彩霧広佐の視線 アクセル・ワールド 作:かいくんtheネクスト
家の前にある監視カメラが広佐の姿を認めると、自動でドアが横にスライドし、彼の帰宅を迎える。凛火と別れてからここまでポケットに突っ込んだ手を一度も出すことなく、マンションの五階にある「五〇二」と書かれた部屋の前までたどり着いた。家に入った瞬間、ひんやりとした空気が広佐を抱きしめる。やはり科学技術はとても便利だ。それだけに、明日ニューロリンカーのネット接続を切っておかなければいけないという事実は、広佐にとってはかなりきつい縛りだった。
今だってほとんど無意識のうちに、視線だけでニューロリンカーが見せるウインドウを操作し、ニュースまとめサイトをチェックしている。インターネットは広佐の一部と言っても過言ではない。それを使ってはいけないというのだ。拷問ではないか。凛火以外が言ったことだったら確実に破っている。
『明日、彩霧のデュエルアバターができたら、ニューロリンカーをネットに繋げてるだけで、誰かに対戦を挑まれたとき拒否できずにバトルになるんだ。だからボクが戦い方を説明するまでグローバル接続は切っておいてね』
ネット接続されていたら勝手にブレイン・バーストのマッチングリストに名前が載り、それを見つけたバーストリンカーが対戦を挑めば即戦いになってしまうという。なんと理不尽な設定だ。まあそうでもしなければ知らない相手との対戦などそうそう成立しないだろうということはわかるが。
ネット接続を切らなければ対戦を拒めないルールの下では広佐のようなバーストリンカーになりたてほやほやの新人などあっという間にタカられてしまうに違いない。やはり不便でもネットは我慢するしかない。もしかしてブレイン・バーストってクソゲーなのでは?
そんなことを考えながら自室のベッドへとダイブ。広佐の全体重を乗せたアタックをベッドは優しく受け止めてくれる。骨組みが少しギシッといったのは心配だが、小学校入学の時に母が買ってくれたベッドはその日以来ずっと、信頼できるパートナーだ。
ベッドに横たわった広佐はニューロリンカーを首につけたまま、充電ケーブルに繋げた。
『それと、今夜は夜更かししないでぐっすり寝ないとダメだよ? ブレイン・バーストはニューロリンカーを通してバーストリンカーの夢を読み取ってそこからデュエルアバターを作るんだ。面倒だとは思うけど、今日だけ寝るときにニューロリンカーを外さないようにね』
『えっニューロリンカーの充電もたない』
『いやいや、ニューロリンカーは充電なしでも三日くらいは大丈夫だから――残り8%!? なんでこんなに使ってるんだよもー!』
こんな会話もあのあとにあった。広佐は昨日、ゲームを深夜までプレイして、それから疲れて机にニューロリンカーを放り投げて眠ってしまっているので充電ができていない。おまけにこのニューロリンカーは買ってもう四年になる旧式なのだ。バッテリーの損耗により二日で電気がカラになる。
せめて今夜の分くらいはバッテリーを耐えさせなければならないので、今からチャージしておくが、ネットは使いたいから充電しながらやることにする。視線ではなく今度は指でコンソールを操作して、昨日配信されたアニメ一覧を確認するが、どれもパッとしない。広佐の頭には、まだあの《ゴールド・ナイトメア》と《スパーク・トリガー》の対戦がちらついていた。
「なーんか引っかかるんだよな」
あの二人の戦い方の違いが気になる。広佐が注目したのは勝利した期待の新人ゴールド・ナイトメアではなく、負けたスパーク・トリガーの方だった。
「あいつの動き、なんとなく……」
動画サイトへとアクセスし、大会動画を検索。その中の「ほるみーん」というプレイヤーの大会決勝動画を開く。彼の参加している大会は《フォトンバレット・オンライン》という二〇三九年に配信開始されたフルダイブ型ゲームの公式が企画したもので、ほるみーんはその第二回大会の優勝者だった。ほるみーんはそれ以外にもいくつかのオンラインゲームで成績を残している。彼の年齢は現在四十を過ぎていたと思うのでニューロリンカーの販売が開始された二〇三一年よりもずっと前に生まれていたことになる。当然、バーストリンカーになるための条件のひとつ『出生直後からニューロリンカーを装着している』は満たせず、よってスパーク・トリガーとほるみーんを直接結びつけることはできないが、トリガーの戦いぶりはなんとなくほるみーんを思わせるものがあった。
決勝動画は十分くらいだった。七年前のゲーム、六年前の動画にしてはなかなか凝ったグラフィックで、SFチックな基地の中でアサルトレーザーライフルを構える対戦相手とサブマシンガンを片手に一つずつ持ったほるみーんが銃撃戦を繰り広げている。二丁サブマシンガンとはどんな世紀末装備だとツッコミを入れたくなるが、その型破りな武装をほるみーんは見事に使いこなしていた。相手の行動を読みきったとでも言うような超人的な動きで攻撃を回避し、相手の移動先に確実に射撃を叩き込んで二本先取の試合で二連勝して優勝している。圧倒的な強さだ、プレイヤースキルはスパーク・トリガーよりも上だろう。だがやはり、どこか似ている。
「あ、確かほるみーんって……」
そこであることを思い出した広佐は動画サイトを閉じ、普通の検索でその名を調べた。
「やっぱそうだ。ならあの辺の人らも――」
それから他にも何人かの有名プレイヤーを検索し、彼らの共通点を見つけて一人うなずく。
「そっか、こいつらの強さって、そういうことだったんだ」
自分の中での疑問が解消し、広佐は満足して息をついた。全てのコンソールを消し、ベッドの上で大の字になる。彼らの強さの理由はわかったし、同じことをすれば強くなれるのもわかる。だがそれを実践するのはかなり難しい。それでもやるしかないだろう、なにせ広佐は早く強くならなければいけないのだから。経験者にカモにされないためにも、凛火の隣に立つためにも。
「凛火さん……」
誰よりも大切な人の名を口にする。出席番号の関係で横の席になっただけのクラスメイト。自分に笑顔を向けてくれるただ一人の知り合い。中学三年生になったばかりの四月に彼女の方から話しかけてきて、それから少しずつ話すようになって、憂鬱だった学校がちょっとだけ楽しくなっていった。自分は凛火のことが好きらしい、と気づいたとき、本当に自分はバカだと思った。金髪に水色の目を持つ外国人のような凛火の容姿は人目を引き、本人の明るさもあって彼女はクラスの人気者だ。広佐にとっては一人しかいない話し相手でも、凛火にとって広佐はたまたま席が近いだけの、ただのクラスメイトの一人でしかないことくらいわかっていた。わかっていたのに、好きになってしまった。だから広佐は、自分が傷つかないために、凛火とそれ以上の関係になることをなんとなく避けていた気がする。だというのに、今日彼女にゲームに誘われて、一緒にプレイすることになった。今朝、いつか一緒にゲームをしようと約束したことがもう実現したことになる。おまけに直結までしてしまった。そんな状況になったことで、広佐の中にはある思いが浮かんでいた。
――凛火さんに、もっと近づいてもいいのかな、と。
「そんで明日は凛火さんとデート、か」
口に出してから恥ずかしくなり、両手で真っ赤になった頬を押さえる。デートなんて仲でもないのに。
「――っとと、今はそんなこと関係ない」
気持ち悪い妄想をするのはやめよう。今しなければいけないのは自分のデュエルアバターが完成したときにうまく立ち回れるように戦い方を考えることと、ちゃんと寝ることだ。そう考えると、広佐の体にどっと疲れが襲ってきた。今日はもう寝ようと思って時刻を確認するとまだ午後六時だった。今寝ると深夜に起きてしまうだろうか、そんな懸念を抱きながらも睡魔には抗えず、目を閉じる。
「そういえば、晩飯まだだな――――」
それだけ言って、広佐の意識は途絶えた。
そのまま、広佐は目覚めることがなかった。翌朝、彼の体は冷たくなっていた。広佐の葬式にはどこにいたやら多くの親戚が集まり、沈痛な面持ちで広佐の眠る柩を見つめていた。クラスメイトもぞろぞろとやってきて広佐の遺影の前で手を合わせる。
――うわぁ、ひでー夢だ。
幽霊となってふわふわと空中を漂っていた広佐は彼らを見下ろしてぼやく。死んだあとになって悲しむくらいならどこかで孤独に野垂れ死んだ方がマシではないか。
広佐は幽霊になったばかりでうまく動かない体を平泳ぎの要領で動かしながら、「彼女」の姿を探す。黒い頭、茶色い頭、ときどき金色。ちらほら見える金髪の中でも、その金は本物の輝きを放っていた、ように広佐には見えた。彼女の名を呼ぶと、彼女は空中に浮かぶ広佐の存在に気がついた。この場にいる誰もが神妙な顔をしている中で、ボーイッシュな短い金髪に水色の瞳をした彼女は涙どころか悲しみの色も見せず、ただ呆れたように幽霊になってしまった広佐を見つめていた。
「彩霧、ちゃんと死んでなくちゃダメだよ。みんなびっくりするじゃないか」
――いや、この俺だって好きでこんなことになってるわけじゃないし。
「キミはどうしたいのさ。いつまでもそんなところでグズグズしてるくらいなら早くあの世にでも旅立ったほうがいいんじゃないの」
――そこまで言わなくてもいいじゃないか。もう死んでるのに。
「だからこそだろ。ボクと並んで戦うって約束も果たせずに無様にくたばって、キミの人生は一体なんだったんだろうね。キミは何がしたかったんだい?」
――この俺がしたかったこと……いや、これは夢なんだから、後悔してもしょうがないよな。
「そうやって逃げるからどこまで行ってもキミは中途半端でみっともない根暗人間なんだ。少しは自分と向き合う努力をしなよ」
彼女に冷たく突き放され、広佐はショックを受けた。
「言ってごらんよ、キミという半端な人間がなんのために、なにを目的として生きてきたのか、生きていこうとしたのかを」
いつしかこの場所には広佐と彼女しかいなくなっていて、二人の目線は同じくらいの高さにあった。
――生きる目的か。それはよくわからないけど……でも。
自分が望むこと、慎重に言葉を選んでそれを絞り出す。
――多分、醒めない夢を見ていたい。
それを聞いた彼女は少し笑った。
「なら、行っておいで。そんな虫のいいことを語るキミには夢の外がお似合いだ」