りのする長い触覚のアレに似たものはいないが、ハムスターくらいの大きさがある芋虫が這いずり回る光景には寒気が抑えられない。これの名前は多分《地獄》ステージだな、とコウは思った。

 

「《煉獄》ステージだね。苦手な人多いんだよねー。ボクも慣れるのにずいぶんかかったなー」

「煉獄ぅ!? ホントの煉獄はこんなキモい場所じゃねーっての!」 

 

 《地獄》ステージはもっとすごいよ、という凛火の補足は聞かなかったことにしたい。

 もはや見慣れた雪だるまとそんなやりとりをしていたところで、コウは大切なことを思い出した。

 

「あれ、たきは――ユリ――ナイトメアのやついなくない?」

 

 つい本名で呼んでしまうのは直さないとな、とコウは思った。

 

「10メートルより近くにいる二人で対戦するときは10メートル以上離れてスタートするんだよね。隣の教室に行っちゃったかな?」

 

 なるほど、と思い、机をよけながら入り口まで歩いていき、教室のドアに手をかけて横に開いた瞬間、

 鋭利な刃先がコウ目がけて突き出された。

 

「うおおおおぉぉぉ!?」

 

 叫んでとっさに身をかわす。その拍子に足がもつれ、しりもちをついた。近くでカサカサと音がする。見ると、すぐ近くをピンク色の芋虫が通っていくところだった。

 

「ぎゃあああああああぁぁぁぁ!!」

 

 情けない叫び声を上げて、コウは飛び上がった。もういやだ、早くこんなステージから抜け出したい。好きな人にも後輩にも恥ずかしい姿を見せてしまった。

 

「すみません、驚かせてしまったみたいで……」

 

 申し訳なさそうに頭をかくその姿は、おととい、コウが最初に目にした金色に輝くデュエルアバター、《ゴールド・ナイトメア》そのものだった。声も間違いなくユリアのものだ。金ぴかのボディが薄暗いフィールドの中にあって異彩を放っている。

 これで滝春ユリア=ゴールド・ナイトメアは確定ということになる。嘘をつくようなタチだとは思っていなかったが、ともあれ目的のひとつは達成した。

 

「い、いや、バトル中だからな、気にすんな。それより、提案があるんだ」

「なんですか?」

「このままどっちかのHPが尽きるまでやり合うのは面倒だ。対戦ってのはサクッと5分以内で終わるのがちょうどいい。そこでだ、先に一発入れた方の勝ちってルールにしないか」

 

 30分という制限時間は長すぎるのだ。確かに実際に消費する時間はたったの1.8秒なので、対戦する時間が作れないというようなことはない。

 だが、これだけ長い体感時間の中で対戦をするとなれば、精神的な消耗はバカにできない。3分程度の対戦ですら、集中力を研ぎ澄ませ、ギリギリの戦いをすればその後ひどく疲労する。30分となれば大変なエネルギーが必要になる。気軽に何度もできるものではない。

 それと、こんな気持ち悪いステージに長くいたらどうにかなってしまいそうだ。

 

「……わかりました、グレイさんがそうおっしゃるなら」

 

 ユリアは剣を構えた。すっと背を伸ばし、切っ先をきっちりコウに向けたお手本のような剣道の型だ。たぶんすり足とかするやつだな、とコウは思った。

 臨戦態勢に入ったユリアに対して、コウは腰のブレードを抜くこともせず、首を回しながら頭をかいた。

 

「この俺のことはコウって呼んでくれ。じゃ、始めるとする、か!」

 

 言うが早いか、コウは近くにあった机をユリアめがけて蹴り飛ばした。机がサッカーボールみたいに勢いよく飛んでいくのが爽快だった。

 

「っはああああああぁっ!」

 

 不意打ちでもユリアは動じることなく、剣の柄で机を弾き飛ばす。さすがの反応だ。

 だが、机を蹴ったと同時にコウも走り出していた。ユリアの場所からは飛んできた机が死角になって、コウの姿は見えなかったはずだ。剣を振った直後でユリアの構えも乱れている。完全にコウが先手を取っている。

 勝った、と思った。ブレードを突き出すのは明らかにコウの方が早かった。

 

「がっ――――!? ぐっ―――――!」

 

 コウの腹のあたりで、ゴリッという嫌な音がした。次いで襲ってくる鋭い痛み。

 気がついたときには、コウの胴に深々と剣が刺さっていた。コウのブレードはユリアに届く寸前で動きを止めている。体から力が抜け、がくっと膝をつく。

 直前、ブレードのリーチに入るその直前まで、ユリアは横に薙いだ剣を手元に戻せていなかった。絶対に間に合うはずがなかった。それなのに、結果はユリアの勝ち。あの一瞬でユリアが何をしたのか、まったくわからない。彼の動きを目で追うことすらできなかった。

 先に動いたはずの攻撃が当たらず、後に反応したユリアの攻撃が届いている。その理由を理解できず、コウは痛みをこらえてただ呻いた。HPゲージは一撃で二割が吹っ飛び、今もじりじりと減っていっている。

 

「す、すみません! やりすぎました!」

 

 ユリアが謝りつつ、剣を引き抜く。傷口から火花が散った。えぐられるような痛みを感じて傷口を手でおさえる。

 

「やられた、この俺の負けだ」

 

 息を荒らげながら、コウは言った。圧倒的な力の差、完敗だと思った。

 だが、これで終わるわけにはいかない。負けてしまったが、まだ計画のうちだ。むしろ、ここで勝つのはまずかった、負けて正解だ、と自分に言い聞かせる。

 コウは立ち上がった。そして再びビシッ、とユリアを指さし、宣言する。

 

「だからこの俺は、お前にリベンジ戦を申し込むぜ!」

 

 ユリアが息をのむのがわかった。二人の戦いを見守っていた凛火はノーリアクション。

 

「二週間だ、その間にこの俺はお前より強くなってやる! 首を洗って待ってろ!」

 

 言いながら、二週間はちょっと弱気すぎたかな、と思った。

 

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