彩霧広佐の視線 アクセル・ワールド   作:かいくんtheネクスト

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オリジネーター可児凛火の弟子

 圧倒的な体力差を覆しての大逆転。ナイトメアの黄金の鎧はあちこちがひび割れ、へこみ、その輝きもくすんでいたが、それでも最後まで立っていたのは彼だった。銃痕だらけの背中が、コウにはとても大きく見えた。

 

「すげえ……ついにレベル3まで倒しやがった!」

「最高のバトルだった! これからも応援してる!」

「フッ……早く上昇して(あがって)来い、我の領域(レベル)まで……」

 

 試合終了から一拍遅れて、ギャラリーから歓声が上がる。レベル1と2相手に高い勝率を維持していると凛火は言っていたが、レベル3と戦ったのはこれが初めてだったようだ。

 

「これが、バーストリンカーの戦い……」

「そう、バーストリンカー同士の対戦は他のゲームとは格が違う。低レベル同士のバトルでここまでのが見られることはあんまりないんだけどねー」

 

 たった今目の前で展開された戦いに、コウはすっかり心を奪われていた。

 

「こいつはまさに、この俺の求めていたゲームだ」

 

 コウが欲していたのは単純なAIによって動くモンスターを狩る作業ではない。人間同士の死力を尽くした一対一の戦闘である。最近のMMORPGはより多くのプレイヤーを獲得するために集団プレイが推奨されており、そのためプレイヤー同士の戦闘であっても複数人プレイによるチームバトルが中心となる。別にコウは集団戦そのものが嫌いなわけではない。ただ彼は今までプレイしたフルダイブ型のゲームのほとんどで集団戦ばかりやらされてきたため、多人数でのバトルに飽きが来た、というのが一対一にこだわる理由の一つ。もうひとつは、コウが人付き合いの苦手な性格だということ。

 一人でできるレトロゲームはもはやプレイヤーが他にいないため、ネット対戦機能を使用できない。ブレイン・バーストは一人用レトロゲームの気楽さとVRゲームの臨場感を合わせた理想的なゲームだと、コウは思った。

 

「さて、ボクらもギャラリーとして、勝者を称えないとね。ナイトメアー! 勝利おめでとー!」

「ちょ、なにもクリスさんまで大声出さなくっても!」

「ゲームプレイヤーとして、マナーを守って他のプレイヤーとうまく付き合うことも大事なんだよ」

 

 ……理想的なゲームであるかは、再考が必要かもしれない。

 とはいえ、今の試合を見たことで自分の中に熱いものがこみ上げてくるのを、コウは感じていた。早く戦いたくて仕方がない。早く自分のデュエルアバターを動かしたい。久しく忘れていたゲーマーとしての昂ぶりが胸の中で渦巻いている。

 

「や? ねーコウ、ナイトメアがこっち見てるよ」

 

 凛火に言われてナイトメアに視線を戻すと、確かに彼はコウと凛火の方を向いている。コウは最初自分のファンかと思ったが、まだ彼はデュエルアバターすら持っていない、新人ですらない状態な上、外見がただのイスである。存在自体気づかれているかも非常に怪しい。よってこの場合、用があるのは凛火の方ということになる。

 

「あなたがクリスさん、ですか?」

 

 思ったとおり、ナイトメアが声をかけたのはコウの隣に立つ雪だるまヘッドのアバターだった。

 

「うん、ボクがクリスだよ」

「そうか、あなたが、あなたが……」

 

 これが現実世界だったら、ナイトメアは目を大きく見開いて驚きの表情をしているだろう、とコウは想像した。ナイトメアの声は少し震えている。

 

「なあクリスさん、あいつなんか知らんが感激してるぞ。クリスさん結構有名人なの?」

「どーかなー、一応百人しかいない初期ユーザーの一人だから知ってる人は知ってるかも。バーストリンカーになってまだ一週間の人に覚えてもらえてるのはびっくりだけど」

 

 ナイトメアは深くおじぎをして、明るい声で凛火にむけて叫ぶ。

 

「僕の対戦を観戦していただけたなんて光栄です! 突然ですけどクリスさん、いえ、《クリスタル・ユートピア》さん、僕を弟子にしてください!」

「うぇぇえ!?」

「はあああぁぁ!?」

 

 コウと凛火が同時に驚きの声を上げる。

 

「おいふざけんな、りん、じゃないクリスさんはこの俺の――」

 

 だが、コウの抗議が最後まで言い終わることはなかった。対戦終了により、目の前の世界が崩壊を迎える。密林の木々が、周囲のアバターが、そして建物までもが光の粒子となって分解されていく。そんな中で、ナイトメアは最後まで頭を下げていた。

 

 

 

 現実世界へ戻った瞬間、体全体を暑さが覆い尽くす。電子レンジの中にいるようだ、全身をまんべんなく熱で刺されるような感覚。広佐は自分の頭がくらっとなるのを感じてこめかみをおさえた。

 そう、戻ってきたのだ、仮想世界、いや加速世界から。視界の隅の時刻表示をチェックすると、確かに加速世界へ行く前から一分たりとも経過していない。凛火から説明を受けたとおり、本当にあの世界では時間が千倍の速度で流れていたのか。広佐は改めて、加速という言葉の意味を実感した。

 

『やー、ツイてるね。あれだけハイレベルな戦いをまるまるノーカットで見られるなんてなかなかないよ。そもそも対戦は一回一.八秒で終わっちゃうわけだから自分が加速したタイミングで誰かがマッチングしてること自体そんなにないんだよね。だから今度から観戦したいときは、特定のプレイヤーが対戦するときに自動でギャラリーに入れてもらえる機能を使うといいよ』

 

 凛火の声が直接脳に響いたことで、広佐は今自分と凛火が直結していたことを思い出す。体が妙に熱かったのも、おそらく暑さのせいだけではない。

 

『そうか、プレイヤーの情報を集めるためにも観戦はこまめにしておこうかな。それで、さっきナイトメアが弟子入りしたいって凛火さんに言ってきた後、この俺があいつに言いかけた言葉なんだけど……』

『クリスはこの俺の、なんだっけ?』

『えっと、うまく言えないんだけど、師匠というか、いや師匠でもいいんだけど微妙に違うというか、とにかく、あれは忘れてくれ。混乱してわけのわからないことを言ってしまった』

 

 クリスさんはこの俺の、の後、自分は何を言いたかったんだろう、と広佐は思った。自分の気持ちに正直になるなら「クリスさんはこの俺のもの」となるわけだが、もし続く言葉にそれを選んでいたとしたら、言い終わらなくて正解だった。あの場で大胆かつ身勝手な告白をしたら凛火にバーストリンカーとしてどころか人間としても見限られてしまったに違いない。

 凛火は広佐の不安を包み込むようにほほえむ。

 

『気を使わなくていいんだよ。ゲームでしか知らない相手とゲームだけじゃなく現実でもつながりのある相手なら、現実で知ってる方がずっと強い関係にあるのは当然だろ。彩霧が一人前になるまで、ボクは彩霧の師匠だ』

『凛火さん……』

 

 涙もろい人間や、感情表現がオーバーなたぐいのVRゲームの中だったら広佐は感動で涙を滝のごとく流していただろう。幸か不幸か広佐は泣けると評判のアニメを見て泣きそうにはなれど実際にほろりといってしまうタイプではなかったため、代わりに精一杯「自分は今感動しています」という表情を作った。

広佐は小学校の頃、職員室でうっかり先生のコップを割ってしまって叱られた際、心から申し訳なく思いそれを表情で表現しようとしたところ「逆ギレするな」とさらに叱られたことがある。自分の感情表現が小学生時代から進歩していなければ、凛火の目には広佐が怒っているように映ってしまうかもしれない。広佐の不安を知ってか知らずか、凛火はニコッと笑った。

 

『じゃ、今日はこのへんにしとこっか』

 

 凛火が直結ケーブルに手を掛け、引き抜く。時刻表示の上に直結が切断されたことを告げるメッセージが浮かび、そのウインドウを消してから広佐もケーブルを抜いて凛火に返した。広佐としてはもっと凛火と直結したまま話していたかったが、これ以上外にいると本当に暑さでぶっ倒れかねない。不思議なことに凛火は汗ひとつかいていないので、倒れるなら確実に広佐の方だ。凛火の前でそんなみっともない姿を晒すわけにはいかない。広佐は平静をアピールするために「フッ」と不敵に笑った(実際はぎこちない笑い顔だ)。

 

「そうだな、凛火さんも疲れただろうし、もう帰ろうか。明日また、放課後に説明してもらうとしよう」

「明日は休みだけど?」

「え、あ、マジで?」

 

 クールに決めようと思ったそばからこれだ。カレンダーを確認すると、明日は創立記念日とある。

 

「あはは、彩霧、休みの日も覚えてないなんて、そんなに学校が好きなのかな?」

 

 凛火にからかわれて、広佐は顔が赤くなった。恥ずかしさからではない、嬉しさからだ。もしかすると自分は本当に学校に行きたかったのかもしれない、と広佐は思った。学校へ行く理由はひとつしかないけど、それは他の学校へ行きたくない理由すべてを上回っているような気がする。

 

「もし明日彩霧に予定がないなら、一緒にブレイン・バースト、してもいーよ」

「ああ、助かる――――って、いいいいいのか!? 凛火さんの休日を使わせちゃって」

「だってボクはキミの師匠だぞ?」

 

 祝日を把握していなかった広佐に予定などあるはずもないが、凛火の方はそれでいいのか。友達とどこかに出かけたりしないのか。大事な休みをこんな根暗野郎のために割く余裕がどこにあるのか。そんな疑問が広佐の頭の中を駆け巡る。

 休みの日に女の子と二人で遊びに行く。当然そんなこと広佐のこれまでの人生で一度だってない。これからもないだろうと思っていたのにまさかこんな簡単にその機会がやってきたことで広佐はかなりテンパっていた。

 

「こ、この俺は予定ないけど、でっ、でも、凛火さんは予定とか、ないの」

「ボクはへーきだよ。待ち合わせどこにしよっか。新宿西口改札のとこでいいかな?」

「だだっダイジョブだぞっ。ちゃんと一人で行けますっ!」

 

 まずい、口調がヘンになっている。

 

「よし、決まりだね! 明日十時に新宿西口改札前で!」

「は、はいっ!」

 

 でも二人でいるところを誰かに見られたら、とか反論の言葉が浮かんだが、それを口にするだけの勇気は広佐にはなかった。こうして、広佐の予定というか運命は予想だにしなかった方へと進んでいくのだった。

 

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