彩霧広佐の視線 アクセル・ワールド 作:かいくんtheネクスト
観戦モードになると、広佐が見ている世界はさらに変形していった。静止したままの広佐や鳥の姿は消え青一色だった周囲の景色が多様な色を取り戻していくが、それは現実と同じ色彩ではない。土っぽい地面からは雑草やツタが膝の高さまで伸び、いたるところにから太い木々が生え、空を隠す。どこからか虫や鳥の鳴き声が聞こえてくる上に足元も少し湿っているようだ。体育館はびっしりとツタで覆われていた。さっきまでのブルーワールドではなく、このジャングルを思わせる密林へと変貌を遂げたマップが、本当の対戦フィールドだということか。
「これじゃどっちにいけばわからないな。凛火さん、ここって――って誰ぇ!?」
ブルーワールドのとき凛火が立っていた場所に、気が付けば雪だるま人間が立っていた。人間の胴体の上に真ん丸な雪だるまの頭が乗っかり、さらにその上に赤いバケツをかぶっている。
「な、なんだよーそんなに驚かなくてもいいだろ。ボクだよ」
雪だるまが聞き覚えのある高い声を発した。
「なんだ凛火さんか、ごめん。でもなんで顔のグラフィック変更を?」
「ボクの学内アバターは現実のボクそっくりに作ってあるからそのまま使うと顔バレしちゃうんだよねー。呼び名も凛火じゃなくて、加速世界ではクリスって言ってほしいな」
「あ、そっか、割れのこと忘れてた……とりあえず、この俺のことはコウって呼んでくれ、クリスさん」
「おっけー、コウ」
凛火にコウの名で呼ばれると本当にゲーム仲間になったんだな、と実感がわいてくる。広佐は自然と口元がほころぶのを感じた。もっとも、イスの状態では彼の表情など誰にもわからないのだが。
「ステージは対戦ごとに変わるんだけど、今回は《密林》ステージだね。木が多くて相手の位置がつかみにくいのとぬかるみにハマると厄介なのが特徴かな。戦う側としては障害の少ないステージの方が戦いやすくていいって人が多いんだけど、尖ったステージは変則的な戦いが見られるからギャラリーに周る分にはおもしろいね」
「なるほど、フィールドの特徴を把握しとかないと初見殺しで瞬殺、なんてこともあるのか」
視界の端に表示されたマップの見方を凛火から教わり、《ゴールド・ナイトメア》の表示をタッチすると、広佐と凛火のアバターは一瞬で示した場所へと移動した。二人が降り立った場所は公園の広場。ただし現実では広場であった場所も今は不気味なジャングルへと姿を変えている。コウはゴールド・ナイトメアがどこにいるか探そうとしたが、直後にそんな努力はまったく必要ないことを知った。
「あいつが、ゴールド・ナイトメア……」
「まだ交戦してないなんて、とことんラッキーだね」
太陽の入らないうっそうとした密林の中にあって、それは自ら光を発しているようだった。ゴールドの名に違わぬ黄金のボディカラー、重厚な肉体と背中に背負った大剣からは中世の騎士を連想させる。顔の目に当たる部分にはスリットがついているが、スリットの右側についた斜めの切れ目はまるで戦場で右目についた古傷のようだ。
明らかに密林ステージに似合わない外見の彼を、コウはかっこいいと思った。
あたりを見回すとコウたちの他にもこの戦いを観戦するギャラリーが意外に多いことにおどろく。彼らは口々に、「ナイトメア、応援してるぞ!」とか「勝てよ『ナイトの再来』!」と叫んでいる。
「バーストリンカーは学内ローカルネットのアバターじゃなくて、ブレイン・バースト内で一人に一つ生成されるデュエルアバターの姿で戦うんだ。コウのアバターは明日にならなきゃ完成しないけど、あのゴールド・ナイトメアの戦いはいろいろ参考になるから、楽しんで見るといいよ」
「あいつ、すごいやつなのか? レベル1って書いてあったし、相手はレベル3っぽいから参考にするならそっちの方だと思うんだけど」
凛火はレベルの概念は後で説明するとしてとりあえずレベルが高いほど強いと考えていいよ、と前置きしてから話し始める。
「ゴールド・ナイトメアは今大注目の新星なんだよ。彼がバーストリンカーになったのはほんの一週間前なんだけどデビューしていきなりレベル2を倒しちゃって、そのあとも同じレベル1同士の対戦では負け知らず、レベル2との対戦でも勝率8割を維持する大型新人として、いろんなレギオンから引く手あまたでさ。最強プレイヤー《ブルー・ナイト》と名前と武器が被ってるから『ナイトの再来』とも言われてるんだ。ボクも何度か観戦したけど、彼、強いよ。他のゲームもかなりやってたんじゃないかなー」
「この俺と同じ、経験者……」
「さ、そろそろ始まるよ」
マップを見ると、もうゴールド・ナイトメアとその対戦相手、レベル3の《スパーク・トリガー》との距離はかなり縮まっていた。
「このステージ、ナイトメアにはちょーっと不利かな? どう立ち回るか見ものだね」
凛火が言った瞬間、ダダダダダ! と立て続けに銃声が響いた。同時にナイトメアの体が前に傾く。視界の上部に表示されているバーが1割弱減少し、代わりにすぐ下のゲージらしきものが少し上昇した。どうやら今減ったのがHPで、増えたのが必殺技ゲージのようなものらしい。銃声とトリガーという名前から相手は銃を持ったデュエルアバターだろう。剣がある世界なのに銃も存在するなら、ゲームである以上剣と銃のリーチ差を埋めるだけの何かは設定されているはず。連続で銃撃を受けてもナイトメアが大したダメージを受けていないのはそれだけ近接と遠距離で威力に差があるのかもしれない。
とはいえこの状況、スパーク・トリガーに分があるのは明らかだった。密林ステージの足場は悪く移動が難しく、木々に遮られて相手の姿を捉えづらく、だというのにナイトメアは黄金の輝きを放っているせいで目立つことこの上ない。おまけに木が邪魔でナイトメアは満足に背中の大剣を振り回すことができないだろう。加速世界での経験、レベル差によるステータス、そして地の利のいずれもが、ナイトメアの不利を語っていた。確かにナイトメアはレベル1と2相手に圧倒的な強さを見せていたかもしれないが、レベル3を敵に回しこれほど悪条件では追いすがることすら不可能なのではないか。コウは思ったが、凛火の期待にあふれた表情を見ると、大番狂わせが起きるような気もしてくる。
「見せてくれ、アンタのガッツ」
コウは考えるのをやめ、ただ目の前を試合を楽しもうと決めた。