彩霧広佐の視線 アクセル・ワールド 作:かいくんtheネクスト
無理な体勢の跳躍により倒れ込んだナイトメアと、彼の攻撃で転倒したトリガーが互いに身を起こす。立ち上がっても両者はすぐには動かず、身構えたまま視線をぶつけあう。
「おめぇさん、やるねぃ。よもや一発もらうとは思わなんだ。さすが《ブルー・ナイトの再来》と言われる男だよ」
にらみ合ったまま、スパーク・トリガーが口を開いた。軍人のような見かけに合わず陽気な江戸っ子(?)口調だ。現実でも社交的な性格なんだろう。
「買い被りすぎですよ。僕の方こそ、自分から勝負を挑んでおいてここまでやり込められてしまいましたからね。それだけの射撃の腕、相当経験を積んでいるようですね」
ナイトメアの声はごつい体型から想像していたよりもずっと高く、凛々しかった。こちらも現実世界で運動部にでも所属していそうだ。
「なぁに、特別なこたぁなんもしちゃいねえ。空飛んでるカラス狙ってりゃ鉄砲は勝手に当たるようになる」
「へぇ、鴉の落とし方、今度教えていただけませんか?」
「おうおう俺に勝ったら教えてやらあ。ま、無理だろうがね」
「いえ、勝たせてもらいます。僕も勝算を考えず勝負を仕掛けたわけではありませんからね」
ナイトメアの口ぶりは、まるで逆転の手段を握っているかのようだった。
「ナイトメアのやつ、まだなにか隠し玉があるのか」
「そうだなー、彼はリーチは短いけど当たれば数秒間相手の動きを止められる必殺技を持ってるから、それを使うつもりなんじゃないかな」
なるほど、そんな必殺技があるなら当てれば確実に一発、相手の急所に攻撃を打ち込むことができる。近接戦に持ち込めばナイトメアのペースということか。
「《シェイプチェンジ・ハンド》!」
「はああぁぁぁぁ!!」
トリガーが技名を叫ぶのと、ナイトメアが動き出すのはほぼ同時だった。トリガーの持つマシンガンが無数のタイルへと分解され、拳銃の形へと再構成される。トリガーがマシンガン形態を捨てて小さなハンドガンへ切り替えたことに、コウは違和感を覚える。拳銃はマシンガンより軽いが、連射力に劣る。よほどの近距離でない限り拳銃を使うメリットはないはずなのだが。
変形終了と同時にトリガーは後ろへ下がりながら連続で引き金を引く。ナイトメアは剣を盾にして急所へのダメージを防ぎながらトリガーへと肉薄。トリガーに向けて袈裟懸けに剣を振り抜く。ナイトメアの剣が当たる直前に、トリガーは真上へと跳んだ。
しかしジャンプして攻撃をかわしても、どうにかして空中で着地点をずらさない限り着地するタイミングを狙って再び攻撃されてしまう。いわゆる着地狩りというやつだ。トリガーも万事休すか、とコウは思ったが、その考えは外れた。
トリガーはジャンプしたまま下へ落ちてこなかった。トリガーは拳銃を持っていない左手で木の枝を掴み、木にぶら下がっていたのだ。ナイトメアは剣を頭上に突き出してぶら下がっているトリガーへ追撃するが、トリガーは猿のような身軽さでそれをひょいと避けると、片腕だけで体を持ち上げ、木の上に登った。トリガーはそのまま木の上から銃撃、ナイトメアの体力がさらに減る。ナイトメアもトリガーを追って跳躍するが、剣がトリガーを捉える前に彼は近くの木へと飛び移り、拳銃による攻撃で着実にナイトメアのHPを奪っていく。なんという身のこなし。前世は猿だったのではないかと本気で疑ってしまうほど、トリガーの動きは軽やかだった。直線移動速度でトリガーはナイトメアに劣るものの、こうした相手を攪乱する移動方法ならトリガーの小さな体躯の方が向いている。彼が武器を拳銃に変形させたのは自重を軽くし、木の上での移動をやりやすくするためだったのだ。さらにトリガーは隣の木へと移る際に空中で拳銃のカートリッジをリロードすることで、弱点である弾切れをも補っていた。
「どうでぇ、これで詰みよ!」
トリガーの言葉どおり、ナイトメアは防御で精一杯のように見える。ナイトメアがトリガーの真似をして木に登ったとしても、木の枝はナイトメアの大柄な身体を支えることができず、折れてしまうだろう。距離が近いことでトリガーの射撃精度はさらに上がり、剣の隙間をぬって何発も弾丸をヒットさせている。もうナイトメアの体力は四分の一を切ろうとしていた。
「くそ、ここまでなのかよ……」
コウの言葉にも悔しさの感情が濃く滲む。ここまで差を広げられてしまえば、追いつくのは不可能に近い。
「待って、ナイトメアは諦めてない」
凛火の声ではっとしてナイトメアを見る。スリットの奥にあるカメラアイ、対戦開始時には見えなかったそれが、今ははっきりと、赤く輝いているのがわかった。彼の心にはまだ闘志が残っている。
ナイトメアがトリガーのいる木へと突進する。トリガーは余裕を見せつけるように笑って隣の木へ飛び移るが、移動先を予想していたのかナイトメアはダッシュの途中で急に進路を変え、トリガーが飛び移らんとしている木へと走り、その勢いのまま、
その太い木の幹を剣のひと振りで切断した。
「ま、マジかよ!?」
コウは思わず叫んだ。斜めに寸断された木が切り口に沿ってスライドし、そのまま傾いていく。トリガーがその木にしがみついた状態を維持すれば地面に落下してしまうが、他の木に移るほどの猶予もない。大木を切り倒すという視覚的なインパクトがありつつ戦術的にも大きな意味のある行動に、コウは度肝を抜かれた。
「お、落ちる~!! ――なんちって」
そんな中でも、トリガーは不敵に笑った。そして拳銃を口にくわえ、空いた右手で手近にあったツタを掴む。それから彼が木の枝から手を離したとき、コウはまたしても驚愕の声を上げる。
「あれは、ターザン!?」
ツタにつかまったトリガーはまさしくターザンの要領で、弧を描きながら移動し始めた。木から木への飛び移りを封じても、トリガーを落とすことはかなわない。
「それを待っていました」
だが、ナイトメアもそれで終わってはいなかった。彼の構える剣が光に包まれる。もう一度あの《旋刃》を使うつもりだ。ターザンで移動している最中なら軌道は自然と限定される。これを当てれば流れはナイトメアへ行く。
「同じ技をくらってたまるかってんだい! 《サークリッド・アーマー》!」
トリガーの技名発声とともに、トリガーの右腕の装甲が外側に展開され、丸いシールドを形作る。
「《旋刃》!!」
気合の入った声に乗せて剣が振られる。だがシールドを展開した今のトリガーに当たったとして、それはトリガーを落とすには至らないだろう。やはりトリガーの方が一枚上手だったのだ。トリガーが勝ち誇ったように移動先の木の枝を掴もうとした瞬間、
ナイトメアの剣から放たれた《旋刃》は、トリガーが掴みかけていた木の枝を、その周辺の枝ごとごっそり切り裂いた。
「お、おわああぁぁぁ!!」
枝を掴もうとした手は虚空をさまよい、勢い余ってトリガーの体が木に激突する。そのまま地面へと落下、HPゲージは5%減少。とうとうナイトメアがトリガーを地に落とした。トリガーは素早く跳ね起きるが、体勢を立て直す前にナイトメアが肉薄する。トリガーはとっさに展開したシールドで身を守ろうとしたが、ナイトメアの切っ先はガードをくぐりぬけ、トリガーの脇腹に深く突き刺さる。トリガーの体力ゲージの二割が白くなった。
「ま、だまだぁ!」
トリガーは剣が刺さった状態のままナイトメアに銃を向けた。ナイトメアは素早く剣を引き抜き、銃口から逃れる。トリガーは後ろへ下がって剣の間合いから離れようとするが、ナイトメアは大きく踏み込みトリガーを引き離させない。
しかし、ナイトメアが剣を振るおうとした瞬間、トリガーはいきなり後ろに下がるのをやめ、逆に前へと距離を詰めた。まだ勢いのついていない剣の柄の部分にシールドをカチ合わせ、攻撃を抑える。さらに拳銃でナイトメアの頭部めがけて発砲、弾丸はナイトメアのこめかみにクリーンヒットし、傷口から激しく火花が散る。ナイトメアの頭部に放射状のヒビが入り、体力はついに一割を割った。
しかし同時に、トリガーのHPも半分を切る。トリガーがナイトメアの頭を撃ち抜くのとほぼ同時に、ナイトメアの手刀がトリガーの肩口をえぐっていたのだ。手でツタを切りながら移動していたときにも見たように、やはりナイトメアの手には刃物と同じ効果があるらしい。
トリガーに意表をつかれながらも即座に対応して反撃を行うナイトメアの反射神経と判断力、確かにこのゲームを始めたばかりだとは思えない。だがもはやナイトメアの体力は風前の灯。ダメージを受けずに残り半分弱あるトリガーの体力を削りきるのは至難の業だ。
ナイトメアが手刀と剣を同時に構え、剣による攻撃を先に行う。剣をガードさせたところで手刀によるダメージを与える算段なのか。対するトリガーは防御することもせず、ただまっすぐに拳銃を持った手を伸ばす。この状況なら先に剣が当たったとしても銃弾をたった一発受けてしまえばナイトメアの敗北が決まる。終わった、とコウが思ったそのとき、ナイトメアは手刀の形を作っていた指を開き、トリガーの拳銃を掴んだ。そのまま握力を利用して強引に銃口を動かし、最後の体力を削り取るはずだった弾丸の軌道を逸らしてから、さらに銃口を握りつぶした。拳銃を壊されたトリガーの顔に焦りの色が浮かぶが、直後にトリガーの表情は元に戻り、技名が発せられる。
「《シェイプチェンジ・ダブル――――」
「《ペトロ・クロス》!!」
だがトリガーの声をかき消すように彼よりほんの少し早く、ナイトメアが技名を言い終わる。ナイトメアの胸から緑色のまばゆい光が放たれ、それを受けたトリガーの体が金縛りにでもあったように硬直した。
あれが凛火の言っていたナイトメアの必殺技に違いない。リーチは短いが相手を数秒間硬直させ、確実に急所への一撃を決める技。その言葉通り、一回はトリガーにダメージを与えることができるだろう。
しかし、それでは足りない。トリガーのHPはまだ四割五分。体感だが、ナイトメアの攻撃力ではどうあがいても一発でトリガーの体力を根こそぎ持っていくことはできない。
お互いの体力表示を見ながらそう考えたコウは、そこで驚くべきことに気づいた。
「ナイトメアの必殺技ゲージが、まだあんなに……!?」
二度の《旋刃》に加えて《ペトロ・クロス》と、計三度必殺技を使用したはずのナイトメアの必殺技ゲージが、なぜかまだ半分近く残っていた。トリガーのゲージが二割足らずしかないのに対し、この差は一体。
「なるほど! ナイトメアがツタや木を切っていたのは、ゲージを溜めるためでもあったんだ!」
凛火が興奮気味にまくしたてる。そうか、このゲームは障害物を壊すことで必殺技ゲージをチャージすることもできるのか。
動きを止められたトリガーは、すでに勝敗を悟ったような表情をしていた。
「おめ、ぇ……」
「ありがとうございました。本当に、いい試合でした」
ナイトメアが剣を大上段に振り上げる。剣の刀身が、《旋刃》を使用したときよりも強い光を帯びる。ナイトメアの必殺技ゲージが、ごっそり減少する。
「《サッドネス・ブレイク》」
勢いよく振り下ろされた剣はきれいにトリガーのボディを頭頂部から真下へと正中線に沿って切り裂き、残っていた彼のHPバーをすべて吹き飛ばした。真っ二つに切断されたトリガーは血の代わりに傷口から火花を吹き出し、ゆっくりと倒れていく。トリガーの体は地面に着く前に、オレンジ色のポリゴンへと分解され、ポリゴンの破片がオレンジの柱を作る。
「ったくよぅ……すっかりしてやられたねぇ」
体力がゼロになったトリガーがポリゴンとなって消えていく寸前、悔しそうに、しか
しどこかすっきりしたような声で言った。
「いえ、《ペトロ・クロス》が当たるかはイチかバチかの賭けでしたよ。あれが外れていれば僕の完敗だった」
ナイトメアの言葉にトリガーは笑って、
「また、やろう」
と言い残し、消滅した。