彩霧広佐の視線 アクセル・ワールド   作:かいくんtheネクスト

4 / 25
新世界アクセラレーテッド・ワールド

『待ってろ新世界』

 

 広佐は拳を握り、YESボタンを殴った。

 すると次の瞬間、視界を覆い尽くさんばかりの炎が燃え上がる。驚いて背後に飛び退くが、それはただの映像だった。広佐を燃やし尽くすごとき勢いで彼を包み込む熱を持たない炎はやがて一箇所に集まると、《BRAIN BURST》の文字を形作る。どこか古くさく、レトロゲームで主流だった2D対戦格闘ゲームを思わせるオレンジのロゴ。広佐はそれがとても親しみやすいもののように感じた。

 そのゲームのインストールには、たっぷり2分弱を要した。レトロゲームでは珍しくないが、ニューロリンカーでなら相当な大容量だ。メモリの空きは大丈夫だろうか。

 

『彩霧、嬉しそうだね』

 

 2分弱を待つあいだに凛火が言った。

 

『ああ、久々に思い出したよ。新しいゲームを買ってプレイするまでの時間って、こんなにワクワクするものだったんだな』

『彩霧、授業中ずっと退屈そうにしてたから、そんなにキラキラした顔初めて見たよ。ふふ、彩霧のその表情、なんか好きだな』

 

 好き、という言葉に反応してしまう。このゲームで凛火の役に立てば、凛火の使う好きが広佐の望む意味になるだろうか。

 ロゴの下にあるダウンロード進行バーが100%を示したとき、ロゴは消えてそのあとに小さく《WELCOM TO THE ACCELARATED WORLD》という文字列。直訳で「ようこそ加速された世界へ』というところか。「加速された」の辺りが微妙に腑に落ちないが考えてもしょうがない。

 

『うん、ちゃんとできたみたいだね。適性も問題なし』

『適性って?』

『このゲームは誰でもプレイできるわけじゃないんだ。生まれたときからニューロリンカーを身につけていることと、反射神経がいいこと。この二つの条件がないとインストールのときに弾かれちゃうんだよね』

 

 もっとも、と凛火は付け足す。

 

『反射神経はあんまり心配してなかったけどね。ゲームが得意なら反射神経は上がるし、同じ学校の料理部員が3人も適性をクリアしたって前例もあるから』

『ええ……適性が必要なのにその基準が緩いって、厳しいんだか厳しくないんだか……』

 

 広佐は確かに出生直後からニューロリンカーを装着させられていた、らしい。英才教育のためだ。ようやく言葉を話せるようになった直後から、英会話のビデオを見させられていたと聞く。それで出来上がったのがこんなできそこないなのは失笑するしかないが。

 

『とにかくおめでとう、キミは晴れて《ブレイン・バースト》のプレイヤー、通称バーストリンカーになった。キミはボクが生んだ28番目の、そして最後のバーストリンカーだ』

 

 28番目とは、広佐の前に凛火がほかの27人にゲームを渡したということか。だが最後とはどういう意味だろう。

『このゲーム普通は他人に渡せるの1回きりなんだよね。ボクは初期プレイヤーだったから特別に期間限定ブレイン・バースト渡し放題キャンペーンをさせてもらってたんだけどそれが終わったあと、ボクにはもう一度だけその権利が残されていた。それを今、使い切ったんだ』

 

 さきほど、運営はプレイ人口を増やしたくないのかも、と思ったが、譲渡権が1回だけと言われるとますますその信憑性が高くなる。さっきから一度として凛火の口からお金の話が出てきていないが、どこで資金を回収しているんだろう。

 

『インストールした日に対戦はできないんだけど、せっかくだから入口くらいは体験しとこっか』

 

 そう言うと凛火はカバンからメモ帳を取り出し、ペンで紙の上にサラサラと何かを書いた。今時紙とペンを持ち歩いているなんて珍しい。広佐にいたってはそもそもカバンすら学校に持ってきていない。手ぶらで登校したとして、ニューロリンカーがあれば何も困ることがない。道具を使う部活動にでも入っていない限り、荷物を持っていく必要はない。それでも女子の多くがカバンを肩から下げたりして登校しているのはファッションみたいなものだと思っていたが、少なくとも凛火は実用面を考慮してカバンを用意していた。

 凛火がメモ帳に書いたものを広佐に見せる。カタカナだ。《ブレイン・バースト》と関係のありそうなワードである。ちなみに文字が少し汚い。

 

『えっと、バースト――』

『まだ言っちゃダメだよ。これはボクらバーストリンカーがゲームを始めるための魔法の言葉なんだ。思考発声でもしゃべっただけで効果を発揮しちゃうから注意して。ちゃんとボクとタイミングを合わせてね。はい、さん、にー、いち!』

『《バースト・リンク》!!』

 

 凛火の合図にあわせて脳内で叫んだ瞬間、バシイイイイッ!! と耳をつんざく雷鳴のごとき爆発音と青いスパークが視界で弾け、広佐の目と耳をショートさせる。視界に映るすべてが水色に近い青に染まった。

 

「な、なんだこれ!?」

 

 広佐は叫んだとき、自分が今直結していないことに気づいた。それだけでない、自分の体が学内ローカルネットで使っているアバターへと変化している。凛火の方を見ると、凛火は現実とそっくりな顔のまま、首にマフラー、体にコートを着た冬の格好に変わっていた。リアルの容姿にアバターを近づけるにはかなり改造を加えなければいけないはずだ。

 

「えっと……そこにいるのは、彩霧?」

「そうだけど」

「ただの椅子……」

 

 言われてああそうか、と気づく。自分はこのアバターに慣れっこだったが、他人から見れば可笑しく映るのも当然だ。もともとそういう意図でこれにしたのだから。

 

「こういうの、大抵ひとつはあるだろ? デフォルメで用意されてるアバターとかアイコンで明らかにウケ狙いみたいなやつ」

 

 カスタムせずに使用できる学内用アバター一覧の奥底にあった、このどう見ても教室に置いてあるイスにしか見えないアバターを見つけて以来、広佐は好んでそれを使っていた。

 

「彩霧は面白いね。じゃあこれからこの状況、ブルーワールドについて説明をしよう。キミの隣に、キミがいるだろ?」

「は? いやいや何を言ってぬわあああぁ!?」

 

 止まっている。広佐のすぐ横で、広佐が静止していた。一体どういうことだ。静止している広佐は現実世界の姿だ。対して、ここで驚いている広佐はイスアバター。まるで幽体離脱だ。イスの脚、広佐にとって腕に当たる部分を動かして静止広佐に触れてみたが、それはごつごつと石のような感触で、この姿で干渉はできそうにない。

 

「『幽体離脱みたいだ』って思った? その感想は間違ってないよ。ボクらはソーシャルカメラによって作られた、現実世界とは似て非なる世界にいるんだ」

「ソーシャルカメラ……そうか、複数のカメラから得た2Dの情報を3Dに変換して現実世界をゲームフィールドとして再現しているんだ!」

 

 日本のいたるところに設置されたソーシャルカメラと呼ばれるカメラ群が通常の監視カメラと違う点は、ソーシャルカメラは日本政府によって設置されているというところにある。あらゆる公共の場所に置かれたソーシャルカメラで人々は常に監視され、少しでも問題を起こそうものなら即座に警察へと自動で通報が行くというシステムによって恐怖を植えつけられ、枠からはみ出さない生き方を強制される。まさにディストピア的システムである、と広佐は考えている。結局、そんなもので監視したとしてソーシャルカメラに死角がある限りこの世からクズは消えない。

 だが、そんなソーシャルカメラもその映像を活用することで低コストでリアルなフィールドを形作ることができるなら、少しは設置されている意味があるというものだ。

 

「じゃあ、凛火さんの現実の体が今見えないのは……」

「そう、そこはカメラの死角なんだ」

「すぐ目の前にいたのに消えてるってことは、この俺と凛火さんの間がちょうどカメラの切れ目だってことか。存在しない部分は周りの映像を使って補完してるんだな」

「そういうこと。ボク、カメラアレルギーなんだ。カメラに見られてると体の調子が悪くなるんだよー」

 

 凛火が本当か嘘かわからないようなことを言った。

 

「じゃあ凛火さん、普段教室にいるときはずっと気分が悪い状態なのか……」

「まあ冗談なんだけど」

「冗談なんだ……」

 

 凛火はそれはいいとして、と言いながら空のある一点を指差す。その方に目を向けると、空中で静止する鳥がいた。

 

「ボクらが見ているのは偽物の世界ではあるわけだけども、この世界の情報は現実世界の変化にあわせて更新されていく。飛んでいる状態で止まっているように見える鳥も、本当はこの世界から見ても進んでいるんだ。止まっているかに見えるのは、ボクらの思考が加速しているからなんだよ」

「思考が加速するだって?」

「そ、ボクも機械には弱いから詳しくは知らないんだけど、心臓のクロークによる脳と神経の交信量を引き上げることで安全に思考速度を上昇させるんだって、知り合いの知り合いが言ってたって知り合いが言ってた。原理はともかく、ボクらバーストリンカーはそうやって、この世界での体感時間を現実時間の千倍にまで引き伸ばす。この世界で三十分がたったとしても、現実ではほんの一.八秒にしかすぎない」

「せ、千倍!?」

 

 そんなに便利なものがあるなら確かにこれは人類にとって革命だ。人間の寿命は本来の千倍にまで伸ばせるし、リアルの殴り合いでは絶対勝てて、睡眠時間は千分の一で済み、テスト直前の勉強時間も千倍に増やすことができる。その特権をこのゲームのプレイヤーだけが持っているなら、それこそ人生ベリーイージーモードだ。

 

「これを使えば現実世界でもいろんな裏技が使えちゃうかもしれないけど、それはボクが許さないからね。ゲームは楽しく遊ぶためのもの。ズルに使っちゃダメだよ?」

「は、はいぃ……」

 

 思考を見透かしたように凛火が釘を刺す。彼女にそう言われてしまえばその通りにするしかない。広佐だってゲームを愛する人間だ。ゲームを悪用するようなマネはしたくない。

 

「このブルーワールドの説明はそんなところかな。ちなみにこの世界にいられる時間は加速世界換算で三十分だけだから気をつけてね」

 

 凛火は指を動かし、コンソールを起動させる。何かのリストを表示して、その名前を確認しながら下へとスライドさせている。

 

「えーっと、じゃあこれからボクが対戦するからキミにはその様子を――んん? んんんんん?  ラッキー、いい試合がある! 観戦するよ! 急いでボクの言うとおりに操作して!」

「お、おう! 観戦だな!」

 

 凛火の指示に従ってコンソールを開き、対戦者一覧を表示させる。目的のものは下の方にあった。レベル1《ゴールド・ナイトメア》。名前の横にはマッチング中の文字。それをタッチし、観戦を選択する。いよいよ、このゲームの戦いを目にすることになる、そう思うと、気分が高ぶってくる。

 

「加速世界の闘士の力、目利きさせてもらうぜ!」

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。