ラブライブ!&サンシャイン!! School idol Generations 作:紅乃暁
学生時代の私にとって、夏休みはまさに天国ような日々だった。
家でエアコンをガンガンにかけてダラダラと過ごす毎日。口うるさい母親に度々怒られながらも、そんな気の抜けたような生活を楽しんでいた。
もちろん、23歳となった現在はそんな真似をする事など許されるはずもなく。
今日も今日とて、教室で補修を受ける生徒の監視を任されていた。朝から来ていた十数名の生徒たちの殆どはすでに帰宅しており、最後の1人となった彼女の勉学に励む姿を見せつけられていた。
「せんせー、帰りたいよー」
「これが終わったら帰れるよ、頑張って」
「あついーエアコンーアイスー」
「もう……」
まるで大昔の自分を見ているようだった。
何となく高校生の時の私に雰囲気の似ている彼女を、放っておくのも気が引けて。こうして最後まで付きっきりで見ている。本当なら離れたっていいし、エアコンの効いた職員室で夏の間にこなさなければならない仕事を進めたっていい。
だけども結局、わざわざ暑い教室に仕事を持ってきて進める傍で、こうして彼女の勉強を見ている。
「……ねえ先生。ちょっといい?」
「ん?どこかわからないとこある?」
「ううん。勉強の事じゃないんだけどね」
「帰るの遅くなるよ……」
「これはどうしても聞いておきたかったの!」
何のことだろう。恋人はいないと、赴任してきたときにあれだけ答えたのに。今さら聞かれることなんて。
「先生、スクールアイドルやってたって本当?」
「……あー」
こういう質問が来るだろうなんて。予想はしていた。
そして今がその時。結局聞かれる事がなかったので、私はすっかりその事を忘れてしまっていた。忘れた頃になんとやら、だろうか。
「まあ、うん。そうだね。若いっていいよね。何でも勢いで出来ちゃうから」
「今も若いと思うけどなあ」
それは照れる。
「結局、先生ってスクールアイドルだったの?」
「……まあ、そんな時期もあったね〜」
「本当だったんだ!やっぱり衣装着て踊ったりしてたの?もしかして、ラブライブに出場してたとか!?」
ラブライブ。スクールアイドルなら誰もが目指す夢の舞台。なんだか懐かしい言葉ばかりだ。
「残念。そこまでは行かなかったんだ〜」
「そっかー。あ、グループ名とかーー」
「はい、その話はまた今度。早くそれ終わらせないと、明日になっちゃうよ?」
「わっ、いけない!早く終わらせなきゃ!」
そう言って彼女は、放置していたノートに再び向き合う。
苦笑いしながら、ふと窓の外に目をやる。
雲ひとつない快晴。ただ夏にこれをされると、あまり良い気分とは言えず。余計に建物から出たくなくなる。早く職員室に引きこもりたい。いや、家に帰りたい。
「終わった!終わったよ先生!」
「はい、お疲れ様。じゃあ、今日はこれで終わり。明日からも頑張ろうね」
「えっ、ええ〜?」
「はい、早く帰りたいんでしょ?気をつけてね」
「うぅ、先生のおにー!」
そう言いながら、スクールバッグにペンケースとノートを入れながら立ち上がり、扉へと駆け出した。
「じゃあね、高坂先生!」
「またね、高海さん」
高坂穂乃果。スクールアイドルグループ『μ‘s』の元メンバー。
あれから何年か経って教師になった私は、こうして浦の星女学院というところで、今日も教育に励んでいる。
『ラブライブ!&サンシャイン!! -School idol Generations-』
「このクラスの担任になりました、高坂穂乃果です。……って、もう知ってるよね」
新学期の春。私は2年生のクラスの担任をすることになった。
とは言っても全校生徒が100人もいない学校であり、前年度は1年生の国語を見ていたのもある上、クラス替えもなくそのまま繰り上がりの為クラスの全員は私のこと知っていた。私も知っているし。
「じゃあ挨拶はこの辺にして、始業式が終わった後はーー」
「じゃあね、先生」
「うん、気をつけてね」
この学校に赴任して2年目であるが、生徒たちは隔てもなく接してもらえているはずだ。この学校で彼女たちと一番歳が近い教師というのもあるのかもしれない。何にしても、上手くやれている。
「穂乃果ちゃん!」
「……うっ……」
約1名を除いて。
後ろを振り返ると、蜜柑色のアホ毛がひょこひょこ動かしながら彼女ーー高海千歌さんが立っていた。腕組みをして立っている彼女の顔つきは、やはりいつものように真剣で。
「穂乃果ちゃん!スクールアイドル部の顧問になりませんか!?」
「オコトワリシマス」
「うわ〜まただ〜!」
「千歌ちゃん、もう諦めたら?」
苦笑いしながら、隣にいる渡辺曜さんは高海さんにそう言う。
「やだよ!絶対、穂乃果ちゃんに顧問になってもらうんだもん!」
「高海さん、ちゃんと高坂先生って呼んでっていつも言ってるでしょ」
「うーん、でも何ていうか、穂乃果ちゃんは穂乃果ちゃんって言うか」
「最初の頃は呼んでくれてたのにどうして……」
「とりあえず、顧問になろうよ!」
「何がとりあえずなのかわからないし……あと私水泳部の顧問してるから……」
「じゃあ掛け持ち!」
「無茶言わないで……」
こんな感じの会話が毎日続いている。
高海千歌さん。スクールアイドル部設立のために日々活動している事は聞いているし、知っているし、巻き込まれている。
「ほら、曜ちゃんも!水泳部員だから説得しないと!」
「いや私の立場だと、説得しなきゃいけないのは先生じゃなくて千歌ちゃんの方だと思うなあ」
「うー……せんせぇ……」
ルビー色の瞳が、私を上目遣いで見てくる。
あざといと言われる行動なのだろうけど、この子がすると、なんか似合う。ついいいよって言いかけてしまう。
「きっとこういう気分だったんだろうなあ」
「へ?」
「まあ、その。スクールアイドルはよくわからないから」
「いやいや、だってスクールアイドルやってたって……」
「じゃあ渡辺さん、水泳部遅れないようにね」
「え、えっと、ヨーソロー!」
「ちょ、穂乃果ちゃん!?待ってよ〜!」
職員室という安全地帯まで、千歌ちゃんとの追いかけっこをする事になってしまった。
もちろん、生徒と一緒に廊下を走っているなんて前代未聞だと、他の先生に怒られてしまった。廊下を走って怒られるなんて、きっと高校時代以来だ。
それにしても、今日は高校時代をよく思い出す日である。
音ノ木坂学院高校に通っていた私は、2年生になったある日、音ノ木坂が廃校になる事を知った。
母も祖母も通っていた音ノ木坂が、私は好きだった。小さい時、この高校の制服を着て歩いていたお姉さん達に憧れていた。だから苦手な勉強も幼馴染たちに見てもらいながらも頑張れた。
その大好きな場所が廃校になる。それを知って私はひどく落ち込んでいた。
そんな時。秋葉原にあるUTX高校のスクリーンに、ある映像が流れているのを見た。
当時のスクールアイドル人気ナンバーワンだった、A-RISEと呼ばれるグループのライブ映像。スクリーンの周りには人だかりと歓声。
私はスクールアイドルというものをロクに知らなかったので、帰ってインターネットで調べてみた。そして、閃いた。
ーースクールアイドルになろう。
スクールアイドルになって人気が出たら、人気スクールアイドルがいる音ノ木坂学院への入学希望者が増えるかもしれない。
そんな安易な考えが、当時の私を突き動かした。
「今思えば、すごい行動力だよねー」
一人で住んでいる自宅のテーブルの上でうつ伏せになってそう呟いた。
あの頃のような元気も体力もない。ある程度現実というものが、見えてしまって。
大人というのは、こういうものなんだって気づいてしまって。
まあかと言って、あの頃に戻りたいかと言われたら、そんな事はなく。
「……寝なきゃ」
明日も早い。早く寝よう。寝支度を終え、布団に潜り目を瞑る。
眠気が来たなと思った瞬間、ある事が頭をよぎった。
高海千歌さん。廃校を阻止するためにスクールアイドル活動を始めようとする彼女。
「やっぱり、似てるんだなあ」
どこかの誰かに姿を重ねてしまう。そんな事を考えているうちに、私は意識を手放した。
「高海さん、スクールアイドル部って、他に誰がいるの?」
昼休み。高海さんがいつものように顧問の勧誘に来たので、逆に私が質問を投げかけると、鳩が豆鉄砲を食らったような顔で私を見つめてきた。
「ほ……高坂先生、もしかして入ってくれるの!?」
「うん、なんで今の質問でそうなるのかよくわからないけど、とりあえず答え教えてくれない?」
「えっと、残念ながら私だけだったり……」
「渡辺さんは?」
「曜ちゃんは手伝ってくれてるだけ。いつもお世話になっております」
「そっか。……1人じゃ大変だよね」
「高坂先生?」
あー。なんだかなあ。
色んなことがフラッシュバックしてきて、身体がどんどん言うことを聞かなくなる。
「……明日は入学式で、朝の校門は部活勧誘の生徒でいっぱいだろうから、その中に交じってチラシ配ってみたらどうかな?」
「へ?あ、そっか。明日入学式かあー。……って、先生、色々大丈夫なの?」
「どうかなあ。まあ、その時はその時ってことで」
悪い先生だなあ、って。自分でもそう思う。
「うん、じゃあそうしてみる!ありがとうね穂乃果ちゃん!」
「高坂先生ね〜」
高海さんは回れ右をして、その場を後にした。早速チラシを作り始めるのだろう。やっぱり行動力もあるようで。
「……何やってんだろうなあ、私」
放課後。今日は早めに仕事が終わった為、陽が落ちる前に帰路につく事が出来た。
一応自動車免許はあるけど、残念ながら車を持っていない私はマウンテンバイクに跨り自宅と学校を行ったり来たりしていた。
と、自宅まであと半分といった距離の海沿いの道。浜辺に立っている女の子に視線が向いた。
彼女は何やらステップを踏んだりターンをしたり。踊りの練習をしているようで。
というか、よく見ると今日の昼にも見た後ろ姿だったりして。
「高海さん?」
何となく、というか身体は自然に自転車から降りていた。
浜辺まで降りて、高海さんのダンス姿を後ろから見る。
眩しい。太陽がそこにあるから。
ーー本当に?
「……うーん」
どうしよう。指摘する点がたくさんある。
もうちょっとそこは腕を伸ばそうとか。もっと軽やかにとか。
でも、この動き。どこかで見た事がある。
自分を重ねたとか、そういうのではなく。
イヤホンをつけていて、そこから聞こえてくる曲に合わせて踊っているのだろう。たまに鼻歌のような物も聞こえてきて。
「悲しみに、閉ざされて」
「♪〜」
「泣くだけの、君じゃない」
なんで。
なんであなたが今、それを。
「ふぅ……」
やがて踊り終えた彼女は、イヤホンを外し、傍に置いてあったスクールバッグから、ペットボトルを取り出し、一口。
と思っていたのだが、その彼女と目が合って。
「……せ、先生!?なんで!?なんでいるの!?」
「あー。いや、なんでかな。ほんとなんでなんだろう」
「もしかして、見てたの?」
「う、うん。まあ」
「あはは……ちょっと恥ずかしい、かも」
「……あの、高海さん。ちょっといい?今の踊ってたのって……」
「μ‘sってスクールアイドルのSTART:DASH!!って曲。すごく好きなんだー」
「……そっか。うん、私も好きだよ」
「先生、知ってるの?」
「まあね」
「μ‘sは他にも何曲かあるけど、私はこれが一番好きだなー。すっごく元気が出るんだ!頑張ろって気になるし!」
「だから、スクールアイドルを?」
「それもあるかなー。でもね、一番はーー」
ーー学校が、好きだから。
眩しい。
太陽が、そこにあった。
ああ、もうダメだ。
眩しいけど、何だか、負けてられないって気持ちになる。
「千歌ちゃん。……やろうよ」
「へ?」
「やろうよ、スクールアイドル!」
だって、可能性を感じたんだもん。
もう後悔したくない。頑張ってほしいから。
「ほ、穂乃果ちゃん!?」
「スクールアイドルになって、学校を救おう!私も、一緒に頑張るから!!」
まるでいつかの、あの時の自分が乗り移ったような感覚だった。
何も考えないで、ただガムシャラに突き進むあの日の頃の。
だけど、だからこそ何かができる。何もせずにじっとするなんて、やっぱり自分には無理なのかもしれない。
「じゃあ、顧問の先生に……?」
「うん。水泳部もあるから、ずっとってわけにはいかないけど」
「……ひぐっ、ぐすっ、ありがとぉ……穂乃果ちゃぁん……」
「もう、泣かないの。……これから、よろしくね?千歌ちゃん」
「……うん、よろしくね、穂乃果ちゃん!」
ーーだから、高坂先生だってば。
口元に笑み浮かべて、私は差し出されたその手を、握り返した。